俺達の戦いはこれからだ
裏側の空財布〜という表現が出て来ますが、「懐具合がバレる」から転じて、胸の内を読まれるという感じの、この世界の言い回しです。
「貴族としてとか言って置きながら、途中から自分語りになってしまったようじゃな。
君達には回りくどい物言いは、むしろ悪手かもしれん。
頭が切れる故、裏側の空財布を見透かされそうじゃ。
書面を交わすも、騎士見習いに入るも、自由は減るじゃろう。
騎士見習いは寮暮らしになるからのう。
それと訂正しておくが、通例は十二で見習いになる者が多いが、それより下も上も、それなりにいる。
今の王国正騎士副団長は十七で見習いになった。
しかもヤツは平民の出だ。
我が家の騎士団にも、二十から見習いになって、五年で中隊長をやっておるのもおる。」
バーゼル伯の話はどっちも特殊な例だろうけど、階級社会の騎士団でそれは凄いな。
何か有力な加護を持っている人なのかもしれない。
ちなみにこの国では、騎士は貴族ではない。
だけど家を継げない男爵家や子爵家の、次男三男が多く、教育の度合い等の兼ね合いもあって、上層部は貴族家出身者が多い。
団員は平民でも、団長は貴族か王族。
正騎士団長は王様。
団長代理は今は王太子。
国の正規軍が正騎士団。
各貴族家にも家騎士団があるけど、規模はそれぞれまちまちだ。
貧乏男爵の騎士団は十人以下の「それって、団?」ところもあるらしい。
もちろん団長は貴族家当主。
ちなみに隊長職はあっても、佐官とか将官のような階級はないらしい。
「冒険者とて君達の加護と素質なら、半年そこらで四に上がろうて。
多少躓いても一年はかかるまい。」
はて、素質がわかる要素なんて見せたか?
「目線の送り方、気配の探り方、骨格含めた身体付き、持っている雰囲気。
どれも良いものを持っている。」
心を読まれた?
「いや、表情を読んでいるだけじゃ。
表情に出やすいのは、ちと難有りだが、それも訓練や場数の問題だしのう。」
マジか、そんなに表情に出やすいのか俺。
てか、急にフランクになったな、この御貴族様。
「断る事も可能ではあるが、指名で依頼を出す形で冒険者をやっているならある程度縛れる。
他国に流れるにしても緊急の指名依頼で呼び戻すって手もあるしのう。
国のしかも緊急の指名依頼じゃ、受けなきゃ罰金も高額になろうて。」
溜息しか出ない。
いや、流石に今はしないけども。
「書面の用意はいつ頃出来ますか?」
クソ、バーゼル伯の笑顔が黒眩しい。
結局、俺が折れた事でアーネスも諦めたようだ。
戦場の現実を聞かされて揺れていたし、それ抜きでもこれはちょっと躱しきれない。
受け入るしかないな。
後の事はマローダさんに任せて退出して行くバーゼル伯を見送って、ようやく俺は大きな溜息を付いた。
そこにアーネスの溜息が被さる。
お互いに顔を見合わせて、今度は同時に溜息を吐いた。
バーゼル伯が先に帰って行った後の、マローダさんからの説明は簡素な物だった。
曰く、バーゼル伯領からは出ない事。
曰く、泊まりの外出は控える事。
やむを得ない場合は戻り次第、役所に伝えに来る事。
曰く、早ければ十二日後には使者が王都から来るので、それ以後は街から出ない事。
この三つを守るなら、依頼を受けたりしてもいいそうだ。
さらに祝い金としてバーゼル伯から、金貨を二枚づつ貰った。
御貴族様なので手渡しではなくマローダさんを通してだ。
金貨は使うどころか、見た事も触った事もない。
ちなみに俺の知っている硬貨は七種類。
大金貨、金貨、大銀貨、銀貨、大銅貨、銅貨、鉄銭。
大金貨も見た事がない。
金貨十枚で大金貨。
金貨は細めの楕円形で端に一つ穴が開いている。
偽造防止兼重さを計る為らしい。
意匠は、髪がたなびく女性の横顔。
豊穣と風の女神ナーダを象っているらしい。
大銀貨二十枚で金貨一枚。
銀貨五枚で大銀貨一枚。
大銅貨二枚で銀貨一枚。
銅貨五枚で大銅貨一枚。
大銀貨から銅貨までは円形でサイズが違い、ナーダ絡みで風になびく麦と、舞う羽がクロスになった意匠。
鉄銭は少し平たい棒状で横書きで、「加護と共に歩め」と書いてある。
鉄銭は正直、使った事がない。
古いお金らしく、店でも銅貨一枚が一番安い商品の事が殆どだ。
食品の籠盛りをバラ売りしない感じ。
金額を指定して色々詰めてもらう事は普通にあるけど。
話を戻す。
役所が用意してくれた宿は、冒険者協会と役所の中間位にあった。
ベッドと小机だけの質素な部屋だけど、予定してた安宿の大部屋よりは遥かに清潔だった。
なんかどっと疲れて食事を取ったら直ぐに寝てしまった。
飯は豪華ではなかったけど、普通に美味かった。
翌日、古くなってサイズが限界だった革鎧から、程度の良い中古の革鎧に、元の手持ちから出して買い替えた。
まだ成長するはずだし、買い替える事になりそうだから中古で十分。
さらに貰った金貨を使い、新品で爬虫類系の魔物素材で鱗が厳つい、裏側まで覆う脛当てと手甲を買った。
見た目ではなく、単純に防御力が値段の割には高かった。
とりあえず宿代は当分心配いらなくなったから、ショートソードも買った。
魔法付与とか何も無い、普通の剣だ。
ちなみにこちら世界の剣は、そのほとんどが鍛造で作られた剣だ。
誤解されがちだがアイツの世界の西洋剣も、全部ではないけれど鍛造でも作られている。
有名どころだとヴァイキングのウルフバート。
直剣ではないがケルト系の一部が使っていたファルカータは、紀元前に鋼で鍛造によって作られた剣。
古代ローマとの戦争で猛威を振るったらしい。
話を戻す。
武具屋の親父が成人祝いだと言って、小振りだけど新品のナイフをオマケで付けてくれた。
武器としては心許ないが採取や剥ぎ取り、普段使いにと重宝してくれそうだ。
重心をとってあるから、投げる事も出来るらしい。
他にも店を回って予備の靴と、小さめの鍋や食器類も買った。
王都から帰って来てからとも思ったし、アーネスも俺も迷ったが、元々その予定だったので買う事にした。
コツコツ貯めていたのもあって、お互い金貨一枚は残す事が出来た。
何かの為に、残しておこうと思ったからだ。
買い物の次の日から、俺達は依頼を受ける事にした。
ランクは二。
まだ討伐系の依頼は受けられない。
採取かお使いか、手伝いか。
結局、俺達は一番近い村まで修理済の農具を運ぶ依頼を受けた。
鍬、鎌、鋤等を十数本と、俺達二人でやっと持ち上げて動かす事が出来る脱穀機。
これを鍛冶屋から受け取り、貸してくれた荷車に積んで持って行く。
往復で大体四百サナ。
この世界の長さは、サキがセンチ相当で、サキのほうがセンチよりちょっとだけ短いっぽい。
多分。
何故か五十サキは数字を付けたりしないで、単にササールという。
理由は知らない。
百サキが一サラでメートル相当。
百サラが一サナで、アイツの世界とここが違う。
十サナが一キロ相当。
五十サナもサラも特に変わらずだから、ササールだけが本当によくわからない。
ミリに相当する単位はない。
半サキとか一割サキとか言っている。
この距離なら明け方に出発すれば、日が落ちる前に帰って来れる、はずだ。
ここバーゼル伯領都の周辺はなだらかな丘等はあるが基本的には、草原が広がっていて見通しがいい………、訳ではない。
砕石を敷いて叩き固めた街道はある。
だけど舗装されているのは、領都から放射状に延びる領内の村までの九本と、王都方面に延びる物だけで、村と村を結ぶ環状の道は殆どが未舗装だ。
街道の周りの草原の草丈が成人男性の胸より高く、そんな草むらに魔物が潜んでいる事があるのだ。
雑多な草が生い茂り、薬草も種類が豊富なので採取依頼は沢山あるが、危険もそれなりにある。
それは魔物や獣との遭遇。
ちなみに駆け出し冒険者にとって怖いのは、獣系より昆虫系の魔物だったりする。
普通の野犬とか猪とか、獣系の魔物とか怖いのは怖いが、この辺りはそれほど強い獣も、獣系魔物もあまり出ない。
いても草むらの中を移動していれば音でわかるので、警戒さえ怠らなければ逃げるくらいは出来る。
獣系はたとえ出くわしても、向こうが単体ならなんとか出来る。
群れで出られると死を覚悟する事になるが、群れる魔物や獣は直ぐに討伐されるので、滅多な事では遭遇しない。
ただ昆虫系は素早く、飛べるヤツもいて、見た目以上に力があり、毒持ちが多数。
猫サイズのアリとか、アオダイショウサイズのムカデとか。
昆虫系の魔物も致死毒持ちとか、身動き出来なくなる程の麻痺毒持ちとか出たら、直ぐに討伐隊が組まれて狩られる。
獣系の魔物は革製の防具でもしっかり揃えているなら、利き手ではない方の腕を、敢えて噛ませてナイフで刺す等、対処のしようがある。
協会で登録した時に講習があり、最初に習う対処法だ。
昆虫系は噛ませてどうこうの対処が出来ない。
ちょっとでも防具を抜けると毒の餌食になる。
下手に噛まれたり刺されたりすると、薬を買うか治癒術士に治して貰うまで悶絶する羽目になる。
初めての薬草採取で、ギリギリ門が見える位のところまで行った時、アリにふくらはぎを刺された事がある。
ちょっとジンジンするくらいだからと舐めて放置してたら、翌朝には膝が曲げられないほど腫れ上がり、痒みと痛みでちょっと泣いた。
早い段階で飲み薬と塗り薬で対処してたら、ここまで酷くならなかったと院の母さんに大目玉を喰らい、更に泣く羽目になった。
アーネスは心配もしてくれたが、人の泣き顔を見て笑いやがった。
それを母さんに見咎められ、更に一緒にいたのに注意を怠ったとして、やっぱり大目玉を喰らっていた。
ちょっとだけスッとした事は、本人に伝えてやった。
二年半前のほろ苦い思い出だ。
思い出したら痛みと痒みが出た。
これ以上、考えるのはやめよう。
翌朝。
「よし、行こう。」
アーネスが、気合を入れるように口に出す。
俺はそれには応えずに、荷車を後ろから強く押した。
冒険者としての本格的な第一歩だ。




