手合わせ
「先に言ってよね、それ。」
アーネスが、ボヤキに近い口調で呟いた。
「聞かれない限り話しません。
伯爵様かガスリー様から説明されている、そう思っておりましたし。」
てか研鑽を積めば、この領域まで登れるのか、俺も。
全く自信は無いが。
「時差詠唱って何?」
アーネスが驚きつつも、質問をする。
それは俺も知りたいけど。
「二重詠唱の一種で相手に、どのような魔法を使用するのか誤認させたりする技術です。
今回私が使用したのは、濃霧と氷棺ですが、目眩ましに濃霧を使用すると見せて、範囲を広げた氷棺を狙ったのです。
同系統の魔法でよく使われますね。」
「よくは使わないって。」
バルの頭が垂れる。
「濃霧と雷撃でも効果はとても高いです。」
「それは流石に死ぬわ。
俺でも、普通に。」
怖い、怖いよ、クラウディアさん。
殺意の高さが。
「ご安心を、敵対者か魔物にしか使用しません。」
うん、敵に回しちゃ駄目なのはわかった。
というか分かってた。
「さて中に戻って、お茶でも入れましょう。
着替えますので、その後で。
談話室とお部屋、どちらにいたしますか。」
「クラウディア、コイツ等に稽古を付けるから、着替えたら談話室に呼んでくれ。」
「かしこまりました。
ただ明日には皆様、ご出立という事をお忘れなき様。」
ディディはそう言って、ポニーテールを揺らしながら一礼すると、杖を腰のホルダーに収めて館へと戻って行った。
「アイツ、美人だけどマジで怖えな。」
後ろ姿が見えなくなると、バルはそう呟いた。
あえて、あえて何も言うまい。
「バルの好みってどんな。」
アーネス、行くねぇ。
案外、恋愛話が好きなんか?
「俺か?
俺は五年後くらいの、ソルディーヌちゃんに期待してる。」
ちょっとわかる、とか思う自分がもう嫌だ。
「バカ話はこのくらいだ。
この三日、型をやらせたが流石に筋が良い。
斬り下ろし、斬り上げ、払い、突き。
どれもギリギリ実戦で使えるレベルにはある。
刃筋もわかってるみてえだしな。
振り回すのと、突きの違いってわかるか?」
「静止力と攻撃力?」
アイツの知識の受け売りだが。
「ほう、その通りだ。」
「どういう事さ。」
「いいかアーネス。
相手の躱し方を考えてみれはわかるだろ。
振り回されたら攻撃範囲の分、大きく避ける事が多い。
あくまで多いってだけだが、前進を止める効果も高い。
対して突きは当たりゃデカいが攻撃範囲が狭くて、敵の躱し方も小さくなりがちだ。
だけど、どっちが優れているって話じゃないのもわかるよな。」
アーネスもピンと来たようで大きく頷く。
「正確さと速さのバランスを重視しろ。
それと型はあくまで型だ。
実戦では繋ぎと意外性が大事になる。
型に沿った攻撃は、ともすると単調にもなる。
型の流れを相手が知っていれば、読まれるし躱され易くなる。
一連の型も大事だけど、一個の型の方が大事だ。
自分がやりやすい事より、相手がやりにくい事をするんだ。
それを念頭置いて、打ち込んで来い。
安心しろ。
いくら俺でも、防具を着けてないヤツを打ち付けたりしねえから。」
俺達は頷き合うと、先ずはアーネスが前に出た。
「舐めんな。
二人で来いよ。
防御専念って言ってんのに、一対一でどうにか出来るとでも思ってるのか。」
そう言われ、俺も前に出た。
確かに、一対一じゃどうにもならないだろう。
「どっちかでも、一本取れたら王都で飯を奢ってやるぜ。」
そう言った時のニヤケ顔を、なんとかしてやるつもりで打ち込んだ。
だが俺も、アーネスも、まるで届かない。
同時に攻撃しても、避けられ、捌かれ、掠りもしない。
フェイントは読まれ、避ける素振りすらなかった。
「フェイント入れんなら、気合を載せなきゃ意味ねえぞ。
来ると思わせられなきゃ駄目だ、怖さがまるで無い。」
カン、カカン、カン、コン、カカカン。
木剣同士が打ち合う音が、小気味良く辺りに響く。
突きは半身になって避けられ、払いは流され、斬り上げは動き出しを弾かれ、斬り下しは速度が乗る前に跳ね上げられる。
ウソみたいに速い。
そして言うまでも無く上手い。
バルは俺達の木剣を、手が何本もあるかのようにいなし続けている。
遊ばれてるな、これ。
「どうしたどうした〜、雑になって来てるぞ。
正確に速くだ。
動け動け。
もっとだよ。」
クソ、絶対そのニヤケ顔、真顔にさせてやる。
袈裟懸けに振ったのに合わせて、咄嗟に無詠唱で礫弾を放つ。
ギリギリ顔を掠めた。
行けるか。
「あっぶな、ジェス、魔法はズルいだろ。」
今度はアーネスが突きに合わせて真上から氷の矢を落とす。
仰け反るようにして避けた所に、俺は横に回って連続で突きを打ち込む。
「おわっ!お前ら、魔法はズルいっての。」
クルクルと右に左に回転しながら避けるバルの足元に、土魔法の隆起を使い、僅かな段差を作る。
一瞬、段差に足を取られバランスを崩しかけた瞬間を狙って、アーネスが足払いを掛けた。
ほんの瞬きの間だったが、バルの足が完全に両足とも地面から離れた。
「ウオオォ〜。」
叫びながら脇腹目掛けて、木剣を疾走らせた。
「クッソが。」
バランスが完全に崩れ、倒れそうになりながら、体を捻り、木剣を合わせて受け流して来た。
ここまで体勢が崩れても、まだ防御出来るのかよ。
マジで化け物だな。
アーネスがバルの流した木剣を狙って跳ね上げた。
開いた脇腹に流された勢いも使って、回転しながら払った。
ドシッと鈍い音を立てて、俺の木剣が入った。
手に伝わる感覚は、まるで岩でも叩いたような硬質なモノだった。
なんだコレ。
体の硬さもおかしいだろ。
手が痺れ、逆にこっちが木剣を落とすかと思った。
「クソが。
これじゃ武術指南じゃなくて、実戦訓練だぜ、全く。」
「ヨシ、ッシ、ヨッシャア。」
アーネスが嬉しそうに拳を握る。
バルがボヤくすぐ横で、俺達のハイタッチがいい音を立てて響いた。
「まあでも、いい連携だったんじゃねえか。
崩しと決め。
どっちもいい精度だったし、速さも申し分ない。
魔法を絡めてからの動きは、そうだな二人合わせて一・五流ってところだな。」
もっと文句を言われるかと思ったけど、褒めてもらえた。
「それって一人だと二流以下って事?」
水を差されたように少しむくれてアーネスが言う。
「何悔しそうに言ってんだ、お前。
一人前でやっと三流。
それ以上って言ってんだから、少しは胸張っていいぜ。」
パァっと笑顔になるアーネス。
お前ね、チョロ過ぎるだろ。
「何にしても、一本取られちまったからな。
約束通り、王都で飯奢ってやるよ。
あっ、女の方がいいか?」
「それっ、イヤ、ご飯、ご飯で。」
アーネスがアワアワしてる。
「コイツ、好きな娘がいるから、そういうの無しで。
俺も最初は普通に彼女が出来てからがイイ。」
「イッ、いねえって、そんなの。」
顔真っ赤で言われてもな。
「そう?まあわかった。
いい店に連れてくから期待しとけよ。」
「ああ、そうするよ、バル。」
そう言って俺達は、三人揃って笑顔になった。
「お待たせいたしました。
お茶の用意が整いましたのでどうぞ。」
着替えて髪を結ったディディが、穏やかな笑顔を浮かべて俺とアーネスの背後から声を掛けて来た。
ちょっとビクッとしたけど、どうやら女うんぬんの話は聞かれずに済んだようで安心だ。
てかディディ、警戒してないとはいえ、気配薄く背後に立たれるとか流石だな。
怖い。
談話室に着くと、ちょうどマローダさんがお茶を終え、席を立つところだった。
「おや、いい汗を流されたようで。
先ほど先行した騎士がニ騎、先触れとして到着されました。
特に問題無く、後一時間もすれば伯爵様がご到着なさるようです。」
それは何より。
「それではお茶を終えましたら、お部屋に温めたタオルをお持ちいたしましょう。
汗をお拭き下さい。」
ディディの気遣いがありがたい。
今日の軽食はアイツの知識で言う、ラスクとカナッペだ。
ラスクはこちらではパルバ。
店でも売ってるので珍しくはない。
サクサク。
ふんわり甘く、ちょっと塩味も感じる。
最初の雨季が終わると塩味を加えるようになり、二度目の雨季になると塩味無しに変わる。
アイツの知識の塩飴のようなものだと思っているけど、どうだろう。
お茶を美味しく頂いて部屋に戻ると、アーネスが付いて来た。
「なんだよ、何か話か?」
「ああ、王都に行ってから揃える物についての相談。」
なるほど。
「それは俺もどうするか、気にしてた。まぁ座れよ。」
アーネスはちょっと迷って文机の方に座った。
俺はソファに座る。
「鎧は絶対買うだろ?
でさ、革鎧の上に着けられる、今日バルが使ってた感じのってどうかな。」
「少し大きめって事だよな?」
「そうそう。」
「ありとは思うけど………。」
「けど何?」
「あ〜、もういっそ後でバルに聞いてみないか?」
「それがいいか。」
なんて言ってたところに、ディディがタオルと桶を持って来てくれた。
タオルからはほんのり湯気が立っている。
「こちらにいらしたのですか、アーネス様。
このままこちらで済ませますか?」
二人で背中を拭けばいいか。
「そうするよディディ。」
「左様で。
ではお二人とも上を脱いで下さい。
背中をお拭きしますから。」
「いいよ、二人でやるから。
本当、いやあの、大丈夫です。」
アーネスが慌てたように言う。
「そうですか。
ではお任せいたします。
それとユージン様からの指示で、昼食はお部屋に運ばせていただきます。
いつ伯爵様からお召があってもいいように、準備だけはしておいて下さいませ。」
「面倒だから、こっちにアーネスの分も運んで。
呼ばれるまでは二人でいるよ。
それか食後はバルに話があるからどちらかに来てくれる?」
「かしこまりました。それとこちらを。」
そう言って掌くらいの大きさの小箱をそれぞれ渡してくれた。
中にはカイトシールドを模した飾りが付いた銀のネクタイリングと、白地に黒で角に細やかな刺繍が施された、幅広のタイが入っていた。
「先日のお召し物では、首元が少し寂しいかと思い用意させて頂きました。使者様とのお食事でお使い下さい。」
アスコットタイ。
アイツの知識では略装らしいけど、俺達の世界では失礼にならないようだ。
「少し早いですし、烏滸がましいかとも思いましたが、講義の修了祝いとお思い下さい。」
そう言って微笑むディディは、何だか久しぶりに見た気がする、お姉さんの顔をしていた。
ムカデ戦でも思ったんですけど、一つ前とこのエピソードを書いていて、今後のインフレと、それに筆力が追い付くか不安になりました
ただでさえ拙筆なのに(汗)
アスコットタイとリングは、二十世紀に登場するので時代的におかしいとは思うのですが、まあいいかと思って出しました
しかも「昼」の略装なので、フォーマルではありますが、使い方としても我々の世界とは違います
クロスタイとどちらにしようか迷ったのですが、ぱっと見華やかなアスコットタイにしちゃいました
こちらなら、リングを使い易いですからね
元々、ドレスコードやマナーも全然違うので、気にしないで頂けたらと思います
最後に、お読みくださった方々、ありがとうございます
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「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら、切ってくださって結構ですので………
次回 白パンはちょっと塩味で………




