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仕立屋

作者: 月野真昼

「まったく、美味しいごはんを食べて。楽しく話して給料まで出ちゃうなんて、こんな楽な仕事もないですよね」

 俺の横にいる、中性的な男性モデルを絵に描いたような男が、さも嬉しそうに話しかけてくる。

「おい夢崎ゆめざき、この会場の半分以上がサクラだとしても。誰かに聞かれたらまずいだろう」

 隣にいる夢崎という男は、以前扱った不倫調査の案件がきっかけで、探偵事務所に引き抜いた男だ。仕事は百パーセント確実にこなす頼もしい奴だが、普段の行動が適当に見えてどうにも歯がゆい。

「いや所長、その発言もどうかと……」

 俺は夢崎の言葉を無視して、ここでは教授と呼べと教える。

 探偵事務所にくる依頼は様々で、猫探しから、運び屋の真似事まで様々だ。そして今日俺達は、健康食品会社会長の誕生会のサクラとして栃木県にある別荘へとやってきている。

「ほら、始まるぞ。サクラらしくしとけ」

「サクラらしくねぇ……」

 会場が暗くなり、曽我昇そがのぼる会長が照らし出される。

 一段高いステージにまるで結婚式の披露宴のようなテーブルを起き、両脇に、自分よりも20以上も離れた正妻と、若い一人のメイドを座らせ、従えていた。そしてどちらの女性も美しく、ある意味富と権力の象徴のように思えた。

「いい年こいて、何してるんだかなぁ」

 小声で夢崎に話しかける。

「羨ましいですよ、でも両手に花の片方は見覚えがありますけどね」

 実に人間らしい答えだ。だが、会長はその人間らしさが命取りになるのさ。

「奥さん、つい数年前まではトップアイドルだったからな」

 ケーキのロウソクが全て吹き消され、会長自らがケーキカットを行っている。

「リコちゃん引退。衝撃! 年の差婚。やっぱり金ですよねー」

 ケーキカットなんて、ものすごくどうでもいい演出だった。

「彼女、両親を助ける代わりに、嫁にいったとか。人身売買だろ」

 さらにどうでもいいのは、使われているナイフがとても特別な物で、日本に数本しか無い会長お気に入りの品物だとかどうだとか。

 そして、いつも肌身離さず身につけているお守りだそうだ。

――パーティが始まり、頃合を見計らう。

「お誕生日おめでとうございます。駒場祐と申します」

 そう言って、仰々しく名刺を差し出す。夢崎は予定通りに、サクラの仕事をまっとうしている。

「おぉ、これはこれは、光帝こうてい大学の教授さんですか」

「本当に、今日は主人の為に着てくださってありがとうございます」

 実のところ、俺は教授でもなんでもない。ただの探偵。そして、俺をここに呼んだのは他でもない、会長の奥さんだ。

「自分なんかまだまだですよ。それよりですね、我が大学の、経済学科の名誉教授に招待したいとの声が高まっておりまして、今日このめでたい日に伺ったわけなんですよ」

 全ては口から出まかせ、相手の興味を引き出せればなんでも良い。

「私なんかが!? 高校も出ていないのに??」

 そう言いつつも、まんざらでも無い表情に手ごたえを感じた。

「会長の著書を読ませていただきましたが、独学で勉強なさり、それが成功の秘訣だった。そういう努力こそ今の若者に伝えるべきだとは思いませんか?」

 こういう手合いは、自己顕示欲が強く志に燃えやすい。会長の曽我氏は実際にかなりの勉強家で、一代にして多くの財を築き上げた。が、だからこそ学歴に対してある程度のコンプレックスがあるはず。

「いやー、私も最近の若者は、実に勿体無いと思っていたところでして、機会があれば教育に携わりたいと願っていたんですよ。おっと駒場教授もまだまだ若いのに、失礼した」

「まぁまぁ、あなたったら。男同士のお話という事でしたら、私は失礼させて頂きますね」

 そう言うと、打ち合わせ通りに婦人は退出していった。

 会長はというと、鼻の穴を大きくふくらませ話しに乗ってきた。

「いやいや、会長の若い頃と比べたら……。ささどうぞどうぞ」

 適当に相槌を打ちながら、お酒を注ぎ酔わせていく。会長はお酒にそんなに強くない、そして酔うとすぐに寝るというはなしだった。


「事実がなければ、作ればいい」

 ――二ヶ月程前の事、会長の奥さんが、探偵事務所にきたのだ。

 浮気調査……ではなく、浮気しているのは確実なので夫を犯罪者に仕立て上げて欲しいと頼まれた。

 彼女が提示した額は5千万。あくまで成功報酬としてではあるが、危ない橋を渡るのには十分な額。事がすんだ後で、弁護士から5000万振り込まれるという契約になった。

 婦人の、夫に対する感情を聞くことはしなかった。理由などどうでもいい、成果に対する報酬さえ手に入ればかまわない。

 

上機嫌で酒を煽っていた会長だったが、とうとう限界がきたようだ。今日集まった人々に向けて挨拶を済ますと、初めに会長と一緒だったメイドと共に退室していった。

さてと、後は花火が上がるまで、のんびりとしますか。

 こういう場所での世間話には、うっかり他人の秘密が混ざっていたりするものだから、情報収集するには絶好の機会になる。

決して、ただ酒を飲もうとしてる訳じゃない。俺は仕事に忠実な男だ、断じて違う。きっと、たぶん……。

 ……程よく酔いしれ、飽きてきた頃、大きな悲鳴が館に響いた。

 何が起きたのか、不安と興味が入り混じった、独特の雰囲気が辺りにたちこめている。

――さぁ花火は打ち上げられた。

「どなたか、救急車を呼んでくれませんか! 奥様が書斎で……」

 会長と一緒だったメイドが息を切らせてやってきた。この館に電話が無い上に、曽我会長は携帯電話を自分では持っていない。休養を邪魔されたくないという会長の意思からそうなっている。

――ここまで予定通り……。

「俺がかけよう、できる事があるかもしれない案内してくれ!」

 できる事。そう、その場を支配し、思惑通りの結末に導くこと。それが探偵兼仕立屋である俺の仕事。

 広間にいた人間の内少しの人間が俺に続いてやってきた。

「ここが書斎か、キミは曽我会長を呼んできてくれ」

 開かれた扉から中にはいると、目を見開き、顔を歪めて仰向けに倒れている曽我夫人の姿があった。

「胸にこんなに大きなナイフが……」

 仰々しく漏らした俺の声につられて、誰かの唾を飲み込む音が聞えてくるようだった、もしかしたら息を呑む音かもしれない。

 脈をとり、呼吸、心音も確認する。が、確認するまでもなく夫人は、生きているようには見えない。

「どうしたんだね!」

 曽我会長が、メイドと共に現れた。

「そ、こんなどうして!?」

会長は部屋の惨状で、驚き理解した。次に書斎へと入ろうと――。

「待ってください会長! 夫人はもう亡くなっています。現場保存の為に必要以上に入ってはいけません」

 俺の言葉に会長は目を剥き、顔を真っ赤にした。

「君、ここは私の家だぞ! それに何の権限がっ……!」

 高齢の為か、興奮のためふぅふぅと肩で息をしている。

「会長、こちらの凶器は会長の物ですか?」

 夫人の胸に、しっかりと突き立てられたナイフを指差して尋ねる。

「なんだとぉ、馬鹿な!? それは……あぁそうだ私の物だ」

 目を見開き驚いた会長は、訳が分からないと力なく首を振った。

今書斎の前に居る人間は俺と、曽我会長、この館のメイドと執事が一人ずつ。その他の来賓客が5人ほどの合わせて9人。コレだけいれば十分だろう。

「さっき警察を呼びました、1時間もすれば警察が来るでしょう。それまでの間、私の余興に付き合って頂けないでしょうか?」

 さぁ、ここから。ここからだ……。大げさに両手を広げ手品師の様にあたりの注目を集める。

「余興だと、何を考えてる不愉快だ!」

 怒りをあらわにして会長は壁を叩きつける。

「どうしました。誰が犯人なのか知りたくないんですか」

「私は今妻を失ったんだぞ! 警察に任せておけばいいだろう」

「いやね、私は会長が犯人だと思っているんですよ」

 その場は一瞬凍りつき、次にコソコソと何事かを話し始めた。

「貴様っ!」

 掴みかかろうとした会長を執事とメイドが必死で止めにかかる。

「これは失礼。もし異論反論があるなら私の仮説を聞いた後で、おっしゃって頂けませんか?」

「馬鹿げてる、私は部屋に戻らせてもらおう」

「逃げるんですか? まぁそうでしょうね、自分が妻を殺した犯人だなんて、いい当てられたく無いですから」

「若造! そこまで言うなら、覚悟しとけ」

 どうにか会長をこの場に留める事が出来た。ここまで来たら、もう少しで全てが終わる。 ――ドミノ倒しは加速する。

「うわさによると会長、今そちらにいるメイドと不倫関係にあると伺ったのですが、それに夫婦仲も良くなかったとか。本当ですか?」

 俺の質問に押し黙る。否定できないという事は図星という事だ。

「まぁ、いいでしょう。事実はきわめて単純」

「酔って広間を退席した会長と、先に会場から出ていた奥さんは、この書斎で鉢合わせした」

「不倫の事について、奥さんから問い詰められ揉みあいになった。そして逆上し、そのまま酔った勢いで……」

「……身につけていた短刀で刺し殺てしまったという事です」

「ふざけてるのか! 記憶が無くなるほど酒など飲んでいないし、不倫を問い詰められたくらいで、いきなり殺したりなんかしない」

「私もそう思います。ですが、このナイフは会長の物ですよね? しかも、肌身離さず身につけているとおっしゃっていました」

「それに、私は悲鳴が上がるまで、ずっとA棟側の出入り口にいましたが誰もA棟には入っていきませんでしたよ」

「それじゃあ、A棟にいた人間は全員犯人になるじゃないか!」

「奥様はナイフの他には目立った外傷はない。つまりはとても親しい関係の人間に、突然殺された。と考えるのが妥当だと思います」

「会長以外の人では力が弱すぎる、殺す動機もあるとは考えにくい」

「つまりは、A棟にいた人物で、犯人に適している人物は……」

「会長、貴方しかいないんです。記憶が無いからなんて言い訳がどこまで通じるか、警察にも同じ事を言えますか?」

 俺の言葉に、ガックリと膝を尽き崩れる会長。

「嘘だ。……証拠、証拠はあるのか、状況証拠しかないじゃないか!」

 そう、全ては嘘。作られた事実だ。

「今からでもこの屋敷を探せば必ず何かが出てくると思いますよ」

 全ては万全のはず、夢崎も仕事だけはこなす男だ。そして奥さんが死んでいるのは紛れも無い事実で、証拠は十分揃えた。後は、警察が動くだけの情報を与えてやればいい。元々、黒い噂もある会長の会社だ。警察だって、しっぽを出すのを待っている。今なら駐車違反だろうが捕まえるだろう。感謝状くらい貰ってやってもいいな。

 その後、会長の部屋から血のついたタキシードが発見され、ナイフからは社長の指紋が検出された。

――数日後、俺は栃木県警の建物の前で人を待っていた。

「全く、人使いが荒すぎるわよ」

 声がするほうを見ると、そこには見たことのある顔があった。見知った顔の女が素早く乗り込み 、俺は静かに車を発進させた。

「悪いな、優秀な人材にはしっかり働いてもらうのがウチのモットーなんだ」

 ウチの事務所の紅一点に向かって話しかける。

「これで報酬が安かったら転職してる所よ」

 女は車窓を眺めながら、さも楽しそうに答える。

「お前が? ウチ以外で雇ってもらえるのか?」

「そうねぇ、メイドとかハウスキーパーとしてなら大丈夫かも」

「そしてあれだろ、旦那と浮気して奥さんからうちの事務所に依頼がくるんだろう?」

「それにしても、犯罪者に仕立て上げるっていったって、奥さん殺すことはなかったんじゃないの?」

「会長のタキシード着てナイフをブッ刺した奴がよく言う」

「何よ、出来るだけ重い罪にするために奥さんを殺すことにしようって言ったの所長じゃないの」

「ああ、覚えてたか……。まぁでも、喜んでくれてると思うぞ」

「憎い会長は望みどおり塀の中。彼女は、天国にいって会長と会うことも無くなったんだ」

「そうかもね、でもあんたは絶対に地獄行きよ」

事実が無ければ作ればいい。依頼が無ければ作ればいい。

事件や犯人、依頼人すら仕立て上げる。

俺たちは探偵事務所兼仕立屋――。


最後まで読んでいただきありがとうございます!


この話は大学の文芸部で提出するための作品だったので、6千字という制限があったため、1500字分のスペースを削った作品でした。


いままで、適当に作っていたのですが、そういう尺にあわせるという技術の勉強にもなり良かったです。


違和感や、不満点などご指摘いただけるところが有りましたら、どしどし評価感想おねがいいたします。

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