貴族来たりて その二
「君達のランクが四になったら、審査を受けるという約束を書面で交わそうという提案だ。
もしくは騎士見習いになって貰うという代案もあるが、実入りは冒険者の方がややいいだろう。」
説明が簡素になり、スッと入って来る。
これも手管だな。
アーネスが、答えに詰まっているので俺が前に出る。
「冒険者の場合、それまでの自由の保証は?
ダラダラ三で留まっていた場合は?
一応、三まで上がれば暮らして行くのは安定しますし、危険と秤に掛けたら悪くない線です。
騎士見習いは通常十二歳からと聞いていますが、それも特例ですか?」
敢えてあけすけに言ってみた。
バーゼル伯の目元の笑みがやや深まった。
何だ?
失言って程の事は口にしてないはずだが。
「貴族の立場で敢えて言おう。
国民に完全な自由はない。
あると思わせているがね。
まず市民権だ。
市街地に住める特権は大きい。
草原にも、森にも、山にも、海にも、魔物が出没するからじゃ。
強さの違いはあれど、魔物に襲われる危険から守られている。
商人風に言えば市民権とは、儂ら貴族が安全を売り、君達市民が税金を払う事で買っているのだ。
さてたまに儂らは「税金はいらんから好きに生きろ」という事がある。
市民権と姓を剥奪し、男でも女でも関係なく下履き一枚で街の外に放り出す。
そう追放刑だ。
この刑罰は死刑の次に重い。
何故か?
死に至り易いからだ。
命からがら、もしくは運良く魔物に会わず、村や街に辿り着いても入れない。
村や街に納める通行料が払えないからだ。
儂は死刑よりも残酷な罰だと思っているよ。
ところで実は滅多にないが、もう一つ「好きに生きろ」に等しいことを言う事がある。
どんな時か分かるかね?」
顔は笑顔。
柔和と言っていい表情だ。
それでもこの人は言葉で圧を掛けている。
俺が口にした「自由」が駄目だったか。
「戦争ですね。それも負け戦。」
「その通り。
概ね正解だ。
儂らは命を掛けて戦う。
勝つ為に策を練り、死力を尽くす。
だが、力及ばず敗れる事もある。
相手の策が上回る事もあれば、単純に能力が違うなんて事もある。
数で押し切られる事も。
もちろん敗れたとて殿軍を残し、護衛の部隊を付けて他領への避難を誘導するだろう。
だが、殿軍すらも散り、避難民に追い付かれたら。
そこではこう言うしかないのだ。
逃げろと。
逃げた先で息災に暮らせと。」
少しの沈黙。
その間、バーゼル伯の顔はやや伏せられ、まるで黙祷しているようにも見えた。
「儂はかつて、まだ君等より少し上位の歳に、今は亡き父に付いて、隣のバルクーア伯爵領に援護に向った事がある。
その時は戦争では無く、聞いた事の無い規模の魔物の大量発生だった。
戦地に着いて、見た物は見渡す限りの田畑で有名なバルクーア領ではなかった。
市街を覆う壁は囲まれ、その周りには数えるのを諦めたくなるほどの大小様々な魔物の群れ。
領内を討伐作戦でそれなりの成果を上げていた儂は、天狗になりかけていた。
だが簡単にへし折られた。
それ程の大群だったのじゃ。
しかし手を拱いてもいられない。
ほぼ同時に到着した、ライアーク侯の軍と共に、周辺から数を減らす作戦を立て実行に移した。」
そこからは阿鼻叫喚とか、地獄絵図とかの表現が相応しい激戦が繰り広げられたらしい。
大型の魔物に生きながらに食われる兵士。
甲冑諸共に巨人系の魔物に叩き潰される騎士。
絶え間なく響く、怒号と悲鳴。
当然、魔物も物を喰う。
倒す為腹を切り裂けば、体液や血と共に、糞尿が撒き散らされ、辺りには悪臭が充満する。
そこに更に魔法や火矢で焼け焦げた匂いや、煙が加わる。
目に滲み、むせ返りそうになるが、その瞬間死が訪れる。
前進と後退を繰り返し、前線の部隊を入れ替えながら戦う事、数時間。
「最悪の事態が起きたのだ。
バルクーア領都の門の一つが破られた。
儂は父に進言した。
可能な限り削りつつ、破られた反対側の門に急行し、民の避難誘導に当たるべきだと。
だが、この献策はバルクーア伯と領兵を、見捨てるに等しい策でもある。
破られた門に突入し、奪還した上で、共に籠城する策もないではなかったが、魔物の数が多過ぎて成功率は低い。
成功したにせよ、儂らかライアーク侯の軍、どちらかが外に残る可能性が高く、もしも両軍首尾よく市街に籠もれたとしても、増えた軍の分の物資は、中に頼る事になる。
父はライアーク候に伝令を飛ばした。
儂の作戦は次点とされライアーク候が避難民の誘導を、儂らバーゼル軍は突入部隊を担当する事になった。
父とバルクーア伯とは心許せる友人だった。貴族間で心許せる相手は少ない。
見捨てられなかったのだろう。
その時はそう思った。」
僅かな時間で体制を立て直し、バーゼル伯軍は突入を敢行した。
反対の門に周るライアーク候の軍からも、移動を開始する前に、大規模な魔法での援護が飛んだ。
少なくない犠牲は出たが、突入は成功した。
だが門は閉められない。
避難民の誘導が終わるまでバルクーア伯軍と協力して、魔物の群れを引き付けなくてはならないからだ。
でもなるほど、彼我の戦力差を考えて戦場の固定と縮小。
敢えて街に引き込む形で半包囲を形成しつつ、殿軍としての時間稼ぎも兼ねてるのか。
避難民の脱出のタイミングが難しいだろうけど、なんか凄いな。
防壁内で歓声が上がる。
絶望的な状況で増援が来たのだから、当たり前だった。
ほんの少し気力を取り戻したバルクーア伯軍は、前バーゼル伯の言葉に再び打ちのめされる事になる。
「父はこう言ったのだ。
『このままでは此処はもう保たない、領民を避難させるためライアーク候が西門に向った。
我らバーゼル軍とバルクーア伯軍とで魔物を引き付ける。
バルクーア伯軍の半数は市街に入り込んだ魔物を殲滅せよ。
その後、時を計り避難を始めるのだ。
避難開始後、バルクーア伯軍はライアーク候軍と協力し、領民達の後方を守護せよ。
我々は此処で魔物共を引き付け、やがて来る王国正騎士団と共に殲滅する。』
とな。
正直、父の正気を疑った程だ。
だが今なら理解出来る。
各貴族家に軍はあれど、ライアーク候もバルクーア伯も文人貴族。
軍の規模が同等であっても、練度が違う。
まして被害が出ていても、まだ儂らの軍は統制を保ちバルクーア伯軍より少しだけ数もいた。
より可能性が高い作戦を選んだのだと。
タダの同情等ではなかったのだ。」
実際、作戦自体は成功した。
想定より一日に満たない時間ではあったが、王国正騎士団が早く到着した事で、魔物の殲滅が果たせたのだ。
しかし悲劇はこれで終わらなかった。
引き付けきれなかった魔物の一部が避難民に追い付いたから。
「儂らが駆け付けた時には、追い付いた魔物の殲滅はほぼ終わっておった。
しかしバルクーア伯軍は元々の被害と合わせて五割が戦死し、二割は復帰困難。
バルクーア伯も命を落とされた。
ライアーク候軍も、この戦闘全体で復帰困難者を含めた、三割もの損害が出た。
そして彼らが守ろうとした避難民にも、決して少なくない被害が出た。」
背筋を伸ばさざるを得ない話だった。
知っている話だった。
「バルクーアの戦い」と言う魔物の大群を打ち倒した、王国正騎士団とその到着まで持ちこたえた前バーゼル伯の英雄譚。
アーネスも俺も、ただ普通に、「かっけえ」とか言いながら、祭りの時に吟遊詩人の語りで聞いた。
だが、実際の戦場の話は、余りにも血生臭い。
そりゃそうだ。千を超えるような魔物の大群を、一人の犠牲も出さずに、倒し尽くせる訳がない。
バーゼル伯の目が真っ直ぐにアーネスを見る。
笑顔は無い。
「アーネストリー君。
少なくとも儂はあの戦場において、勇者が来てくれるのを望んだ。
幼き日に寝物語に聞かされた、勇者とその仲間達が、万の魔物を倒した話が大好きだったからのう。
だが居ない者に縋るなど弱者のする事だと、押し潰されかけた心に鞭を入れる気持ちで戦った。」
そこまで言うと俺に視線を俺に移し、やっぱり真っ直ぐに見て来た。
「儂の加護は「戦神ウェスラの恩恵」といい、ジェスター君の祝福系より一段低い加護だ。
しかも君は七神全ての祝福を受けておる。
聞いた時は胸が震えた。
君の、そしてアーネストリー君の様な、強力な加護を持つものがいたのなら、あの時の悲劇は繰り返さなくても済むかもしれないとな。
少なくとも同規模の魔物の災害が起きても、被害が少なくて済むのではないかと。」
笑顔に戻ったバーゼル伯は、ふと視線をテーブルに落とした。
ノックの音が鳴り、マローダさんがドアを開けた。
入って来たのは縦にひょろ長い印象の、片眼鏡で綺麗に白髮になった髪を、ピッタリと後ろに撫で付けた老執事だった。
「旦那様、お待たせ致しました。お飲み物をお持ち致しました。冷したミーナ水でございます。」
「随分遅かったな、ガスリー。何か問題でもあったのか。」
恐縮した様に一礼すると彼は顔を上げ笑顔で答えた。
「旦那様のお話に熱が入っていたようでしたので、少しお待ちしましたが、氷が溶けて薄まってしまったので入れ直して参りました。」
「儂の所為か、ならばよいのじゃ。さあ君達も飲んでくれ。」
ちょっと困ってマローダさんを見たら視線が合った。目で頷いてくれたので手に取る。
「ありがたくいただきます。」
ミーナと言う見た目オレンジに似た果物の果汁を、水で割ってあるのか。
味はちょっと酸味が強い桃って感じだけど。
俺が手を付けたのを見て、アーネスも手を伸ばし、口にする。
「ウマっ。」
素が出てますよアーネストリーさん。
まあ、果汁水なんてほぼ口にしてないからな、俺達。
「ハハハ、そうだろう、儂の好物でな。」
ヤバいな。
正直、引き付けられてる。
多分アーネスも。
このバーゼル伯という人に。
参考にしているモノはありますが、戦術に関してはガバいと思います。




