森辺の夜
俺達の馬車は今、西に進んでいる。
ゲッケ男爵領で食料を買い足した以外、街や村を避けて迂回路を通って王都を目指していた。
迂回路と言うので整備されてない、悪路を想像してたけど、普通に舗装されていた。
向かう先が侯爵領なら、不思議はないのかもしれない。
王都までや、周辺の諸領に向かうには。
ここまで夜は交代で見張りをした。
俺達が加わる事で見習い達の訓練にならないと断られたけど、申し訳無くて寝られないとアーネスと二人で押し切った。
睡眠を中断しなくて済む、最初か最後ならと条件付きで、ドルドーニュさんは渋々ながら受け入れてくれた。
最初の襲撃以降、素振りも見せない相手に俺達は精神的に疲弊させられていた。
平原続きとはいえ小さな林や、数人位なら隠れ潜む事ができそうな藪はあった。
だけど一切仕掛けて来ない所為で、不安だけが募っていた。
流石というか騎士の皆さんやバル、ディディなんかは平然としていたが、リックやトゥーレさんといった見習い達や俺とアーネス、そして特にマローダさんは疲労の色が顔に出ていた。
今は右手に森を見ながら進んでいる。
左は草丈の低いなだらかな斜面になっていて、割と遠くまで見通せていた。
今日は曇天だけど、晴れていたら凄く気持ちよく感じたかもしれない。
襲撃があるかもとか思っていなければ。
時折森の中から飛び立つ鳥の羽音にも、マローダさんはビクリと体を震わせていた。
この二日、昼食休憩は少し長めに取っていた。
馬の負担を少し減らそうとしてだ。
とは言っても、午前午後の休憩を無くしたのを無駄には出来ないので、ほんの少しだが。
昼食後や夜にリックから治癒魔法も教わった。
回復魔法や治癒魔法は魔力を多く込めればその分治るという性質ではないので、初歩的な物でも難しく感じた。
仮にそうだとしたら、アーネスは初歩の魔法で失われた腕を生やせるだろう。
相手の魔力を感じ取るのと、同調するのが難しい。
特に同調の方が。
初歩の回復魔法でも失敗すると、効果がないどころか軽い魔力酔いを引き起こしたりすると言われて、慎重にならざるを得なかった。
リックが練習台になってくれたので、何度か軽い魔力酔いにさせてしまいながら、夜には回復魔法は使えるようになった。
アーネスは悪影響を聞いて尻込みしていたので、夜になってから俺が練習台になってやる事にした。
地獄だった。
最初の一回目が特に酷くて、アイツの知識の二日酔いの酷いヤツがまとめて三日分くらい襲って来たような感じだった。
ぶっ倒れながら、少しでも過剰に貰った魔力を消費しようと空に向かって特大の火球を連射して、数分でなんとか回復した。
でもこれ、アイツの知識の回復攻撃として使えそうだな。
触れるくらい近づかないと使えないけど、徒手格闘と相性良さそうだ。
それをアーネスに伝えたら、ちょっとアワアワした後で考え込み、直ぐにパァってなった。
「お前もえげつない事を思いつくな。
殺せなくても一撃で気絶もんだろ、それ。
アーネスちょっと俺にやってみ。」
とバルが言ったので、実際にアーネスが試した。
やめておけばいいのにと思ったけど、とりあえずスルーしておいた。
手首を握ったアーネスが回復魔法を使ったら、案の定バルがひっくり返り、派手にゲロった。
見えていた結果に、ちょっとだけスッとした。
「やべぇな、コレ。
うぇ、まだ込み上げてくる。」
魔法が使えないバルは、気合でなんとかしたようだ。
それはそれで凄いよ、バル。
「ハマった時のモンクが強いのってこれか?俺には使わなかったけどあの爺さんもやりそうだし、魔力が多いヤツがやったら無双しそうだけどな。」
そんな事を呟くバルの介抱は一切せずに、
「魔力の同調無しで送り込めたら、威力が上がりそうですね。」
と、冷静に分析するディディが怖い。
周りで皆が引いていた。
まあ、そうだよね、普通。
そんな感じで旅は続いていたが、バルが倒れた時でも襲撃はなかった。
監視まではされてないのだろうか?
まあ、ここまでは殆どがだだっ広い平原だったから、尾行なんかは無理そうだけど。
ならやっぱり、どこかで待ち伏せているんだろうか。
正直、気持ちが荒み始めている。
殺しに対する忌避感はまだあるけど、ぶっ殺してでも現状を打破してやろうとか思ってしまう。
そんな自分に嫌悪感が湧いて、それがまた不安や気疲れに繋がっていた。
「明日にはモレッド侯のところに着くな。
爺さんに言えば、教会に泊めてくれるだろうから、久々にゆっくり寝られそうだ。」
バルも平気そうにしていたけど、それなりに感じるモノがあったのだろう。
声が少し嬉しそうだ。
そんな時、ドルドーニュさんの指示の声が響いた。
「全体止まれ。
魔禽が来た、少し休憩にするぞ。」
街道脇の木陰に馬車を停め、警戒しつつも体を伸ばした。
今まで見ていない使役魔禽だ。
腹側と羽の内側が綺麗な青で嘴はグレー。
背は明るい光沢のある緑。
クルックルっとした首の動きが可愛い。
トゥーレさんが素早く近付き、文筒を外してドルドーニュさんに手渡した。
その後は別の使役魔禽を出して、代わりにその子を籠に入れていた。
「伯爵からだろ?何て?」
「朗報だ。
モレッド侯と連絡が付き、城内で一晩逗留が許されたそうだ。
ジード老との面会の場も用意してもらえる、とある。」
それは嬉しいけど、侯爵様の城か〜。
「そんな顔すんなよ、わかり易い。
どうせ貴族の城とか面倒臭っとか思ってるんだろう?」
何故わかる、バルよ。
これは真面目に、ポーカーフェイスってヤツを身に着けないと駄目だな。
「今日明日を乗り切れば、美味い飯と柔らかいベッドが待ってるって思っとけよ。
それにただのいい人じゃねえが、話自体はわかる人だぜ、モレッド侯。」
そうなんだ。
貴族って気位が高いイメージしかないけどな。
ああ、でもそれはアイツの知識の創作物のやつか。
「よし、クラウディア。
返信を任せた、簡潔な感じでいい。」
「了解です。」
「それとトゥーレ、モレッド侯の所にも送れるか?」
「はい、大丈夫です。」
「よし、クラウディア。」
「モレッド侯に先触れですか?
明日の午後遅くの到着、とお伝えすれば良いでしょうか。」
「それで頼む。」
ドルドーニュさんに答えたディディが、筆記具をトゥーレさんから受け取り、素早く手紙を書いて手渡した。
こういうのもやり取り含めて、出来る女性って感じがするな。
鬼じゃ無い時のキリッとした顔は、とてもカッコよくみえるし。
「各自、水を飲んでおけよ。
用を足すやつは済ませておけ。
警戒は怠るなよ。」
騎士と見習い全員が、短く歯切れのいい返事を返す。
それぞれがそれぞれに準備をして、また動き出した。
右手の森が深くなり始め、道も緩々とした登り坂になった頃に日没を迎え、野営の準備に掛かる為、馬車が停まった。
「バルガス殿、何人か連れて森の偵察を頼めるか?」
そう言ったドルドーニュさんに、バルは片手を上げただけで答えた。
「アーネス、付いて来い。
カレン、行けるか?
他に夜目が効くヤツはいないか?」
火を起こしていた男性の騎士がスッと立ち上がる。
そういえば、ターナーさんだっけ。
ディディが受けてた訓練の話で、見ただけで吐きそうになった、って言ってた人だ。
「名前、直接聞いてなかったな。結構出来るだろ?」
「ターナーだ、よろしく。」
「剣の腕だけなら、俺の班では一番だ。
単独の方が良い仕事をする。」
「なら、そうすっか。
前と後、どっちがいい。」
「前で、五十後方に頼みます。」
「いいぜ。
ドルドーニュ、そいつは任せた。」
「ああ。」
そんなやり取りをして、森の奥へと入って行った。
バル、アーネスが行ってしまい、不安は不安だったけど、やる事はあるのでとりあえず、目の前の事に集中だ。
まずはリックと二人でテントを張る。
トゥーレさんともう一人の見習いは、馬の世話をしていた。
ディディはターナーさんの仕事を引き継ぎ、火起こしと食事の準備に掛かった。
オルトスさんとドルドーニュさんは周囲の警戒だ。
テントを張り終えると今度は、ディディを手伝った。
しばらくして手元の仕事が片付いたのか、
「ジェスターさん、クラウディアさん、私とコーツが代わるので班長にどうするか聞いて下さい。」
とトゥーレさんが言ってくれた。
「トゥーレさんもジェスでいいよ、君も。
アイツもアーネスって呼んでやって。
間違いなく喜ぶから。」
「はい!
じゃあ私達も呼び捨てでお願いします。
いいよね、コーツ?」
コーツと呼ばれた彼は、年の頃は近いけど無口なのか、この道中も声を聞いてない。
それにあまり表情に出ないタイプなのか、無表情のまま黙ってコクリと頷いた。
「ジェスター、クラウディアと一緒に街道側を見ててくれ。」
やり取りを聞いていたのか、ドルドーニュさんから声が掛かった。
見習いの三人は時々声を掛け合って作業しているけど、ほぼ無言の時間が続いた。
日はすっかり落ち、微かに赤みを残す西の空と、反対の空には低い所に真ん丸な月が出ていた。
そういえば、騎士一人に一人の見習いが付くって話じゃなかったっけ。
ぱっと見、カレンさんが若く見えるから四年目になってないとかか?
ぼんやりと考え事をしていたが一応、視線は周囲を警戒している。
感覚的にもちゃんと………。
いや、おかしい。
背後の様子が、まるで映像を見ているかのように感じ取れている。
気配を感じたり、読んだりは得意な方だった。
でもここまでじゃなかった。
表情まではわからないものの、どこで、誰がどんな事をしているのか、薄く感情まで感じられる。
馬車の中で不安そうにしているマローダさん。
ちょっと怯えているけど手元に集中しているトゥーレ。
コーツはいまいちわからないけど、警戒しているのだけはわかる。
ドルドーニュさん、オルトスさんは二人とも、指先でコツコツと柄頭を叩きながら、離れて立っていても背中を預けあっている。
ディディはこの何日か手元に置いていた、短めの杖を手にダラリと下げ、街道の侯爵領側を見ている。
夕べまではここまでは感じなかった。
感じ取れなかった。
何だ、何がおきている。
試しに集中を解くと、辺りの様子が霞む。せいぜい何人かが周りにいるのを感じるだけだ。
もう一度、集中すると感覚がまた戻った。
急になんだ?
しばらくあれこれ考えているうちに、ふと気付いた。
これって、アーネスの思考力と言うか、勘が鋭くなっているように、俺の加護による才能が開花し始めたのか?
よし。
戸惑うのは一旦やめだ。
手に入れた力は使わない手はない。
集中を続けながら、思索は別の方向に走り始めた。
加護についてだ。
多分だけど、開花し始めた俺達の加護。
ただ俺の七大神の祝福や、アーネスの勇者はどのような加護なのか、はっきりしていない部分が多い。
他の加護と比べて、圧倒的に数が少ないからだ。
俺以外の加護を考えてみても、教会で祀られる七大神の時点ですでにおかしい。
豊穣の女神ナーダ。
戦の神ウィスラ。
智慧の神ネート。
生命の神ダリンカンザ。
慈愛の神ノード。
性愛の女神ファード。
創世神にして七大神の主神ニギル。
だけどアイツの話で、俺は創世神は別だと知っている。
風、火、精神、海、太陽、月、大地。
それぞれがこれらも司っている。
だが、バルは火の力を操れる訳ではないし、ディディが智慧の神の祝福を受けているのに、治癒魔法は一切使えないのはどういう理屈なのかもわからない。
話に聞く、ジードさんはアホ程モテるって言うから、ファードの恩寵とかなのかもしれないけど、バルに徒手で勝てる理由にはならないと思う。
加護を持つ誰もが当たり前のように恩恵を享受しているけど、その辺に疑問を持つ人はいないのだろうか。
加護と才能はまた別なんだろうか。
そもそも俺の戦闘センスや魔法の才能は、アイツ譲りなのでは?
加護で更に上積みがあるって事なのだろうか。
わからない事だらけ。
考え疲れ始めた頃、バル達が戻って来た。
結構時間が経っている。
辺りはすっかり暗く、月明かりと焚き火が辺りを照らしていた。
戻った四人の表情は、険しい。
「悪い報せだ。」
何だ?
何か起きたのか?
「少し入った所に狩猟小屋があった。
結構デカい感じだったんだが、中を調べたら最近使った形跡がある。
一人二人じゃねえ。
外にも大掛かりな野営の跡があった。
多分だが、いるぜ。
この辺りに。」
やっぱり避けられないのか。
人とやり合うのは。
バルの脳内再生はパウロです
見た目なんかは全然違うのに、コイツの設定を考えていた時からずっとそうです
何でだろ?
ちなみにディディはラファエル先生
大賢者さんではないのがポイントです
どうでもイイ?
いいじゃないのよ、妄想を口にしたって(迷惑)
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次回 罠をも打ち砕くモノ




