東へ
「そういえばさ、モレッド侯ってなんで領地にいたの?
普通は侯爵様って王城か王都にいるもんじゃないの?」
書状の準備を終え、朝食を取った後で、少し気になっていた事を聞いてみた。
俺の質問にバルは肩を竦めると、ディディをチラリと見た。
意図を理解してか、ディディが説明してくれた。
「モレッド候はちょっと特殊で、実質代替わりされているのです。
大臣職は何年か前に辞され、現在は王都におられるご子息のモイヤー子爵様に、実権をほぼ移譲されました。
今は王家の相談役のような事をされてます。
飛び地で国境付近にも領地があり、そちらは国から子爵位を与えられ、娘婿に入られたエンスリック子爵様が治めています。
武門のステイナー候の次男で国境防衛が目的です。
もっとも、そちらと隣接している国は同盟国ですが。」
ディディの話は面倒な話だけど、ありそうな話でもあるな。
しかし飛び地で領地があると運営が大変そうだ。
他所から婿を取るくらいには。
「ねえ、話は変わるけど、バルってどれくらい外の国に行った事があるの?」
突然のアーネスの質問に、バルは少し首を捻り唸ってから答えた。
「う~ん、隣の国は全部行ったな。
冒険者としての活動の半分近くは移動だよ。
道中でこなせる依頼を受けながらな。
ザーベックにも行ったぜ。
この国より栄えてた。
今のところ領土的な野心がない王が治めてるのが、周りの国にとっちゃ救いだな。」
「魔族の国に?!危なくないの?魔王の国でしょ?」
バルが呆れた様に首を振る。
「それ、めちゃめちゃ言われるけど、普通に誤解だぞ。
魔王とザーベックの王は別物。
魔王ってのは人類の中から魔物に変異した奴のことだ。
必ずって訳じゃないが魔族の中から出やすいのと、何故か魔族に対して強い強制力を持つから、魔族は偏見を持たれているけどな。
魔族も人類の一種族なんだよ。」
そうなんだ。
知らなかった。
「バーゼル伯の所のソルディーヌちゃん、彼女も魔族だ。」
「えっ、そうなの!?」
アーネスが驚いた声を上げる。
俺も驚いた。
ディディは当然知っていたのだろう。
黙って微笑んでいた。
「黒髪に赤い瞳、二つ揃っているのが特徴なんだ、魔族のな。
エルフは細身で耳が長い、ドワーフがずんぐりむっくりで男女ともに髭面ってのと一緒なんだよ。」
「種族の特徴ね。
他には?
黒髪と赤い瞳以外で何かないの、特徴。」
「保有魔力の多さと、ああいうの何て言ったらいいのかな。
歌と踊りがスゲェ上手いんだよ、種族全体で。
教会こそないが七神信仰はあって、祈りを捧げる時に踊りを奉納する風習があるんだ。
壮厳って言ったらいいのかな、見た時はちょっと鳥肌が立つくらい感動ものだったぜ。」
「見てみたいな、それ。」
そうだな。
いつか行ってみよう。
俺も見てみたい。
いつになるかはわからない。
でも。
今はこの旅を乗り切ることを考えよう。
この日の昼過ぎ、商会から二羽目の魔禽が帰った。
届いた報せは同じだった。
餌と水を与えてから新たな文を持たせ、すぐに全ての魔禽を放った。
何か情報が来る事を祈って。
懸念と不安。
どちらも比例するように大きくなる。
出発前は王都で何を買おうか迷ってたのが、今はもう懐かしい。
国は好意を持って、俺達を受け入れるつもりなのだろう。
一方で対立勢力の貴族は、バーゼル伯が俺達を差し出す事で力を得ると見て、阻もうとしている。
国王弑逆は考え過ぎかもしれない。
だが何らかの、しかも大きな罪を着せて、俺達を殺して闇に葬りたいのだろう。
なんなら正騎士団をも巻き込んで。
それを逃れるには、万にも上る傭兵や騎士団を合わせた軍人の手を掻い潜る必要がある。
もし今は憶測の域を出ない国王弑逆が現実になり、大逆犯が市中に逃げたと公表されれば、王都の市民の目からも逃れなければならなくなる。
あれ、これってほぼ詰んでない?
何か方法は無いのか?
有るには有っても俺には伝が無いのが痛い。
謁見の場にランツ殿下を引っ張り出せれば、あるいはってところなんだが。
あとは神官長のジャスミンさんが、来てくれないかな。
「何をボゥとしておる。
浮かない顔じゃな。」
甲板で一人手摺に凭れて考えていたら、ジード爺様に肩を叩かれ、そう声を掛けられた。
「爺様。
そりゃあさ、この先の事を考えてたんだよ。
あのさ、ジャスミンさんに謁見の場へ出てもらうって出来ないの?」
「そう言うだろうと、書状に書いておいたわい。
ランツ殿下にもその場に出て来てもらう事が出来るかもなあ。」
「爺様、俺と同じ事を。」
「この程度の修羅場は、一度や二度は経験しとるわい。
まあ万人に狙われるかもしれん事態は、流石に初めてじゃがな。
フフ、沸き立つ物があるわい。」
「勘弁してよ。
万が一、事態が最悪に流れたら、こちらから手を出してしまうと、取り繕うことも出来なくなるんだからさ。」
「そうじゃな。
それはそうと、お主の相方は何処じゃ?」
「あそこ。」
俺は帆柱の上の、籠のように手摺が付いている所を指差した。
アーネスはそこに座り込み、手摺の上に腕を乗せ、その上に顎を乗せて進む先をじっと見ていた。
「何をやっておるのじゃ?あんな所で。」
「さあ。
でもアイツなりに、思う物があるんじゃない。
俺もさ、勇者とか七神の祝福ってもっと歓迎される物だと思ってたんだけど、それが蓋を開けてみたらこれだもん、滅入るし、参るよ。
アイツだってそうなんじゃないかな。」
「じゃが、これを乗り切れば一躍英雄の仲間入りじゃ。
悪い事ばかりでもあるまい。」
「乗り切れればね。
でも、現状かなり厳しいよ。
取り敢えず、あっちこっちの返事待ちだしね。」
それに、英雄志望なんてないからな、俺は。
「ならば、尚更あれこれ考えた所でじゃ。
女でも抱いて気を紛らわせると良い。」
「爺様じゃないんだから。
それに今はそんな気になれないよ。
ちゃんと興味はあるけどさ。」
「淡白じゃのう。
まあええ、後悔だけはせんようにな。」
あんまりビビらせないで欲しい。
ディディが危険に晒される事があるのはわかってる。
でも出来る限り頭から追い出してるんだから。
「ジェス、そろそろ戻ろうぜ。
色々考えたけど、一個しか分からなかったよ。」
そう言いながら、柱をスルスルとおりて来たアーネスは、肩を組んで来た。
「なんだよ、急に。
それに何がわかったんだよ。」
「今、グダグダ悩んでも仕方ないって事!」
そう言ってニカッと笑った。
「それにさあ、ディディとジェスを見てたら羨ましくてさ。
だから絶対、絶っ対に帰ってラフィアちゃんに告白する。」
「なあ、アーネス。
ラフィアちゃん、好きな男いるぜ、多分。」
またニカッと笑ったアーネスは、拳を空に突き上げた。
「知ってる、ロバートさんだよね。
でも、言うだけは言っておきたいんだ。
迷惑かもだけど。
でもさ、ちゃんと伝えない方が後悔しそうだし、それに玉砕位しておかないと、次に行けなさそうなんだよね。」
気付いててなお、か。
確かに言う通り、ラフィアちゃんには迷惑かもだけど、当たって砕ける位させて欲しいよな、お前なら。
ダメ元であっても、俺は応援しよう。
絶対にコイツには言わないけど、親友として。
「青いのう、ええのう。
二人を見とったら、儂もまだまだ頑張れそうじゃ。」
「爺様さ、何人の女の人を泣かせて来たのさ。
不誠実なのはダメだよ。」
アーネスが口を尖らせ、指を指して文句を付けた。
真面目な顔になった爺様が、アーネスを真っ直ぐに見返して答えた。
「わかっておるよ、儂とて。
それに泣かせたのも泣かされたのも、たった一人じゃ。
そう、妻のな。」
そう言うと少し寂しげな顔に微笑みを浮かべ、
「戻るとするわい。
カレンとトゥーレにちょっと慰めてもらって来るかのう。」
すぐにニヤリとしてからそう言った。
ヒラヒラと後ろ手に手を振りながら、ドアの向こうに去って行った。
アーネスは爺様の琴線に触れる事を言ったのかもしれない。
てか、奥さんいたんだ。
「失礼だったかな。」
「大丈夫だよ。
じゃなきゃ、カレンさんやトゥーレの所に行かないさ。」
「うん。」
ちょっと心配そうなアーネスだったけど、その後で態度を変えるようなことも無く、ジード爺様は俺達に接してくれた。
その後は特に何事も無く、船旅は続いた。
食事毎に何か言いたそうに、こちらをチラチラ見てくるディディは気になったけど、笑顔を返すと赤くなって目を伏せてしまうので、取り敢えずスルーした。
交互にあ〜んをしている、カレンさんとトゥーレを見ると必ずだったから、ディディもしたいのかもしれない。
だとしたら、スルー続行だ。
それは二人の時にしたい。
バルに稽古を付けてもらい、ジード爺様に稽古を付けてもらい、ディディに魔法を教わる。
二日がそうして過ぎ、いよいよ船はロックス伯領の船着場に接岸した。
船着場から離れる時に、川向こうに沈み行く太陽が赤々と見えた。
余りにも綺麗で溜息が出た。
草原に沈む夕日とはまた違い、川面に反射した夕日と、空の赤さに包み込まれるような、そんな気持ちになった。
悲しい訳じゃないのに、ちょっと泣きそうになった。
宿に向かう馬車の中から見る街並みは、活気と喧騒に溢れていた。
少なくとも今まで見たどの街よりも賑やかだ。
行き交う人の種族も多い。
人族、様々な獣人族、エルフ、ドワーフ、それにバルが話していた特徴を持った魔族も。
宿はモレッド侯が手配してくれていた。
かなり高級なお宿で気後れしたけど、この宿でも街で二番目の宿らしい。
食事はそれ用の個室が用意されていて、全員で食べた。
もちろんめちゃめちゃ豪華で、美味しく頂いた。
テーブルの中央にドーンと置かれた白っぽい塊に驚いたけど、アイツの知識の塩釜焼きってヤツだった。
中身は川で捕れたという、デカい魚だった。
これがなにより一番美味かった。
一夜明け、俺達は東を目指す。
街の規模が大きく、人も多かったので、早朝に出発したにも関わらず、街を抜けるのに二時間は掛かった。
街の門から真っ直ぐに伸びるその道を、俺はざわつく心を抑えて進んで行った。
バルが操る馬車に揺られ、恐らく罠が待ち受ける、王都を目指して。
ただ、東へと。
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