スノウマンズラブ Snowman's Love
うわぁ!真っ白だぁ!
シンちゃんがぼくをつかんだ
ぼくはきのう そらからやってきた
ぼくのなかま いっぱいでまっしろ ふわふわできらきら
ひんやりさむいのに シンちゃんはぼくをみつけてやってきた
まっさらなぼくのうえ はしってあしあといっぱい
ほっぺはまっか いきはしろい
シンちゃんがぎゅっとぼくをにぎる。
ぼくはつめたい、シンちゃんはあったかい。
ママぁ!見てぇおにぎりだよー!
しんちゃん、手袋つけないと寒いわよ。
ママはえんがわでわらってる。
ちっちゃなてぶくろもっててまねきするけど、シンちゃんはぼくにむちゅう。
シンちゃんはどんどんおにぎりをつくる。さくさくつめたいまっしろなおにぎり。
ぼくがたくさんできる。いっぱいならぶ。
パパがやってきた。
シンちゃんのとなりにしゃがんで、ぼくらをながめる。
上手だなぁ。良くできたなぁ。
パパもぼくらをすくってにぎる。
よぅし、パパがもっとすごいものの作り方教えてやる。
パパがぼくをおにぎりにした。大きな手だから大きなおにぎり。
ぼくをぺたぺたとくっつけられてぼくは大きくなる。
てのひらより大きくなったぼくを、パパはぼくの上にころがした。
ころころと、ぼくは大きくなる。
パパの両手いっぱいになったら、パパはもういっこ大きなぼくを作って、ぼくの上にのせた。
ほぉら、雪だるまだ。
ママがさいほうばこからボタンをもってきて、ぼくに目をつけた。
ぼくはかわいい雪だるまになった。
シンちゃんはとってもよろこんだ。
こんどはボクが作るー!
シンちゃんはぼくを集めておにぎりを作った。
ぎゅっぎゅっとぼくを握って、どんどん大きなぼくにしていく。
パパも手伝うぞ!
パパもぼくを集めてぼくを丸め出す。
大きくなっていくぼく。
パパの手よりも大きくなって、雪の上をころころ転がされる。
ころころころころ。お庭のぼくを集めてぼくは大きくなる。
ごろごろごろごろ。パパとシンちゃんに転がされてぼくは大きくなる。
もうシンちゃんの胸まで届いた。
パパがもう一つぼくを作った。ぼくより少し小さいみたい。
それをうんしょとぼくの上に乗せる。ぼくは一つになった。シンちゃんより背が高くなった。
ママがぼくに大きなボタンで目を作ってくれた。
ぼくはようやくぼくがいた場所を見渡せた。
庭も屋根も道路もぼくで真っ白。わたあめみたいな雪化粧。
そうだ、ぼくは雪だった。
今では、ぼくは雪だるまだ。
しんちゃん、この子に名前をつけてあげようよ。
パパが言う。
ぼくはどきどきした。ぼくがただの“ぼく”じゃなくなるなんて驚きだ。
シンちゃんはぼくを見つめて考え込む。
その間にパパがぼくを運ぶ。
ぼくは玄関のすぐ隣に置かれた。
ぼくは気付いた。
向かいのお家にも雪だるまがいる。
シンちゃんと同い年くらいの女の子が、ピンクの帽子と手袋をつけてあげていた。
お宅も雪遊びですか?
えぇ、お宅もですか?
パパとママが、お向かいのおじさんおばさんと話している。
これリカちゃんっていうの。
女の子が雪だるまを撫でながら言った。
ママがシンちゃんに尋ねる。
しんちゃん、しんちゃんの雪だるまの名前決まった?
ジョージ!
シンちゃんは胸を張って答えた。
“ぼくジョージっていうみたい”
“わたしはリカちゃんね”
ぼくもお向かいの雪だるまにご挨拶する。
パパが青い帽子とマフラーをぼくに着せてくれた。
ぼくが“特別なぼく”になったみたいで、何だかとても嬉しかった。
パパとママとシンちゃんはお家に入る。お向かいの女の子達もお家に帰る。
太陽が高くに上って来て、朝よりは少し暖かくなる。
溶けた雪で道路が濡れてぴかぴか光っている。
シンちゃんがいないから、ぼくはリカちゃんとお喋りする。
リカちゃんはお向かいの庭に降って来た雪らしい。
ぼくと同じで、昨日の夜積もったのだそうだ。
リカちゃんのお友達はさやかちゃんっていうんだって。
ぼくも、ぼくの友達はシンちゃんだよって教えてあげた。
ぼくはリカちゃんとたくさんお話した。
ぼくが見てるもの、リカちゃんが見てるもの、二人で見てるもの、見えないもの。
シンちゃんのこと、さやかちゃんのこと、パパやママやおじさんやおばさんのこと。
お昼を過ぎると、シンちゃんが庭に遊びに出てきた。
さやかちゃんと一緒に、二人で雪の下から宝探しをしていた。
小石、どんぐり、スコップ、小枝、落ち葉、ビー玉。
さやかちゃんは、リカちゃんの首の辺りにビー玉を埋めた。ネックレスだそうだ。
シンちゃんはぼくにどんぐりをくれた。おもちゃのロボットも貸してくれるって。
シンちゃんは優しい。
夕方頃になると風が冷たくなってきて、二人はお家に帰った。
ぼくは雪だるまだから平気。リカちゃんも平気。
人間は寒いのが嫌いなんだって。
シンちゃんやさやかちゃんは子供だから特に。
寒いって何だろう?どういう感じなんだろう?
夜になった。
ぼくらはやっぱりお喋りをしている。
“シンちゃん達遊びに来てくれないね”
“夜だからよ”
“どうして夜だと遊べないの?”
“人間は眠るからよ”
“眠るって何?”
“動かなくなることみたい。じっとして休んでるんだって”
“へぇ。リカちゃんは物知りだね。
でも、ぼく達は動かないけど、別に休んでないよね?”
“わたし達は雪だから、最初から動くようにはできてないのよ”
“そっか。動けたらきっとぼくもシンちゃんみたいに眠るんだね”
“そうかも知れないわ”
ぼくは少し賢くなったみたいだ。
不思議だ。最初は何も知らなかったのに。
何も感じることなく横たわっていたぼくが、ぼくとシンちゃんの違いを考え始めている。
ぼくとリカちゃんや、シンちゃんとさやかちゃんの違いも分かり始めている。
きっとリカちゃんのおかげだ。
ずっとリカちゃんとお話していたいと思っている。そうできたらステキなのに。
空に星はなく、風に乗って黒い雲が流れていた。
ちらちらと白いものが見え始める。
雪が降ってきた。
ぼくもああして空からやって来たんだ。
空ってどんなところだったっけ?
もう思い出せない。
朝になった。太陽の光が雪を照らしてきらきらと眩しい。
ぼくはリカちゃんに声を掛けた。
“おはようリカちゃん”
返事が無い。
“おはようリカちゃん”
“……おはよう”
小さな声が返ってきた。
おかしいな。リカちゃんが傾いている気がする。
リカちゃんは、最初ぼくより少し小さかった。今はもっと小さく見える。
どうしたのかな?疲れているのかな?あまりお喋りしてくれない。
今日は暖かいから、きっとシンちゃんとさやかちゃんが遊んでくれると思うのに。
ぼくがしきりに話しかけても、リカちゃんは“うん”とか“ええ”なんて返事しかくれない。
“リカちゃんお喋りしてよ。ぼくはリカちゃんといっぱいお話ししてたいよ”
“わたしもジョージと同じ…”
でもやっぱりリカちゃんは話してくれなかった。
シンちゃんとさやかちゃんが遊んでいる間も、俯いてぼんやりしていた。
シンちゃんがぼくの周りにいっぱい落ち葉を飾ってくれても、あんまり嬉しくなかった。
リカちゃんはますます傾いて、どんどん小さくなって、夕方にはぼくの半分くらいの黒ずんで溶けかけた雪の塊になった。
“リカちゃん”
リカちゃん。リカちゃん、リカちゃん。
ぼくが呼び続けていると、もう答えることもなくなっていたリカちゃんが、ぽつりと言った。
“またね”
それっきり、リカちゃんは二度と喋らなかった。
夜の間にリカちゃんはリカちゃんじゃなくなってしまった。
朝が来た時、リカちゃんのいたところには水溜りが残っているだけだった。
リカちゃんはもういない。
どこにもいない。お喋りしてくれない。
ぼくの中にもやもやするものがある。これって何だろう。リカちゃんなら知っていたのかな。
ぼくも何だかぼんやりしている気がする。
ぼくも傾いているのかな?ぼくも疲れちゃったのかな?
今日も暖かい。シンちゃん遊んでくれるかな?
ぼくのもやもやは大きくなって、ぼくのぼんやりも大きくなってる。
シンちゃんが遊んでる。笑い声が聞こえる。
お日様は空高いところ。青い色。
でもぼくは俯いたまま。やっぱり少し傾いてる。
リカちゃんの気持ちがわかった。
何だかとても寂しくて、少し悲しい感じ。
シンちゃんがいてさやかちゃんがいるのに。
楽しいはずなのに楽しくない感じ。
ぼくが小さくなってく。何かがなくなってく。
これが寒いってことなのかな?
いつのまにゆうがた?
よるになる。ぼんやりがなおらない。
ぼくはちいさい。
おもいだす。だせない。かんがえてたこと、きのうまで。
わすれてる?なにをわすれてる?おもいだせない。
りかちゃん。さやかちゃん。シンちゃん。だいすき。
だいじょうぶ。おもいだせる。だいじょうぶ。
さむい?
シンちゃんないてる どうして?
ジョージがいなくなっちゃったぁ!
しかたないのよしんちゃん、ジョージは雪だるまだったんだから。
やだぁ!
また雪が降ったら、新しいジョージを作りましょ。ね?
やだぁ!ジョージがいい!ジョージがいいっ!
シンちゃんなかないで
ぼく ここにいるよ
ぼく ちいさくなった
そうか ぼくはちいさくなった
リカちゃんとおんなじ
いなくなる
りかちゃん さやかちゃん シンちゃん だいすき
だいすき
きっとおんなじ ずっとおんなじ
ぼくはしってる このかんかく
ちいさくて こまかい たったひとつの H2O それがぼく
じめんのなか つちのすきま くさのねっこ かぜのうえ くものなか
ぼくはおそらにのぼって シンちゃんとさよならする
さよならする
だけどだいじょうぶ ぼくはいなくならない
またひとつになって あつまって ゆきになって ふってくる
さよなら シンちゃん
さよなら シンちゃん
またらいねん あいたいよ
シンちゃん
ばいばい
―― 了