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田舎の香水、嗅ぎながら

あの後、アイザックさんがタオルと石鹸、サンダルと水指しとコップを持って来てくれた。


少し冷めたお湯をじっと見て、

「熱めと温め、どっちがいいですか?」

と聞いて来た。

一瞬「ん?」思ったが、湯加減の事だと気付いた。

湯を張ったタライを見て言ってるから当たり前なんだけど、湯加減を聞かれた事がそもそも無いので直ぐに気付けなかった。


アーネスは熱め、俺は温めが好きだから熱めにしてもらい、アーネスに先に湯を使わせる事にした。

院でもアーネスが一番先に入ってたな。

部屋にタライを置いて。

俺は部屋の中では、真ん中より後だった。

全部覚えてる。

そのせいか、懐かしさはないけど。


新しい魔法を覚えるチャンスだと思って、詠唱を見せてもらおうとしたら、

「嫌です。」

とにべもなく返され、お願いする間もなくサッと魔法を使って直ぐに出て行こうとする。

残念。

去り際、

「加熱ですよ。」

そうボソリと言ってくれたので、なんの魔法かはわかった。

ありがとうございます。


「なんだこれ、落ちねえ。」

そう言ってゴシゴシ擦り、体に付いた印を落とそうとするアーネス。

本当に落ち難いようだ。

背中にもあっちこっちに、付いていたので仕方なく洗ってやった。


交代で湯を使い、サッパリしてくつろいでいたら、姐さんが息を切らして駆け込んで来た。

「あの変態に、二人まとめて、ててっ、手籠めにされたって本当か!?」

どこで聞いた話ですか、それ。

てか手籠めって。

アーネスが千切れそうな勢いで首を振る。

「だ、だって、やけにサッパリして。」

モジモジしながら姐さんが言うので、まだ置いてあるタライを指差した。

「あっ、風呂か。」

表情を無にしてそう言うと、回れ右して出て行った。

本当に暇なんだな、姐さん。

「風呂かぁ、いいなあ。」

と呟きながら出て行ったけど、呟きがデカいんですよ、姐さん。


その後ちょっとしてから、二人の男性治癒術師を連れて戻って来たアイザックさんが、彼らにタライを片付けるように指示を出し、二人が出て行くまでの間、何か意味有り気にこちらを眺めていた。

「どうやら、本当に問題ないようですね。

魔法の練習とか出来るようですし。

訓練場の中を歩く位なら外に出てもいいですよ。

村を歩くのはやめておくのが無難です。」

そう言うと後ろ手に手を組んで、溜息を残して出て行った。

やけに溜息が似合うな、あの人の背中。


アーネスが外の空気でも吸おうと言ったので、着替えて外に出てみる事にした。

出てみると、俺達が居たのはやっぱりと言うか何というか、治癒術師達が張っていた一番大きなテントの一室だった。

正面から見て左手の部屋で、中央の部屋では治癒術師のお姉さんが机に座って書類仕事をしていた。

向かいの部屋にも気配を感じるから、あの時怪我をした人が何人かいるらしい。

気にしていなかったから、結構騒いでいた気がする。

ゴメンなさい。

外で一息吸ってグルリと見回すと、テントの数が二つ減っている。

わかってはいたけど、結構複雑な気分だ。


そんな気分で訓練場を歩き回るのも何だったので、とりあえず伸びをしたりあちこち動かして、痛みがないか確かめてみた。

最後に腰に手を当て後ろに反らし、深く深呼吸をした。

空気が美味い。

ちょっと牛糞臭いし、複雑な気分になったけど、外に出てみて良かったと思う。


ゆっくり歩いて牧場側に近付くと、二人並んで柵に肘を乗せ、ぼんやりとタロウオックスが草を食むのを眺めていた。

「なんにもしてないのって、いつ振りかな。」

しばらくしてから、ポツリと呟くようにアーネスが言う。

「院でアーネスが熱を出して寝込んだ時以来だよ。

去年の年明けの雨季が終わってすぐ。」

「ああ、あれな。

本気でキツかったわ、あの時。

その前は?」

「二年半前の、俺がアリに刺された時だよ。」

「ああ、お前が泣いてた時だ。

痛そうだったな~、足パンパンで。」

「お前だって泣いてただろ、人の事笑って、母さんに叱られて。」

「そうだった、そうだった。

母さん、怒らせたら怖いからなあ。」

「その前は院の前庭で泥団子投げあって泥だらけになって、おまけに母さんの頭に当てちゃって三日間、外遊び禁止にされた時だよ。

三年前、協会に登録する一か月前。」

「あったあった、スゲェ怖かったわ、あの時の母さんも。

下手したらあのムカデより怖かったかも。」

アーネスは少し笑ってから、くるりと後ろを向くと柵にもたれ掛かった。

空を見上げる表情は、薄い笑顔だが無に近い。


「実際、怖くなかったんだ。あの時。」

ポツリと零れるように、アーネスが呟いた。

「俺達よりずっと強そうな騎士さんが食い殺されたり、吹っ飛んで来た柵にぶち当たって動かなくなる人とか、死んだり、大怪我する人がどんどん増えてたけど、何でかな。

怖いとは思わなかった。」

静かに言葉を繫ぐアーネスの話を、相槌も打たずに聞いていた。

壁越しに風に乗って漂って来る、少しだけ焦げ臭い匂いを感じながら。

「ハンマー拾って走った時も、どっちかって言うとワクワクしてた。

あんまはっきり覚えてないけど。」

見上げてた視線を足下に落とし、更に表情を無くしたアーネスは、暫く黙っていた。


「なぁ。」

「ん〜。」

「俺って、こんなだったっけ。」

それはわからない。

あんなギリギリの状況なんて、俺達は経験した事がない。

真面目で責任感が強いアーネスなら、ああした気がするし、叱られて泣きべそかいてた、院の時のアーネスからは想像出来ない。

答えられずに黙っていたら、アーネスもまた黙っていた。

ちょっとの間の沈黙を破ったのは、アーネスの方だった。

「今日さ、目を覚ましたらグルグルにされてて、横を見たらお前もグルグルで、本気で意味わかんなかった。

まあ、笑えたたけどさ。

でさ、話を聞いてくうちに、俺の後にお前も突っ込んだってわかって、ますます意味がわかんなくなった。

何時も冷静で、大人も知らないような事だって何でも知ってて、でも割とビビりなお前が突っ込んだって、訳わかんなくて。」

それは俺も驚いてるよ、アーネス。

子ムカデの時点で驚いた。

「なあ。」

「ん〜。」

「俺達って、こんなだったか。」

「わかんね。」

「真面目に答えろよ。」

ちょっと不服そうな顔をして、こちらを向く。

「本当にわかんないよ。お前ならああしたろうなとも思うし、お前がぶっ飛ばされて、俺が放置してたかって言われたら、まあ。」

俺がそう言うと、一瞬キョトンとしたが直ぐにパァっと笑顔になった。

「逆に、院では割とべそかきだったお前がマジでかとも思ったし、あの時、俺はビビり散らしてたのになんで突っ込んで行ったのか、未だによくわからないしさ。

本当に本気でわからんわ。」

アーネスの顔が、笑顔からムゥと声を出して難しくなる。

表情は、まあ、わかりやすいな。

「その顔に出やすいところとか、決断の速さとか、義理堅いところとか、仲間思いなところとか、少なくとも俺は、お前が変わったとは思わないよ。」

「そっか。」

「ああ、そうさ。」

そうさ、とは返したけど、何か飲み込み切れないようなそんな感じが残った。


何か感じる、違和感。

これが、単純に環境が変わった事の戸惑いとかならいいんだけど。

人は些細な事で変わると言う。

そんな事を聞いたことはあるけど、自分も含め、身近な人にもそんなヤツはいなかった。

複数の加護、アイツの知識。

それが俺を少しづつ変質させているのだろうか。


「なあ、話は全然変わるけどさ、いい?」

ちょっと、思考に沈んでいたらアーネス声に引き戻された。

「あ?ああ、うん、何。」

「俺達さ。」

何だか意味有り気に言葉をさえぎり顎を撫でる。

「なんだよ。」

「姐さんに、男として負けてないか?」

片眉歪めた、偉く真面目な顔つきでアーネスが言った。


しばらく思考が停止した。

ようやくアーネスの言葉が理解出来た時、体の力が一気に抜けた。

しゃがみ込んで頭を掻き、溜息をついてから、

「変えすぎなんだよ。」

と言ってやった。

わかってるんだよ、そんなのはとっくに。

考えないようにしてたのに。

クソ。


アーネスの脱力発言の後、テントに戻って少しの間、ぼんやり過ごした。

何となく気になって荷物を開けようとしたら、買ったばかりの革鎧がボロボロになって、寝かせて置いてあった背負子の下敷きになっていた。

マジでか。

「どうした。どっか痛むのか?」

背中からアーネスに声を掛けられたが、黙って首を振った。

よく見れば、あちこちに赤黒く乾いてひび割れた血がこびり付き、脇の薄い部分は切り裂かれていた。

爬虫類系の魔物素材で作られた新品の手甲も、一部が伸びて留め紐は千切れ、脛当ても同じ位伸びて歪んでいる。

ふくらはぎの部分は破れてしまっていた。

「許せん。買ったばっかだってのに、畜生め。」

沸々と怒りが湧いてくる。


「何がさ。」

そう暢気な感じの声で言って、後ろから覗き込んで来たアーネスを無視して、ワナワナと震えていた。

「ウハっ。」

俺の手元が見えたのか、そう言ってパタパタとサンダルを鳴らし、自分の荷物に走って行った。

直ぐにガサガサとやっていたが、その音が止まるとちょっと間を空けてから大声で、

「ウッワァ〜。」

と叫び声を上げた。

「どうしました。何かありましたか?何処か痛むのですか?」

そう言いながら、書類仕事をしていた治癒術師のお姉さんが駆け込んで来たが、俺達の様子を見て首を傾げていた。

まあ、その、ごめんなさい。


「あの、大丈夫、大丈夫です。ちょっと自分の装備を見て取り乱しただけというか。すいません。」

お姉さんは、クスリと笑うと、

「それだけ、酷い状態だったって事ですよ。

たまたま、アイギスさんや、アイザック様がいらしたから助かっただけです。

次も助かるとは言えませんよ。」

優しげな声音でそう言って出て行った。


命と比べたら安いもんかもしれないけど、精神的には

今になって大ダメージを喰らった気分です。

くそう。

お読みくださって頂いている方、ありがとうございます。

モチベにつながるので、ブックマークを是非お願いします。

「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら、切ってくださって結構ですので………。


次回 歓呼

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