優雅な?船旅
俺達は暫く甲板で景色を眺めていた。
何人かの乗船客が上がって来たが、アーネスのテンションは落ちない。
出航して直ぐに風向きが上流から下流に向けて変わると帆が降ろされて、その時の帆柱を登って行く船員さん達の動きにも、俺達は声を上げた。
「速っ、スゲェ、ねぇ、あれ凄くない!」
「おお〜!」
そうして一つ一つに反応していたら、いつの間にか甲板に出て来たディディが、ドアの近くで俺達を見て微笑んでいた。
「ディディ、来てたなら声を掛けてよ。」
「そうだよ、はしゃいでる所を見られて、ちょっと恥ずかしいって。」
俺達がちょっとした文句を言うと、その笑みが深まった。
「仲が良い二人のお邪魔をしてはいけない様に思いまして。」
そう言ってクスクスと笑った。
そうしていた所にバルとジード爺さん、そして二人に連れ出されたのか、マローダさんも甲板に上がって来た。
バルはともかく、ジード爺さんが姉妹じゃなくてマローダさんを連れているのはちょっと、ていうかかなり意外だった。
結構、両岸から離れている。
これなら岸からの狙撃とかもないだろう。
アイツの知識のスコープ付きのライフルとかない限り。
少し後からカレンさんとトゥーレも上がって来た。
トゥーレの手には箱が三つ抱えられていた。
手摺りに近付くと一つをカレンさんに渡し、二つを床に置くと優しく撫でていた。
俺はちょっと胸が苦しくて、目線を外した。
アーネスも少し険しい顔になっていたけど、何かに気付いて声を上げた。
「あっ、ジェス、見て、鳥が川に落ちた!」
アーネスが慌てた感じで言った言葉に、バルが苦笑いを浮かべながら返す。
「ありゃ、落ちたんじゃなくて、魚を獲りに潜ったんだよ。」
「えっ、そうなの!?飛んでたのに!?」
その切り替えの早さと、初めて見る物にいちいちはしゃぐアーネスを見ていて少し頭が冷えた。
うん、ディディに笑われるのも仕方ない。
俺も割とあんな感じではしゃいでいたかもしれない。
恥ずかしっ。
これほど大きな船はないものの、行き交う船を見ていて気が付いた。
「バル、川の中央からこっちと向こうで何か船のルールが違ったりする?」
「あっ?どういう事だよ。」
「岸に近い方が上流に向かってるし、中央付近を行く船は向こうもこっちも川下に向かってるから、何か違いがあるのかと思って。
左通行とかじゃないのかなって。」
「今、自分で言ったろ。」
なんの事だ?
「川上に向かう船が岸寄りに進むんだよ。
接岸しやすいように。
それとオーソン男爵領よりも川上は、対岸が他国だから、中央から向こうはあそこから出た船は通らないんだよ。
この国の船着場はオーソン男爵領が最南に当たるからな。」
「えっ、そうなの?こんなデカい川のこっち側に、船着場を作れる場所が無いって事?」
「街道の突き当りが崖になってたろ。
あそこよりも上流はこっちはずっと崖続きで、途切れた先にはかなり広い森がひろがっててな、そこは魔物が多いから開拓も進んでないんだ。
森の先はトランドって他所の国だしな。」
「へぇ、そうなんだ。」
「トランドは今、内乱状態なので正規の船は出ないでしょうね。」
バルの説明をディディが補足してくれる。
この二人がいれば、だいたいの事が聞けている気がする。
なんだかんだ言って、いいコンビだとか思ってしまう。
ちょっと羨ましい。
曇天なのもあって、こちら側の岸の空は暗くなり始めていた。
午後になって乗船したから、もう夕刻なんだろう。
ヨーイ、ソーイ、ホーイとよくわからない掛け声を掛け合いながら、漁をしていたのか魚を積んだ小舟が何艘も岸に向かって行く。
この日の漁を終えたのだろうか。
岸には所々に小屋が建っているのがかすかに見える。
多分あそこも小さな船着場なんだろう。
「そろそろ部屋に戻ろうぜ、そうだカレン。
ドルドーニュは今どこだ?」
バルのデカい声の呼び掛けに、一瞬ビクリとしたカレンさんはこちらを向くと少し考えてから答えた。
「多分、馬の世話をしにターナーさんと行ってるはずです。
私達は今日はいいと言われたので。」
ドルドーニュさん、二人と言うかトゥーレに気を使ったのかもしれないな。
あんな事があったばかりだし。
「ディディはどうする?もう戻る?」
耳から下がるピアスをいじりながら、トゥーレを見ていたディディは、少し悲しげな表情でこちらを見て、
「私は二人と戻ろうと思います。」
と言った。
少し顔を寄せ、頭半個小さい彼女は上目遣い気味で、小さな声で囁くように、
「ごめんね。でもトゥーレが放っておけなくて。」
と言って来た。
「あっ、うん、わかった、うん。」
上目遣いのディディにちょっとどころではなくドキドキした。
軽く手を振ってバルとアーネスの後を追う。
ジード爺さんとマローダさんも一緒に付いて来た。
グルグルと螺旋階段を降りながら、ちょっと振り向いたアーネスがニヤニヤしながら、話し掛けて来た。
「ジェス〜、いい感じじゃない。
ディディの付けてるアレ、ジェスがあげたんでしょ?」
「からかうなよ。
それよりトゥーレ、大丈夫かな。」
ちょっと顔が曇ったアーネスと俺に後ろから、
「儂がちゃんと毎晩、話を聞いておるから大丈夫じゃよ。
任せておけ、儂とカレンに。」
そう言って来たのはジード爺さんだ。
そんな事してたのか。
年の功ってやつかね。
「爺さん、意外だな。
喰い散らかす事しか考えてないかと思ってたわ。」
「いつもそればかりな訳がなかろう。
まあ、半分位はそっちじゃが。」
どこまで本気かわからん。
実際、色々と考えてはいるんだろうけど。
じゃなきゃバルに勝てる程強くはなれないだろうし。
「まあ、昨日の朝と今朝の様子を見る限り、ディディ嬢もお前さんにちゃんと気持ちを寄せておるのじゃろう。」
今朝と昨日の朝?
三人を睨んでただけだと思うけど。
「鈍いのう。
儂らを睨んでおったのは、羨んでたんじゃよ。
イチャ付いてる儂らを。」
「はぁ?何言ってんの爺様?」
「それいいね!俺もジードさんの事、爺様って呼ぼう。」
いや、今それかい。
「付き合いたてだから、そこまでベタベタしとらんのだろ?
アレは結構そういう感じになるのが好きなタイプじゃぞ。
二人になると。
スケベ抜きにしてなあ。」
「なんでそんなのわかるの?凄いね!」
アーネス、ちょっと黙れ。
「匂いでわかるんじゃ。」
「へぇ〜、そうなんだ!」
「真に受けるなよ、お前は。」
バルに呆れ気味に突っ込まれているが、アーネスはキョトンとしていた。
「えっ!
クラウディアさんとお付き合いを始められたんですか!?
ああ、いいですね、いいですね!
それなら絶対にバーゼル伯の元に戻られますね!」
あっ、そっち。
まあマローダさんからしたらそうなるか。
というか、景色を眺めたのが少しは気分転換になったみたいで、なによりだ。
馬が繋がれた所に着くと、ドルドーニュさんは少し目を細め、ナイフ片手に風早にワーナの根を切り割りながら与えていた。
時々鼻を鳴らし目を細めながら、ワーナの根をモッシャモッシャと食べている風早が可愛い。
ターナーさんは片付けをしていたのか、荷馬車の側で半袖の端を使って汗を拭っていた。
「どうした、バルガス殿。
というか皆揃って。」
「いや、今後の予定の確認だ。
どこで話す?」
「ここでいいだろう。
今は誰もいない。」
ターナーさんに目配せすると、彼はスッとドアの横に行き壁にもたれて腕組みをした。
「それで、今後の予定だったな。
明後日の夕刻に接岸予定のロックス伯領でそのまま一泊して、そこから東に進んで三日でクーニッツ子爵領、そこから二日北に向かい王都の予定だ。
天候次第だがな。
好天が続けば一日位は短縮出来るかもしれん。」
ここまで日程的には、予定通りに進めている。
ああいや、野営で稼いでいた分が、モレッド侯の所に二泊したことで削られてるのか。
今後も合わせてトータル十七日。
半分過ぎたと思っていたけど、まだ半分来てなかったのか。
この辺の感覚が狂ってきてるのかもしれないな。
旅の最中なので日常感がないし、狙われている事で更に拍車を掛けているから。
人も殺した。
罪悪感と嫌悪感は燻っている。
「うぅっ!」
不意に吐き気が襲う。
斬った時の感触を思い出した事で、それがまざまざと蘇り、手に、そして浴びた返り血の温かさを改めて体感してしまった。
丁度入って来たディディ達は俺を見て驚いている。
「ジェス様!」
駆け寄ってくれたディディが俺の背中に手を当て擦る。
「どうした!?なんだ急に、船酔いか?」
「いや、ちょっと村で人を斬った事を、ウェッ………。」
「こちらへ、お手洗いに参りましょう。さあ。」
ディディが俺の背中を擦りながら手を引いてくれる。
駆け込むようにトイレに入ると、胃の中を空にする勢いで吐いた。
吐く事で涙が自然と出る。
その間ずっと、ディディが肩に手を置き、背中を擦ってくれた。
「ゴメン、もう大丈夫、ウグッ、ヴェェ。」
「ジェス、私は気にしないから、無理したり我慢しないで。
ほら、ね?
大丈夫、ゆっくりでいいから。」
最後の方は固形物は出なかった。
黄色っぽい、胃液が鼻からも垂れ、それが更に吐き気を増した。
ようやく落ち着き、手洗い用の桶に張られた水で顔を洗った。
シャツの裾で拭こうとして、まだ鎧を解いてない事に気付き、袖で拭った。
汚れた水を捨て、脇に置かれた瓶から汲み直した。
「ありがとう、ディディ。助かった。」
そう言って振り返ろうとした背中にディディがそっと抱き付いた。
背中から回されて腹の前で組まれた手を、上からそっと撫でた。
「ほんと、ありがとうね。さっ、戻ろう。」
手を解き、振り向いて笑顔を向けると、ディディが見上げて目を閉じた。
ディディ、ゴメンね。
上を向いているディディの鼻をぷにっと摘む。
「ヒァァ、えっ何、何で?」
「ディディ、今の俺、ゲロ臭いから。
凄い嬉しいけど今はやだよ。
せっかくの始めてがゲロ臭いって思われるのはさ。」
「あっ。」
「でしょ?さっ、戻ろう、ねっ?」
赤い顔をしてコクリと頷いたディディの手を、今度は俺が引いて戻る。
あっアレをやってみよう。
思い付いた、アイツの知識の「恋人つなぎ」に握り直す。
ディディを見ると、キョトンとした後、何かだらしない感じにニヘラと笑った。
こんな顔もするんだな。
手を繋いだまま皆の所に戻ると、皆にちょっと冷やかされた。
でもいい。
このまま握ってる。
「ああ、紅月城を発つ時に言ってたの、コレか。」
と、妙に納得した顔をしたドルドーニュさんが皆に一斉に、生暖かい目で見られたのは、ちょっと面白かった。
「しかし、お主も珍しい上に厄介な体質持ちじゃのう。
記憶の茨檻とは。」
「そう生まれ付いたのは仕方ないよ、爺様。」
「そうじゃな。
それに悪い側面ばかりでもないしのう。」
「ああ。」
ジード爺様が悪い感じ抜きで微笑んでいる。
こんな時は確かに凄まじくカッコいい。
「握りっぱなしなんだ。いいな〜。」
お前、まだそっちを気にしてたのか。
「さて、そろそろ食事だな。
部屋は別だが、モレッド侯が配慮してくれて、食事用に部屋を一つ取ってくれている。
お前達も鎧を解いてそっちに来てくれ。」
ドルドーニュさんの言葉で、アーネスも自分が鎧姿のままだと気付いたようだ。
「コイツ等の用意が終わった頃に呼びに来てくれ。」
階段の所で別れる時にバルがディディに声を掛けた。
「かしこまりました。」
ちょっと残念そうに手を離したディディが、そう言って丁寧にお辞儀を返した。
「ディディといい感じじゃない、アレなの、さっきチュウとかしちゃったりしたの?」
鎧を解きながら、ニヤニヤして言ったアーネスに、俺とジード爺様が溜息を吐いた。
「お主、童貞じゃな?
ゲロ臭いのに接吻なんぞするものか、青いのう。」
それを聞いてニヤついていたアーネスが、口を開けて偉くショックそうな顔になった。
「爺さん、興味本位で聞くんだが、初めてっていつよ?」
「儂か?
確か、十二の時に近所のお姉さんに押し倒されたのが最初じゃな。
美人でのう。」
どんな状況だよ、それ。
バルは呆れ顔に、アーネスは顔を真っ赤にして俯く。
アーネス、そんななら下に繋がりそうな話を振るな。
優雅になりそうもない、面子での船旅はこうして始まった。
8日の話に20話使ってる(汗)
まあ、村での戦いに結構割いたので、それはいいとして相変わらず亀足進行ですね………
丁寧なのがイイと言って下さってる方も、そろそろ痺れを切らしてしまうかもと、焦ってしまいますね
だからと言って、作風を変えられる程の筆力と器用さは無いんですが(滝汗)
最後に、お読みくださった方々、ありがとうございます
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「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら、切ってくださって結構ですので………
次回 アーネスと二度目




