紅月城の一夜
「ところでアーネストリー君、ジェスター君。
君達、この領に引っ越して来る気はないかね?
優遇するが。」
食後のお茶の時にモレッド侯にそう言われ、危うく口に含んだお茶を吹き出しそうになった。
それまでモレッド候はバルやジードさんと、和やかな雰囲気で当たり障りのない会話していた。
俺達はそれを聞きながら、時折相槌を打ったりして食事をしてたのに、最後の最後に爆弾を放り込んでくれた。
「すいません、俺達は冒険者をしながら見聞を広めたいと考えておりますので、今はお断りさせて下さい。」
なんとか絞り出した答えに、モレッド侯は目を細めた。
ああ、この目。
俺達を観察しているのか。
値踏み、って感じがする目付きだ。
「上手い返しをするではないか。
ハロルドの所の方が良いと言えば角が立つ。
若者が見聞を広めると言うのを、無理に留めようとすれば、今度はこちらが角を立てる事になる。
なかなか頭が回るな君は。」
そう言われ恐縮してみせていると、急にまとっている雰囲気と話が変わった。
「追手が掛かるぞ、君達は。」
何の話だ?
「君達は貴族に売られた喧嘩を堂々と買ったようなものだ。
自分の命を守る為だけでは無く、赤の他人を救おうとしただけだ、そう思っておるだろうがな。」
ゆっくりとカップの香りを楽しみ、一口含んだ後、モレッド侯は続きを口にした。
「早い段階で旗幟鮮明にしたまえ。
もしくは全てを跳ね返す事が可能なだけの力を付けよ。
でなければ、何処かで野垂れ死にする事になり兼ねん。」
俺とアーネスが、ほぼ同時にゴクリと唾を飲む。
「その様子では、バルガス殿は何も話して無いようだな。」
「何の事で………。」
「此の者が今までに倒した、暗殺者の数の事とかな。」
俺の声に被せるようにモレッド侯が言った。
目どころか表情全体が、今は笑ってない。
「バル!」
「落ち着けよ、アーネス。
ちゃんと折を見て話す気でいたさ。
まあ、せっかくだ、今話そう。」
「それは明日にでも、部屋でゆっくりやり給え。
先に私の話をさせてもらおう。
私やハロルドは今の所は、ほぼ善意で君達を支援している。
今の所と言ったのは、君達がまだ立場を決めていないからだ。
とはいえ、国の宝である事に変わりはない。
だから国王陛下にお目通りしてもらおうとしているのだ。
だが明確に敵対するとなれば排除に動く。
それは私だけでなく、ハロルドも同様だ。
厄介な相手が、わざわざ成長するまで待つ訳にはいかないからだ。」
言っている意味はわかる。
だからといって、納得出来るかはまた別の問題だ。
「陛下は今年齢九十を数えられた。
いつ何があってもおかしくない年齢になられて久しい。
実際、ここ数年は公務からも退きつつある。
王太子殿下に色々と引き継ぎ、様々な事柄の移譲もしている。
既に退位の準備に入られておられるのだ。
混乱を招かぬようにな。」
何の話だ?
「色気を出しているヤツがおると言う話だよ。
少しでも権力を握ろうと、動き出している痴れ者がおるのだ。
王太子殿下はそれを憂いておられる。
外戚に無闇に力を与えるような愚かなお方ではないが、それを面白く思わない者がおって、貴族間の争いが激しくなっておるのだ。」
普通に考えればバーレスト侯が、国母の父と言う立場を得て力を増すハズだ。
だけどこの話でいくと、王太子殿下自身がそれを拒んで、もっと言うと阻んでいるのか。
「それってバーレスト侯が力を増すハズなのに、その目論見が外れて焦っていると言う事ですか?」
アーネスが困惑顔でモレッド侯に聞いた。
俺はそれに驚いたけど、真剣な表情だったモレッド侯はと言うと表情がニヤリとしたモノに変わった。
「その貴族様方の争いに俺達が巻き込まれていると?
何故です?
俺達は孤児院上がりの一冒険者でしかないのに。」
アーネスは自分の事をわかってないんだな。
「加護だよ、俺達の。」
「どういう事さ、ジェス。」
「お前の勇者。
俺の七大神の祝福。
どっちも稀で有力だと思われてるんだろ。
俺達はまだ何者でもないけど、過去の人達の偉業から。
バルに暗殺者が送られてるって話からも、有力な、それか将来有望な人間を、特定の貴族が抱える状況を望んでない人がいるんだろうよ。
だから国のお抱えや、正騎士団に入るように勧められたんだよ、多分ね。」
その望んでない人の筆頭が、バーレスト侯って事なんだろう。
「ついでに言うなら、国に有力な人材を差し出す事で、国王陛下や王太子殿下に媚を売っている、とも思われてるんだろうな。」
だから俺達を狙って来てるんだろう。
あわよくばバル共々、亡き者にしようとして。
「バルガス殿以外、特定の人物の名を出さずにそこまで読んで話をまとめるか。
君もなかなかに優秀だな。
概ね正解だ。」
概ねか。
何か見えてない事があるのかもしれない。
「そうは言ってもさ、俺達が今から正騎士団に入ろうと、お抱えになろうと、結局は他所の領から生まれたってだけで狙われちゃってるんでしょ?
返り討ちにするしかなくない?
さっきは驚いたけど、どうやっても狙われるから、暗殺者を相手にしてもバルは冒険者を続けてるんだよね?」
「それはそうだが、国の直属となる利点は大きい。
やり方を間違えれば、国に弓引く者と看做されるからだ。
そうなる前に潰したいのだよ。」
「それとは別に俺はどうにも、死ねと言われる可能性がある騎士団に入るのは、御免だったからだ。
流石にお抱えの件はそろそろ考え始めているけどな。
俺としては六に上がってから、高く買ってもらおうと思ってる。」
なるほどね。
バルも考えてはいるのか。
「それならさ。
もういっそ俺達でパーティー組んじゃわない?
何処とでもお仕事しますよって掲げてさ、国のお抱えになる前に。
ジードさんも入ってくれたら最高なんだけどなぁ。」
それはどうなんだ?
逆に目立って、狙われる可能性が上がらんか?
俺達がこのまま強くなったら、何処にも所属してない、それなりの戦闘集団が彷徨いているって見られるんじゃないのか。
「なるほど。
思いの外、良い考えかもしれない。
ジード老が加わるのならばな。」
そうなるのか?
「儂は保留と言ったハズじゃがな。
パーティー云々ではなく王都までの同行の件で。
それを飛び越えてパーティーとな。
ヤレヤレ、困ったものじゃ。」
苦笑いを浮かべお茶を啜るジードさんだけど、なんとなく感じるモノは悪くない。
てか、ジードさんて幾つなんだ?
モレッド侯から老呼ばわりされてるけど。
「ジードさんってお幾つなんですか?」
「儂か?十六じゃ。」
そんな訳あるか!
「誰も知らないのだよ。
姓がある事から何処かの国に籍はあるのだろうが、少なくともこの国には籍がない。」
「言っておらなんだか。
儂は勝手に姓を名乗っておるだけで、元々は無姓の出じゃよ。」
「えっ!」
「えっ!」
「えっ!」
お茶を啜りながらしれっと言ったジードさんの言葉に、俺達は一斉に驚いた。
てかモレッド侯も声こそ出さなかったけど、驚いた顔をしている。
「教会では有名な話だから、てっきり知っておると思っておったわ。
じゃから儂自身も正確な年齢がわからん。
だからずっと十六でもええじゃろ。」
いや、よくないよ。
「それで聞かれる度に十六と答えられていたのか。
なるほど、流石に私も知らなかった。」
「ジードさんの加護って、やっぱりファードの恩寵なんですか?」
「違うぞ。
儂の加護は「ダリンカンザの恩寵」じゃ。」
それで何であんなにモテるのよ!?
「はぁっ!?
それでなんであんなにモテるんだよ!?
意味がわからん。」
バルも俺の頭の中と同じ事を言って驚いてる。
「何じゃ、知らんかったのか。
なに、子種がおなごを呼ぶのよ。」
悪い顔で何処かをさすりながら、またお茶を啜っている。
ああ、生命を司る神の恩寵で、それに惹かれて女の人が寄って来るのか。
理解出来たわ。
てか、だったら何でそんなに強いのよ。
あれか?
生命の神の力で肉体の強さが跳ね上がってるのか?
それだったら俺も少し位、モテてもいいじゃんよ。
全然、そんな事ないのはどういう事よ。
いや、イイんだけどさ、今はモテたいわけじゃないし。
「面白い話じゃが、お主達の出立までは保留にさせておくれ。
教会とも話さんとならんしの。」
「いや、爺さん。
あんた勝手にあっちこっちの教会に移動してるじゃねえかよ。」
それで前にバルは「今はモレッド侯の所」って言ってたのか。
「しょうがないじゃろう。
おなご達が争い始めるんじゃから。
儂はおなごが傷付くところは見とうないもん。」
もんじゃないよ。
自業自得じゃんよ。
「そんな理由であちこち放浪されておられたのか。
流石、色情の権化。」
呆れ気味にモレッド侯が呟いた。
てか始めて聞く二つ名が出て来たよ。
どんだけ在るんだ、二つ名。
「ともかく君達でパーティーを組むと言う考えは悪くない。
個人よりは手を出し難くなるからだ。
教会でそれなりに力を持つジード老が加われば、教会を敵に回したくないだろうから更にだ。」
そんなに教会で力を持つのか。
聞く限り、問題だらけとしか思えないけど。
「これでも蘇生を使える数少ない僧侶の一人だからな。」
は?
「だったら何故、リック達を!」
「一人だけでよかったのか。」
バルがアーネスに言った、その声は優しい。
「どういう事?」
「蘇生なんてそうボンボン使える魔法じゃねえよ。
助けられて一人だ。
お前とジェスがやったような、魔力の譲渡をしてもコーツとリック、よくてオルトスまでしか助けられなかっただろう。
だったら、他の村人は?
何人も死んでただろ。
他は見捨てるのか?
全員なんて土台無理だ。
蘇生を見せて希望を持たせてから、放り出すのか?」
「時間も経っておった。
目の前で死んだ直後ならまだしも、手を付けるまで五分が限界じゃ。
完全に魔力が途絶え、体内に残留している物が消えてしもうては、復活は望めん。
干渉する魔力が残っておらんのではな。」
そう言う事か。
割り切れないものはある。
だけど仕方ないのもわかる。
クソ。
それでも三人に生きていて欲しかったと思うのは、俺のエゴなんだろうか。
「命を落とした護衛達は残念に思う。
だが今は、自分達の事を優先に考えるべきだ。
生き残った者の義務としてな。」
肩を落とすアーネスだったけど、その目は何かを見据えているように見えた。
「道中の便宜は図る。
今頃はドルドーニュ殿にハロルドの息が掛かっている以外で、安全に利用出来る宿の事や、警戒すべき諸領の情報が伝えられているだろう。
それと先程、旗幟鮮明にせよと言ったが、この道中で答えを出し給え。
そう選択肢は多くないだろうがな。」
モレッド侯のその発言が、会食と面談の終わりの合図になった。
ジードさんは教会に帰って行った。
俺達は部屋に向かう途中、どうしてもと聞かなかったアーネスに押し切られ、この日は同じ部屋で寝る事にした。
案内された部屋の前では、ディディが待っていた。
どうしたのかと聞くと、俺達の世話係として派遣されているから当然と言って、笑ってくれた。
ジードさんがいないのは残念そうにしていたけど。
嘘ではないけど、ジードさんと会いたかったって方が大きいんじゃ。
いや、まさかね。
従者用に隣の部屋がディディに与えられたようで、俺達が部屋に入って床に就くまで、あれこれと世話をしてくれた。
まるで何かを紛らせるように他愛もない話をしながら。
俺もアーネスも寝付くまで、酷く時間が掛かった。
ジード老の脳内再生は、チェリーです
旧作しか見ていないので、そちらのイメージですが
坊さん繋がりなんですかね
(^_^;)
どうでもイイ?
はい、ありがとうございます!
もっと言ってください!
最後に、お読みくださった方々、ありがとうございます
モチベにつながるので、ブックマークを是非お願いします
感想を、こうポチッと評価やイイネで表して頂けたら幸いです
「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら、切ってくださって結構ですので………
次回 そんな話の振り方ある?




