姿なき襲撃
案の定、アーネスの顔が下りで半泣きになった。
走った上り下りは同じくらいだったけど、言わんこっちゃない。
俺は馬車の中で手で足首を回したり、ふくらはぎを揉んだり、少し寝たりして体力回復に努めた。
この後、もう一回走る羽目になるからな。
六人乗れる馬車に今は四人。
少し広めに場所をもらって、壁に凭れて寝た。
ディディが膝枕を申し出てくれたが、丁重にお断りした。
流石に人前でそれは恥ずかしいです。
昼食になり、バルは荷物から槍を取り出して具合を見ていた。
ショットイーグルとやった時に、ほぼ何もできなかったのを悔やんでいるようだ。
丘の中腹。
見晴らしが良くて、弱く吹き抜ける風が気持ちいい。
その後バルは普通に食事を食べていた。
「大体三時間ってとこだろ?
余裕だよ、お前らと一緒にすんな。」
とニヤリとしながら言った。
こういうところは流石に頼もしい。
アーネスは食後に、俺にもやってくれた見習い君に治癒魔法を掛けてもらっていた。
「本当に走ったらわかったよ。
下りは楽そうとか、嘘じゃないか。
完全に騙された。」
誰にだよ。
自分にか?
二度走る俺は、あれやこれやの手伝いを免除されていた。
痛み自体は消えたアーネスと、並走に備えあちこちを伸ばしていたバルも片付けを手伝っていた。
「行きますか。」
バルが声を掛けて、動き出した。
俺は馬車の中で、昨日やった魔力の漏出を留める練習をする事にした。
回復効果もあるって言ってたからな。
少しでも疲労が抜けるならやった方がいい。
ここまでは魔物に遭遇してない。
平和そのものだ。
二人で約五時間。
バルがこれから三時間。
その後、俺が二時間ちょっと走るから合計十時間。
ただアップダウンが続いているので、それほど距離は進めていないのかもしれない。
バルが三時間を難なく走りきった。
疲れを全く見せなかったのもあって、午後の休憩は少し遅めだった。
流石に汗を流しているが、走り切った後も疲れた様子はない。
何なら調子外れに聞こえる鼻歌を歌ってる。
俺達とそう変わらない傾斜の道だったのに何だ、あの余裕の表情。
やっぱり何か騙されている気がする。
休憩後、
「オルトス、今日も先行を頼めるか。」
「了解です、班長。」
「無理はさせるなよ。」
というやり取りの後、オルトスさんが馬を走らせる。
走ると言っても速足って感じだ。
アイツの知識では、だく足とかトロットって言うんだったか。
バッと飛び乗って手綱を打つ仕草、かっけぇな。
アーネスの目がまたキラキラになってるから、同じ事を思ってるんだろう。
「迂回して追手が無いのが分かったら、また乗せてやる。」
ドルドーニュさんがそう言ってくれたので、俺もニッコリだ。
「行くぞ。
今日は日が落ちる前に、村に入りたいからな。」
確かにそうだ。
日も大分低くなってきている。
さて、走りますか。
結局この日は何事も無く、ギリギリ日暮れ前に丘の麓の村に着いた。
下った先に村の防壁と門が見えた時には、泣くかと思った。
「宿が空いてやせん。一部屋は取れたんですがね。」
オルトスさんが村にしては立派な石組みの門の前で、申し訳無さそうにそう言った。
「一部屋は取れたならいい。
何人部屋だ?」
「四人でやす。」
「それなら俺達は向こう側の門の脇の広場でも借りるぞ。
客人を宿まで案内しろ、丁重にな。
バル、お前は客人について宿に入れ。」
「あいよ。」
今日は護衛の冒険者を装うようだ。
全員、バラバラの装備に替えていた。
門で通行料を払う。
一人頭、銀貨二枚。
結構、取るのな。
ドルドーニュさんが俺達の分は出してくれたけど。
中に入るとその脇に幾つかテントが張られていた。
旅費を抑える旅商人か、冒険者の一団か。
こちらの門の側にテントを張ると言う事は、山麓の村かバーゼル伯領を目指すのだろう。
近くに厩があるのか時折、嘶きが聞こえる。
山麓の村程ではないけど、ここもそこそこ栄えている村だった。
夕風に乗り酒場から何かの料理のいい匂いが流れてくる。
バーゼル伯領を目指すなら、山麓の村につながる最後の村。
宿場町とでも言うのか、通りに宿が数軒建っている。
これで部屋を取れないって、通行料だけでこの村の収入ヤバいだろ。
「安宿は避けたんだろ。
ざっと見て混んでるのは確かだけどな。」
俺の顔色を読んだのか、バルがそう言った。
マジでそんなに顔に出てるのかな、俺。
「この村には公衆浴場がありやす。
後で行ってみちゃどうです。」
前を歩くオルトスさんが教えてくれた。
絶対行く。
俺、ちょっと汗で臭うもん。
宿で荷物を置くと早速、食事の前に風呂に行く事にした。
ここの公衆浴場は湯衣を着て男女一緒に入る、蒸し風呂のような感じだった。
腰まで浸かれる湯船もあってちょっと嬉しい。
入口は一緒だけど脱衣場と洗い場だけは男女で仕切られている。
アーネスが終始、下を向いていた。
それ逆に恥ずかしいヤツだぞ。
「おや、アーネス様、ジェス様、バルガス様、お三方もこちらでしたか。」
後ろから声を掛けられて振り向くと、まあ声でわかっていたけど、ディディとカレンさん、見習いのトゥーレさんだった。
三人の体にピタリと張り付く湯衣がもうね。
視線を顔に固定して、この場は乗り切ろう。
「ディディも来てたんだね。もう帰り?」
「私達はこれから体を洗うところです。
どうやら皆様は来たばかりのようですね。
ごゆっくり。」
そう言うと三人で笑いながら、洗い場に向かって行った。
乗り切った、乗り切ったよ、俺。
「結構あったな、クラウディア。」
「おい、やめなよ、そういうの。」
アーネスが赤い顔でそう言う。
「なんでだよ、普通見るだろう?
見ない方が失礼ってもんだ。」
石のベンチに腰掛けながら、バルが面白くもなさそうに返した。
見えてますよ、バルガスさん。
そんなに堂々としてるから、堂々としたモノが。
「若いのも、結構いるな。」
やめろっ。
意識しないようにしてるんだから。
とりあえず俺とアーネスはさっさと体を洗う事にした。
仕切りで浴室の方が見えなくなって、やっとアーネスも落ち着いたようだ。
鼻歌交じりで体を洗い始めた。
「なぁ、ジェス。」
「何よ。」
「俺もバルみたいに、堂々と出来るようになるかな。」
「見習うなよ。
まあ恥ずかしそうにしてると、却って目立つけどな。」
「あれ、マジで!?うああ、俺、ヤバかった?」
「一応、素っ裸じゃないんだから、バルは一旦置いといて、堂々としてりゃいいんだよ。」
「お、おうよ。」
まあ、俺もディディに話し掛けられた時はヤバかったけどな。
「何もなかったな、今日。」
「あ?バーゼル伯領の隣だぞ、まだ。」
「それもそうか。」
山越えで一日。
丘陵地帯を抜けるのに一日。
最短であと十日。
迂回して更に五日。
何にしても気疲れが増えるのは明日、隣の領に入ってからだろう。
いや、待てよ。
出発してすぐのあまり警戒してない、今を狙って来る事もあるんだろうか。
考え出すと止まらなくなりそうだったので、そこで思考を打ち切った。
仕切りの向こうから、楽しそうな笑い声が聞こえてる。
想像するな。
想像しちゃダメだぞ、俺。
アーネスは手遅れだったようで、そっと前を隠していた。
年頃だもんな、俺達。
公衆浴場から帰るとまずは、部屋に上がった。
一息つきたい。
バルは浴場からそのまま酒場へ向かっていった。
「お酒、好きなの?」
とアーネスが聞いていたが、
「嫌いじゃねえけど、好きって程じゃねえな。
酒場の雰囲気は好きだがな。」
とか、言っていた。
部屋ではマローダさんが何やら書状を書いていた。
「大分、さっぱりしたようで。食事はもう?」
「まだです。
バルはそのまま酒場に行きましたけど。」
「なるほど、宿ではなく酒場で食事って言うのも、またいいものです。
こちらに戻られるなら、その時の道中で一緒に行ってみませんか。
行きはどうもきな臭いので、あれですが。」
そう言って苦笑いを浮かべるマローダさんは、書いていた書状を折りたたみ、使役魔禽に取り付ける筒に収めるとポケットにしまった。
留め具にバーゼル伯家の紋が入っていた。
何かああいうの、カッコいいな。
「もう降りて食事にしますか?私はそうしますが。」
まるで返事をするように、アーネスと俺の腹が鳴る。
また苦笑いになったマローダさんに促され、三人で食堂に降りた。
念の為にマローダさんには壁際に座ってもらう。
紋が入った書状を持ってる。
スリ盗られでもしたら、シャレにならん。
それぞれ注文して料理を待っていると、急にアーネスが半分腰を浮かせて振り向き、辺りをキョロキョロと見回す。
俺はアーネスの隣に座っていたけど、ゆっくり向かいのマローダさんの隣に移る。
見える範囲に不自然な感じはしない。
何だ?
何でアーネスは辺りを気にしてるんだ。
そこでふと気付いた。
店の外からバルが中の様子を伺っている。
手には串焼きとジョッキ。
食べながらだが、間違いなくバルの視界は店内を捉えている。
一応、直視しないようにした。
「どうしました?何かありましたか。」
マローダさんが表情は変えずに声だけを押さえて聞くと、まだ後ろを気にしながらアーネスが答えた。
「何か、嫌な視線を感じたというか。」
「それ、今もか?」
「いや、今はもう感じない、でも何かこう、首筋がチリチリする感じ。」
俺も殺気や気配を割と読めると思っていたが、何も感じてなかった。
それは今もだ。
「収まった。
多分その辺にはいないと思う。」
いつの間にか視界の端からバルがいなくなっていた。
何かに気付いて動いたのか?
なんだ、何か起きた。
俺達はほぼ無言で食事を済ませると、部屋に戻った。
マローダさんは少し不安気だったけど、考えても答えは出ない。
気持ちを切り替えて、魔力操作の練習をする事にした。
どのくらいやっていたかはっきりしないが、それなりに長い時間そうしていたと思う。
なんとなく、練習を打ち切り、とりあえずベッドにゴロリと横になった。
とはいえ眠れそうには全くない。
気持ちを無にして天井を眺めていると、マローダさんが火を消していいか聞いて来た。
見るとアーネスは魔力操作の練習をしていたのか、ベッドで胡座をかいていたが、その首はゆっくりと船を漕いでいた。
「はい、おやすみなさい。」
とマローダさんに小声で伝えた。
マローダさんが立ち上がり、窓際に置かれたランプに向かった。
瞬間。
俺は跳ねるようにマローダさんに飛びつき、斜めに引き倒して覆い被さった。
俺が動くのと同時に、アーネスがベッドから飛び降り剣に手を伸ばす。
紙一重。
鎧戸を突き抜けて、内窓のガラスを飛び散らせながら、羽の無い矢がベッドの上に浅い角度で斜めに突き刺さった。
その射線は間違い無く、マローダさんが立っていたところを通っていた。
「アーネス!頭を下げろ!窓より低く、早く!」
声に反応して、すぐさま鞘ごと剣を抱くようにして、アーネスが腹這いになる。
「マローダさん、避けますけど、動かないで。
そのまま伏せてて。」
俺に組み敷かれながら、コクコクと無言で首を振った。
少しずつ体をずらし、頭を下げたまま、窓際のランプに手を伸ばす。
手に触れると同時に素早く手繰り、火を吹き消した。
室内が闇に包まれる。
鎧戸が閉まって居るので、外の確認は難しい。
かといって堂々と開ける気はサラサラなかった。
三人の息遣いだけが室内に響く。
その時間は嫌になるほど、ゆっくり流れていた。
空気が粘りを帯びているようにも感じる。
嫌な汗が背骨に沿って伝い落ちる。
誰かがゴクリと音を立てて唾を飲んだ時、バァンと音を響かせドアが開いた。
「アーネス、ジェス、マローダ殿、大丈夫か!」
そう叫びながら入って来たのは、他の誰かと間違えようがない、そのバカデカさが今は頼もしいバルだった。
最後までお読みくださった方々、ありがとうございます
モチベにつながるので、ブックマークを是非お願いします
感想は随時お待ちしています
こうポチッと評価やイイネで表して頂けるだけでも幸いです
「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら、切ってくださって結構ですので………
次回 開花の兆し




