帰還指示
俺達は少し前のめりになって、姐さんの言葉を待った。
迷った様子を見せた姐さんだったけど、諦めた様に小さく溜息を吐くと、座り直して話を続けた。
「親のメスが見つからない。
痕跡はあったから、今も騎士団やミラ達が全力で追跡してるけどね。
恐らくは斑に焼け残った所に居るんだろうね。
それでも手負いのハズだし、見つけ次第、残った全員で囲んで、何が何でも殺すだろうさ。」
姐さんの言葉は最後の方、小さく聞こえていた。
思考に引っ張られ、聞こえ辛くなっていた。
そうか。
俺達がやったアレは、オスだったのか。
「お前達、何て顔をしてんだい。
少なくともあの場で、あのデカブツを一匹、お前達が仕留めたから今回参加した他の冒険者、騎士団のヤツラ、見習いの小僧共、この村の人達も、あれからは誰一人、死人が出てないんだよ。」
「でも。」
「アーネストリー。
いいかい、でもじゃない。
ジェスターもだ。
胸を張っていい。
それに明日以降の討伐作戦は、緊急依頼から指名依頼に変わった。
どっちにしたってアタシ達は撤退さ。
ミラとザラは斥候として残るけどね。」
「そんな、なんで。
俺も残ります!」
アーネスが叫ぶように言ったが、姐さんは真っ直ぐに見つめて肩に手を置いた。
「いいかい、何度でも言う。
アタシ達の出番は、終わりだ。
数は減ったけど騎士団の連中、魔術師団、竜血、草原の風。
知の輪の連中も含めて斥候組も数は揃ってる。
戦力は十分なんだ。」
それでもまだアーネスは食い下がる。
「でもまだ、肝心のメスが残ってるじゃないですか。
放っておくなんて………。」
アーネスを遮るように、姐さんが言葉を被せた。
「あんな化け物と、ろくに防具もない状態でやり合うってのかい?
どうやって?
死にたいなら一人で死ぬんだね。
それにアンタが残ればジェスターはどうなるんだい?可哀想に、道連れってかい?」
流石にそう言われては、アーネスもそれ以上は反論出来ないようだ。
でも。
それでも俺は、言わずにはいられなかった。
「姐さん、撤退するにしても、討ち漏らしが出たらヤバいでしょう?
三年もしたら、またこの村か、何処か他所の村が襲われますよ。」
最大の懸念はそれだ。
親玉が何処から湧いたのかわからない。
けれどあれがこの先、繁殖してしまう可能性を残すのは、あまりにも危険だ。
出来る事が少ないにしても、放り出す事は考えられない。
何度目かの大きな溜息をついて、姐さんが、まるで突き放すように言った。
「その可能性はまずないよ。
アンタの無茶が切っ掛けで殆どが丸焼け。
残っていても潜んでいる場所はある程度割れてるし、問題になるのはアンタ達が仕留めた、あのデカブツの嫁だけだ。」
それはそうなんだろう。
確かにそうなんだけど。
「さっきも言ったけど、今回の元になったメスだけは、何が何でも残った連中が面子に掛けて殺すだろう。
追跡中に見つけたら生き残りの個体も漏れなく殺すだろうさ。
この村だってしばらくは警戒を解かないだろう。
それなりの数の個体があちこちに散り始めてたのを、かなりの可能性で阻止出来た。
ジェスターの無茶のおかげでね。」
それもわかる。
わかるけど。
「二人して不服そうだね。
なら次があったなら、蚊帳の外に置かれない位、強くなりな。
いいかい、お前達は強い。
心がね。
でも肝心の実力が伴ってない。
今の時点で心の強さなら、そうだね、今この現場の中でもトップクラスだろう。
ジェスターも、アーネストリーも、頭もいいし、感もいい。
もしあのデカブツとやった時に、アタシ程度の実力でもあったんだったら、多少は違う結果になってただろうさ。
いいかい。
少なくとも、アーネストリーみたいに間合いを計り損ねる事はなかったね。
ジェスターのように、自分に見合わない武器を使って、防御が出来ないなんていう、クソみたいなヘマもしなかっただろうさ。」
ぐうの音も出ない。
くそっ、でも。
「わかり、ました。」
あの頑固なアーネスが、折れた。
本当に俺達には出来る事が何も残ってないのか。
「でもせめて死骸の回収や、何か雑用みたいな事でもいいんです。
少しでも、何でもいいから役に立ちたいんです。」
我慢出来ずにそう言った時、
「それには見習い達が当たります。
あなた達がすべき事があるとするなら、体力の回復と気持ちの整理です。」
と何故か入り口に立っていたマローダさんが言った。
この人がここに居る事にまず驚いた。
今回の件に関わっているのは知っていたけど、まさか現場にまで来ているとは欠片も思ってなかった。
その表情は、何か苦笑いのような、困り顔のような微妙な感じになっている。
「君達はよくやった。
ほぼ初陣で戦果は上々。
それとも手柄を独占したいのですか?」
「そんな事、考えてない!」
アーネスが叫ぶ。
俺はマローダさんのあまりの言い方に、言葉を出せない。
「わかっていますよ。
君達がそんな事は思ってない事ぐらい。
でもね。
当事者として事の顛末を見届けたいという、その気持ちは理解出来ます。
第一発見者で、その後も命を懸けて戦い、傷付き倒れた。
気にならない人はいないでしょう。
ただ周りに居る人達を信じて、そして託す事も大事ですよ。
それに私も、ミネア殿も、君達の事を心配をしているのだと言う事は、頭の良い君達なら理解出来るハズでしょう?」
返す言葉が見つからない。
信じて託す。
言われてみれば、確かに向きになっていたのかもしれない。
心配を掛けたって事も頭から、完全に抜け落ちていた。
もうこれ以上は、足手まといなだけなのかもしれない。
特にメスとやるのなら。
俯く俺達に、姐さんが優しげな声を投げ掛けてくれる。
「言い忘れてたけど、戦刄のエイムズも歩ける位には回復した。
もう領都に戻って行ったよ。
今も若干は痺れが残ってるみたいだけど、しばらくしたら復帰も出来るって話さ。
エイムズが言ってたよ。
お前達に伝えて欲しいって頼まれた。
『追い抜かれないように、まだまだ頑張る。よかったら、一度組んでみないか』
ってさ。」
よかった、本当によかった。
それでも一つ気になる事があった。
「抜け駆けしたっていう、冒険者達はどうなったんですか。」
姐さんは一つ舌打ちをすると、吐き捨てる様に言った。
「アイツらね。
二人、死んでたよ。
草原の焼け跡から見つかったらしいけど、どっちも頭が無かったり、欠けたりしてたらしいから、喰われたんだろうさ。
他にも何人かいたらしいけど、領都に逃げ帰ったって話だ。」
そう言った後で更に、
「馬鹿野郎共が。」
と忌々しげに呟いた。
怒りと何かが混ざり合って、姐さんの顔を歪ませていた。
少し俯き、サッと目を閉じて、また深い溜息を吐くと、今度はゆっくりと目を開けた。
その時にはもういつもの姐さんの、美人で凛々しい感じに戻っていた。
けど直ぐに、また違う感じで顔を歪め、こめかみを指先で揉むようにしながら、
「そういえば、あの指揮を取ってた、あ〜、なんだっけか、アイツの名前。」
と言った。
何の話だ?
「小隊長のブルーノ殿でしょうか?」
助け舟を出すようにマローダさんが尋ねる。
「そうそれ、ソイツ。」
姐さんはパンッと手を打ち何度か頷くと、はっとした顔をして頬を赤らめた。
姐さん、殺しそうな目で睨むのはやめてください。
「そのブルーノってヤツからも伝えてくれって言われてたんだわ。
次は絶対に遅れは取らない、もう一人の犠牲も出さない。
ゆっくり休んでてくれってさ。」
溜息をつきながら姐さんはそう言った。
「もう一人の小隊長、ボルドー殿も同じ事を言ってました。
班長達を代表してと。
それに、王都に行く話を忘れてはないでしょうね。」
「あっ。」
俺は当然忘れてないけど、アーネスはすっかり頭から抜けていたようだ。
てか普通忘れるかよ、それ。
「そうでしょうね。
ええ、ええ。
そうでしょうとも。
わかっているんですか?
次に怪我でもしたら、王都行きは無理でしょう?
国王陛下との約束を忘れるとか、不敬にも程がありますよ。」
うん。
無理を通してメスの討伐に参加して、そこで仮に勝っても、無事だったとしても、謁見をすっぽかしたら殺されちゃうかもしれないよね、俺達。
そんな事を思っていると、アイザックさんが何人かと一緒に戻って来た。
グレンさんとマイラさん。
それともう一人。
白髮を綺麗に撫で付けた老紳士、バーゼル伯の執事。
ガスリーさんが最後に入って来ると、まるでお手本の様な背筋が伸びた一礼をみせた。
次回 面会




