白薔薇、咲き乱れ
昨日までの物とは違う、安物の革鎧。
使い古された背負子と、それに結わえられた継ぎを当てた鞄。
中身は空だ。
レミドさんも今日は、ローブではなく露出多めの革鎧にメイスを吊るしている。
ただ本来のレミドさんとは違いスレンダーで、俺達と歳近い素朴な顔立ちと、赤髪に「化けて」もらっている。
実際、俺達の目にもそう見えている。
「おお〜。」
「はぁ〜。」
目の前で姿形が変わったのを見て、思わず声が出た。
今の俺達なら、駆け出しの貧乏冒険者に見えるだろう。
実際俺とアーネスは、今頃ヒーヒー言いながら依頼をこなす、貧乏冒険者をしていた筈なんだがなぁ。
「何故こうなった」とつくづく思う。
大きな通りに出ると丁度のタイミングで、ヤケに豪華な鎧を身に付け、装飾過多なハルバードを持った騎士が、隊列を組んで目の前を通り過ぎて行った。
なんぞ?
と思い、辺りを見回すと通りの両脇に、先日俺達も着た、御仕着せ姿の騎士見習い達が、等間隔で姿勢良く立っていた。
太い通りの角には威風堂々といった感じで、先程見た鎧姿の騎士達が数名ずつ立っている。
日の出、間も無いこんな時間に何だ?
一瞬疑問に思ったが、これが殿下の言っていた王都を練り歩く際の準備なんだろう。
早朝という事もあって疎らな通行人が、驚きの表情を浮かべて彼らを見ていた。
「ちょっと、一旦戻ろう。」
この状況を見て、俺は二人に声を掛けた。
「さっきの何?」
アジトの酒場に戻ってから、開口一番にアーネスがレミドさんに聞いていた。
対して彼女は肩を竦めただけだった。
「予想だけど、俺達がやるって話のお披露目の行進の準備だよ。」
「ああ〜。」
アレだけ派手に騎士や見習い達が道端に並んでいれば、パレード的な何かがあると王都に住まう人達も理解するだろう。
同時に地下に潜った形跡と、パレードの準備の情報が、傭兵達の「雇い主」に伝われば、その動きに混乱がみられるかもしれない。
更に言うなら、俺達が再登城する為のサポートの意味合いもあるんだろう。
騎士達が立っている道に沿って城に向かえば、俺達に手出しするのは難しいだろうし、少なくとも騎士達の前で戦闘行為をするのは躊躇するだろう。
「で?なんで戻る事にしたのかしら?」
レミドさんは恐らく、良い意味での監視役なんだろう。
どこまて情報や指示が入っているのかは、不明だけど。
「状況的にコソコソする必要が無くなったので、装備諸々を元に戻そうかと。」
「貴方の推測に過ぎないのではなくて?
少なくとも私には、そんな情報や指示は入ってないわ。」
「あの豪華な甲冑は、実用に足るとは思うけど式典用とかのですよね?」
「ええ、それは間違ってないわ。」
「なら、正騎士団が俺達の捕縛に動いたとは考え難い。
エリックさんもこちら側なんだし。
それに何の触れも出さずに、人で溢れる王都を練り歩くって、どうするのか疑問でしたが、アレなら変に触れを出すより王都の民にもわかり易い。
頻繁に連絡を取り合えない俺達にも、わかり易い誘導に思えました。
準備が整った合図のようだとも思いましたね。」
「なるほど。
完全に納得した訳じゃないけど、わかったわ。
それでも気は抜かない事。
良いわね?」
呆れと何かを混ぜた様な表情で、ため息混じりにそう言ったレミドさんに、
「はい。」
と、短く返した。
ふとアーネスを見ると、既に着替え始めていた。
「アーネス。」
「何?」
「この際だから言っておくけど。
お前、俺を信用しすぎ。
当たり前だけど俺も間違えるし、悪いけどお前の命を背負える程、強くないよ。
精神的にも、肉体的にも、技量的にもな。」
鎧の留め紐を結ぶ手を止め、此方を見たアーネスはニカっと笑った。
「わかってるよ、そんなのは。
でもさ。」
「何。」
「俺を裏切ったりしないってのもわかってる。
期待云々は別でさ。
失敗したっていいじゃん。
レミドさんもいるし、それにジェスが言ったようにあれって殿下のサポートだよ。
殿下は殿下で、何かこう、考えがあるっぽいけどさ。
正直に言えば、不安はあるんだ。
でも、この件に関しては上手く行くとも思ってるんだよね、根拠はないけど。
逆に何に不安を感じてるのか自分でもわかんなくて、そっちの方がちょっと怖い。」
おい、最後のはなんだ?
余計な心配事を増やしてくれるなよ。
とりあえず、何も言わず苦笑いだけ返して、手早く準備し直した。
アーネス、俺もお前が裏切らないのはわかってる。
でもな、そんなお前に俺は、隠し事をしてるんだよ。
いつか、言える日が来るんだろうか。
装備を整え直した俺達は、先程の通りへと戻って来た。
騎士見習いに何事かと問い合わせている人の姿もちらほら見える。
まだまだ早朝だというのに幼い女の子が、微動だにしない騎士を口を開けて見上げているのは、なんだかホッコリした。
俺達は騎士達が立っている通りを選んで王城を目指した。
走るでもなく、ゆっくりと。
何度か傭兵の集団に出くわしたが、そのほとんどが思った通り俺達に迫るのを躊躇した。
早朝ではあるが人も出始めている。
ほとんどの店舗は開店前だったけど、下働きが店前を掃除していたり、軒先に商品を並べる人等は既に動き始めている。
邪魔にならないように、敢えて目立つ通りの中央を堂々と歩いていたのに、捕らえようと動かないのは、やはり騎士の目があったからだろう。
とは言え、俺達を見つけるなり駆け出そうとする集団も、いたにはいた。
彼らは全て、騎士達に止められた。
「かの者らは、此度の祝典における主賓である。
無礼は許さぬ。」
駆け出そうとする傭兵の前に立ちはだかる騎士がそう言うと、声を荒げ抗議していた。
「闇夜の牙の一味だぞ!捨て置けん!」
大体、そんな感じで詰め寄っていたが、
「それは誤った情報である。
闇夜の牙はモレッド候領にて既に討伐されておる。
本日早朝、王城より使者が出され傭兵協会、冒険者協会、双方に通達がなされた。
確認されるが良い。
ちなみにだが、彼らは討伐の功労者の一員でもある。」
毎回、そう返されていた。
それを聞いて絶句するか、数人を残して傭兵協会に確認に走るかのどちらかの反応をみせていた。
てか、通達も出たのか。
ますますやり易くなったな。
でも報酬云々はまた面倒そうだ。
「マジでか。」
小一時間程、騎士達が並ぶ通り選んでを歩いていると、見覚えがある通りに出た。
そこで思わず、そう声に出た。
冒険者協会がある通りだったからだ。
敢えてここを通れってか。
殿下もお人が悪くていらっしゃる。
「あれ?
この通りって、王都に着いた日に通った道だよね。
流石にマズくない?」
そうだな、アーネス。
俺もそう思ったよ。
「殿下が協会に通達を出したみたいだし、問題無いって踏んだって事だろ、多分。」
諦め半分でそう返して、通りを北に進む。
日も高くなり始め、人通りも増え始めた。
だが俺達の周りには人がいない。
騎士、見習い達が人の流れを誘導し、通りの中央を馬車二台位、開けているからだ。
俺達はその中央を堂々と歩いていた。
周りからは奇異の目で見られたが、努めて冷静を装っておく。
内心、バクバクだったけど。
更に小一時間進むと冒険者、傭兵、両協会の前に出た。
冒険者と覚しき人達は静観と言うか、値踏みと言うかそんな視線を向けて来る。
対して傭兵らしき人達は、懐疑や敵意が混じった目を向けて来た。
うん、胃が痛くなりそうだ。
目線が集まっているのは俺達の所為もあるが、槍を手にし赤黒い鎧で完全武装したバルが、
「お〜い、遅かったじゃねえか。結構待ったぜ。」
とか、馬鹿デカい声で呼び掛けて来たからだ。
いや、鎧姿はカッコいいけど、この状況で堂々と呼び掛けて来るのは、本当に勘弁してもらいたい。
声を聞いて、それまで平静を装っていたのに、思わず空を見上げて立ち止まってしまった。
頭を振って前を向くとバルに近付いた。
バルが拳を突き出して来たので、半ばヤケになって甲を合わせた。
アーネスも続いたけど、その顔はキラッキラだった。
「何?その鎧、カッケェ!」
呑気か、クソ!
「迷宮で見つけたんだ。
良いだろ?
性能も最っ高だぜ。」
ああ、そうかい。
そうだろうよ、だって鎧自体からとんでもない圧を感じるからな。
感じる迫力は親ムカデ以上だ。
「行くわよ。」
呆れ顔のレミドさんに促され、バルも合流して、俺達はまた王城を目指した。
更に小一時間後。
貴族街に続く門の前で、俺はまたも空を見上げる羽目になった。
隊列を組んだ騎士団を一個小隊程引き連れ、芦毛の巨馬に跨るバーゼル伯が待っていたからだ。
てか来てたんかい。
「待っておったぞ、勇者アーネストリー、七大神の祝福を受けしジェスター。」
大音声でそう言ったバーゼル伯の言葉に、周囲から歓声が沸いた。
そしてそれはどんどん広がっていく。
うん、なりそうじゃなく、痛い。
胃が。
あと、頭も。
「王都の民よ!
後程、お披露目の行進がある。
それに先立ち、此方の二人は大聖堂にて認定を受ける。
暫し、待たれよ。
では行こう、若き勇者と英雄よ!」
片手で手綱を持ち、大きな身振りで声を上げたバーゼル伯。
流石の貫禄です。
もう乾いた笑いしか出ない。
「うわ、カッケェ!なぁ、ジェス、なぁ!」
うん、わかった、わかったから。
ちょっと黙ってて、アーネス。
こちらに視線を向け、らしくないニヤリとした笑みを一瞬だけ浮かべたのを、見逃さなかった。
楽しんでおられるのですね、バーゼル伯。
それは何より。
クソゥ。
これで俺が考えた正面突破って作戦は、見事に吹き飛んだ。
普通に考えて、貴族街での戦闘は起こりえないと考えた。
起きるとしたら取り囲まれての捕縛だっただろう。
だけど、貴族街での避けるべきポイントがあると聞いていたのも相まって、単純なこの作戦は成功の可能性が高いと思っていた。
作戦自体は単純で貴族街に入り次第、危険なポイントを避け、全力でバーゼル伯別邸に駆け込むというもの。
後はすぐ近くの王城に、騎士一二班を護衛に付けてもらって向かおうと考えた。
まあ、無駄になったけど。
無駄になってよかったけども。
引き換えに、こめかみと胃が痛むが。
後ろにレミドさんと騎士団が二班。
前方にバーゼル伯率いる二班とそれに続くバル。
それに挟まれる格好で、並んで歩く俺達。
もうこれが行進って事じゃダメですかね。
まあ、ダメだろうな。
そのまま王城へと続く橋の前で騎士団とは別れ、先頭をレミドさん、続いてバーゼル伯、俺達二人の後ろにバルと隊列を変えて、再び登城した。
当然だが誰何される事も無く、レミドさんの案内で白薔薇園に辿り着いた。
そよ風が吹くたびに、薔薇の香りが花をくすぐる。
白薔薇園といっても、単色では無く、白系統の薔薇が咲き乱れていた。
ほんのりと淡いピンクだったり、縁だけ黄色くグラデーションが掛かっていたり、花弁の一枚だけが赤かったり、この状況でなければ溜息が出そうな程、美しい光景だった。
まあ、違う意味で溜息が出たが。
庭園の中央にある東屋、雰囲気に合わせるならガゼボか、には王太子グレゴリオ殿下が待っていた。
「良く来てくれた。
ハロルドも、久しいな。
此度は大義であった。
懐かしむ暇も、今は惜しい。
掛けてくれ。」
促され俺とアーネスは座ったが、バルは俺達の後ろに立ち、バーゼル伯とレミドさんは殿下の後ろに控えた。
「既に聞き及んでいるだろうが、陛下が倒れられた。
残念ながら、思わしくない。」
思わず息を飲む。
俺も、アーネスも。
「幸い、諸々の手続きは済んでいる。
このまま逝去となられても、国政への影響は軽微なものになる。
少なくとも、王都の民に混乱は見られないだろう。
陛下が高齢なのは周知であり、国王崩御の報が流れても、然程影響はない筈だ。
ここまでで質問は。」
躊躇いはある。
あるけど聞かない訳にはいかない。
このまま知らん顔を装う事は出来ても、当事者の一人としては、やっぱり知っておきたい。
答え合わせは、今この瞬間、この場でしか出来ない。
そんな確信めいたものがあった。
「手続きとはどこまでを指しておられるのですか?」
表情を変えずに、殿下は真っ直ぐに俺を見つめ返してくる。
「そうか、気付いたか。」
「憶測でしかありません。
ですがバーゼル伯がここにいる事で、確信に近いものがあります。」
気付いたという一言もそれを強めていた。
「構わん。
申してみよ。
この場においては不敬とは言わん。」
隣に座るアーネスの顔は引き締まっている。
一連の騒ぎの答え合わせを、静かに待っていた。
「では恐れながら。」
小さく息を吸い込んで、腹に力を込める。
「殿下は玉座を放棄されるおつもりですか?」
強く風が吹き、ザァという白薔薇を揺らす音と、その香気がこの場を包み込む。
殿下の口元が、僅かに緩んだ。
いよいよ種明かしのはじまりです
今回は触りだけですがね(汗)
トンデモ展開と言われそうではあります(汗)
次回 真意と真実




