敗北条件
「あのこれって国王陛下に報告して、助けてもらうのは無理なのかな。」
思った事を口にしてみる。
「どう告げると言うのだ。
我々が襲撃を受けたのは事実だが、今ここで話していた事は、何の証拠も無い。
状況証拠から想像しただけで、確定しているのはその襲撃の事実だけだぞ。」
やっぱり駄目か。
「モレッド侯がやってくれそうじゃない?
闇夜の牙の尋問の結果次第だと思うけど。」
アーネスが首を傾げながら言う。
「確かにありそうではありますが、あれも間接的な指示でしょうから、黒幕の名前は出ないでしょう。
少なくとも、私なら名前すら明かさず、指示を出したでしょう。
偽名でも名乗って。」
それにディディが悔しげな表情で返す。
俺でもそうするだろうな。
何ならバーゼル伯の配下の誰かの名前を使うかも。
「陛下に垂れ込んで、協力してもらうのはそんな悪く無い手じゃねえか?」
「何をどう垂れ込むのだ。
言ったではないか、今話している事は予測とか憶測でしかないと。」
バルの発言にドルドーニュさんは呆れた様子で返す。
「もっと単純によ、陛下の命に従い王都へ向かう途中で襲撃を受けた。
正確な情報ではないが、王都で騒ぎが起きる可能性も有る、って感じでイイだろ?
陛下もその配下達も、それだけでバーゼル伯を貶めようと動くヤツがいるってわかんだろ、流石に。
使者の件だって、とっくにバーゼル伯から伝わってるんだし。」
あれ?
難しく考え過ぎてたのか?
「駄目元でやってみる価値はありそうじゃ。
お前さん、思ってたより頭が使えるんじゃな。」
「爺さん、俺はバカ扱いだったのかよ、酷えな。」
「そう言う事か。
クラウディア、文面は頼めるか。
バルガス殿の言った内容で陛下に出せるように。
いや、待て、トゥーレ、王城に出せる魔禽は?」
「いません。
この子はドナート様の所の魔禽なので、何処に飛ばせるかわかりませんので。」
うん、魔禽は全部、船の上で飛ばしたからな。
「迎えの騎士は連れて来てないの?
こういう時って一羽は連れて来るとか。」
「アーネス様、その通りです。
普通は二羽一組で連れて出るんです。」
トゥーレが笑顔で答えた。
「じゃあ、村に急ごうぜ。
ほぼ予定通りだし、そうだな、日暮れ前には村に入れんだろ。
日没前なら魔禽も飛ばせるしよ。」
「よし、では今のうちに用を足すなり、水分を取るなりしてくれ。
済み次第、村に急ぐぞ。」
ドルドーニュさんが立ち上がった時に、輪になって座っていた中央に、さっき来たのと同じ種の少し小さい個体の魔禽が降り立った。
よく見ると最初の魔禽の首に珠が二つ付いている。
後の魔禽は一つだ。
一つは残してこの後の、何かの際に残してあるのかもしれない。
後から来た魔禽は先の魔禽の珠を目指して来たんだろう。
トゥーレがまた、足から文筒を外してドルドーニュさんに手渡した。
中を確かめると、
「同じものだ。
一応、目を通してくれ。
あ〜、ターナー、頼めるか。」
一瞬、ディディに頼もうとしたのか手が伸び掛けたけど、既に王様に書状を書き始めていたディディを見て、ターナーさんに手渡した。
全て送り出し空になっていた籠に、トゥーレが魔禽を入れて休ませる。
それぞれが用を足してから、また動き出した。
遠くに見えていた林に挟まれた道を進みしばらくすると、次第に辺りの木々が濃くなって行った。
木陰に入った事で周りの空気が涼しくなった。
それまでも暑い訳ではなかったけど、木陰の涼しさが心地良い。
そんな事を感じていたら、急にガクンと馬車が止まった。
マローダさんが、
「ヒィ!」
と小さく短い悲鳴を上げた。
「アーネス、ジェス!付いて来い!」
バルが怒鳴るように俺達に声を掛けた。
脇に立ててあった剣を掴み、俺とアーネスは馬車を飛び出す。
ジード爺様が街道を逆走して、トゥーレが操る荷馬車に向かって行った。
「マローダ殿、前の方で魔物と戦闘になってる。
どのみち通れんから、加勢してくる。」
俺達が馬車を出たのを見て、バルがマローダさんに声を掛けた。
すぐさま御者台から跳ねるように、バルも飛び出す。
ドルドーニュさん達、騎士の三人とトゥーレは残って馬車を守るようだ。
ジード爺様はバッと馬から飛び降りると、トゥーレに馬を預け、取って返してこちらに駆けてくる。
その速さは老人のそれとは思えない。
既に走り出した俺達に、ディディも騎乗したまま並走した。
「見えるか?」
バルの呼び掛けに意識を前に向ける。
戦い自体は既に視認していた。
相手のアレ、なんだ?
「でっかいトカゲ?」
アーネスが走りながら答える。
「そうだ、前にモレッド侯の所で話した、フォレストファングリザードだ。」
結構いる。
ざっと見ても七匹は見える。
その大きさは長ったらしい尾を含めると、馬より断然デカい。
「街道を横切った群れと鉢合わせたのか。」
舌打ちしてからバルがそう言った。
前を行っていた荷馬車三台とその護衛が襲われたようだ。
護衛は五人。
全員金属製の鎧で固めているが統一感はなく、武器も一人は槍を手にしているが、他は剣で戦っている。
何とか怪我はしていないようだが、馬が一頭、三匹のトカゲによって腹を貪り喰われていた。
いよいよ目前って所まで近付く。
そのデカさと、口から上下に突き出した、大小八本の鋭い牙が目に付いた。
その間から、先が二つに割れた灰と赤が斑になった舌が覗いている。
鱗の色はくすんだ緑。
まるで森に馴染むような色だ。
最初に見えた七匹の他に、左右の木々の間にも合わせて六匹の個体が見えた。
「加勢する!
手に余るヤツは、馬車を引いて俺達の馬車んトコまで下がれ!」
バルは叫びながら槍を構えていた。
護衛の冒険者の前に入り、低い姿勢から斜めに槍を突き上げ一番前の個体の頭を串刺しにした。
「済まない、助かった!
よし、俺は残る!
他のヤツは馬車を引いて下がれ、急げ!」
槍を持っていた護衛の男性の声に、バタバタと他の護衛達と、彼等が守っていたであろう、荷馬車が下がって行った。
ほぼ同時。
馬を喰っていた三匹を、ディディが馬上から放った岩の槍で全て下から串刺しにした。
「クラウディア!コイツらの為に詠唱してやれ!」
俺の「意識」の端で軽く頷いたディディが詠唱を始める。
「地よ、突き立つ岩山、槍の穂先、地に伏し者を………。」
ディディの詠唱を耳に収め、こちらに向かって来たトカゲの前足を左に駆け抜けながら斬り付ける。
ギャリィッと耳障りな音を立て、剣の刃が鱗の上を滑る。
刃が通らないのは理解した。
急停止して、振り向き様に鱗の薄い脇へと剣先を突き入れた。
暴れ出す前に引き抜くと正面に切り返し、バルが槍で貫いた辺りを狙って、切っ先を繰り出す。
馬よりはやや低く小さい頭部を斜めに貫いた。
足を掛け、後に飛ぶように引き抜くと溢れ出した鉄臭い血の匂いが、辺りに広がる。
「………、いざ貫かん、尖刺岩槍!」
ディディの詠唱が終わり、魔法が発動した。
右手の木々の間を縫って這い出ようとしていた、トカゲの胴を貫き、まるで不恰好な彫像のように、先端鋭い三本の柱に支えられる形で宙に浮かばせた。
周りにいた二体は向きを変え、木立の奥へと逃げて行こうとしていた。
その真上から無数の氷の矢が降り注ぎ、蜂の巣にした。
あれもディディの魔法だろう。
離れていた為に少し遅れて加わったジード爺様は、俺の横をすり抜け、俺に喰らい付こうとしていたトカゲの顎をちょっと腰を落としてから、伸び上がるようにして真上に蹴り上げた。
どんな原理かさっぱりだが、蹴られた顎ではなく頭頂部が爆ぜた。
残りの一匹が街道を奥へと逃げ出した。
その間に左手の木立から出て来ようとしていた三体のトカゲをバルとアーネス、そこに護衛の人が加わりそれぞれ一体づつ仕留めていた。
そのバルがおもむろに槍を放る。
糸を引くように真っ直ぐに飛ぶ槍が貫く寸前。
地上に現れた氷山のように、木漏れ日を反射しながらトカゲが氷の塊に閉じ込められた。
周りに氷の欠片を撒き散らしながら、弾かれた槍が街道脇の木に飛んで行き、幹に浅く刺さって止まった。
ディディの魔法によって腹を貫かれ溢れた臓物の匂いと、それぞれが殺した個体の血の匂い。
それらが混ざり合い辺りを包み込む。
余りの臭気にむせ返りそうになるが、ここからまだそれは続く。
戦闘自体は終わったが、解体と後片付けが残っているから。
「なんじゃ、手応えが無かったわい。」
「この程度の魔物が爺さんに手応えを求められても迷惑だろうよ。」
涼しい顔で軽口を叩く二人に、一人残って戦った護衛の人が声をかけた。
「あんたら、助かったよ。
来てくれなきゃ、あの馬のように喰われてたよ。」
兜を脱いで頭を下げたその人は、バルと歳近い感じの浅黒い肌と形の良い頭をツルリと剃り上げた厳つい見た目と裏腹に、やや下がった目尻が優しげな印象だった。
「なに、目の前で死なれちゃ目覚めが悪いからな、気にすんなよ。
それより解体を手伝ってくれないか。
三匹持って行っていいからよ。
死んだ馬の代わりと言っちゃなんだが。」
「有り難く受けさせてもらう。
グズグズしてると、血の匂いに魔物が集まるな。
お〜い、皆!解体手伝え〜。」
離れて荷馬車を守っていた護衛の人達も、それを聞いて集まって来た。
俺達はディディと爺様、ドルドーニュさんが辺りの警戒をして、残りが手分けして解体に臨んだ。
意外にもトゥーレの手際がいい。
「なんだ教えてやろうと思ったが、やった事あるのか?」
「いえ。
ただ他の爬虫類系の魔物は、何度か解体していますので、要領はわかります。」
バルも意外そうに言ったけど、ちょっと恐縮そうに、ちょっと照れながら、笑顔でトゥーレは答えた。
俺とアーネスもやったが思いの外難しい。
「皮を剥ぐ時に刃を当てるのは気持ち皮側に向けるのがコツですよ。
身の方に向けると肉が残っちゃうので。」
アーネスがトゥーレに指導されていた。
汗を垂らしながらもキラキラ顔で、手を動かしていた。
ディディも俺にアドバイスをくれた。
「一度凍らせると、剥くと言うより剥がす事が出来ますよ。」
そう言って、一匹を丸ごと冷却の魔法で凍らせて、腹側にナイフで大きく切れ目を入れると、指を入れて足を掛けてベリベリと皮を剥がした。
指に付いた血をスンスンと匂っている。
癖なんだろうか。
行儀悪いけど、何か可愛い。
「おい、それを先に言え、初耳だぞ。
それならお前らで全部凍らせてくれよ。」
バルが驚いたようにそう言うと、俺達三人でまだ解体が済んでない個体を凍らせて回った。
解体に時間は取られたけど、何とか終わった。
問題だと思った解体した素材の移動は、助けた彼等の荷物が少ないと言う事で、そちらに積ませてもらう事にした。
船着場に森から荷物を運び、何日か分の食料だけ積んで戻るところだったらしい。
乗り切らない分はこちらの荷馬車と、俺達が乗る馬車の空きスペースにも乗せた。
それでも結局、骨は諦めた。
肉と皮だけでもかなりの量だ。
ディディの魔法で埋め、護衛の人達が後日取りに来る事になった。
その利益は黙って差し出した。
彼等も恐縮はしたが、断る事は無かった。
馬を一頭失っているしな。
取り出した魔石は大きさが揃っていて、子ムカデのものよりちょっとだけ小さいくらいの大きさだった。
薄緑の色が綺麗だ。
「魔石は金貨一枚ってトコだな。
肉も牙も爪も、全部売れるから、いい小遣い稼ぎになったぜ。」
呑気にそんな事を言ったバルだったけど、ディディが辺りを洗い流し、再び村に向かう頃には日が暮れかけていた。
辺りの薄暗さに誘われて、少し気持ちも暗くなる。
「村に着く頃には日が沈んでるな。
今日、魔禽を飛ばすのは無理か。」
ドルドーニュさんの呟きでそれが加速した。
「ジェス、あんまり考え過ぎない方がいいよ。
俺達は別に色々阻止出来なくてもいいじゃない。
生き残りさえすれば、それはもう勝ちだよ。」
表情を読まれたのか、動き出した馬車の中で俺の肩に手を乗せて、アーネスがそう言って来た。
「なあ、逆に負けってどんなだろうな。」
「なんだよ、ジェス。
弱気になってるの?珍しいね。」
「からかうなって。」
「そうじゃないって。
う〜ん、でも負けか〜。
ジェスが今、死んで欲しくない人が一人でも死んじゃう事じゃない?
具体的には今、一緒にいる人達かな。
もう皆、仲間だし。」
単純なその返しが、やけにストンと自分の中に落ちた。
そうだ。
どんな汚名を着せられようと、今いるこの面子が死ななきゃいい。
一人では無理でも、バルにジード爺様、ディディ、そしてアーネス。
ドルドーニュさん達。
これだけの人の力を借りて、乗り切れないとは思えない。
「やっば、お前、すげぇな。」
キョトンとするアーネスの顔を見て、俺の口から少し笑いが零れた。
最後までお読みくださった方々、ありがとうございます
m(_ _)m
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「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら、切ってくださって結構ですので………
次回 バルの実家(支店)




