全ての優しい悪役令嬢に告ぐ
※描写注意
「物語によく、"ざまぁモノ"ってあるじゃない?」
カツン、とヒールの音が大きく響く。
「実家を追放された、義妹に恋人を奪われた、愛する仲間に裏切られた主人公が、紆余曲折を経て自分を見限った人を見返したり復讐する。そんなジャンル。私はその中でも特に"悪役令嬢モノ"が好きなの。女の強さと醜さが一緒くたになっていて。今度オススメの本を貸してあげるわね。気に入るかどうはわからないけど。まあそれはさておき、"ざまぁモノ"はどれも陰鬱でとても読んでいられないような始まり方をするのに、どうして人気があるんだと思う?」
それはね、とエリスは踊るようにドレスの裾を翻した。
「気持ちが晴れる終わり方をするからよ。主人公も、読者も。尊厳を貶め、辱めた人たちが、無様に転落した人生を歩むのが最高に気持ちがいいの。涙目で助けを懇願するシーンの興奮ったら、つい時間を忘れて没頭してしまうのよ、フフッ。でもやっぱりあれは物語だって、たまに我に返るときがある」
追放されても簡単に行く宛なんか見つからない。
恋人を奪われたからって新しい恋人が出来るはずもないし、仲間に裏切られたのに新しい仲間を信じられるわけがない。
ファンタジーなら闇の力に覚醒することもあるかもしれないが、これは現実。
傍には前世から見守ってきた精霊も、ドラゴンに乗って迎えに来る王子様もいない。
この世は酷く現実的で、物語の世界とは次元という隔たりがある。
「そう思わない? 所詮はご都合主義で出来た作り物だって。でも、それは当然のことなのよ。だって作家は机の上で空想を書き綴っているだけだもの。リアリティなんてあるわけないわ。……? ああ、違う違うの。私は作家を否定したいわけではないのよ。これでも蔵書家だから、少なからず作品には敬意を払っているつもり。あなたにはよく、本の虫と呼ばれたわね」
エリスは気恥ずかしそうに小さくはにかんだ。
「ん〜!! んん〜!!」
「覚えている? ジェイコフ様」
それから、手にしたナイフで男の太腿を突き刺した。
「んぅーーーー!!」
椅子に縛り付けられた男は、猿ぐつわ越しに悲鳴を上げ、脂汗と涙で顔を濡らした。
ぐり……ぐり……と悪戯に刺激してからナイフを抜き、エリスは血に濡れた刃を男の目の前に突きつけた。
「婚約者の私に、あなたはいつも言ったわ。根暗な女、つまらない、一緒にいるだけで息が詰まる。私が読んでいた本を取り上げて暖炉に焚べたこともあったわね。私とても悲しかったのよ?」
「んん!! んん!!」
「いやだ勘違いしないで。あなたにぞんざいに扱われたことじゃない。貴重な本を燃やされたからよ」
一度。二度。三度。
肩に、腕に、手の甲に。
喋りながらナイフを刺していく。
「んーーーー!!」
「ちょっと身分が高いからって、やっていいことといけないことの区別もつかなかったの? あなたの両親はそんな当たり前の道徳も教えてくれなかったのね」
エリスは背後に回り、猿ぐつわを外した。
「はぁはぁ!! え、エリス……僕が悪かった、だから!!」
「悪かった?」
「君の本を燃やしたことも、君を粗末に扱ったことも詫びる!! 心を入れ替えて君を愛すると誓うよ!! だからもう、こんなことをするのはやめてくれ――――ああぁぁぁ!!」
「要らないわ。あなたの愛なんて」
手の甲に走る激痛に、男は絶叫し股間からあたたかいものを漏らした。
「それに悪かったなんて……どうして過去形なの? 今現在も悪いじゃない。なのに何故、罪を雪いだ気になっているの? 懺悔でもしたつもり? 私は修道女じゃないのよ? そんなこともわからないなんて頭が悪いのねあなたって。だから惹かれたのかしら、頭が悪い者同士。ねえフェミナ」
エリスの視線が、男の対面で裸のまま吊るされた義妹に向いた。
「いや……いやぁ……」
泣きながら震える義妹は、ナイフ片手に徘徊するエリスに怯え、歯をガチガチと打ち鳴らした。
「さっきの話だけどね。そう、"ざまぁモノ"の話よ。何故主人公は心が引き裂かれるような不遇を当たり前に受け入れるのだと思う?」
「ひっ?!!」
ナイフの先がつぅ……っと頰をなぞり、義妹は引き攣った声を漏らした。
「そういう運命? 絶望に負けない強さを秘めていた? 違う。不遇にも不運にも耐える優しさがあったからよ」
「おねっ、お義姉様ぁ、やめ、やべで、やべてよぉぉ……!!」
「あら、お義姉様なんて。いつもみたいに呼び捨てにしたらどう? 小生意気に私物を盗んで、私の悪口をお父様とお義母様に吹聴していたじゃない。使用人に命令して食事に石や虫を入れさせたこともあったわね。挙げ句には婚約者まで奪っておいて。どうせ願わない婚約だったから、それに関してはどうでもいいのだけど」
ピッ……振ったナイフが義妹の上腕を薄く裂いた。
「嫌あぁぁぁぁ!! 痛い痛い痛いぃ!! やべでやべでやべでぇ!! だすけっ、たす、助けでよジェイコフ様ぁ!!」
叫び助けを求めるが、男はそれどころでないとばかり、痛みで気を失いそうになりながらガクガクと震えていた。
「また話が逸れたわね。物語の主人公たちはね、優しいの。優しいから追放されても受け入れてくれる誰かがいて、優しいから魅力に気付いてくれる。真実の価値を見出してくれる。優しいとはそれだけで美徳という教訓なのよ。可哀想なフェミナ。可哀想なジェイコフ様。私が物語の主人公だったなら、こんな痛い思いをしなくてすんだのに」
ナイフが義妹の肌を走る。
「あ゛ぁ゛ぁあァぁぁぁ――――――――!!!」
けして致命傷にはなり得ない傷が増えていった。
甚振るように身体中を切りつけ、うるさいと一言、唇を裂いた辺りでエリスは踊るのを止めた。
「ぁあ、ああアァ……!! も゛、ぼう、やめ゛て、ええ……!!」
「キレイな義姉が良かったわよね。愛嬌のある婚約者が良かったわよね。私は主人公ではないただの人間だから、嫌なことをされたら苛立つし、ちゃんとやり返すの」
そう、エリスは床に転がる両親を踏みつけながら笑った。
エリスに領地の経営を任せきりで利益を貪るだけの私腹を肥やした父親は、腹が臓腑ごと抉り取られていた。
後妻として尊大に振る舞い屋敷を我が物顔で闊歩した義母は、顔中を切り裂かれ、両の足を切り落とされていた。
自分を嬉々として虐めた使用人は、解雇になって悲壮感を表情に貼り付けるばかり。
「お゛ぇ……!!」
死屍累々の惨状に、或いはむせ返るほどの血の匂いの中で平然とする義姉の姿に、義妹は恐怖して滴る血に吐瀉物を混ぜた。
「やったらやり返される。そんなの子どもでもわかる当たり前なのに。あなたたちったら、そんなことも知らないで人を虐げるんだもの。いえ、知らないのはむしろ優しさかもしれないわね。人に優しくなかったから優しくされないんだもの。……あら?」
エリスはふと、肉塊の上で小首を傾げた。
「私も人に優しくなかったから、相応の仕打ちを受けた……ということなのかしら」
可愛げは無かった。
愛想も愛嬌も無かった。
本の世界に引き籠もり他者との交わりを拒絶した。
エリスはそんな自分の振る舞いを思い返し、考える仕草を執った。
そして、
「まあ、そんなことはないわよね。だって私は優しいもの」
そう自己を肯定した。
「痛みを与えて優しさを教えてあげるなんて、優しくないと出来ないもの。でしょう?」
「だずげ、助、だす……け……」
「ダメよ。ダメ。絶対に情けなんてかけてあげない。ここであなたたちを助けて生かしたら、今度は私が復讐されるかもしれないでしょう? 私、痛いのも死ぬのもとても怖いの。だからちゃんと痛めつけてから殺すわ。あなたたちが生まれ変わっても、私に復讐する気が起きないように」
乱雑に散らばったそれ用の器具を目に、二人は命の灯火が消えていくのを感じた。
かつて義姉だった者。
かつて婚約者だった者。
自分たちが追い詰め、生み出してしまった怪物に、気が狂いそうなほどの恐怖を覚えながら。
「せめて祈りなさい。次に生まれ変わるときこそは、人に優しく出来るように……って」
私みたいに……と最後に付け足して、エリスは器具を手に優しく微笑んだ。
久しぶりの短編です。
なんかわからんけど書いてて楽しかったです。
世間は夏休みですか。
当方は毎日朝から晩まで働いてます。
皆様、お身体には気を付けて。
普段は異世界百合ファンタジーを書いてますが、短編では恋愛ものやなんかいろいろ書いてます。
興味があればぜひ読んでみてください。
おもしろいと思ってもらえたら、リアクション、ブックマーク、感想、☆☆☆☆☆評価にて今後も応援していただければ幸いですm(_ _)m




