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今はただ「この」己に掛けて −複数の加護と前世の「知識」を持つ俺は、親友勇者と離れアイデンティティを保つ−  作者: ダメ親父
第一章 追憶の中の旅立ち、秘密を共に

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逃走劇の始まり

到着した宿は薄汚れた如何にもな安宿だった。

祝祭以降で野営を除けば、最もチープな寝床だな。

そう思っていた。


商会の倉庫で馬車を降りた俺達は、辺りを警戒しながら安宿を目指した。

日も落ちかけた夕暮れ時。

昨日は王都に到着して南側を歩いたけど、今日歩いたのは北側だった。

大聖堂と用意された安宿が、貴族街の北側にあるからだ。

そんな中、昨日の様子と変わらない、人が溢れる街並みの中で、武装した冒険者を見るだけでギクリとした。

「堂々として。

怪しいって喧伝してるのと、それじゃ一緒よ?」

レミドさんにそう言われたが、俺もアーネスもビクつくのを抑えるのになかなか苦労した。

丸腰だしな。


小路に入り、その区画の中央付近。

「こんな所にあって、客が入るのかよ」

って思う程、薄汚れた狭い通り。

馬車は入れないだろうし、ちょっと入り組んだ、通りに面した店が無いような場所。

裏口ばかりが目立ち、蓋の上に石が置いてあるゴミのバケツがあちこちに出ている。

そんな中に軒先に小さく吊るされた看板が出ていた。

何処かへの近道なのか人の通りが無くはないけど、表通りのような喧騒は当然無い。

こちらへの視線は感じられない。

それでも辺りを見回してから、建付けが悪いのか軋む音を立てるドアを狭く開いて体を滑り込ませた。

続いて入って来たレミドさんは堂々とドアを開けていて、俺達が警戒しすぎなのかと思わされた。


中は中で薄汚れた印象だった。

食事は出していないのか、カウンターと二階に続く階段があるだけの狭いホール。

そこにしなびたって言っては失礼だけど、それ以外の印象を持てない深い皺で顔中が覆われた老婆が、目をしょぼしょぼさせながら座っていた。


「お連れさんは二階の一番手前の部屋にいるよ。」

カウンターに立つなり、見た目の印象通りのしわがれた声でそう言われた。

俺達は階段を上り、言われた通り一番手前のドアをノックした。

返事は無かったけど、足音と板張りの床が軋む音がして中からドアが開けられた。

表情は何時も通りのバルが、何も言わずに俺達を中に招き入れた。

中は大部屋で二段ベッドが廊下側に四、奥の壁際に六、並んでいた。

人一人入れる位の隙間しかない。

それ以外はベッドの枕側にランプを置く台があるだけだ。


室内にはバルしかいなかった。

汗をかいているのを見ると、筋トレでもしてたんだろうか。

バルのサイズ的に、この狭い部屋でなにをしてたかわからないけど。

「おつかれさん。

この時間じゃ飯もまだだろ?

さっき、変装したヤツが色々と買って来て、置いてったから取り敢えず食えよ。」

ベッドに挟まれた通路には俺達の荷物が置かれ、そこに一緒に革袋に入った料理も置かれていた。

小瓶に入ったミードや、水袋もある。

料理の袋を一つとミードを取り、荷物に近いベッドに腰を下ろした。

アーネスが向かいに座ろうとした。

膝が当たりそうだったから、俺は靴のままベッドに胡座をかいた。


「こっちは腸詰めだ。

そっちは?」

袋を覗き込んだアーネスがそう言ったので、俺も手に取った袋を覗くとこっちは白パンだった。

一つ取って、袋ごと渡す。

行儀悪く一本咥えたアーネスが受け取ると、腸詰めの残りを渡してきた。

パンを割って挟むと齧り付く。

ほんのり温かみが残った腸詰めから肉汁が溢れ、口の中に広がった。

それをミードのラッパ飲みで流し込む。


「大丈夫なのかしら?アルコールを入れて。」

レミドさんが呆れた表情を向けて来るが、今は無視して腹ごしらえだ。

まるで感じてなかったけど、一口食べた事で胃が思い出したように、空腹を訴えた。


「その声、レミドか。

今日は赤髪なんだな。」

「声でわかるのは貴方ぐらいね。

なんだか流れ的に貴方達と合流する事になりそうだから、貴方にも素顔を晒そうかしら。」

「へぇ、思ってた雰囲気より大分若えな。」

「あら、ありがとう。」

「礼を言うなら嬉しそうに言えよ。」

二人のやりとりを聞きながら、まだあった料理の袋を開けると、何の肉かはわからない大振りの肉串だったのでそれも食べた。

というかこの二人、知り合いなのか。

アーネスも手を出したので、渡してやった。

アーネスはミードでは無く水袋を呷っている。


「バルは食べたの?」

アーネスが聞くと、首を振った。

「俺はまだだ。

どのみち今晩は俺はここに残るから、後で食う。

お前達は食ったら装備を整えて、移動だ。」

「何処に?」

「実家の伝で別の商会の倉庫を借りた。

荷物は入ったままだが、管理人のベッドがあるらしいから、今夜はそこで泊まりだな。」

「バルは明日からどうするのさ。」

「お前達と背恰好が似た奴と一緒に、市内観光だな。

こっちに引き付けられればよし。

駄目でも撹乱にはなるだろ?

少なくとも俺は狙われるだろうしな。」

なるほどね。


「お前達はレミドに付いて回れ。

休憩や寝泊まり出来る場所を確保してあるらしいから、明日は一日移動と休憩の繰り返しだな。」

そうは言われても、やっぱり潜伏していたいところだ。


「戦闘はなるべく避けろよ。

あと大きな通りを歩いていれば、即戦闘って事態は避けられるだろう。

囲まれる危険は増えるけどな。」

ダメじゃん。

かと言ってこの辺りのような狭い路地は、挟撃される危険が高いし、どうすりゃいいんだよ。


「大通りを歩いて、囲まれる前に逃げる。

コレだ。

気配を読むいい訓練にもなるな。

堂々としてりゃ、案外気付かれないもんだぜ。

それとクラウディアから伝言だ。」

なんだろう。

「ご武運を、だとよ。

人質になるのを避けるのに、アイツは王都別邸に籠もるそうだ。

簡単に人質になるような玉じゃねえが、アイツを街に出したら万が一の戦闘で派手にやっちまいそうだしな。」

それは、うん。

火の海に佇む姿を想像しちゃうよね、ディディの場合。

流石に街中で火は使わないだろうけど。


食事を済ませると、すっかり馴染んだ借り物の革鎧を着けて宿を後にした。

ホールまで見送ってくれたバルと握手をしようとしたけど、拳を出されたので軽く合わせて出てきた。

アーネスも同じようにしていたけど、その時から既に表情は引き締まったものになっていた。


走りこそしなかったけど、かなり足早に大きな通りまで出ると、後から小声で出されるレミドさんの指示で進む。

人の流れに乗って歩いていると、街角に武装している集団があちこちにいた。

こちらに目を向ける人もいたけど、特に騒がれる事も後を追われる事も無く、ちょっと拍子抜けした程だった。

顔まで割れていないのか、男女三人組なのがよかったのかはわからない。

内心のバクバクしたものを押し殺しながら、やたら長く感じる移動をその日は呆気なく終えた。


通りから一本入った所にあった倉庫は、煉瓦造りの立派な建物だった。

一本入るとは言っても、馬車でも通れるような道に面していて、隠れ家って雰囲気じゃなかった。

中はなんだか粉っぽい。

それは積んである荷物を見て納得した。

半分以上が小麦粉の大きな袋で、残りは脱穀前の穀類だった。

ネズミ除けなのか猫が二匹、隅で顔を洗っている。

入口近くの一角が壁でくぎられ、そこに用意されたベッドは思っていたより清潔で柔らかな物だった。

気を使われたのかもしれない。


取り敢えず胴だけ外してベッドに転がる。

三つあるベッドの一つにレミドさんも上がったが、いきなり服を脱ぎ始めたので、慌てて止めた。

「何よ、うるさいわね。

脱がないと皺になるじゃないの。

それに貴方達は冒険者なんでしょ?

慣れなさいな。」

「いや、そう言う事じゃなくて。」

「見なきゃいいでしょ?

行軍で慣れてるから見られても気にしないけど、童貞丸出しは恥ずかしいわよ?」

「わかった、わかったよ。

もう好きにして。

俺達が取り敢えず起きてるから、先に寝て。」

「何言ってんのよ。

外に見張りがいるわ。

気付いてなかったの?」

「えっ?全く気付かなかった。」

アーネスも驚いた顔をしてるから、やっぱり気付いてなかったんだろう。

「通りの端に三人組が煙草を吸ってたでしょ?

笑いながら。

あれよ。

通りの反対にもいるはずだから、貴方達もさっさと寝る。

明日からが本番なんだから。

消すわよ。」

ササッと下着姿になったレミドさんが、丁寧に服を畳むと枕元のランプを消し、訪れた暗闇の中でシーツに潜り込む音が聞こえて来た。

俺達も溜息の後でシーツを被った。

緊張もあったはずなのに、眠りは直ぐにやって来た。


窓が無い室内は、目覚めても暗闇の中だった。

かすかに聞こえる小鳥の囀りが、朝だと報せてくれていた。

集中してみると、ランプの位置がわかったので火を点ける。

それと同時にギョっとした。

だらしなくはだけたベッドの上で、むき出しの腹をポリポリとやりながら、涎を垂らして寝ているレミドさんは下着がズレてどこも丸見えだった。

ベッドを降りるとそっとシーツを掛けて伸びをする。


荷物からタオルと水袋を取り出すと一口飲んでから、部屋にあった桶に残りを注いだ。

その脇にメモ書きがあるのに気付いて読むと、

「餌と水をやってくれ。」

と書いてある。

足元には干し肉と、水が入った小振りの樽。

それと粗末な深めの木皿が二枚重ねてあったので、それで水を掬い、干し肉と一緒にドアの外に出してやった。

顔を洗っていると二人も起き出したので、場所を開けると先に胴を着けて待った。


「この後、どうする?」

アーネスが聞いて来たけど俺には答えが無い。

困ってレミドさんを見ると、まだ下着姿のままだった。

「早く着てよ。

てかこの後、どうするのか聞きたいんだけど。」

「まったく、お礼の一つ位、言ってくれてもいいのよ?

私の美しい体を見れたんだから。」

どうでもイイ。

いや、いいものを見たとは思うけど、今は喜ぶ気分にはならない。


「今日は移動と休憩の繰り返しよ。

差し当たっては広場に出て屋台で朝食ね。」

体感的にはまだ早朝だけど、やってる屋台なんてあるんだろうか。

「この辺りは商会の倉庫が集まっているから、早朝から働く者向けに早くから屋台が開いてるのよ。

冒険者なんかも利用するから、私達が使っても怪しまれる事は無いわ。」

服を着ながらそう説明するレミドさんに納得する。

アーネスが鎧の胴を着けるのを手伝ってから、俺達は移動を開始した。


広場に出てみると、確かに十軒程の屋台が店を開けていた。

その一つに向かったレミドさんに付いて行くと、アイツの知識そのままのホットドッグを売っている屋台だった。

広場の噴水の水がそのまま飲めるというので、彫像の水瓶から流れる水を水袋に詰めるのに、支払いはレミドさんに任せてその場を離れた。


ちなみに彫像はムキムキの男性像。

なんで水瓶を掲げているかは、モチーフがわからないからその意味もわからない。

ざっと辺りを見渡しても、傭兵らしい姿は見えない。

冒険者のパーティーは何組かいるけど、こちらを気にする様子はなかった。


流石に王城を抜け出した事はバレているだろう。

そう思っていたら、近付いて来たレミドさんが、

「行くわよ。」

と、短く促した。

ギョっとしてもう一度見回すと広場に入って来た五人組がこちらを指差し、何か喚いていた。

走り出した俺達の後を追って、その集団もこちらに向かって来たが、全員が一斉に転んだ。

「レミドさん、何かした?」

走りながら怪訝な顔で聞くアーネスに、レミドさんは面倒臭そうに答えた。

「タイミング合わせて、石畳を何枚かちょっと浮かせたのよ。

岩の槍の要領で。」

なるほどね。

石畳ならそういうのもアリか。

路地を回って元の広場に戻るとその集団は居なかった。

ベンチに座って、抱えていたホットドッグを齧るレミドさんに驚いたけど、俺達も並んで座って食べた。

ちょっとだけ、笑える気分になった。


その後は昼までひたすら歩いた。

レミドさんに付いて歩いていたけど、流石の体力でそれにも驚かされた。

下着姿でわかっていたけど、全体に細身だが一部以外は締まっていて、腹筋なんかは俺達よりありそうに見えた。

副団長補佐って言うのは伊達じゃなさそうだ。


指示があったんだろう休憩場所は、集合住宅の一階の部屋だった。

空き部屋だったけど普通の民家。

床に無造作に置かれた荷物には、食事と着替え、それと今着ているのとはデザインが違う革鎧が入っていた。

ここまでの道中で追われる事はなかった。

それらしい一団もいない訳ではなかったけど、人出が増えた中で、気付かれる事はなかったからだ。

とはいえ、精神的に疲れた。

湖畔の別邸とかで走らされてなければ、体の方も疲れていたかもしれないけど。


先に着替えてから食事を取り、また街に出て歩く。

午後は二回程、走る羽目になったけど、どちらも朝と同じようにレミドさんが魔法で転がして逃げ切れた。

それがこのまま上手く行くとは、正直思えなかったけど。

明日もまだこれが続くのかと思うと、溜息が漏れた。

無造作に脱ぐレミドさんに文句を言う気には、もうならなかった。

そんな体力は使いたくなかったし、なにより照れを隠せないアーネスを見ていると不思議と落ち着いたから。

コイツは本当にブレないな。

最後までお読みくださった方々、ありがとうございます

モチベにつながるので、ブックマークを是非お願いします

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「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら、切ってくださって結構ですので………


次回 白薔薇の園は遠い

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