貴族、来たりて その一
「おいっ、どうした、大丈夫か、なぁおいっ。」
目を開くとアーネスが俺を緩く揺すっていた。
マローダさんも俺を不安気な表情で覗き込んでいる。
「ああ、大丈夫だ。もう、大丈夫。」
そう応えて俺がソファの上で体を起こしても、アーネスの手はアワアワと動いていた。
マローダさんも小さく溜息を吐いたが、まだ不安気ではある。
「いや本当に大丈夫、なんかむしろスッキリしてる。」
「イヤイヤ、でも」とか言ってるアーネス。
その後ろからマローダさんが声を掛けて来た。
「一応、治癒術士を呼びます。何か生まれ付きの持病とかお持ちですか?」
俺の顔は苦笑いになっていただろう。
まあ目の前でいきなり意識を失った所を見たなら、こういう反応でも仕方ないか。
マローダさんがテーブルの上の呼び鈴を振ると、外で控えていたらしい、制服姿の街の守護騎士が二人入って来た。
「治癒術士を。」
彼が手短に伝えると二人は出て行き、一人分の足音が駆け去って行った。
直ぐに、今度は二人分の足音が近付いてくる。
いやもう何人か、三人はいるな、別の方向から少し遅れて来るようだ。
何だ?
黒の聖職衣を身に付けた治癒術士と、先程の守護騎士の一人が部屋に戻って来た。
「ちょっと失礼します。」
そう言って俺の首筋に触れると、小さく呪文を唱える。
「病の根源に至る道を、子たる私めに示し給え。御名に於いて、癒やしに至る導きを。」
彼の手が少しオレンジ掛かった色に淡く光る。
病原探査という魔法だ。
癒やしの力は無く、単純に病気や怪我がが何処で起きているのか調べる魔法。
わかった部位に治癒の魔法を効率的に使う為の魔法らしい。
以前、院の子が熱を出した時に来てくれた、治療院の爺様が使っていたのを見た事がある。
「特に病気に罹っている事はないですね。念の為、回復魔法は掛けておきます。」
回復魔法は肉体や精神の消耗に働き掛ける魔法。
治癒魔法は、病気や怪我を治す魔法。
まとめて治癒魔法に分類されている。
因みに、治癒魔法は神聖魔法ではない。
聖職者じゃなくても使える、魔法の一体系なだけだ。
何故か、神官や司祭といった聖職者に得意な人が多く、呪文の文言に神を想起させる部分があるけど。
回復魔法は高位の魔法でしか治せない病気や怪我も、体力を維持して元々の生命力による回復を促したり、高位の治癒術士に治療を受ける為の時間稼ぎを目的に使われる。
単純に疲れを取る為にも勿論使われるが、治療院や教会といった施設では金がかかるので、依頼を受けている冒険者のパーティ内以外では、あまり一般的とはいえない。
回復魔法を掛けてもらっていた時、ノックが鳴った。
「バーゼル伯がお見えになられました、」
ドアの向こうからの声に、マローダさんが腰を上げると静かに向かいドアを開けた。
「閣下、御足労いただき恐縮であります。」
彼は脇にズレて部屋に通すと、右手を左胸に添えて軽く頭を下げた。
「構わん、それより彼らかね。勇者と七神の加護を受けたというのは。」
「はい、勇者のアーネストリー。七大神の祝福を受けたジェスターです。どちらもトルレイシア孤児院の出です。」
やり取りの最中も、閣下と呼ばれたその人の視線は、マローダさんではなく俺達だった。
なかなか鋭い目つきだがフッと緩んだ。
それなりの年齢なのだろうが、背筋は伸びているし、身体付きもガッシリしている。高い鷲鼻と整えられた口髭と顎髭。
噂では聞いていたが、武門貴族らしい、なんというか風格がある。
「アーネストリー君、そう慌てなくてもいい。ジェスター君は何やら治療中のようだがなにか、あったのかね。」
声を掛けられたアーネスは、シャキンって感じで立ち上がって直立不動になったが、騎士や兵士じゃないんだから、膝を付いた方がイイのでは。
貴族の作法を知らないけど。
「は、彼らに説明していたところ、急に気を失いまして。直ぐに目覚めましたが念の為、治癒術士に治療させていたところです。」
「それで様態は。」
「問題ないと。一応、回復魔法を。」
「それは、良かった。国の宝をいきなり一人失ったとなると、我らが国王陛下に顔向け出来んからな。」
治療が終わったので俺も立ち上がったのだが、なんかバーゼル伯に笑われた。
「ハハハ、よいよい、作法ではないが畏まっているのはわかった。座り給え。」
そう言うと俺達の前に座る。
マローダさんはその後ろに控えた。
「失礼します。」
「しっ、失礼します。」
アーネス、緊張し過ぎだろ。
「うむ、してマローダ。説明はどこまで。」
「はい、陛下の招きで王城に登り、謁見の機会を与えられたと。私も同行する故、道中の心配は無用と。」
「そうか、では儂からも少し話をしよう。」
隣でアーネスがゴクリと唾を飲む。
「君等の加護に付いてじゃ。
君等の「勇者」や「七大神の祝福」といった加護は非常に珍しい。
特に勇者の加護は当代一人と言われておる。
いない期間も多いが、大規模な魔族の侵攻や、異常な強さを持つ魔物が現れた時に現れ、活躍するという。
もっともこれらの話は御伽話や、伝承として有名だから聞いた事位はあるだろう。」
バーゼル伯はそこまで言うとテーブルに目を落とし、それから扉の向こうに声を掛けた。
「ガスリー、済まんが彼らと儂に何か冷たい飲み物を、儂のには氷はいらん。」
「直ぐにお持ちを。」
扉の向こうから、やや歳が行ってそうな声が返って来る。
足音と気配が一人分、遠ざかって行った。
ていうか何だ。
気配を普通に読んでいるが、俺は緊張しているのか。いや貴族が目の前にいるけどそういった緊張じゃない。
「うむ、済まない。少しだけ試させてもらっていた。
意図的に、ほんの僅かに出していた殺気に、二人とも気付いておったようじゃな。
二人は良い戦士になれそうじゃ。」
なるほど殺気ね。
薄く漂っていた不快感はこの人から出ていたのか。
目の前に居て出所を感知させず、でも緊張を促す。
なるほど、アーネスが無駄に緊張していたのもコレのせいか。
そして、うん。
この人、怖いわ。
次にバーゼル伯が話し出した時、不快感、殺気が消えた。
「話を戻そう。
勇者の加護持ちも、そして七大神の祝福持ちも、我が国では二例目。
稀有で貴重な人材じゃ。
冒険者のままでも悪くはない。
悪くはないが他国に流れられてはかなわん。
そこで陛下に御目通りしていただき、その上で国家お抱えの冒険者になって貰いたいのじゃ。」
ああ、そういうね。
いい話っぽいけど、通常は国のお抱え冒険者はランク的には四からのはずだ。
俺達のように二でお抱えになった冒険者なんて聞いた事がない。
それに審査もあってランクだけでなれるもんでもないと聞いている。
嫉妬や羨望を浴びる事になるだろうし、加護の事だって駄々漏れになるだろう。
加護は公表するのが義務だが、自ら公言するのは違う。
聞かれたら答える必要があるが、吹聴して回るのはマナーが悪いというか、調子乗りというか、効果が高い加護を持つ者ほど軽蔑される風潮がある。
ちなみに冒険者のランクは一から六。
SとかAの表記ではないのは、識字率が高くないからだ。
数字は日常的に買い物で使うから、ほとんどの人が読める。
それでも計算が出来る人はそう多くない。
冒険者でもパーティに一人いれば事足りるから書けない、読めない、計算出来ないって人が多い。
俺は忘れられない特性を活かして、一般でも早いと言われる年齢で読み書きを覚えた。
孤児院に入った七歳の時には読み書き出来たので、興味がある子に教えていた。
アーネスもその一人。
逸れた話を戻すと、俺達は孤児院での小遣い稼ぎ程度にしかやってないからランクは二。
協会の受付のお姉さんに、もう直ぐに三に上がれそうとは言われていたけど、直ぐにと言っても、あと二回か三回は依頼を成功させないと無理だろう。
何か断る口実はないか。
素直にランクを伝えても、「そこは儂の力で、こうグイっと」とか、「国家権力舐めんな」とか言われそうだ。
まあそんな口調では言われないだろうが、意訳すると結局はそうなるだろう。
「有り難いお話ではありますが、お抱えの件は辞退出来ないでしょうか。」
それまで黙っていたアーネスが口を開いた。
コイツも冷静なら丁寧に話すくらいは出来る。
だが直球過ぎる発言にヒヤリとした。
「理由を聞かせてくれ。」
「僕達は確かに冒険者志望です。院から出て直ぐに稼げる仕事は冒険者くらいだからですが、元々協会には登録はしていてランクは二です。
一般的にお抱えになる事が出来るのは四から、しかも厳しい審査があると聞いています。
仮に何らかのお力添えをいただいて、お抱えになれたとしても、義務を果たせるとは思えません。
先輩冒険者に付いて行って経験を積もうとしても、足を引っ張って、下手をすれば自分達だけじゃなく、貴重な高位冒険者を失う事になるかもしれません。
それは何より自分を許せません。」
バーゼル伯の視線を正面から受けるアーネス。殺気は出していなくても十分以上の迫力がある。
陽気で笑顔でいる事が多いアーネス。
だけどコイツの表情で一番好きなのは、この真剣な目の時だ。
絶対に本人には言わないが。
「わかった、そなたの要望は理解した。
だが、我々としても受け入れ難いのはわかって貰いたい。
そこで妥協案だ。」
妥協案。
あれだ、厳しい条件を最初に提示してら本当に飲ませたい条件を折れて見せた後に出す、ドア・イン・ザ・フェイスという交渉術だ。
貴族だもんな。
そりゃ交渉術の一つや二つ、使って来るよな。
あれか?
最初のちょっと殺気を出してたのも、敢えて緊張させてそれを解きほぐした後でって事か。
これはもう交渉術とすら思ってないかもしれない。
これ位は日常とか。
さて、どうしたものか………。




