我らが姐さん
「宿に戻ったらどうする?
俺、飯の後で街の浴場に行きたいんだけど。」
アーネスに声を掛けたが返事がない。
協会からずっと思案顔だ。
「アーネス、どうした?」
「ああ、悪い、浴場?
いいね、それ。」
「いや、お前。
さっきから何か考えてるだろ。
どうした、言ってみろよ。」
アーネスは立ち止まってから、ちょっと迷った後で口を開いた。
「さっき臨時のパーティの話してたでしょ?
反対はないんだけどさ、やっぱり前衛ももう一人、入ってもらわないか?
てかミリア姐さんに声を掛けてみない?」
ミリア姐さんは四ランク。
基本はソロだが、討伐の依頼とかは都度、誰かと組んで参加している。
豪快な印象だけど、補助的に簡単な攻撃魔術を使い、治療魔術も骨折位なら治せる腕前らしい。
槍が主武器だが剣の腕も確かで、投げナイフや弓も使える、戦闘では割と万能タイプらしい。
「姐さんは人気だから、もう誰かと組んでるかもよ。」
「だよな〜、せっかくの機会だから強い人の戦い方を見て、勉強しておきたかったんだけどさ。」
アーネスは勇者だし、俺はアイツから戦闘センスとやらを譲られている上に、七大神の祝福って加護がある。
秘めたるモノは二人とも、それなり以上だろう。
だが現状は、戦闘に関してはド素人に過ぎない。
正直なところ、騎士見習いも悪くなさそうとかチラリとよぎったりしたが、それは技術の習得が出来るからで、ある程度の自由は確保しておきたかった。
そもそも国に忠誠とかよくわからない。
知らないヤツはどうでもイイ、とまでは言わないが、命を懸けて見知らぬ誰かを救いたいとか、この国の為にどうこうっていう気持ちは無い。
そもそも冒険者だって、日銭を稼ぐ為にやろうとしていただけだ。
いつか名を揚げてとか、ドラゴンを倒したいとか、欠片も思っていない。
何なら、新規の開墾事業とかに志願して、アイツの知識を活かしたノーフォーク農法を実現するとか、ベアリングの開発とかで、金を稼いで楽をしたいとか思っているぐらいだ。
そもそもだ。
冒険者が巨万の富を築いたなんて、聞いた事がない。
大成功した冒険者の末路は大概が「死」だ。
ドラゴンを倒した冒険者はいる。
そこで得た財宝を元手に迷宮に挑み、帰って来なかった。
後に残ったのは遺産を巡る、残されたパーティ内での争いだ。
未知の迷宮を踏破し、巨万の財宝を手に入れた冒険者もいた。
だがその金を使い切る事なく、国に指名され赴いた戦場で死んだ。
無茶を超えて成功し、名声や財を得ても、次の危険が待ち続ける。
英雄譚と同じくらい、悲惨な末路が溢れている。
何なら何も成さずに引退した冒険者の方が、幸せと言える余生を過ごしている。
正直なところ、今の俺には将来の夢とか希望なんてものは、どこにも無い。
「ジェス、おいジェス!」
思考に沈んでいた意識が、アーネスの声で引き戻された。
「ああ、悪い。
で、何?」
「見ろよ、姐さんだ。」
アーネスの視線の先にミリア姐さんがいた。
協会以外で見る姐さんは久しぶりだけど、やっぱり格好いい。
長身でゴツすぎない体型に、ユルっとしたシャツと、ピッチリした黒革のパンツスタイル。
左に剣を下げ、右にタガー。
買い物帰りなのか、食材が詰まった袋を左手で抱えている。
俺達もブサイクではないはずだが、同じ格好をしてもあそこまで決まらないだろう。
「姐さん、ミリア姐さ〜ん。」
アーネスが手を振りながら近付いて行く。
尻尾が生えて見えるのは、何故だろう。
「街中でデカい声で呼ぶんじゃないよ、恥ずかしいヤツだね。」
姐さんは苦笑いを浮かべながら、アーネスの頭をくしゃくしゃにした。
「聞いたよあんたら。
何か、やたらデカいムカデを仕留めたんだってね。」
「助けようとした農夫のおっちゃんに、手伝ってもらったんですけどね。」
「そうかい、まあそんな事もあるさね。
アンタらは帰りかい?」
アーネスの頭をくしゃくしゃにする手を止めずに、姐さんが聞いて来た。
「姐さんさ、まだ決まってないなら俺達と組んでくれないかな。」
アーネスの言葉にちょっと面食らったような顔する。
「なんだい、唐突だね。
まあいい。
話は聞いてやるから家に来な。
買い物帰りなんでね。」
顎をしゃくりながらニカッと笑い、バチコンとウインクした姐さんは、やっぱり格好よかった。
姐さんの家は壁際の近くの古びた、でもそれなりに客が入っている食堂の二階だった。
姐さん曰く、この店の娘なんだとか。
なんで冒険者になったんだろう。
「なんで冒険者になったんですか。」
素直に聞ける、アーネスは尊敬出来る。
俺には真似出来ないが。
「アタシの加護が「武芸巧者」だったからだよ。
元々体も大きかったしね。
守護騎士とか、警備隊とかも考えはしたんだ。
でも、歩哨とか門番とか、正直アタシ向きじゃなさそうだし、書類仕事もあるって聞いてやめたのさ。
店は兄貴が継ぐ事になってたしね。
まあ、あたしが店に出てたら看板娘になってただろうけどな。」
ガハハと豪快に笑う姐さんの後ろには、尻を触った客を眼光だけで失神させてる様が浮かんでいた。
姐さんの部屋は意外、と言っては失礼だが、かなり整頓されて綺麗だった。
壁に掛けてある槍や弓、剣、外套掛けに吊るしてある矢筒、ベッドの直ぐ横に立て掛けてある抜き身の剣とかで、女子っぽさは皆無だったが。
「椅子は一つしかないから床にでも座りな。」
荷物を机に置き、腰の剣を剣帯ごと外してベッドの角に吊るすと、その椅子に腰を降ろしながらそう言った。
俺達も背負子を降ろして、床に胡座をかいた。
「で、なんだい、組んでくれって。
ムカデ狩りの話かい?」
当然、姐さんにも声が掛かってるんだろう。
「はい。
俺達、今日で薄桃になって、精算の時に声を掛けられたんです。」
アーネスが真剣な表情で話した。
こういう時の第一声は、コイツに任せた方が上手く行き易い。
「へぇ、よかったじゃないか、それで。」
「臨時でパーティを組む事になって、斥候役を二人入れる事にして、それはもう伝えてあるんですけど、この機会に強い人の戦い方を学びたくて。」
「斥候二人ねえ。
変わった考えだね、ジェスターかい。」
「はい。
的散らしと、応援を呼ぶ場合に備えて。」
「なるほど。
冒険者ってより、騎士とか傭兵の考え方に近いのかね。
なかなか面白い。
クランとかなら有りなのか?
ああ、ちょっと待ってな。
下から飲み物を取って来る。」
姐さんは話を止めて立ち上がると、部屋から出ていった。
豪快だけど足音は小さいんだよな、姐さん。
「兄貴、これ一個持って行くよ。
あぁん、なんだいオヤジ共、ケツっぺた蹴られたくなかったら、アタシをからかうんじゃないよ。」
下から聞こえる姐さんの声は、少し笑いを含んでいる。
よくあるやり取りなんだろうか。
声がデカくて豪快なのは、何時も通りだ。
うん。
やっぱ、格好いいな。




