立ち昇る煙に祈りを
一部に大きな誤りがあったので、修正しました
(2024/06/24)
側にはディディが立っていた。
ただ黙って。
いつの間にかそこに居た。
俺に抱き付くようにして泣いているアーネスと、頭に手を乗せて涙を流す俺。
ディディはただ見つめていた。
しばらくそうしていたアーネスは、しゃくり上げながら俺から離れ、膝元に転がった剣を手に取り、鞘に納め、ゆっくりと立ち上がって、両手で自分の頬を打った。
「ごめんねディディ、カッコ悪いところを見せちゃったね。」
と鼻を詰まらせながら言った。
ディディは何も言わず、そっと首を振った。
俺も直ぐには涙を止められなかったが、自分の腹を見て頭がほんの少し冷えた。
アーネスの涙と鼻水でグシャグシャになっていたから。
「向こうはもう大丈夫なの?あの女の人達。」
俺がそう聞くと、ディディはポケットからハンカチを取り出して俺に渡してくれた。
それから小さく溜息を吐くと、
「はい、モレッド侯麾下の騎士達に任せて来ました。」
と、少し悲しげな表情で言った。
表情の意味がいまいちわからず疑問に思ってたけど、一旦それは脇に置いて頷くと、辺りを見回した。
ターナーさんは、命を落とした二人に膝を付いて祈りを捧げていた。
俺達の荷馬車に繋がれていた馬は二頭とも、無事だったようで装具の欠片を馬体にぶら下げたまま防壁の側で、二頭並んで首を振りながら立っていた。
蹄の音が聞こえたのでちょっと警戒しながらそちらを見ると、広場の方からカレンさんがこちらに向かって来ていた。
俺達に気付くと、軽く手を上げた。
ただその表情は少し強張っている。
俺達の側まで来て、地面に横たわる二人に気付き、更に顔を歪めた。
無言のまま少しそうしていたカレンさんは、ハッとして辺りを見回した。
「トゥーレは?トゥーレは何処?」
「ジードさんの魔法で眠らされて、今は詰め所の中に。
リックとコーツは残念でしたが彼女は無事ですよ。」
俺の言葉にホッと息を付くと、まだ硬い表情のまま、
「そう、トゥーレだけでも無事で少しは良かった。」
とカレンさんは呟くように言った。
「ドルドーニュさんと、オルトスさんは?」
「班長はモレッド侯の騎士達と話しているわ。
じきに来ると思う。
オルトスは、死んだわ。」
それを聞いて腹の辺りに、何かこう重い物が沈む様な感覚になった。
音がする程の強さでアーネスが奥歯を噛み締めた。
三人もの犠牲を出して、俺達は得るものが何も無い。
何もだ。
せいぜい幾らかの人達を救えた、という事実だけだった。
「あなた達が無事で何よりよ。
この子をお願い、トゥーレの顔を見てくるわ。」
そう言って馬から降りると俺に手綱を渡して、詰め所に駆けて行った。
「ジェス様、私が。」
ディディが俺から手綱を引き取る。
カレンさんも、俺がまだ馬の扱いに慣れていない事を失念する位には動揺していたのかもしれない。
そして、ああやって駆けて行く程、トゥーレを心配していたのだろう。
「トゥーレとカレンさんは、異父姉妹なんです。」
ディディは駆けて行くカレンさんの背中を見ながらそう教えてくれた。
トゥーレだけでも救えて良かった。
今はそう思う位しか、自分を納得させられる材料がない。
「お前達、ありがとう、助かったよ。
礼を言った直後に悪いが、少し手伝ってくれないか。」
声を掛けて来たターナーさんは少しふらついていた。
俺とアーネスは顔を見合わせてから向き直り頷いた。
まだ治療を受けていないのか、額から流れる血は止まっていない。
「その前にちょっとしゃがんで下さい。治癒魔法を掛けますから。」
「あ、ああ、済まない、頼めるか。
そういえばリックから治癒魔法を習ってたんだっけな、あいつに………。」
額の傷口に手を翳し、慎重に治癒魔法を掛ける。
傷口が塞がったのを見て、直ぐに回復魔法も使った。
目尻に溜まった涙を拭いながら立ち上がると、門の方を軽く見回しながら、
「荷馬車が派手に吹き飛んだだろう?
辺りに散らばった荷物をまとめておくのを手伝ってくれ。
俺達の物か判断出来ない物は別にまとめておいて欲しい。
俺達まで物盗りになったんじゃ世話無いからな。」
と無理矢理っぽく笑顔を作って、ターナーさんはそう言った。
道中も半ば近くまで来ている。
引き返す訳には行かない以上、この先の事を考えずにはいられない。
小さくても、一歩踏み出そう。
俺達は手分けして荷物をまとめた。
時々、二人の亡骸が目に入る度に悔しさや悲しさが湧いて手が止まった。
途中、テントの下に敷くシートを見つけたディディが、二人の上から掛けた。
彼女も気にしていたのか、単に俺達の目に入らないようにしたのかはわからない。
顔が見えない分、幾らかは気が楽になったが、幾らかでしかなかった。
それが終わった頃、ドルドーニュさんが馬を引いてやって来た。
それに気付くと同時に、辺りに人が増えている事にも気付いた。
多分、隠れて息を潜めていた村の人達が出て来たのだろう。
辺りの状況を確認したり、壊れてしまった屋台や軒先の商品を確認したり、店の前の片付け等を始めていた。
皆、表情は暗く、動きも緩慢な感じだ。
「済まない、遅くなった。
こちらに来ないから心配していたぞ。
他のヤツラは?」
ターナーさんにそう声を掛けたドルドーニュさんだったが、リックとコーツの事を聞き、目を閉じ、目頭を押さえた。
「班長、申し訳ない。
任されておきながら、守り切れなかった。」
「謝らんでいい。
お前も下に付いたヤツに死なれて、辛いだろう。」
俯くターナーさんの肩に手を置いたドルドーニュさんの表情もまた辛そうだった。
「そっちに回れなくて悪かった。オルトスは?」
離れた所でジードさんと話し込んでいたバルがこちらに来て、ドルドーニュさんに声を掛けた。
「カレンから聞いてないのか。
あいつは死んだよ、矢を左目に受けて、それでも戦っていたんだが、どうやら毒が塗られていたようだ。
落ち着いたタイミングで倒れてそのまま。」
「そうか、済まん。
コーツはもっと上手くやってたら助かったかもしれん。」
そう言ったバルは深く頭を下げた。
「イヤ、今更それを言ったところでだ。
頭を上げてくれ。」
「そう言ってくれて助かる。
これほど後味が悪いのは流石にな。」
「ああ。
それに問題が山積みだ。
まず馬車だ。
荷馬車は跡形も無い。
乗る方は車輪を替えれば行けそうだがな。」
「班長、魔禽が二羽、駄目です。
死んではないですが、どっちも飛べません。
二羽は無事でしたが。」
ターナーさんの報告に、またもドルドーニュさんが顔を顰めた。
「どれ、儂が見てやろう、その魔禽。」
ターナーさんの背後からジードさんがそう言った。
怪訝な顔をしてジードさんの顔を見たドルドーニュさんだが、直ぐに驚いた顔になると、凄い勢いで頭を下げた。
「ジード様で間違いないでしょうか?そのご高名、聞き及んでおります!
お会い出来て光栄であります!」
「ハハ、どうせ色ボケとかの噂じゃろう?
まあ、否定出来んがのう、ハッハッハッ。」
そして、話を聞いた時の嫌そうな顔と打って変わって、ぽ〜っとした顔でジードさんを見てるディディはどういう事?
「早う見せてみい、その魔禽。」
ちょっと唖然としていたターナーさんは我に返ると、ジードさんを直ぐそこの防壁際に回収して積んである、荷物の所まで案内して行った。
「あのジジイ、男にまで人気あんのがわかんねえんだよな。
あれだけ食い散らかしてんのによお。」
「それはともかく、我等のように戦いを生業にしている者からしたら、憧れの対象にはなろうものよ。」
バルの言葉にそう返したドルドーニュさんはちょっと呆れ顔だった。
俺はバルの話でしか知らないけど、言われてみれぼなるほどとは思う。
確かにあの見た目のカッコ良さは目を引くし、なんとなくだけど飄々とした物腰は嫌いじゃない。
何気に声も低くて渋い感じなのも合わせて、モテても何も不思議じゃない気がする。
俺やアーネスより少し背が低いし、バルを失神させたって言う力強さみたいなのは見た感じしないけど、背中の厚みは服の上からでもわかる。
アイツの知識で言えばガリマッチョとか、ボクサーのイメージがしっくりくる。
無駄な肉が一切付いてないように見えるし、ちょっと見ただけなのに動きが滑らかなのは感じる。
偏屈な感じはしないけど、どう偏屈なんだろう。
「それで協力は得られそうなのか?」
「わからん。
話してみたし、そこから感じる感触は悪くないと思うが、まだ返事をもらえてない。」
「そうか。」
「ところで、三人の遺体はどうする?
この辺りに埋葬するか、骨にして返してやるか。」
「ああ、そうだな、そうだった。
クソ、二人の両親とオルトスの嫁に報告せにゃならんのか。
クソ。」
一度和み掛けた気持ちが、また一気に沈む。
「私が言う事ではありませんが、遺骨だけでもご家族に帰して上げてはどうでしょうか。
あまり縁の無いこの地に残して行くのは、少し可哀想に思います。」
ディディの表情は冷静そうに見えるけど、目は潤んでいる。
「ああ、そうだな。
遺髪を一房と、遺骨を持ち帰る事にしよう。」
その後で三人の遺体を村の外に運び、馬車の残骸や壊れた樽の破片を積みその上にそっと寝かせた。
トゥーレが目覚めるのを待たず、三人を荼毘に付した。
カレンさんが後で話すと言って譲らなかった。
ドルドーニュさんが遺髪を切り取ると、ディディが魔法で火を点けた。
横でジードさんが祈りの言葉を捧げてくれた。
俺達は骨になって行く三人を見つめていた。
アーネスは泣くかと思っていたが、最後まで泣かなかった。
俺も立ち昇る煙を見ながら、三人の安らかな眠りを願う。
死んでしまった三人には届かないかもしれないけれど、それでも祈る事は止められなかった。
殺した事。
殺され掛けた事。
仲間を失った事。
仲間?
ああそうか。
短い間だったけど、三人は間違い無く仲間だとそう感じていたのか、俺は。
それに気付いて涙が零れた。
その瞬間に肩に置かれたアーネスの手は、少しだけ震えていた。
偉く安心出来たのは、何故かはわからない。
でもこいつが居てくれて良かったと、心の底から思ってまた少し、涙が零れた。
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次回 拳王




