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第五章 告白と裁きの夜

六月の終わり、夜の帳が落ちるのは思いのほか遅かった。日が沈んだあとの校舎にはまだ微かな赤みが残り、教室の窓に淡い残照が映っていた。

神沢蒼は、ひすいと並んで職員室の前に立っていた。二人の手には、それぞれ別の証拠品が握られていた。

ひとつは、理科準備室の奥から見つかったマチンの種子の標本と成分反応キットで得た陽性結果。もうひとつは、ひすいの母・白崎真理と冬川が共同で研究をしていた当時の古い記録。そこには、ある植物ストリキニーネを含むマチンの毒性についての実験記録と、真理の署名。そして、補助者の名として記されていたもう一人の研究者の名前がはっきりとあった。

冬川博之。


「証拠は揃ってる。あとは、本人にぶつけるだけ」


蒼は言った。


「でも、彼が認めるかはわからない」


「認めなくてもいい。真実が必要なの」


ひすいの声には震えがなかった。ただ、少しだけ手が冷たかった。

職員室のドアをノックすると、夕方の光の中に冬川の顔が浮かんだ。スーツのネクタイを緩め、鞄に資料を詰めているところだった。


「おや、なんだ? 神沢くんに白崎さん……こんな時間に?」


蒼は深呼吸した。そして、まっすぐに彼の目を見て言った。


「先生に話があります。過去の研究と、最近の中毒事件について」


「……なんのことかな」


冬川の顔が一瞬だけ引きつった。

ひすいが一歩前に出た。


「理科準備室から、ストリキニーネが検出されました。しかも、あなたの机の引き出しからはマチンの種子の乾燥標本。事件当日、

生物部の使用記録だけが空白だった。偶然だとは思えません」


冬川は数秒、目を閉じた。やがて、小さく笑った。


「そうか。……やっぱり、君の目はあの人に似ている」


「私の母に?」


「白崎真理……。あの人は優秀だったよ。毒草の薬理効果を調べるのに、あれほど熱心な人はいなかった。だが、研究は止められた。“倫理的に不適切だ”という理由で、大学からも製薬会社からも干された」


「それを恨んだの?」


「違う。私は……あの研究が間違っていたとは思っていない。毒は、正しく扱えば薬になる。だが、世間はそうは見なかった」


蒼が口を挟んだ。


「それでも、事件を起こしていい理由にはなりません。秋山先輩も、須藤くんも。命に関わるような毒を使うなんて」


冬川の表情が険しくなる。


「私は……人を殺そうとしたわけじゃない。ただ、“正しさ”を示したかったんだ。白崎が間違っていなかったことを。君がここにいるのも、運命だったのかもしれないな」


「運命……?」


「ひすい。君は母親の背中を追ってここに来た。そして、私は証明したかった。毒は、人間の感情よりも冷静で、誤魔化しがきかない。正確な量と作用にしか反応しない……だからこそ、美しい」


「人の身体を使って、それを証明するなんて……あなたのほうがよっぽど倫理に反しています」


ひすいの声は冷えきっていた。

沈黙が落ちた。冬川は深くため息をつくと、机にあった黒いUSBメモリを差し出した。


「これが……証拠だ。私が保存していた研究記録と、生物部準備室の監視映像。すでに削除されてると思っていたが、なぜか一部が残っていた。君たちが欲しがっていた“真実”の一端だ」


蒼はそれを受け取る手が少し震えた。


「あなたはどうするつもりだったんですか?」


「研究成果が必要だった。どんな形であれ、それを“誰か”が評価してくれればよかった。……でも、君たちには見破られた。もう、終わりだな」


「終わりじゃない。これは始まりです」


ひすいの言葉は静かだった。

翌日、USBの中の記録はすべて保存され、校長・教頭・警察に提出された。冬川は任意の事情聴取に応じ、後日、毒物取締法違反の容疑で正式に捜査が始まった。

その夜。

ひすいは、自宅で母に電話をかけた。スマートフォンを握る手は少しだけ汗ばんでいた。


「……お母さん。ねえ、聞いて。私、あなたが間違ってなかったこと、確かめられた」


電話の向こうで、しばらく沈黙が続いた。


「そう……ありがとう、ひすい」


その声には、かすかに震えるような安堵が混ざっていた。


「きっと、まだ全部は終わってない。でも、私はこれからも毒を学ぶ。薬を学ぶ。誰かのために、それを使いたい。母さんが本当にやりたかったことを、私が続けるよ」


「……強くなったね、ひすい」


窓の外では、雨が降り出していた。六月の雨が、ゆっくりと静かに、大地の毒を洗い流すように。

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