王都への路
ゆったり六人が乗れるちょっと豪華な馬車。
それに続く、荷台に革のカバーを掛けた小型の荷馬車が、前後を騎士に守られながら、街道を北へと進んでいた。
「バルさ。
せっかくだから、旅の途中で馬の乗り方とか、馬車の操り方を教えてもらいたいん、だけど、アッブッ!
き、聞いてみて、いい?」
時折、飛んでくる礫弾を躱しながら、俺とアーネスはバルとディディ、そして苦笑いのマローダさんが乗る馬車と並んで走っていた。
バルはニヤニヤしながら見ているし、ディディは顔色一つ変えずに撃ってくる。
王都へと出発してそろそろ三時間。
途中、三十分ちょっとの休憩を挟んだとはいえ、正直もう汗だくだ。
馬車の向こうにいるアーネスはわからんけど、きっとアイツも汗だくだろう。
「いいね、お前ら、勉強熱心で。
午後からはそれで行こうか。」
「では私の講義は、宿に着いて就寝までといたしましょう。」
パシュン。
俺の腰を狙ってディディがまたも礫弾を放った。
パシュンじゃないって、マジで。
さっきまで足元を狙ってきたのに、疲れてきたこのタイミングでわざわざ避け辛い腰を狙うとか。
アレか、鬼か。
二人とも鬼なのか。
「アブ、危な!」
馬車の向こうから聞こえるアーネスの声が慌てている。
アイツも何処か、避け辛いところを狙われたんだろう。
時折、行き過ぎる馬車の御者や、中の人もギョッとした顔でこちらを見てくる。
クソ。
「足の回転が落ちてますね。
岩の槍で後ろから追いますか?」
「それは流石にやめて差し上げろ、クラウディア。」
「それは少し、甘くはありませんか?」
「えぇ。」
バルすら引いてる。
マローダさんは苦笑いを通り越して無の表情だ。
アレか。
ディディだけが鬼か。
「一流のフットマンは、馬が常歩なら涼しい顔で付いて来ますよ。」
アイツの知識のマラソン選手は、超一流で大体時速二十キロ。
一般ランナーで速い人は十キロくらい。
砕石を叩いて整備された街道だが、馬車の速度は常歩で時速七~八キロ。
俺達の世界で言う八十サナ弱。
アイツの世界の馬より少しタフなのか、常歩なら半日は休憩無しで進んでくれる。
一時間位、休憩を挟んであげるだけで、丸一日ケロっと進む。
で、フットマンは従者の事で、主に馬車の外を付いて走っている人だ。
イヤさ。
日常的に、しかも仕事として走ってる人と比べるとか酷くない。
しかも俺達は装備を全て身に付け、荷物も背負ってるんですけど?
引き馬じゃない限り、ゆっくり過ぎると馬の負担がやや大きくなるから、俺達は速度を落とせない。
地獄なんですけど。
パシュン。
胸元を礫弾が掠める。
間隔も狙いもドンドン、ランダムになってきてる。
クラウディアさん、真面目に容赦ない。
「頭部は狙いませんので、ご安心を。」
えっ、安心出来る要素、そこだけ?
「さて、そろそろ峠に入るな。休憩にすんぞ〜。」
やっとだ。
少しホッとしたところに、ディディが三発同時に放った礫弾の一発が俺の尻に直撃した。
「痛ってぇ!」
木々が目立ち始めた街道で、馬車の向こうと俺の口から、ほぼ同時に悲鳴が響いた。
「酷い、酷いよディディ。」
半泣きのアーネスが愚痴を零す。
「では、もう少しだけ威力上げましょう。」
何故!?
「必死で避けるでしょう?」
うああぁ、怖いよ。
マジで鬼がここにいるよ。
食事中は緩い雰囲気になるのかと思ってたら、アーネスが余計な事を言ったもんだからこれだよ。
今、俺の尻は治療中だ。
見習いの一人が治癒魔法を使えるらしく、彼の練習を兼ねて魔法を掛けてもらっている。
「いいですね。
これならより威力の高い魔法で追い込んでも大丈夫でしょう。」
嘘でしょ、クラウディアさん。
薄く笑いながら言うの、本気で怖いんですけど。
話を聞いてるマローダさんは青褪めてるし。
「本気で怯えてるから、やめてやれよクラウディア。」
バルの助け舟が入る。
ありがとう、バル。
「そう、ですか。」
ディディはなんでちょっと、残念そうなのよ。
「そうは言っても、これはちょっとキツいぜ、クラウディアよ。
見習いどころか、団員の訓練より負荷が高い。」
そう言ってくれたドルドーニュさんは、今回の護衛に付いてくれている班長さんだ。
恐らく、バルと同年代だけど、バルにはない渋さがある。
「そうでしょうか、私の時はもっとキツかったような。」
「それはお前の母ちゃんが張り切ってたせいだ。
正直、俺達もドン引きだったよ。」
あっ、ディディがわかり易くショックを受けてる。
「親父さんは少し抑えさせようとしてたんだけどな。」
どれだけ厳しかったんだ、その訓練。
「そうそう、遠目に見てて、それだけでゲロりそうになったもんな、俺達。」
「ああ。」
周りの騎士達も同調して同意してる。
怖っ。
俺達の治療を終えた見習い君も、苦笑いだし。
ヤバいだろう、ディディのお母さん。
「お前の体力が付かなかったってのも確かだが、見かねた伯爵様が引き取ったってのも少しはあるんだ。
なかなか体力が伸びないのに、あのまま訓練を続けてたら潰れてたかもしれないからな。」
伯爵様、優しさもあるんだよな。
俺達がいた院の運営も領で行っているし。
俺達も贅沢は出来なかったけど、食べる事には苦労しなかった。
ディディもまだちょっと複雑そうな顔をしているけど、伯爵様の配慮には感謝してるみたいだ。
食後、俺がディディの前に座って乗馬の練習。
アーネスは御者台でドルドーニュさんから、馬車の操縦を教わる事になった。
明日の午後は逆だ。
流石にピッタリと密着して馬に乗っていると、意識してしまう。
背中に当たるあれとか、風に吹かれてフワリと香るいい匂いとか。
鬼教官っぷりを出してなければ美人だし。
ただ、治療してもらったばかりの尻が痛い。
「ジェス様、体を力ませ過ぎています。
頭、肩、お尻、踵が一直線である事が馬に乗る際の基本です。
今は上体がやや前に出ております。
それとお尻の骨を鞍に当てる感じで座ると、安定し易いですよ。」
なるほど。
ただね。
上体を立てると、ほら、当たるのよ。
だが指示に従わない方が、怖そうだ。
恥ずかしいとか言ってられん。
「足は力まずに馬の調子に合わせて上げると、少し楽になりますよ。」
踏ん張ると駄目なんだ。
「最初は足の力加減や腰の使い方がわからないと、苦労しますね。
私も色々痛くなったものです。」
少し笑いを含んだ声が、耳元に響く。
これは男は意識しない方が無理ってもんだ。
上手い人が後ろなのが基本だそうだ。
でもこれ、嬉しいけど緊張するね。
アイツの知識には乗馬の知識はない。
武術や武器防具の知識はあるのになんでだ。
馬より遥かに速い乗り物があったようだが、その所為なんだろうか。
ようやく尻の痛みや、色々慣れてきた頃、休憩を取った。
「始めての馬はどうだ。
うちの馬はどれもちゃんと訓練されている軍馬だから、慣れるには丁度いい。
今乗ってる風早は牝で大人しく素直だから尚更だしな。」
風早って名前なのか、あの馬。
道草を食みながら水をもらい、繋がれて無くてもゆったりしている。
ドルドーニュさんが優しい目つきで風早を見ている。
馬好きなのかな。
「栗毛で綺麗ですよね。」
「ああ、後で首筋を撫でてやるといい。
手綱は持っててやるから。
マーメルとか歯ごたえがある果物でもあれば、やると喜ぶんだがな。」
そうなんだ。
アイツの知識では馬の好物は人参。
俺達の世界ではワーナという野菜に近い。
ただそれはアイツが住んでいた国の話で、甘い物が基本好きらしい。
近くで見るとゴツいけど、目がかわいいんだよな、馬って。
アイツの知識にあるサラブレッドに相当する馬はいない。
探せばいるのかもしれないけど、競馬自体が無いからな。
俺達の世界の馬は軍馬も農耕馬もデカくて、ゴツい。
目的や用途からすれば、そうじゃなきゃ耐えられないってのもあるのかもしれない。
どちらもスタミナとパワーが求められるからな。
軍馬なら頭の良さもか。
「ちょっといいか。」
バルを声を掛けて来た。
「ドルドーニュとマローダ殿にも意見をもらいたいんだが、俺達は行軍や野営を経験している者が多い。
移動の時間や、タイミングを考えて、距離稼げるなら無理して村や街に泊まらずに、野営も考えたいんだがどうだ。」
「私は設営とかで力になれませんが、それでよければ構いません。」
「俺達も構わない。
うちの見習い達の訓練にもなるし、どこかで、例えば急な天候の悪化で動けなくなることも考えて、準備はしてきてる。
一応アイツの事も考えて、女の見習いや団員もいるこの班が選ばれてるからな。」
目でチラリとディディを見ながら、ドルドーニュさんが言う。
女性騎士と見習いが一人づついるのはそれでか。
「お前達はどうだ?
一応俺達はお前らの護衛だから嫌なら無理にとは言わんぞ。」
アーネスはこちらを見て頷いた。
俺も別に嫌じゃない。
「今日、いきなりって訳じゃない。
時間的に麓の村で一泊になるだろう。」
「俺もジェスも嫌じゃないよ。
野営の練習になるならむしろ願ったりだし。」
「決まりだな。でも稼げて二日ってとこか。」
「そうだな。
峠を越えた先のカート男爵領を過ぎれば、割と街や村が点在してるしな。
最短を進むとトーレス子爵領の先の峠越えが一番キツそうだが。」
「ああ、道のりより、闇夜の牙の連中の方が厄介だ。」
闇夜の牙?
「バル、それは?」
アーネスが聞くとドルドーニュさんとバルが渋い顔になる。
「ここ数年、活動している盗賊団だ。
規模は二〜三十人と言われているが手練れが多く、国内のあちこちに出没している事から、特定の拠点を持たずに移動しているって噂だ。」
何だそれ。
そんな人数の集団がうろついて、発見されないって。
「今年に入って噂を聞かないから、他国に移った可能性もあるが。」
「単に移動中なだけって可能性も捨て切れんからな。」
「そんな状況で野営って大丈夫なの?
こっちは女性もいるし狙われるんじゃ?」
アーネスの言うのも、確かだ。
「いや、街や村に泊まったら情報収集はするよ。
街場の近くでの最初に狙われたのが俺達ってなったら、それはもう避けようがないから殺るしかないしな。」
それもそうか。
無いといいな、対人戦。
「いるかどうかわからない者に怯えていても仕方がない。
それにバルガス殿もいるし、クラウディアもいざ戦闘になれば頼りになる。
見習い達はまだしも、俺達もそう簡単に殺られる玉じゃないしな。
手練れが多いと言っても、全部が全部って訳でもないだろう。
油断はしないがな。」
確かに、油断は出来ないかもしれないけど、バルとディディがいて為す術無くやられる事は考え難い。
俺達も魔法をばら撒くとかで、幾らでも援護出来そうだ。
「仮にそうなっても、お前らは動くなよ。」
「え、なんで!?」
「二人での連携は付き合いの長さから出来るだろうけど、他者との連携がまだまだド素人だろ。
魔法で援護とか考えてるのかもしれないが、背中から撃たれるのは御免だぜ。」
それはそうか。
俺も同士討ち、アイツの世界で言うところのフレンドリーファイアは嫌だ。
「前は我らとバルガス殿が当たるとして、クラウディアが魔法で援護、その護衛に二人が付く感じで行くのか?」
「いや、魔物が相手ならコイツ等も前に出す。
場数を踏ませたい。
山間には結構出るからな。」
バルがそう言った時。
突然、早風が嘶き、ダンダンと力強く足踏みを始めた。
「警戒!
見習いは馬を引いて馬車に寄れ。
他の者は抜け。
マローダ殿は馬車の中に、早く。
何か来るぞ!」
それぞれが動き出し、剣を抜き、ディディも杖を構え、馬車を囲むようにして警戒する。
何だ、どこだ。
「頭を守れ!上だ!」
何かが、頭上スレスレを過る。
「ショットイーグルか、目潰しに気をつけろ!近くに番がいるぞ、馬を守れ!」
猛禽系の魔物でもかなり大型の種で、牛や馬を連れ去る事もあるという。
実際デカい。
胴体だけでも、俺達よりはデカいし、広げた羽は片翼だけでこの前の子ムカデくらいはある。
旅の初日からこれか。
盗賊団の話もあるし少し憂鬱になりそうだった。
主要街道は舗装済
換え馬を利用出来ない事を想定して、移動距離を決めています
馬の能力が違うので単純に比較は出来ませんが
ちなみに馬車を使う最大の理由は積載量
長距離移動の能力は、実は人間の方が高かったりします
それは現実世界でも変わりません
ダメ親父の計算能力はガバガバなので、怪しいものですが(汗)
最後に、お読みくださった方々、ありがとうございます
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「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら、切ってくださって結構ですので………
次回 街道の後始末




