考察から始まる最終日
報告の内容からは陛下の容態は窺えない。
重篤だと報せが届くと言う事は、言葉通りかなり悪いのかもしれない。
それに俺達のことがあるにせよ、こんな末端まで連絡が入るという事は、そういう事なんだと思わされてしまう。
まあ副団長補佐という立場にいる、レミドの為にもたらされた情報であると言うのが、妥当なんだろうけど。
「指示に変更はない、と副団長から。」
報告をしてくれたのは、下の酒場でカウンターの中にいた、スキンヘッドに無精髭という、何処かアンバランスな印象の厳つい男性だった。
時刻は早朝。
夜も明けきらぬうちに動き出そうとしていた、その最中の事で少なくとも俺は動揺していた。
「食べたら出るわ。」
顔色を変えずそう言った、ぱっと見は冷静なレミドと、無表情で黙々と朝食を摂るアーネスの顔を見比べて、俺は小さく溜息を吐いた。
実際、今ここで俺が動揺しても仕方ない。
それに幾つか引っ掛かるっている事もある。
それの最たるものを、まるで代弁するかの様に、
「なんで会えたのかなぁ。」
と食事を終えたアーネスがポツリと呟いた。
引っ掛かっている事の一つがそれだ。
「何故、俺達は謁見する事が出来たのか。」
ある程度は考えはしたが、答えは出ない。
王都に入るまで、若しくは謁見するまで、こちらの容姿などの情報が無かったのではないかとも思った。
ただこれは、バルがこちらにいる事で少し根拠が弱い。
名の売れた冒険者で、パット見のデカさや諸々目立つバルがいれば、嫌でも目を引くだろう。
堂々と御者をやってたし。
バルがこちらにいるって情報は、モレッド候領の時点で向こうもわかっていたのだから。
バーゼル伯の騎士達が護衛に付いていたから迂闊に手を出せなかった、とか考えたけど、相手は二千の傭兵達だ。
十重二十重に取り囲んでしまう事も出来た筈なのに、それをしなかった理由が分からない。
バーゼル伯が王様の命令を完遂出来て、足を引っ張るという他家の目論見はご破算になるのに。
そもそも、俺達は「闇夜の牙の頭目、若しくは幹部」として追われる身になっている。
闇夜の牙の首魁達を、王家が庇護していると取られかねないこの作戦を、何故殿下は推し進めたのだろう。
結果として傭兵達どころか、市井の人々の悪感情が王家に向く可能性すらある。
お披露目の後で、若しくはその最中で闇夜の牙が壊滅した事、その功労者が俺達であると喧伝する事で、反転させられるかもしれないが、それにしてもリスクが大きい様に思う。
なんなら声だけ大きくして、隠蔽しようとしていると思われる可能性だってある。
勿論、既に何らかの手が打たれていて、ただの杞憂に過ぎないのかもしれないけれど。
ヘイトと言うなら、別動隊のバルの動きも気になっている。
向こうは「派手」に暴れているという情報が入っているが、バルは「豪胆」であっても、「短慮」ではないと思う。
踊らされているというか、偽りの情報で雇われた傭兵達を打ちのめすのは、どうにもバルの印象と合わない。
撹乱と頭数を減らすのが目的だとしてもだ。
当然、別個の目的や策があるのかもしれないけど、それは情報が少な過ぎて分からない。
伏せられた情報が多くて解きようが無い、パズルのようだ。
殿下の作戦が、どうにもチグハグに感じるのだ。
そもそも、大聖堂で勇者認定の式典を「大々的に」行うって話なのに、この二日で街中に何らかの触れが出ているのを見ていない。
「極秘裏に準備を進めている」と言っていた、殿下の言葉の矛盾には、早くから気付いてはいたけれど、ここにもチグハグな物を感じてしまう。
それに式典の準備はまだしも、ジード爺様が動いていない筈がない。
教会を含めて「こちら側」だとすれば、何らかの情報が来てもおかしくないと思う。
「ジェス、おい、ジェス!」
「あん?」
「あん?じゃないよ!また、どっか行ってたでしょ。」
食事の手を止めて思考に沈んでいた俺を、アーネスが声を掛けて引き戻してくれたようだ。
苦笑いを浮かべていたアーネスの顔が、瞬きの間に真顔になっていた。
「てかさ、考え過ぎてない?」
「どういう意味だよ。」
「俺もさ、考えてみたんだ、ジェスとは違う方向で考えてみようって思って。
今のこの状況って、ゴールは分かってるのに道が分かんないって感じだなって思ったんだ。」
言わんとする事は何となくわかる。
ただアーネスの場合、何処にゴールを見ているかが読めない。
普段は堅実なのに、いざとなると斜め上になるからな。
「お前の言うゴールって何処よ?」
「バーゼル伯領に帰る事。」
俺の問いに食い気味で、しかもイイ笑顔で返して来た。
それは思わずポンと手を打ってしまったほど、ヤケにストンと落ちた。
「そっか。なんなら全部放り出して帰りゃイイのか。」
「それはそうだけど、バーゼル伯領まで傭兵に追われるのはヤダよね。
それにディディ置いていくのはマズくない?」
「それはまあ、うん、そうな。」
ディディの凍り付く様な激怒顔を思わず想像してしまった。
うん、置いて行くとか無理。
思考が少し脇に逸れたからだろうか。
ちょっと煮詰まっていた頭が少し楽になった。
「ねえ、レミドさん。陛下は元々何かの病を患われておられたの?」
アーネスが支度を終えたレミドさんに投げた質問が、何かヤケに意識に残る。
何だ?
ゆるゆると首を振るレミドさんの顔には、薄く寂しげなものが浮かんでいた。
「陛下は今年九十よ。
いくつかの裁可をを除けば、政務のほとんどを殿下に任せておられるわ。
それにここ数年は体調を崩される事も多いの、高齢故にね。」
確かに俺達の世界では、人族としてはかなりの高齢だ。
治癒魔法のおかげでそれなりに平均年齢は高いが、七十を超えていれば十分長寿な部類になる。
領都の三婆様達以外で、そんな高齢者は会った事がない。
しかしなるほど。
実権ほほぼ殿下が握っているのか。
あれ。
殿下の目論見というか、望みは外戚の排除、若しくは弱体化。
矛盾する作戦。
高齢で健康不安を抱えた王様。
動向が掴めないジード爺様。
暴れるバル。
バーゼル伯別邸に籠もれない理由。
掴めない尻尾。
説明がないバーゼル伯。
ヤケに多く、中途半端な傭兵達の動き。
え、あれ。
いや、まさかね。
でも筋は通る。
あり得るのか、そんな事。
逆に王族だからこそなのか………。
もう少し整理して考える必要があるか。
王都に着いた夜の会話で、ドナート卿は王家に刃を向ける可能性を捨て切れないと言っていた。
順序を考えると、これは矛盾する。
仮想敵がバーレスト候ならば。
殿下の即位が秒読みの今、事を起こすとランツ殿下に玉座が回る目が無い。
ジード爺様が言ってたように、継承権三位のモレスター大公の存在があるからだ。
高齢の陛下は別として、外戚排斥を狙うグレゴリオ殿下、ドナート卿の娘を娶ったカーソン殿下、この二人を排除するのは普通に難しいだろう。
一人ならまだしも、二人同時にとなると当然疑惑の目が向き、諸侯の反発は免れない。
カーソン殿下のみを排除しても、グレゴリオ殿下の御代が続けばバーレスト候が浮き上がる可能性は低くなる。
ランツ殿下の代になる頃にはバーレスト候自体も高齢、若しくはグレゴリオ殿下より先に亡くなってしまう可能性まである。
貴族なんだから、家の繁栄を望んでいるとしても迂遠に過ぎる。
イヤ。
そうか。
むしろバーレスト候「家」の繁栄が目的なのか。
どうやら視野が狭くなっていたようだ。
どうやってもランツ殿下を玉座に付かせるのは無理がある。
俺はバーレスト候を人としては絶対に好きになれないが、将帥としては政戦両略の人だと言うイメージを持っている。
それ程の人物がそれを理解せず、策謀を巡らせるとは考え難い。
玉座に目が行き過ぎていたようだ。
王家との結び付きは確保しつつ、家と派閥の拡大。
いかに殿下が外戚の排除、排斥を進めようとしても無視し続けるのは無理だ。
理由も無く姻戚の排除する事は他家の不信にも繋がる。
殿下に取って不本意でも、バランスを取る事を強いられるだろう。
それを承知の上で、他の派閥の弱体を図る。
そう考えるとバーゼル伯、というかそちらの派閥を追い落とす為に策を巡らせている事、俺達を排除しようとする事は説明が付く。
恐らく闇夜の牙の本来の使い方は、街道封鎖に近いものだろう。
交通網が発達していない俺達の世界で、大きな経済圏への街道が使えないと言うのは、その領の経済活動を大きく阻害する。
なんなら、居るという情報を流すだけでも効果があるだろう。
商家は護衛を雇い費用が嵩む。
仮に討伐隊を組んだとして、ほぼ同数の騎士わ向かわせると、二個小隊で約四十人。
見習いが付き従うなら約八十人。
三日だとしても、糧食だけで相当の量を確保する必要がある。
主食、副菜、水。
調理器具に食器。
他にも薪に、衛生用品、予備の武器。
野営するならテントや毛布。
馬を使うならその分の水や飼葉。
それらは有り物だけで済む訳ではないから、当然その費用も掛かる。
例え空振りでも。
これを収穫期や王都への納税の時期にやられたら、小領地の貴族なら干上がり兼ねない。
人的被害、特に男手に出ようものなら、その地域の産物の生産性は低下し、身代金の要求なんかもしてただろう。
これを数年に渡って各地で行っていたなら、被害は計り知れない。
俺達を殺しに来たのが運の尽きだったのだけど、およそ五倍もの戦力で襲って来ていたから、油断していたって事もない。
村の中で小集団に分かれていたから、各個撃破の形を取れたから難を逃れられたけど、村を襲わず街道で攻められていたらもっと危なかった。
ディディの魔法やバルの戦闘力を考えると、それでも負けるとは考え難いけど、被害は大きくなっていたかもしれない。
モレッド候にも被害を出そうと欲をかいた結果とも言えるけど。
周りを下げ、自分は相対的に上げる。
闇夜の牙の運用はそれが主だったんだろう。
俺達を潰せばバーゼル伯の面子も潰せる。
王命遂行に失敗したとなれば、当然王家の覚えが悪くなる。
「万難を排して」と王様からの書状にあったらしいけど、何らかの妨害は王様も折り込み済みで、それを乗り越えて俺達を送り届ける事を望んでいた。
意外だったのはその後の襲撃がなかった事だけど、傭兵を雇い王都で待ち伏せる事にしたからだとも取れる。
二千という数はそれだけ見れば多いけど、王都全域に配置するには少ない。
費用は馬鹿にならないだろうけど、悪評を広め、それに手を貸すバーゼル伯の評価を下げ、バルの評価を落とし、その実家のバルドール商会の評判を落とすという目的だったなら話は変わる。
王城内での評価はまだしも、王都の民にはある程度その話は伝わっているだろう。
イメージや噂の払拭は難しい。
アイツの世界と違い、情報機器なんて無い俺達の世界で口コミって言うのは馬鹿に出来ない。
この騒ぎの中で地方に出た人がそこで俺達の悪評を流せば、下手をすると永遠に消せないまである。
これも周り下げの一環と考えていいだろう。
バーゼル伯以外に魔物の討伐の協力を要請するようになる事もあるかもしれない。
悪評だけを耳にした、情報力に乏しい地方の貴族とかは。
派閥自体の鞍替えすら、あっておかしく無いかも。
それの先は武門として力を持つバーレスト候が最有力だろう。
持て余した戦力の使い道としては悪くない。
今までやってなかったのが不思議な位だ。
俺達が知らないだけで、やってるのかもしれないし、単に有名なのがバーゼル伯ってだけなのかもしれないけど。
損して得取れじゃないけど、バーゼル伯の収入を削いで、自分達の収入を上げる。
そんな目的もありそうだ。
ここで傭兵を雇う費用を払っても、後々回収出来ると考えているのかもしれない。
俺達に悪評を押し付けて。
ただそうなると謁見出来てしまった理由が、ますますわからなくなる。
レミドさんが言った、
「王城に入れてから、包囲するのが肝」
っていうのも、俺達の所在を明らかにしてからおっとり捉えるという、「作戦」としては納得出来るけど、バーゼル伯が手柄を上げるのを阻止するっていう「目的」とは反している。
万が一、俺達が正騎士団に入ると言ったら手出し出来なくなる訳だし。
俺達が知りえない、何らかのイレギュラーが相手方にあったんだろうか。
ここまで考えても、殿下が提示した作戦にはやっぱり矛盾を感じる。
殿下が敢えてやらせているとしたら、逆転の手を持っていると考える他にない。
というかドナート卿、レミドさん、殿下と皆の話にそれぞれ矛盾があって、混乱させられている。
アーネスが言うように、考え過ぎなのか。
でも。
見えているピースだけで、ある一つの答えはぴったりと嵌ってしまった。
この考えの答え合わせは、白薔薇園で待つ殿下に聞く他ない。
他にも知りうる人がいたとしても、倒れられた王様とか、極限られた数名だろう。
何よりほぼ思い付きのこの考えは、レミドさんや国に属する人には聞かせられない質のものだ。
不敬と取られかねない。
頭を一振りしてその考えは、一先ず脇に追いやった。
筋が通っていようと、あくまでも俺の憶測に過ぎない。
手の中の食べかけのパンをスープで流し込むと、深く息を吐き出して立ち上がった。
お久しぶりです
ダメ親父、帰ってまいりました
休止しているにも関わらず、多くの方に読んで頂けた様で非常に嬉しく思っております
この場を借りてお礼を述べさせて頂けたらと思います
ありがとうございます!
m(_ _)m
いやしかし再開したものの、今回はほぼ進んでませんね
テヘっ
とは言え、ジェスは「陰謀」の答えの一端に気が付いた様子
次回お楽しみに〜
次回 白薔薇、咲き乱れ




