続く連絡は吉報ばかりでは
カッポカッポと響く蹄の音と、カロカロと鳴る馬車の車輪の音が、辺りを吹き抜ける風に流されて行く。
街道の両脇には柵が張られ、右手は牛や羊がのんびりと草を食む牧草地に、左手は広大な麦畑になっていた。
行き交う馬車や旅人は多い。
個人もほぼ馬に乗っていた。
門を出る時に見た入門する者の列はかなり長かった。
同じ方向に向かう馬車や旅人もそれなりだ。
中には知り合い同士で声を掛け合い、即席の商隊のようにしてる人なんかもいた。
俺達が目指すは王都。
正直、行きたくない。
宿を出発してから、マローダさんの顔色はまた悪くなっていた。
俺も胃の辺りがズシリと重いように感じている。
てか痛い。
アイツの知識の「胃が痛い」とはこういう事か。
知りたくなかったし、体感なんてもっとだ。
なんでこんな事にっていう思いが、グルグルと巡ってきた。
真っ直ぐだった道は、食事を終えた午後に入ると、なだらかな丘の間を縫うように曲がりくねった道に変わった。
この辺りになっても両脇の柵は続いていたけど、左手の柵は一度途切れた後、牧草地に変わっていた。
そのてっぺんにポツンと生えた、巨木の足元から少し離れた所に小屋が建ち、屋根から短く伸びる煙突から薄く煙が伸びていた。
暑くなり始めたこの時期に、火を焚いて何をしているのか。
どうでもいいけど、ちょっと興味が湧いた。
その辺りを抜け、更に進み、柵が切れるとまた道は真っ直ぐな物に戻った。
少し先の両脇に林が見える。
徐々に深くなって行くようだ。
「奥の森の中に村がある。
なかなかの規模の村でな、初日に泊まった村の規模を少しデカくした感じなんだ。
今日はそこで泊まるぞ。
こんな時じゃなきゃ、森に入ってトレント狩りでもするんだがなぁ。」
御者台のバルに声を掛けられ、それまでほぼ無言だった車内の全員が溜息を吐いた。
「この森にもモウーダの木が生えてるの?」
「それもあるが、森に漂う魔力が他と比べて多いらしい。
森の中央辺りにデカい泉が有ってな。
そこを中心にして村があるんだ。
伝説では泉の底に死んだ竜が埋まってて、その竜の魔石から辺りに魔力が漏れているって話だな。
まあ眉唾だけどよ。」
強張り気味だったアーネス顔が、パァっとキラキラになった。
「森の奥では結構強い魔物も出るし数も多いから、村にしちゃあ協会の支部もデカいんだ。
村にはなんでか魔物が寄り付かねえんだけどな。」
「街道は大丈夫なの?そんな所を通して。」
「周りの商人の馬車をよく見ろ。
ほとんどが護衛を何人か付けてるだろ。
個人の旅人はほぼ冒険者だ。
森で依頼を受けるのに行くヤツラだろうな。
上手いこと商人の護衛を受けられなかったとかの。」
「お〜い、一旦脇に寄せて停まれ。」
ドルドーニュさんの掛け声で、俺達は街道脇に馬車を停めた。
なんだ?
「魔禽だ。
王都からだな、ドナート卿からかもしれん。」
バルはそれに気付いて、俺達に伝えた。
「森に入る前に、戻ってよかったぜ。」
「なんで、森に入ってからだと何かマズいの?」
相変わらず素直に質問するアーネスに、ちょっとだけホッとする。
「森に入ってからだと、魔禽が他の魔物に狙われんだよ。鳥系の魔物も結構いるからな。」
ああ、なるほどね。
降りてきた魔禽は送り出した個体とは違う、少し大きな鷲のような見た目をしていた。
これも森の魔物対策なのかもしれない。
時折吹く風が、気持ちいい。
馬車で座り詰めなのもあって、外に出て空気を吸うだけでも気分が変わる。
バーゼル伯が用意してくれた馬車の乗り心地のおかげで、尻の痛みはほんの少しだったけど、体のあちこちが軋むのは仕方ない。
それぞれ皆、体の曲げ伸ばしをしてから動き出した。
書状を読む前に俺達も手伝い、馬に水を用意した。
昼食の時にも与えたけど、今もガフガフ言いながら飲んでいる。
ドルドーニュさんはワーナの根を一本づつ食べさせていた。
俺とアーネスも一本だけ受け取って、俺は風早に、アーネスは黒鹿毛の馬に食べさせた。
その時アーネスは、ベロリと顔を舐められて、苦笑いを浮かべていた。
その間にトゥーレは文筒を外し、餌と水を魔禽に用意していた。
それから俺達は車座になって草の上に座り、届いた書状を読む事にした。
トゥーレが外した文筒を、ドルドーニュさんに手渡した。
中から文を取り出し、一枚にざっと目を通すと二枚あったもう一枚は俺達に差し出した。
「ドナート様からお前達にだ。」
「えっ、俺達に?」
思わず受け取ってから、やっぱり思わず聞き返してしまった。
アーネスが横から首を伸ばし読み始めた。
「なになに、えっと、
『アーネストリー君、ジェスター君。
成人おめでとう。
私、ジラルド・キナーゼ・ドナートからお祝いの言葉を送らせてもらう。
さて、現在は困難な旅の途上だろう。
モレッド侯から連絡を受け、状況は把握している。
道中の襲撃に備えこちらから二班、騎士を派遣した。』
えっこれ本当!?」
「ああ、こちらにも同じ事が書いてある。本当だ。」
曰く、合流のタイミングを合わせる為に、君達が向かっているロックス伯領の森の村で待っている。
こちらの到着予定は前日になるハズだが、それはすれ違いを無くすためだ。
王都は市井の人々の暮らしに変化は無いが、わかる者にはわかるくらいには、緊張感が漂っている。
謁見の前々日には大々的に、ランツ殿下の婚約の儀式が執り行われる。
これで婚約は正式な物になる、と。
ん?
公表しただけで、正式に婚約を認められるのはその儀式の後なのか?
なら、俺達が王都に入るのを遅らせたのはその辺も絡んでいるんだろう。
嵌めて罪を擦り付けるにも、正式な婚約がなされてないなら、向こうからしたら万一バレた時に意味が無くなってしまうからな。
その辺も上手く誤魔化しそうだが。
誰か別のヤツを犯人として差し出すとかで。
「『君達と会えるのを楽しみにしている。
才有る若者と会うのは何時でも心躍るものだ。
拳王ジード殿と会えるのも心から待ち遠しく思う。
バルガスにもよろしく伝えてくれ。
道中の安全を祈念して。』
だってさ。」
護衛が追加されるのはありがたいけど、欲しかった新しい情報はなかった。
「俺だけ呼び捨てかい。
まあ何度も会ってるけどよ。
だが二班か。
バーゼル伯はここまで露骨な襲撃は予想していなかったとしても、モレッド候から報告が入ってるってのに、迎えに来る騎士団の数が少なくねえか?」
「出せないんじゃない。」
アーネスがそう言った瞬間、全員がこちらを向いた。
「きっと出せないんだよ。
王都にどれくらいの騎士団が詰めているかわからないけど、自分達を守る為に残さないとダメなんじゃないかな。
何なら二班しか出さない事に、意味を込めてるんじゃないの?
それしか出せないこっちの状況を理解しろって。」
「王都には二個中隊が詰めている。
確かに小隊を出しても普段なら問題無さそうだし、そうであってもなんらおかしくない。」
アーネスが言う通りなんだろう。
「そればかりではあるまい。」
「爺さん、なんだよ。」
「人数が増えれば、それだけ進みが遅くなる。
この先、無理押しをしても早く来いって意味もあろう。
もっとも、婚約の儀式を前に王都入りするには、ちと時間が足りんがな。」
爺様が言うように儀式前に王都入りするには、替え馬を用意して、人数を絞らないと無理だろう。
速度を上げるなら、それぐらいしか手段がない。
待てよ。
「前乗りしてるんですよね。
ドナート卿が送り出した部隊は。」
「そう書いてあるな、それがどうした。」
「村で馬を替えて、今日は夜間も進んではどうでしょうか。
俺達の護衛には付いてもらえませんが。」
「無駄じゃよ。
稼げて一日じゃ。
最低でも二日稼がねばならん。
儀式の前に謁見を済ませるにはもう二日必要じゃろう。
着いた当日の謁見は、流石に出来んだろうからな。」
駄目か。
「迂回させられた時点で、ちょっと手遅れだ。
それだけならまだやりようもあったのだろうが、村を襲われ、助けに入った事で決定的になった。
モレッド侯の所で一日足止めになったからな。
今更言っても仕方ない上に、助けに入らない選択を我々は採れなかった。」
それはそうだけど。
「俺達を嵌める罠って、何時思い付いたんだろうね。」
アーネスがボソリと呟いたのが、やけに引っ掛かった。
バーゼル伯から魔禽が飛び、王都から使者が来るまで十四日。
使者選定とかで一日は掛かったはずだから、耳に入ってから一日で策を練って準備を始めたのか?
だとしたら、傭兵の準備とかで掛かる日数が無さ過ぎないか?
「元々、罠に嵌めようとしたのって、俺達じゃないんじゃ。」
思わず声が漏れてた。
「どう言う事だ、ジェス。
現に俺達は襲撃されてるんだぜ、二度もよお。」
俺の言葉にバルの顔は困惑気味だ。
傭兵集めに掛かっている時間。
動けないドナート卿。
二日程遅れた使者。
「元々の標的ってドナート卿?」
「何をどうしたらそうなる。
わかるように説明してくれ、ジェスター。」
ドルドーニュさんの声は、困惑している。
もちろん顔も。
「俺達の王都行きが決まって今日で二十日ちょっとでしょ?
闇夜の牙は動かせたとしても、傭兵が集めるのに時間が早すぎない?
バルのお父さんから連絡が来たって事は、その前から傭兵は集まり始めてる。
「続々」と帰投してるんだから。」
話していて徐々に考えが形になって来た。
「交渉も含めて考えると、動き出しが早すぎると仰りたいのですね。」
ディディは俺の考えに気付いた様子だ。
「うん、そう。
使者の旅程は二日遅れたって言うけど、それは予定を変更して、より嵌めやすい俺達に標的に変えたからで、闇夜の牙と鉢合わせになるように時間調整したんじゃないの。」
「だとして、何故ドナート卿が標的だと思うんだよ。」
「一つはドナート卿からの迎えが少ない事。
アーネスが言うように動かせない理由を考えてみたんだ。
ただ傭兵が集まっているだけなら、もっと動かしても問題ないはずでしょ?
警戒する何かがあるんだ。」
「一つは、と言うからには他にもあるんじゃな。」
「前にディディから聞いた話では、バーレスト侯も国王派なんでしょ?
だとして本当に国王に刃を向けるかな?
元々の計画って儀式の場とかで孫娘を襲わせるって筋書きだったんじゃないかな、自作自演で。
それをドナート卿に擦り付けて、王都で包囲するのに傭兵は集められたんじゃないの。」
「筋は通っておる。
だとしたら、今危ないのはドナート卿の方ではないかな。」
「あっ!
俺達だけを罠に嵌めるんじゃなくて、ドナート卿も嵌めようとしてるのか。
二段構えで。」
爺様の発言にまた思わず声が出た。
「そちらは大丈夫だろう。
恐らくドナート様も企みに気付き、儀式には臨席されないとこちらには書いてあった。
体調不良を理由にするらしい。」
誰が臨席するかによると思う。
国王、王太子、カーソン殿下はまず王都にいるなら出席するんだろう。
あとは。
「それさ、ドナート卿は出ても出なくても関係無いでしょ?
わざわざ自分の配下にやらせないで刺客を雇うでしょ、間に何人か挟んで?
その場を仕切るのがバーレスト侯なら、捕らえてから尋問で自白させた事にして、擦り付けちゃえばいいんだから。」
考えを遮るように言ったアーネスの言葉で、思考を打ち切った。
「それはそうだが、仕切りはバーレスト侯だとしても警備に当たるのは、まず正騎士団だろう。
予想の方向は合ってそうだが、深読みし過ぎではないか?
儀式には教会関係者も多く出席する。
大神官長も出席されるであろう場で、それは無理が有ると思うがな。」
考え込みながらドルドーニュさんが唸るように言った。
「元の狙いがドナート卿が狙いって言うのはいい線じゃないかな。
何か事を起こすタイミングや方法を、こちらがわかってないだけで。
何も警備が厳重になる儀式の最中じゃなくてもいいんだしさ。
ジェスの考えや、今迄聞いた意見を俺なりにまとめてみたんだけど、狙いは武力行使も視野に入れて、ドナート卿を追い落とす事。
バーゼル伯や協力関係に有る貴族を含めて。
で、俺達に何かの罪を被せて、その実行犯として捕まえたい。
背後にバーゼル伯やドナート卿がいる事にして。
そんな感じじゃない?」
それは俺の考えより細部が抜けていても、読み自体は確かだと思う。
間違っている部分だけを削り落とした、そんな感じだ。
「俺達を襲わせて死んでくれれば、それはそれでバーゼル伯の面子を潰せる。
王都まで来なかったら、適当な誰かを王都での俺達の役割に据えればいいんだしさ。」
あとは何処でどう仕掛けて来るか、か。
これ、国王陛下に伝えて助けてもらうとかって出来ないのかね。
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次回 敗北条件




