到着早々の………
ガタンと大きく馬車が揺れた。
すわ襲撃かと思ったが、どうやら村に着いたらしい。
窓から外を見ると、ついこの前と様子が変わっていた。
まだ門の前だったが、周りの草が広く刈られ、そこに丸太を組んだ移動式の柵を並べてあった。
大鎌で草を刈っている、農夫らしき村人の姿も何人か見える。
その周りに村の警備隊がいて護衛しているようだ。
バスさん、カインさん、ヤードさんの姿もあった。
半刻ほど早く出発していた騎士見習い達は、荷物を抱えて門の内外で動き回っている。
「起きたかい、降りるよ。
荷物を降ろしたら、すぐに野営の用意だ。
御者をやってもらったサーシャ達のテントもウチラで張るよ。
悪いがアタシはグレンの所に打ち合わせに行くから、その間は頼んだよ。」
「はい。」
「はい。」
「はいよ。」
俺達の返事が重なると、扉に近い方から順に降り、手分けして荷物を屋根から降ろした。
尻が痛むのと、座ったまま寝てたので体が固まっていた。
大きく伸びをして体をほぐすと、それぞれ荷物を手に野営場所に向かった。
俺とアーネスは警備隊の訓練場なんて知らないので、後ろから付いて行く。
村の門から入ってすぐ、詰め所と丸太を組んだ村の防壁の間を入って行くと、詰め所の裏側が奥にやや長い、ちょっとした広場のようになっていた。
奥には練習用の的なのか古びた鎧を被せた木の柱と、簡単な木馬のような物が幾つか立っていた。
丸い的のようなのも立っているので、そちらは射撃や投擲の的だろう。
その後ろは煉瓦を組んだ壁になっている。
丸太組の防壁の向かいは簡単な柵になっていて、その向こうにはのんびり草を食む、タロウオックスが何頭か見えた。
牧場になっているようだ。
牛舎は見えないが、おそらく壁の向こうで陰になっているのだろう。
幾つか疎らにテントが立っているのを見ると、先発組の物のようだ。
どうやら治癒術師一行も、この広場を利用するらしい。
テントの設営をしていた。
かなりデカい、中が分かれているテント一張りと、ちょっと大き目のテント二張り。
訓練場に入ってすぐの防壁側に設営している。
さて場所をどうしようかと思っていたら、マイラさんが小走りで広場に入って来た。
「着いてそうそう済みません。場所割りをしていますので、くじ引きお願いします。」
疎らなのは、くじ引きの結果なのか。
なるほど。
てか、アーネス君。
なんでそんなに目をキラキラさせてんの?
ミラさんが苦笑いを浮かべて、親指で行けと合図をしていた。
アーネスは嬉しそうにマイラさんに駆け寄ると、他のパーティに混ざって早速くじを引いていた。
近付いて覗き込むと、くじは細い棒の先に数が書いてある感じだった。
俺達の場所は建物のすぐ裏、柵寄りの所だった。
ついでにテントを張る都合をミラさんが話したら、サーシャさん達の場所はすぐ隣にしてくれた。
後から来た人達も順にくじを引き、場所割りを決めていく。
俺達も手伝いながらテントを張った。
サーシャさん達がテントを張る側に、姐さんの一人用のテントを、ミラさんがサクッと一人で張っていた。
俺達も手分けして自分達が使うテントを張る。
最後にサーシャさん達のテントを張った。
三人で使うには少し広め。
一張りだけなので一緒に使うんだろう。
ちょっとだけ、エルフさんが羨ましい。
姐さんから預かった荷物をテントに入れ、俺達も持って行く物だけ残して、後はテントに入れておいた。
外に出て荷物を背負うのに手を伸ばしたところで、姐さんが広場に入って来た。
その表情は険しい。
「悪い報せだ。戦刄が離脱する。」
開口一番、吐き捨てるように姐さんが言った。
「それは良くない流れだな、しかしなんでまた。」
ミラさんの言葉に大きく溜息を吐くと、振り払うように首を振ってから姐さんは話し始めた。
「戦刄達が、倒したムカデの解体に取り掛かろうとしたタイミングで、リーダーのエイムズが背後から襲われて、右腕の付け根を噛まれたらしい。」
全員一様に、絶句といった感じで固まる。
それは、無理もない。
エイムズさんは五ランク目前、まだ二十代前半で若手の出世頭と言われている人だ。
何度か見かけた事がある。
それほど大きくなくて細身と言って差し支えない感じだけど、速さと技の切れで勝負するタイプの、能力だけなら領都の協会初の六に到達する人だと言われていた。
「死んじゃいないよ。ただね。右半身が麻痺して動かないそうだ。」
なんとも言えない気分だった。治癒魔法で治る怪我ならいいけど。
「エイムズが噛み付かれたまま、抱え込まれないように抵抗していたところに、とっさに懐に潜り込んだムニンのヤツが掌底を叩き込んで、中の魔石を割って仕留めた。
その後で直ぐにムニンが解毒魔法を使って、エイムズは一命を取り留めたんだとさ。
解体は諦めて、他の仲間と一緒にエイムズを抱えて、近くの門に駆け込んだらしい。」
「一番の手練れだったエイムズがそれじゃ、離脱もやむを得ないか。
問題なのは周りの士気か。」
姐さんの説明に難しい顔をしてミラさんが、誰にともなく呟いた。
「ああ、若いヤツラを中心に腰が引けてるヤツが多い。
ここまで来た以上は参加するらしいけどな。
違約金も掛かるしね。」
それは仕方ない。
けど動揺を招く可能性と、気を引き締めさせる効果を天秤にかけた上での、周知の判斷だろう。
「アタシの荷物は?」
「テントに入れてあります。」
俺が答えると、姐さんはすぐにテントに入って行く。
それを見てからミラさんが真面目な顔で、ちょっと諭すような、窘めるような口調で、
「お前達、そんな顔をするなよ。」
と言った。
「それにさっき治癒術師のメンツをざっと見たけど、領都で治癒に関しちゃ、教会二番手のアイザックと、腕前は同格って言われてる、陽だまり治療院のアイギスが来てる。
きっと大丈夫さ。」
今度は笑顔で言ってくれた。
安心させようとしてくれたのかもしれない。
治療院の名前しか知らないけど今、名前を出すって事は相当な腕の治癒術師なんだろう。
落ちていた気持ちを振るい立たせるように、両手で顔を叩いて気合を入れた。
テントから出て来た姐さんが、そんな俺を見て一瞬ギョッとしていたけど、直ぐに笑いながら言った。
「イイね、ジェスター。まあ確かにしょぼくれててもしょうがない。
さてアタシ達も始めるるかい。」
全員が頷く。
姐さんが威勢よく、
「ヤロウども、アタシに付いて来な!」
と声を上げる。
全員で拳を突き上げて、
「オウッ。」
と答えた。
不思議なもので暗さが心から消えていく。
俺も単純だな。
さあ、行動開始だ。




