有りか、無しか
「おっ、見えてきた」
アーネスの声に目線を上げると、まだ大分先に櫓のような物が見えた。
村の鐘楼だ。
すでに日は中天に差し掛かっている。
帰り道を考えると気持ち遅れ気味だが、予定の範疇だ。
ニ百サナ位を五時間ちょっとで来られた。
道中、荷車を押して引いてなら悪くない。
疲れは、ほぼ無い。
道中、ある程度警戒しながらも色々話した。
警戒が「ある程度」なのは魔物が出るなら草むらからで、音がしてわかり易いからだ。
蛇系は音も無く、ニュルっと出てくるが。
ちなみに、それなりに魔物が出るのと、隠れ家になるような場所が無いので、野盗の類はほぼ出ない。
山間部につながる他領への街道では、商隊を装った盗賊団の話を聞いた事はあるが、少なくともこの街道では出た事がないらしい。
話したのは、院での思い出話。
これからの事。
加護の事。
「加護って、何なんだろうな。」
俺の言葉に、アーネスが首を傾げる。
「神様の贈り物だろ。」
ちょっと投げやりな感じで答えたアーネスだが、自分の答えにも納得してなさそうだ。
「イヤイヤ、「健脚」とか「頑健」とかはまだわかるよ。
でもあの娘の「異性に幸運を運ぶ者」ってなんだよ。」
「あぁ、アレなあ、フハッ、笑いそうになって苦しかったわ。
でもさ、あの娘喜んでたろ。」
「ん?ああ、確かに。」
俺は普通にダメな想像をしたが、女の子には嬉しいモノなのか?
「家を継げない商家とか、下級貴族とか、自分の家で田畑を持ってる農家の次男三男とかから、めっちゃモテるらしいぞ。」
「へえ。」
「しかも聞いた限りじゃ、家事全般、計算、自分の家と相手の家の健康とかにも効果があるとか、なんとか。」
何それ、俺達のとは違う方向だけど、思いの外めちゃめちゃ効果高くない、その加護。
「ちょっと詳しいな、どこで聞いた?」
「この依頼の手続きの時、協会にミリア姐さん居たろ?
あの時だよ。」
ちょっと、よくわからない。
「ミリア姐さんが、教えてくれたって事か?」
「そうだよ。」
「口より手が出るのが早くて、パワフルで、声がデカくて、『付いて来な、野郎ども』と『しょうもねえ野郎どもだ』が決め台詞の、あの、あのミリア姐さんが知ってたのかよ。」
俺は荷車の後ろから押していたので顔までは見えなかったが、どうやら苦笑いしている様子だ。
「それとほぼ同じ事を本人に言っちゃって、槍の石突で殴られたよ。」
うへぇ、としか思えない。
姐さん、美人だとは思うけど男勝り過ぎるんだよ。
可愛いや綺麗より、かっけぇとか、スゴっとか、ヤバっとかが、圧倒的に前出てくる。
「でもイイもの見れたわ。」
「何?」
「姐さんの照れ顔、厳つ可愛かったわ。」
うん、厳ついと可愛いは、並べちゃダメなヤツだと思う。
「てか、その時の視線の先がさ。
ずっと協会の向かいのフェン坊だったんだけど、アレなんだったのかな。」
うん、アーネス。
お前はそのままでいてくれ。
てか姐さん、マジでか。
フェン坊とは。
冒険者協会の向かい。
大店フェルマー商会の若旦那の息子で、齢十歳のフェンダースン坊やの事だ。
「子供好きなのは知ってるけどさ。」
「えっ。」
「いつだったか、壁際の子達と笑いながら遊んでるのを見た事あるよ。」
うん、俺が心根が腐ってるだけだったわ。
壁際っていうのは、所謂低所得者が住む一画。
街をグルリと囲む防壁の、西門と南門の中間付近。
スラムという程、荒んではいない。
だけどスリや置き引きは割と起きるし、何を扱っているのかよくわからない怪しげな店があったりする。
他にも路上生活者がたむろしてたりして、用がない限りあまり近づかない場所だ。
もっとも俺もアーネスも、何度も足を運んだ事がある。
お使いの依頼でだ。
バルダ、アルダ、ラルダ。
三人の婆様が一緒に住んでいて、月に数回買い出しとか何かの配達の依頼を出していた。
特に雨季の時は多かったし、小遣い稼ぎにはちょうど良かった。
最初は躊躇もしたけど、慣れれば怖さや緊張も薄れた。
「ジェス、アレ。」
緊張を含んだアーネスの声に視線を上げる。
戦っている?
いや、襲われているのか?
アーネスが持ち手を離し、駆け出した。
俺も後を追い、走る。
時間にして数分。
「ムカデだ、デカい。
しかも見た事ないヤツだ。
村に戻る途中の牛車が襲われてる。」
アーネスが声に出す。
状況次第だが大体の場合において、認識を声に出すのは有効だ。
目に見えてわかっている事を喋るなと言う人もいるが、冷静さを保ったり認識を共有する等、悪い事ばかりではない。
あのムカデ。
アーネスの言う通り、デカい。
起こしている部分だけで、俺達の首くらいの高さがある。
全長で三サラくらいか。
横幅も俺達よりある。
襲われている農夫であろうおっちゃんが、大振りのブッシュナイフを振り回し、追い払おうとしている。
ムカデの狙いは、どうやら牛のようだ。
あと数歩、目前まで迫った時。
おっちゃんの手から得物が弾き飛ばされ、草むらの中に消えた。
咄嗟に腰からナイフを抜き投げる。
アーネスも、ほぼ同時に投げ放っていた。
どちらも頭の下、腹側に刺さりはしたが、激しく暴れ始めた。
剣を抜き、おっちゃんの前に出る。
「下がってください。
僕達が引き付けます。
その隙を突いて村へ!
守護騎士か、警備隊を寄越して下さい!」
出来るだけの声を張る。
「合図したら、走って!」
アーネスの声に、おっちゃんは無言で頷くと、牛を引いて下がってくれた。
「ちょっと、ちょっとでいい。
待ってろ!
持ちこたえくれよ。」
おっちゃんはそう言うと村とは反対に走って離れていった。
何か思い付いたようだ。
このバカデカいムカデと向きあってみると、流石にビビる。
やれるのか、俺達だけで。
時間稼ぎ。
それすら厳しいように感じてしまう。
それでも諦める事はなかった。
有りか、無しか。
なんとか有りにしないとな。




