謁見
到着早々、バタバタと大変だった。
「良く来てくれた。私はジラルド・ドナート。
長旅で疲れていると思うが、明日の謁見に備えやってもらう事がある。」
ドナート卿がそう言うと、一緒に出て来た人達がまるで俺達を攫うようにして邸内に連れられ、一階の一室に押し込まれた。
直接触られたわけではないけど、感覚的にはそんな感じだ。
明日の謁見に備え、正騎士団見習いの制服のサイズ合わせをさせられた。
部屋には俺達を攫った内の女性使用人さん三人と一緒に、執事風の人が入って来ていた。
年若い、多分バルより少し上くらいの印象だ。
明るいハニーブロンドをピタリとオールバックにしていて、髭は無い。
ちょっと冷たい印象を受ける涼しげな一重の目元と、ディディより少し暗い緑の瞳。
スッと通った鼻筋の、まあかなりのイケメンが壁際に姿勢正しく立ってこちらを見ていた。
女性陣に、
「腕を上げて」
「足を開いて」
とアレコレ指示され、俺達は採寸されていった。
その内の一人はかなりの年配、相当ふくよかな方で、他の二人に次々と指示を出していた。
指示の度に、俺達とそう歳が変わらない二人が、
「ハイ!」
と元気良く返事をしていた。
ちょっと耳がキンとする位の声量で。
結局、靴を脱がされ足のサイズまで測られた。
その後は風呂、全身の香油塗り、散髪と続き、散髪では眉毛まで整えられた。
最後にマローダさんと執事風の人に見られ、謁見の際の所作や口上を仕込まれた。
続いて謁見の際の注意事項を教わった。
曰く、謁見の間に通されたら視線は正面を見たまま、絨毯の端までゆっくり、だがキビキビ歩く事。
曰く、そこで右膝を付き、両手は拳を握らず床に付け、目線は一歩先の床に向けて待つ事。
曰く、国王陛下が入室しても声が掛かるまで目線を上げない事。
曰く、顔を見せるように言われるので、まず顔を上げ、手を床から離す前に両足を床に付け、それから手を離す事。
その時、跳ねるような動きにならないように注意する事。
曰く、その時、お尻から上げると不格好になるので気を付ける事。
曰く、常に背筋に気を付ける事。
曰く、立ち上がったら直立で国王陛下の言葉を待つ事。
曰く、陛下に名を問われたら、騎士の礼を取り、頭を上げてから、先程教えた口上を述べる事。
曰く、有るかどうかはわからないが、騎士団へ誘われたら堂々と断ってもいい。
ただし、わたくしから言葉を始め、最低限失礼が無い言葉使いで自分の考えを話す事。
うん、面倒臭い。
一通り聞いた後、一人ずつ動きを確認された。
動きに関してはほぼ駄目出しはなかった。
歩く速さを微調整された位で済んだ。
「いいでしょう。
これなら明日、恥を掻くことは無いですね。
ドナート卿は列席されますが、私の役人としての位では出られませんので、別室でお二人の成功をお祈りさせていただきます。」
少し顔色が戻ったマローダさんに言われホッとした。
でも、そうなんだ。
ちょっと心細い。
彼に続き、それまで口を開かなかった執事風の人が言葉を発した。
「ドナート様に命じられ付いていましたが、出自からは考えられないほど様になっておられる。
これならば確かに明日を迎えられそうですね。」
想像していたより少し高い声で、ちょっとだけ驚いた。
「挨拶がまだでしたか。
私はバーゼル様の王都別邸を任されております、執事のライリーと申します。」
そう名乗ったライリーさんは、執事は皆そうなのか綺麗に一礼してくれた。
気にはなっていたが、ずっと白手袋をはめている。
邸内が暑いことはないけど、それでもこの時期、暑かったり、蒸れたりしないんだろうか。
ともあれそれで、ようやく部屋でゆっくり出来た。
ちなみに、体を洗われている時や香油を塗られている時になんとか我慢出来た俺と違って、アーネスが変な声を出しちゃったのは、聞かなかったことにした。
「で?お前は何で俺の部屋に来てんの?」
シレッと俺の部屋に来てソファで寛ぐアーネスに聞いてみた。
「いやさ、お腹空き過ぎて、話でもしてないと我慢出来ないんだよ。
いいだろ、ジェス〜。」
「情けない声を出すなよ。」
確かに腹は減っていた。
しかも猛烈に。
昼食代わりに干し肉を二個齧っただけだからな、俺達。
その時ノックが鳴り、返事をしたらディディが入って来た。
ノックの瞬間嬉しそうに背筋を伸ばしたアーネスは、入って来たディディを見て、またソファでクニャリとなった。
その一瞬で察したのか、ディディは苦笑いを浮かべると、
「知っている使用人がジェス様の担当だったので代わってもらって、お食事の準備が整った事をお伝えに参ったのですよ?
アーネス様。」
と言った。
直ぐにシャキっと座り直したアーネスは、テーブルの水差しからコップに注ぐとグイッと飲み干した。
「うん、行こう!」
俺も苦笑いになってディディの方を見て首を振った。
ディディは普通に笑顔を返してくれた。
食事は予想していたけど、ドナート卿との会食になった。
バルとジード爺様は、既に席に付いていた。
ドナート卿の左に座っている。
やっぱり俺達が上座なのね。
そろそろ慣れ始めた豪華な食事だったけど、最後に出されたマーメルのタルトに驚いた。
薄切りのマーメルを蜜に漬けて、それをまるで花のようにタルトに乗せてあった。
甘さを抑えたマーメルの下のクリームと合わせてめちゃめちゃ美味かった。
アイツの知識で言えば、梨のクリームタルトってヤツだ。
皮の色の関係で果肉がほんのりピンクだったけど。
だが間違い無く、文句無しに美味いのはわかった。
うん、わかったから。
わかったから食いながらこっち見んなって、アーネス。
「さて、食べ終わったようなので、話をしょう。」
食事中も雑談のような事はしていた。
俺達はほぼ聞き役だったが。
ドナート卿がそう前置きするって事は今回の一連の事に付いてだろう。
「少し前から貴族の間である噂が流れていてね。
闇夜の牙を動かしているのは、バーゼル伯だと。」
「えっ!」
アーネスが思わずって感じで声を上げた。
「もちろん事実ではない。
国王陛下の耳にも入っていたのだが、風向きが変わりつつある。」
俺達が闇夜の牙をほぼ壊滅させたからか。
「自作自演だ、と言う話も出ているが、そちらは否定的な空気になっている。
場所が場所だったからだ。」
良好な関係のモレッド侯との仲を拗れさせる事になるからな。
「相手は一手間違えたとも言える。」
ドナート卿は一息付くように、優雅な所作で紅茶を口にすると、目線をこちらに戻した。
「昨日、例の儀式は私も出席してつつがなく終わった。」
それは出ない予定だったのでは?
「ジード様を呼び寄せたのは何故でしょう。
間に合わないのはわかり切っていたのに。」
アーネスの言った事は、ずっと気になっていた。
単独で急げば間に合ったかもしれないけど、俺達の世界で旅が遅れるのは日常茶飯事だ。
「王家の面子を潰すように仕向け、少しでも教会の影響力を弱めようとしたのだろう。
そこはジャスミン殿が上手くやったよ。
国王陛下に対して行う際の衣装を纏った、自身を含む神官団を送り込んでね。
もちろん国王陛下を含む、王家の方々に話を通した上でね。」
未来の国王は貴方だとアピールしたのか、形だけ。
「問題はつつがなく終わった事にある。
次はどんな手に出るのかわからない。」
確かに。
何か仕掛けて来そうだと思っていた一つは、いいことだけど外れた。
「謁見に臨んだ後、君達は食事に誘われる。
これは確定事項だ。」
うん、絶対味を楽しめないヤツだ。
「国王陛下やその側近達の意見も割れていて、陛下は君達の保護を国で行う事を検討されている。」
嬉しいけど、嬉しくない。
自由が無くなるのは目に見えているしな。
「直接狙われるのは君達だと言うのが、ほとんどの意見だ。
君達が考えたように、王家に刃を向ける可能性を排除しない上での話だが。」
まあ、それは俺達の考え以上のものじゃないから驚かないが。
結局、この話は何処に向かうんだ。
「既に国王陛下直属の者が、内偵を進めているって話だ。」
バルの言った事が、ストンと落ちた。
「教会も動いておるようじゃな。
さっき儂に文が届いたよ。
調査内容は今後逐一入る。
教会に詰めてくれとのう。」
教会が動いた?
「対外的な脅威が無くなって久しい。
貴族社会は膿が溜まりだしている。
実際に動きが出るところまでな。」
聞きたくないわ。
そんな話。
「特に武門の者の暗躍がな。
当家は自領や友好関係にある他領の魔物を狩ることで、裏で何かする必要が無い。
だが、特に大きな戦力を有している所は、持て余しているのだ。
しかも平和が続く今、文人派の勢いが目に見えて強くなっている。
王家に納める税と言うわかり易い形でな。」
「独立?」
思わず口に出た言葉に自分で驚いた。
「無いだろ、流石に。」
バルは呆れたように言ったが、ドナート卿は考え込んでしまった。
「一貴族家単体なら無理でも、もし同調者がいたらわからん。
もし万の兵を集められるなら、成立してしまう可能性がある。」
「バーレスト侯領は東じゃったか。
侯爵家故、隣国と接しておるからそちらからの支援があるのかもしれんしの。
最後に争ったのはその東のデイン王国じゃったな。」
ありそうな話になって来たじゃないの。
「侯爵領の北は大公領だ。
あそこは地の利があって他国から攻められる事はないが、バーレスト候が反旗を翻したとなると、ひとたまりも無いぞ。
しかも大公様のこったから無血降伏って線もある。」
じゃあ、何かで王様と王太子が居なくなったら、ランツ殿下を頭にして、この国丸ごと乗っ取れるじゃないの。
王家に刃を向ける可能性、無いって話は何処に行った。
「待て、まだ憶測に過ぎん。
状況証拠は揃っているが、何の確証もないのだ。
私やジェスター君が個人名を出していない事を考えぬか。」
「母体になれそうな貴族なんて、そういないだろ。」
「バルガス、だとしてもだ。」
「傭兵を集めている理由にも当て嵌まる。
もっと言うならバーゼル伯とモレッド侯の力を削ごうとするのにも意味が見えてくるのう。
バーレスト候が抜けた後の一番槍は陛下の信が厚い、バーゼル伯じゃろうからのう。」
「ジード老まで。」
結局、話はそこまでになった。
何の結論も出ないままのモヤモヤした物だけ抱えて、翌日の謁見に臨む事になってしまった。
朝食の後直ぐに、王城に向かう事になった。
ていうかなっていた。
まずはおめかしと言う事で、昨日測ったサイズに合わせて調整された、正騎士見習いの制服を身に着け、髪は上げてそれ用の油で固められた。
案外アーネスが似合っている。
見た目の素材、悪くないもんな、元々。
ディディがこっそりと、
「似合ってる、カッコいいよ。
頑張ってね。」
って言ってくれた。
ちょっと、いや、かなり嬉しい。
王城から迎えの馬車が来て、それに乗せられ登城した。
てかこの馬車どうなってんだ。
白馬二頭引き。
白地に金の装飾が至る所にあしらわれた車体。
シートは真っ赤。
中も外もピカピカだ。
アイツの世界の夢の国のお姫様が乗ってそうなヤツで、俺の気後れ半端無いんですけど!
通された控えの部屋もそこまでの廊下も、豪華絢爛。
廊下の天井にはずっと細かな草花や鳥、風景なんかの絵が描いてあったり、窓のガラスがデカい一枚板だったり、ただの柱が一々オシャレだったり。
マジで俺達の場違い感をどうにかして欲しかった。
座ったソファもフカフカだったけど、制服に皺がよるのが怖くて、もたれられなかった。
お茶やお菓子が出されたけど、この状況で手なんか出せるか!
呼ばれるまでの時間が、びっくりする程長く感じた。
アーネスの様子を見る余裕も無い。
ノックが鳴って迎えが来た時、返事をしたのはアーネスだった。
「どうぞ。」
入って来て深々と頭を下げたその人は、話にだけ聞いていた正騎士の鎧を身に着けていて、またもや驚かされた。
「既に幾つか武勲を上げられたと聞かされております。
正騎士団入りは難色を示されておられるそうですが、市井一般に思われているほど、堅苦しい所ではないので是非とも一考していただきたい。」
促され後ろを付いて行く俺達に、背中越しにその人はそう言ってくれた。
「お誘い有り難く思います。
今は冒険者として見聞を広めたいと思っております。
ですが正騎士団に憧れが無い訳ではありませんので、考えの一つには入れておきますね。」
アーネスが朗らかな、でも丁寧な調子で返した事に驚いた。
あれ?
緊張してんの俺だけ?
辿り着いた、ドデカい、なんか意匠がよくわからないくらい細かな彫物が施された、ドアの前に立つと、案内してくれた騎士さんが触れを告げる。
「正騎士団第二副団長、エリック・フォートナー。
アーネストリー・トルレイシア、ジェスター・トルレイシア両名、お連れしました。」
副団長。
えっ、この人、副団長なの!?
実質、団の一つを預かるトップの一人だよ!?
内からドアが開けられたその先に、真っ直ぐ奥に伸びる、真っ赤な絨毯が見えた。
脇にズレて俺達に入室を促した副団長さんに従い、教えられた通り真っ直ぐ前だけを見て歩き出した。
一歩目で不思議と緊張は消えた。
堂々と、胸を張って。
所定の位置まで歩き、右膝を付く教え通りの姿勢になって、その時を待った。
玉座の奥の方から、カツカツと足音が響いている。
それが途絶えた時、
「ジョージ・ヨーゼフ・マルグリット・アゼストリア陛下、ご出座〜。」
と触れが告げられた。
両脇に控えていた騎士や諸侯が、ザッと一斉に音を立て踵を合わせる。
衣擦れの音が聞こえ、それが消えると頭上から声が響いた。
低く張りのある、よく通る声で。
「よく来てくれた、未来の英雄達よ。
さあ、顔を上げるが善い。」
一孤児である俺達がその顔を知る由もないその人は、細身で柔和な顔をした、何処にでも居そうなおじいちゃんだった。
略冠ではあるものの、頭上のそれと、身に纏う渋い紫を基調として金銀があしらわれた衣服と、発せられるオーラを除けば。
遂に登場、国王陛下
名前すら出てなかったですが、現2話の時点で会うことが決まってましたからね
長かった(汗)
ジェス達を巻き込もうとしている陰謀は果たして
彼らの読みが合っているのか?
乞うご期待です!
王都での話が終わりましたら1章完結です
それに先だって、次のSSを投稿したら1週間程、お休みさせていただきます。
ストック不足解消と1章のクライマックスに向けて、ちょっと充電させて下さい
m(_ _)m
最後に、お読みくださった方々、ありがとうございます
モチベにつながるので、ブックマークを是非お願いします
感想を、こうポチッと評価やイイネで表して頂けたら幸いです
「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら、切ってくださって結構ですので………
次回 SS.5 職員は見た!




