王都目前
馬車は東へと進む。
蹄を鳴らし、車体を揺らし、東へ、東へ。
あの後、ディディが馬車に入って来て俺とアーネスの間に座ると、膝の上で握り締めていた拳にそっと手を重ねた。
俺と、アーネスと。
それでようやく力が抜けた。
その瞬間、両方の腕を伸ばして俺達の肩を抱くと、グッと力を込めて引き寄せた。
胸元に。
「ちょっ、ディディ!」
「えっ、なんで俺も!?」
「お姉ちゃんだからです。」
そう言って俺達の頭を撫でた。
「悪い子達にはお仕置きです。」
頬に柔らかい物を感じて嬉しいけど、お仕置きの意味がわからない。
「ディディ、ちょっと、はっ、恥ずかしいよ、ジェスに悪いし。」
「恥ずかしいですか?
そうですか。
お仕置きですから、黙ってなさい。」
そう言って更に力を入れたディディに、俺も腰に手を回してしがみ付いた。
「大丈夫、大丈夫ですからね。」
アーネスは俺も一緒になって抱き締めた。
鼻の奥がツンとしたけど、泣くのは何とかこらえた。
少しずつ、少しずつだけど頭が冷えて行く。
誰かの体温を感じるのは、心が休まるもんだな。
しばらくして。
ドアがノックされ、声を掛けられた。
ドルドーニュさんだった。
「アーネストリー、ジェスター、済まなかった。
開けていいか?」
手を離したディディから俺達も離れた。
「はい、どうぞ。」
ドアが開けられ、ドルドーニュさんが騎士の礼を取り、深々と頭を下げた。
俺達は慌てて頭を上げてもらう。
「ドルドーニュさんが頭を下げる事じゃないですよ。」
「そうです、俺達、ドルドーニュさんに感謝してるんです。」
頭を上げてくれたドルドーニュさんは、それでもまだ済まなそうな顔をしていた。
「クラウディア、馬に戻ってくれ。
魔禽を送ったら出発する。」
「わかりました。」
立ち上がったディディは俺達の肩を撫でるように触れると、馬車を降り小走りで離れて行った。
「改めて済まなかった。
ヴィクトリアを含め、全員に情報を共有した。
軽率な発言だったとヴィクトリアも言っていて、トゥーレにも謝罪していた。
お前達にも謝罪したいと言っている。
すぐではなくていいが聞いてやってもらえるか?」
「ええ、わかりました。」
それは受け入れよう。
人の謝罪に耳を向けられないほど、硬直した人間にはなりたくない。
飛び立つ魔禽の羽音が聞こえ、
「ではまた後でな。」
そう言ってドルドーニュさんはドアを閉じ、少し開けた窓から駆けていく足だけが見えた。
深く背凭れに体を預け、溜息を吐いた。
「加護か。」
反対に太腿を膝に付いて床を見つめるアーネスの呟きが、今は重かった。
小一時間ほど出発が遅れたが、来た時のような魔物との遭遇も無く、昼を前に森を抜けた。
多いと聞いていたから緊張していたけど、あっさりとしていて拍子抜けした。
ドナート卿が送ってくれた護衛が二班。
元々の面子と合わせて結構の人数になるから、流石に魔物も近寄って来なかったのかもしれない。
その後、昼を迎える頃にロックス伯領を抜け、ボーフム男爵領へと入ったところで昼食を取る事になった。
「済まなかった。
護衛対象に剣を向けようとするなど騎士として恥ずかしい。
なにより、発言を取り消させて欲しい。」
片膝を付き、両手を膝に乗せ首を差し出すような形で頭を下げたヴィクトリアさんの謝罪は、全員が輪になって見ている前で行われた。
俺達は作法などわからないから、二人で近付き手を差し出した。
「もう気にしない事にします。
立って。」
アーネスの言葉に顔を上げたヴィクトリアさんは俺達の手を取って立ち上がった。
「謝罪を受け入れてくれてありがとう。
話は聞いたけど君達も一緒に戦ってくれたらしいわね。」
「俺達、力が足りませんでした。
何人か倒しましたけど、オルトスさんやリック、コーツを死なせる事になってしまって。」
「一緒に旅をした仲間を死なせてしまった事が、自分の中に悔いになって残っていました。
それもあって強く言ってしまいました。
俺達こそ、済みませんでした。」
俺に続きアーネスはそう言って、二人揃って頭を下げた。
「謝罪に謝罪を返されてもね。
頭を上げて。」
そう言ってもらったので、素直に頭を上げた。
軽く手を振り班員に指示を出しに戻って行く背中を見て、ちょっとだけ溜息を吐いた。
人が増えてやる事が無くなり、俺達は手持ち無沙汰になった。
それの解消に二人で型をやる事にした。
取り敢えずこの日の昼はジード爺様に教えてもらった型を、食事の用意が出来るまでやる事にした。
「型で拳を突く時は握り込んで、実戦では当たる瞬間に握り込むのじゃ。」
横に立って俺達を見ていた爺様が、時々指導してくれる。
「突きも、蹴撃も、腰や足の回転が大事じゃぞ。
爪先からの連動を意識せよ。」
こういうのはアイツの世界と余り変わらないようだ。
下半身の使い方が大事って、アイツの知識にもあったな。
一通り終えた後、汗を拭っているとジード爺様が、
「お主達は体がまだ出来ておらんな。
型は一通りこなせるが、切れが今一じゃ。
型をやりつつ体幹を鍛えると良いぞ。
後はそうじゃな、型の最中に実戦を想像してやると良い。
型のその動きがどのような攻撃に対応し、どう返すのか、想像しながら動くのじゃ。
型と言うのは大体こう突いたら、こう返され、こう対処すると言う感じで構成されておるからの。」
「はい!」
と返事を返すと、ホッホッホッと笑いながらカレンさんとトゥーレに向かって歩き去って行った。
その後姿を、ドナート卿が送った女騎士さん数人がうっとりと見ていた。
マジで爺様のモテ方、おかしいな。
ある意味、状態異常じゃないのよ、異性に対する。
食後はまた馬車に揺られ、王都を目指し東進した。
この辺りは王都が近いからか、小さな集落や農村が点在しているようで、途切れ途切れに畑や牧場が有った。
遠くに丘や林も見えるけど街道周辺は、殆どに人の手が入っているように見える。
時折聞こえる牛の鳴き声や馬の嘶き、鳥のさえずりが長閑な空気を作っていた。
道中、何も起こらずにひたすら進む。
午後になると寝不足気味だったアーネスはずっと船を漕いでいた。
凭れ掛かっていいと言ってみたけど、ムニャムニャ言いながら、拒否してずっとそうしていた。
日が落ちて暗くなる直前で馬車が止まった。
村や集落には入らず、今日からも野営で先を急ぐようだ。
街道脇の開けた所に篝火が焚かれ、それなりに広い範囲が明るく照らされた。
食後、夜の警戒も断られた俺達は、テントに入って、ディディに魔法を教わった。
四人用のテントを俺達二人に割り振られ、ディディと三人で寝るまでの間、魔力操作や感知を中心にそれはもうみっちりと。
教わっている間はずっと鬼教師モードになっていて、
「手加減しませんからね、ジェス様。」
と言われた時は正直震えが来た。
隣に座るアーネスも、もちろん青褪めていたけど。
朝になり朝食の後、後片付けをしてまた東へと向かう。
朝も身支度以外やる事がなかったので、バルに見てもらい型の練習をした。
前に言われていたので、左手に剣を握り汗を流した。
特に何も言われず終えてから、
「流石に利き手じゃねえと、まだぎこちないな。
爺様の型をやってる事で、体の動かし方は多少マシになってるけどな。」
とダメ出しされた。
ちょっとションボリ顔になったアーネスだったけど、
「始めてまだ一月も経ってないのに、それだけやれりゃ十分だよ。
これからも続けろよ。」
そう言われた途端にキラキラになった。
ちょっと情緒不安定かよ。
早すぎなんだよ、回復が。
その日からは、朝はバルに、昼はジード爺様に、夜はディディに見てもらう日課になった。
そんな中、翌日にはクーニッツ子爵領に入り、進路を北に取った。
昼にクーニッツ子爵の城下で食料と水の補給をした以外は、ほぼ止まらず進み続けた。
いよいよ王都が近付き、街道を通る馬車や旅人の数も目に見えて多くなっていた。
西からと南からのそれが合流したからだろう。
道幅も馬車二台分は広くなり、本当にいよいよって感じがした。
点在する村や集落の数も増え、人の気配もあちこちで感じる様になった。
不安はある。
そっちの方が大きい。
それでもワクワクする気持ちは無くならなかった。
翌日の午後。
「この先の林が見えるか?
あれを抜けて丘を登りきったら、その先に王都の防壁が見えるぜ。」
バルの声掛けにワクワクがちょっとだけ大きくなった。
小窓から覗くと、赤くなり始めた空の下、確かに街道の先に林が見えた。
あの先に王都がある。
待ち受ける物がなんであれ、乗り込んで、乗り越える。
そんな決意にも似た気持ちも湧いて来て、俺は座り直すと短く息を吐いた。
丘の頂上で馬車が止まり、降りてから見た王都に拍子抜けした。
まだかなり遠くに見えたからだ。
夕焼け広がるその先、遠くうっすらと見える防壁は酷く小さく見えた。
「明日の午後には門を通れるぜ。」
そう言われ驚いた。
そんな距離で見える王都の広さ、壁の高さデカさにただ驚かされた。
「うわあ〜。」
アーネスの感嘆も仕方ない。
この瞬間だけは、本当に僅かな時間だったけれど、不安が掻き消えた。
この日は、そのままこの丘の頂上で野営になった。
後一日。
何も無いはずが無い王都。
テントからディディが出て直ぐに、ランプの火を落としたけれど、俺とアーネスの眠りはなかなか訪れなかった。
明日はいよいよ王都。
テントを照らす月明かりは、俺の心の中までは照らしてくれない。
王都の目前まで来ました
いや、長かった、本と(汗)
王都入りまで書いてましたが、長くなり過ぎたので、直前でストップさせました
m(_ _)m
次回は今度こそ王都入りです(確定)
何が待ち受けているのか、二人を見守る気持ちで読んでいただければ幸いです
最後に、お読みくださった方々、ありがとうございます
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「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら、切ってくださって結構ですので………
次回 王都の空気




