開花の兆し
バルの声に三人で同時に、深く息を吐く。
「気になったヤツを尾けたら、撒かれてな。
戻ったら騒ぎになってた。
何があった?」
耳には入っていたが外のざわつきの意味を、今理解した。
「ベッド、見て。
多分、弩。」
アーネスの言葉にバルはチラリとベッドに視線を送ると、突き刺さった矢を見て舌打ちを鳴らす。
「窓から鐘楼が見えてた。
角度からしたらあそこからだと思うけど、少し低いところから斜めに撃たれてたらわからない。
流石に見えて無いところからは、窓は狙えないと思う。」
弩の射程は思いの外長い。
物によって有効射程は五〜七サナ以上、アイツの世界で言えば五〜七百メートル。
窓は丘からは見えないし、村の防壁で目隠しになるから、村の中から撃たれたハズだ。
口にはしたけど、間接射撃のような斜め上に撃つような狙い方は考え難いと思う。
あの時に感じたのは、間違い無く殺気と殺意。
窓辺に人が立つのを見て撃ったハズだ。
「後半は一応考慮に入れるが、まあ無いだろうな。
それにその辺に今から行っても、無駄足だろうな、九分九厘。」
「わ、私が狙われた?何故?」
マローダさんが完全に怯えてしまっている。
まあ、無理もない。
本当に紙一重だったからな。
でも。
「マローダさんが狙われた訳ではないと思いますよ。
多分、この部屋の誰でもよかったんじゃないかな。」
アーネスが硬い表情で言った。
俺もそう思う。
「アーネス、何故そう思う。」
バルの問にアーネスは、ちょっと考えながら答える。
「鎧戸は閉じてたから、誰なのかわかったとは思えない。
それに殺意は感じたけど、なんて言うか、誰かに向けられた感じじゃないっていうか、上手く言えないけど、そんな感じ。」
「そうなんだ。
鎧戸は閉じてた。
むしろ何で窓の前に立ったのがわかったか、そっちの方が疑問だよ。
ランプは、窓とマローダさんの間にあったんだから。」
隣の部屋で聞き耳を立ててたとも考え難い。
煉瓦造りの壁なんだから。
「考え過ぎだ。
ここの鎧戸は下に向かって隙間があるヤツだから、漏れてる光の加減が変わった瞬間を狙ったんだろうさ、暗くなるのを待ってな。
それぐらいなら、ちょっと弩の扱いに慣れたくらいのヤツでも出来るさ。
それか。」
そうか。
「通りに誰かいて、合図したかかな。」
バルの言葉の続きを引き取った。
「そうだ、邪魔な俺を引き付けてな。
マローダ殿じゃなくても、コイツらのどっちかでもよかったんだろうな。」
「てことは、相手は複数の可能性が高いって事?」
「アーネス、違うよ。
複数で確定だよ。
バルを引き付けて尾行させたヤツと、弩を撃ったヤツ。
最低でもこの二人は確定で、他に合図したヤツがいるかもしれないって事。」
「ディディは!?あっちは大丈夫なの?」
その可能性を忘れてた。
マズいんじゃ。
「何かあれば、連絡を寄越すさ。」
肩を竦めたバルは、取り敢えずと言って俺達が持ってた盾を窓に立て掛けた。
「これで寝れるだろ。
割れたガラスと、穴が空いた鎧戸は金で済まそうぜ。」
そう言ってベッドに刺さってた矢を引き抜いた。
「シーツとベッドも弁償かね、やんなるぜ。」
そう言ってベッドに転がった。
その後、警備隊が何人か来て事情を聞かれたり、宿の主人に大層な剣幕で文句を言われたりしたが、バルが全部対応してくれた。
警備隊には被害を受けたのはこっちだと言い張って押し通し、宿の主人には金貨を握らせて黙らせた。
「割に合わねえ。後で伯爵に請求してやる。」
とか言ってたが、場が収まると直ぐに寝息を立て始めた。
こういうのを見ると、何だか安心するな。
翌朝。
緊張が抜け切らなかったのもあって、俺もアーネスも寝不足気味だ。
だが一番はマローダさんだろう。
目の下のクマがヤバい事になってる。
まあ無理もない。
怪我こそ無かったが、実際に死に掛けたんだから。
朝食後に準備を整えると出発の為、門に向った。
どうやらこちらに襲撃はなかったようだ。
合流されるのを嫌ったのだろうか?
「ドルドーニュ、これを見てくれ。」
そう言ってバルが差し出したのは、夕べの矢だ。
「弩だな。
夕べ遅くに、こちらにも警備隊の者が来て事情を聞いて行った。
大変だったな、お前達。
マローダ殿も。」
そう労ってくれた。
「こうなると、使者が何処かに、しかも事前に情報を流していた可能性が高まったな。
全く、面倒な。」
ドルドーニュさんが握っていた鉄の矢がグニャリと曲がる。
「王都に向かうのを取り止められない以上、ウダウダ言っても仕方がない。
馬にも我らにも負担が増えるが、装備を整えて進むしかないだろう。
バル殿の方はどうする。
二人の事もあるが。」
近くで聞いていたオルトスさんが他の騎士に、フルプレートを着用するように促す。
騎士であることを隠すのは、どうやら諦めたようだ。
「魔法を使われたらむしろ危険なのでは?」
「こちらにはクラウディアがいる。
あいつ以上の魔術師が出てくる可能性は低いし、相手が一人二人、魔術師を用意したくらいなら、弩の方を警戒したい。」
一理あるか。
「お前達の訓練は一旦中止だな。
楽しいかどうかは別として、今日以降は馬車の旅だ。
中でクラウディアから魔法でも習うといい。
御者は俺がやる。
こっちの御者をやってたヤツは、後ろの荷馬車の御者台にでも移ってくれ。」
「わかった。
見習い達も武装させよう。
それと、馬の歩みを速める事自体は出来んが、午前と午後の休憩は基本無しにしよう。
おい、馬の装具も頼む。」
ドルドーニュさんの指示に、見習い達もテキパキと動き出す。
「悪いが槍を出しておいてくれ。
それとお前達、窓は開けきるなよ。」
こうして見ていると何故、あんな示威行為をしたんだ?
こうやって警戒させるだけなのに。
示威行為?
そうか。
「いい?バル。」
「何だ、ジェス。」
「昨日の襲撃って中途半端じゃなかった?
俺達を警戒させただけだろ、これじゃさ。」
「何が言いたい、ジェスター。」
ドルドーニュさんも怪訝な顔で聞いてくる。
「これで迂回は決定的になったよね。
ルートを確定させたかったとかないかな?
向こうにしてみれば、最短を進む選択肢を敢えて潰しておくのが狙いだったんじゃないのかな。
何なら盗賊の噂も向こうが敢えて流してるのかもよ、こっちの可能性は低いと思うけど。」
「狙いは………。」
「襲撃地点の固定か。」
他にも意味があるかもしれないけど、理由の一つとしては多分そうだろう。
自分の息が掛かった者の領内で襲わせると、足が付く可能性を否定出来ない。
「じゃあさ、迂回先でバーゼル伯と仲がいい貴族の領地ってある?」
アーネスがそんな事を言い出した。
「そこで狙ってくるんじゃない、まとめてバーゼル伯の勢力を削るとか、面子を潰す為に。」
無さそうじゃないのがなんともな。
戦力や企みの内容次第だとは思うけど。
「それにさ。」
アーネスはそこで言葉切って考え込んだ。
「まだ何かあんのかよ?」
「うん、ただの思い付きで予測とかそんなんじゃないけど、昨日話してた闇夜の牙だっけ?
それ、バーレスト侯か、その息の掛かった貴族の私兵集団って事はないかな。
全然、尻尾を掴ませないで国内を転々としてるんでしょ?」
ああ、なるほど。
対立する他の貴族領で略奪や誘拐をして、力を削ぐのか、盗賊団を装って。
勿論、単に嫌がらせの可能性も十分あるけど。
だけどアーネスの勘、やけに冴えてるな。
元々、若干脳筋気質ではあるけれど、それなりに頭は回る方だった。
でも昨日といい、今といい、状況の理解とそれに関する読みは正直、意外と言っていい。
ひょっとしてディディが言ってた、祝祭の後で才能が開花するってこれなのか?
今、当にアーネスの勇者としての才能が花開きつつあるのか。
「それはなんとも言えん。
仮にも相手は侯爵だからな。」
ドルドーニュさんは渋い顔だ。
途中から話を聞いていたディディも、考え込んでいる。
「裏付けにはならないけど、被害が出てる領が侯爵と関係ない領に偏ってるとかない?」
「ジェスター、流石にそれはここではわからん。
資料も何も手元に無いからな。
それに一班長の俺が見られる類の資料でもない。」
「ディディ。
今の話、まとめてディディの推理って事にして、伯爵様に調べてもらう事って出来ない?」
「駄目です、ジェス様。
あくまでジェス様とアーネス様の見立てとして、報告させて頂きます。」
うん、わかってた。
ディディならそう言うよね。
「トゥーレ、使役魔禽の用意を至急頼む。
クラウディア、書状の用意は任せるがいいか?」
「書状は二通ずつ、四通で?」
ん?
二箇所?
「ん?ああ、王都の子爵様にも知らせる腹か。
わかった、それで頼む。」
「ドルドーニュ、使役魔禽で俺の家にも送る事って出来るか?」
「それは連れて来てるヤツ次第だが。
トゥーレ、行けるか?」
「はい、伯爵様のご指示で、バルドール商会に行った事がある子を、二羽連れて来ています。」
この辺までは、伯爵様の予測の範囲ってことか。
「何を送るつもりだ?」
「親父の情報網に何かそれらしい話がないか、聞いておきたくてな。」
大店の商会会頭だっけか。
貴族と繋がりもあるって話だし、確かに話は聞いてみたい。
「商人の情報網は侮れないからな。
貴族との取引も多いバルドール商会ともなれば多くの情報が集まっているだろう。
だがどう聞く?」
「特別、秘密の任務ってんじゃねえんだから、素直に聞けばいいだろ?
そうだな、『祝祭で有望なヤツがバーゼル伯のとこで二人出た。
王都に呼ばれたから一緒に向かってたら、襲撃された。
何か知らねえか?』でどうだ?」
なるほどね。
ざっくりした質問だからこそ、幅広い情報が得られそうだ。
「わかった、クラウディア。頼めるか?」
「バルのは俺が、筆記具を。
二通でいいですか?」
「一通は俺が書く。
足が速い方を直筆にしてくれ。」
「わかった。
バルドール商会に送る方の帰還珠は、ジェスターかアーネストリーが持っててくれ。」
「それってなんです?」
アーネスが首を傾げる。
「通常、使役魔禽は特定の二点間で行き来する。
今から渡す珠は対になった魔道具で、身に付けた者の魔力に反応して、もう片方を付けた使役魔禽が帰って来る時の目印になるんだ。」
それは便利だな。
アイツの知識のGPSみたいな使い方が出来るのか。
しかし何故、俺達が持つんだ?
「お前達は護衛対象で、この面子の中では絶対に生存してもらわなければならん人物だ。
俺達の誰かが死んでも、お前達が生きてるなら必ず情報を得られるからな。
だから失くすなよ、絶対に。」
ドルドーニュさんから受け取ったその珠は、綺麗な蒼で輪になった紐が付いていた。
アーネスに持たせようとしたら、失くしそうで怖いとか言って頑なに拒否したから、仕方なく自分の会員証を出して通しておいた。
俺だってちょっと怖いわ。
ほぼ垂直に使役魔禽六羽が飛び立つ。
豆粒大の大きさに見えるまで高度を取ってから南北に分かれた。
四羽は北へ。
話では往復四日。
有益な情報を持ち帰ってくれるのを期待して見送った。
「俺達も発つぞ。」
ドルドーニュさんの掛け声で一路、北へ。
憂鬱な気持ちを抱え、出発した。
ほぼ確定している、対人戦闘が待つ旅路に。
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