SS.5 職員は見た!
バーゼル伯領都支部協会職員のマイラは溜息を吐いた。
それはその日、何度目だっただろうか。
受付カウンターの彼女の一角だけ、傍から見ると影が差している様に見えた。
もちろん錯覚なのだが。
ランクを問わず丁寧な仕事振りで対応するのと、気さくな人柄、可愛らしい見た目の彼女は人気がある。
その彼女のカウンターだけ、この日はほとんどの冒険者が避けていた。
「ほとんど」なのは一部の冒険者が、敢えて彼女の前に立つからだ。
「元気出しなよ、よかったら話聞くから食事でもこの後どう?」
今も、大きく息を吸い何か決意した表情の後、笑顔を作ってから声を掛けた若い男の冒険者が、どんより淀んだ目を向けられ引いていた。
要するに彼女狙いの男が、ある意味チャンスと見て挑んでいたのだ。
結果は、言葉少なに手早く仕事を片付けられて、撃沈する者が屍を積み上げて行くだけだった。
その彼もそう。
仕事も無しに彼女の前に立った者は、視線だけで石にでも変えられそうな、酷く恐ろしげな目で見られて、悲鳴を上げて逃げ出した。
「マイラ〜、終わったら飯行こうぜ、飯。」
そう言ってまた別の冒険者が彼女の前に立った。
協会の若手から、姐さんと呼ばれ慕われるミリアだった。
「行かない。」
「食わないと、体に悪いって。
それにアンタの周りの空気、何年も掃除してないドブ並みに淀んでる。
気持ちはわかるからさ、行こうぜ飯。
奢るしさ。」
鬱陶しげにミリアの顔を見たマイラは、また溜息を吐いた。
「アンタ、人の顔をようやく見たと思ったら溜息って。
まあ、いい。決定な。
後で迎えに来るから逃げんな〜。」
手を振りながらカウンターを離れるミリアを見て、また溜息が出るマイラだった。
その日の仕事を終えて帰宅するのに表に出たマイラの腕に、横から誰かが腕を絡ませた。
「待ち伏せ?しつこいわね。」
俯き加減だった顔を上げてそちらを向くと、ミリアの他にもう一人、よく知った顔があった。
支部長のグレンだ。
「何?二人で説教でもする気?」
「違うって。
本当に飯に行くんだよ。」
「何で支部長もいるのよ。」
「財布。」
溜息を吐いたマイラは、腕を解くと軽く両手を上げた。
「わかった、わかったわ。
付き合うわよ、何処の店?」
「ウチに決まってんだろ。」
そう言って、バチコンと音がするようなウインクをしたミリアに付いて、一つ前より大きな溜息を洩らしてから、やけに重い足取りで後ろを行くマイラだった。
その後ろには、グレンが距離を置いて付いて行く。
知らない者が見たらタイプの違う美女三人が、連れ立って歩いている様に見えたが、この日、三人に声を掛ける者は、調子に乗った酔っぱらいにもいなかった。
中間を歩くマイラの周りを覆った暗い雰囲気が、それを許さなかったから。
ミリアの実家の綺麗とは言えない、だがしっかり繁盛している酒場に着いた三人は、奥の隅の席に座った。
何も聞かずにミリアの兄が持って来た、ミードの小樽から酒をジョッキに注ぎ、無言で合わせた。
喉を鳴らし、一気に飲み干したミリアとは対照的に、他の二人は一口だけ口を付けてから、テーブルに置いた。
「兄貴〜、飯も頼むよ、適当でいいから腹に溜まるヤツ〜。」
グレンは苦笑いを浮かべながら、三人になってから始めて口を開いた。
「変わってないなココは。」
「兄貴が頑張ってるからな。
ホラ、飲みなって二人とも。」
グレンはもう一口飲んだが、マイラは溜息を吐いて立ち上がった。
「やっぱり帰るわ。
気分じゃないもの。」
「まあ、座んなよ。
話もあるしさ。」
ミリアに手を取られ、渋々座ったマイラはまた溜息を吐いた。
「マイラ。
気持ちはわかるつもりだよ。
元とはいえ恋人に死なれたんだ。
辛いのはわかるけどさ、アンタ見てるとアタシも辛いよ。」
「何がわかるのよ!」
そう叫び掛けて、マイラはグッと言葉を飲み込んだ。
ミリアの表情が今にも泣き出しそうな事に気付いたからだ。
行き場を無くした言葉を飲み干す様に、ジョッキを一気に呷るとドンとテーブルに置き、ミリアにおかわりを促した。
二人が無言でピッチを上げて飲む傍らで、グレンはチビチビと飲んでいた。
つまみに出された、炒った豆をつまみながら。
ミリアに強引に誘われて来たはいいものの、正直な事を言ったなら居心地が、それもすこぶる悪かった。
女性と見紛う程の美貌を持ちながら、グレンは女性関係にトンと疎かった。
相手がいなかった訳ではないが、最初は良くても親密になればなるほど、女性側から離れて行った。
隣に立つのが苦しい、もしくは思ってたのと違うと言って。
正直今も、なんて声を掛けてマイラを慰めればいいのかわからずにいた。
口に残った豆の皮を飲み込むのに、グレンはジョッキに手を伸ばした。
「そう言えば、ウラが目覚めたんだってな。
良かったなミリア。」
「グレン、今する話じゃねえだろ。」
会話の糸口になればと切り出したグレンは、鼻に皺を寄せて睨んだミリアに、恐ろしく低音で言われてそっと視線を外した。
「支部長。」
凍りつくような冷たさを持った視線でマイラに見られ、ミリアから逸らした視線は彼の足元に着地するしかなかった。
「でも、ウラが目覚めたの、アタシも嬉しいわ。
良かったね、ミリア。」
「ありがとうな、マイラ。」
そう言ってテーブルの上で二人が手を重ねるのを見て、ホッと息を吐いたグレンは、手にしたジョッキを飲み干すと、手酌でジョッキを満そうとした。
「グレン、面白い話をしろよ、笑えるようなヤツ。」
彼はミリアの唐突な無茶振りに、注いでいたミードを溢しそうになる。
大体、支部長で二人よりも十前後年上なのに、この雑な扱いなのが釈然としなかった。
「無理よ、支部長には。
普段から真面目でもないのに、面白い事一つ言えないんだから。」
マイラの言葉に更に釈然としなさが増したが、事実でもあるので言い返せなかった。
「グレンさ、今、女いんの?」
「今はいない。」
唐突なミリアの質問に、そう答えたグレンは、何故か酷く虚しくなった。
美女二人と酒を飲んで、これほど嬉しくも楽しくも無いのは初めてと言えた。
「ふうん、じゃあさ。」
そう言って、言葉を溜めるミリアをグレンは恐る恐る見た。
既に酔っているのは明白な目付きをしたミリアが、ニヤリと笑う。
「マイラ、コレと付き合えば。」
「はぁ!」
「はぁ!」
同時に立ち上がって発せられた揃った叫びに、周りの客もこちらを見た。
ミリアが獣じみた表情で見回すと、その視線達は素早く撤退して行った。
提案自体は吝かではないが、今じゃ無いだろと、グレンは目頭を揉みながら首を振って座り直した。
一方のマイラといえば、口を開けたまま、グレンとミリアの間を交互に見ていた。
「無しじゃないだろ、マイラも。
アントンと付き合う前は、コレがいいとか言ってた時期もあったし。」
「何時の話よ、それ。
貴女が駆け出しの頃の話じゃない。」
ミリアの度重なるコレ呼ばわりにも釈然としない物を感じたが、初めて聞いた話に混乱し掛けていたグレンは、並々のジョッキを飲み干した。
ガハハと豪快に笑うミリアに、ちょっとだけ苛立つグレンだった。
マイラもまた、ミリアに苛立ちの様な感情を湧き起こさせていた。
アントンが死ぬ前から次に行けと、励ましてくれていたが、こんな形でパスを出されても受けようがない、そうマイラは思った。
顔は恐ろしく良いが、スボラ。
締める所は流石に締めるが、隙あらば手抜く。
その尻拭いをこの数年、ずっとしていたマイラは大きな弟がいるような気持ちになっていた。
その美貌に憧れた時期も確かにあったが、手が掛かる上司に幻滅していたのは紛れもない事実だった。
「いやさ、コレの見た目に騙される女ばっかでさ、長続きしないだろ、コレはいっつもさ。」
コレコレ言うミリアに流石にどうかとも思ったが、事実過ぎて何も言えなかったし、言う気にもならなかった。
「アンタみたいに、一回幻滅した位のヤツじゃないと無理だって、コレ。」
「何も私じゃ無くてもいいじゃない。
不良品を押し付けられている気分よ。」
流石に不良品は言い過ぎたかと思ったマイラは、チラリとグレンを見た。
苦笑いを、その文字通り女顔負けの美貌に浮かべ、チビチビとミードを飲むグレンの姿に思わず吹き出した。
「おっ、来た来た。
兄貴のコレ、アタシ、絶品だと思うわ。
今日の肉は何?」
「ラムボアのいいのが入ってね。
ちょっとだけ、それ用に味を調整してる。
あんまり変わらないけどね。」
「それ多分、今日アタシが狩って来たヤツだよ。
美味そ〜。」
ミリアがこちらが吹き出したのにも気付かずに、嬉しそうにそんな会話をしていたので見てみると、肉と豆を何種類かの野菜と香草で煮込んだ、この店の看板メニューの一つだった。
マイラも何度も食べた事があるそれは、この辺りでは珍しい料理ではなかったが、ピリリとした味がアクセントになった、確かに絶品と言える物だった。
「私にも少しちょうだい。
それ、私も好きよ。」
「おっ、いいね。
食え食え。
ちょっとなんて言わないで、全部行けよ。
兄貴、もう一つくれよ。」
「はいよ。
マイラさん、沢山食べてね。」
優しげで落ち着いたミリアの兄は、見た目こそ似ているが雰囲気はまるで違う。
並ばなければ兄妹とは思えない程だった。
口にした湯気が立つそれは、前に食べたのと肉こそ違ったが、美味しい事には変わりがなかった。
ピリリとしているのに、豆と野菜の甘みが出た優しい味。
体の中から温められて、不意に涙が零れた。
何時からちゃんとした食事を取っていないのか思い出せなかったマイラだったが、泣きながら一皿完食すると、自分でも驚くほど心が晴れていた。
泣きながら食べるマイラをミードをチビチビやりながら見ていたグレンは、完食するのを見届けるとホッとして息を吐いた。
面白い話か、と心の中で呟くと、
「よし、マイラ、本当に俺と付き合うか。」
そう言ってグレンは掌を上に向け、テーブルの上で差し出した。
その手をキョトンとした顔で見ていたマイラは、しばらく固まった後で、その指先をそっと握り返した。
その瞬間、店の中が騒然となった。
指笛と乾杯が相次ぎ、この上なくやかましい。
「ウォオオ〜!
氷の女帝と、顔だけ残念支部長が付き合うってよ!?
オイッ、空いた皿、持って来い!
賭けだ、賭けんぞ!
俺は三日に大銀貨一枚だ!
他は、他にいねえか!」
「七日に銀貨三枚!」
「俺は一日だ、銀貨二枚!」
「案外、お似合いじゃねえか?
よし、一月に大銀貨二枚だ!」
そんな男達の騒ぎの中、ミリアがユラリと立ち上がり、次々と銀貨が投げ込まれる皿が置かれたテーブルに向かった。
途端に騒ぎが収まり、誰もが一斉に、ゴクリと音を立て唾を飲む。
「アンタら、いい加減にしな。」
テーブルの皿の脇に手を付き、さっきのも物より凄まじい、獰猛な目付きで辺りを見回す。
騒いでいた中年親父の一人が、目が合うなり腰を抜かした。
「ケチ臭い事言ってんね、親父共!
付いてるもん付いてんなら、ド〜ンと金貨でも賭けないか!
いいかい………。」
そこで言葉を切ったミリアは、もう一度グルリと周りを見ると、
「アタシは二人の結婚に金貨一枚だ!」
そう言って懐から取り出した金貨を頭上に掲げてから、皿にポンと投げ入れた。
一瞬の静けさの後、さっき以上の歓声が上がった。
「シビレるぜ!流石ミリアちゃんだ!」
「いよっ!ミリアちゃん、男前!」
「誰が男だ、馬鹿親父!
よし、兄貴!
酒だ、皆に一杯づつ振舞ってくれ!
祝い酒だよ!」
何故か、祝われているはずの二人は完全に蚊帳の外だった。
ポカンとしてそれを見ていた二人は、同時に繋いだままの手に気付き、グレンからそっと離そうとした。
マイラは力を込めて阻止すると、目を覗き込み、
「よろしくお願いしますね、支部長。」
と、凍えるような冷たい声でそう告げた。
「はい。」
今更、冗談だったとも言えず、その眼力に負けたグレンは心の中でそっと溜息を吐いた。
表情を緩め微笑んだマイラにドキリとしたが、それには誰も気付けなかった。
周りの騒ぎはしばらく止む事はなく、祝い酒が振る舞われたところで、またもや騒がしくなり、手を繋いだままで、二人はそれを眺めていた。
後日、ある職員は目撃する。
支部長の個室で何故か正座させられ、俯くグレンと腕組をしてそれを見下ろすマイラを。
また別日に、別の職員が同じ光景を目撃した。
その光景を見た職員達は、不思議と甘やかな空気を感じ首を捻ったという。
あの日の賭け金がミリアの手から二人に渡されるのは、かなり先の話。
それはまた別のお話。
お待たせいたしました
m(_ _)m
15000PV記念SS、如何だったでしょうか?
今回は、名有りモブに成り果てていた、協会の二人にスポットを当ててみました(汗)
「見た」要素が最後だけになってしまいましたが、結構お気に入りのお話になりました
確定で尻に敷かれますね、グレンは(汗)
今週1週間お休みをいただいて、また来週から週6で更新して行きますので、よろしくお願い致します
m(_ _)m
最後に、お読みくださった方々、ありがとうございます
モチベにつながるので、ブックマークを是非お願いします
感想を、こうポチッと評価やイイネで表して頂けたら幸いです
「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら、切ってくださって結構ですので………
次回 銀髪の悪魔(予定)




