村にて
「お疲れ様、これで調書は終わり。
報酬は領都の詰め所で受け取るように、グラースが手配してくれるけど、受け取るまで時間が掛かると思う。
この辺りで出没するムカデの魔物にしてはかなり大きいから、種別の鑑定と査定が必要になると思う。
はいこれが証の木札ね」
バロウズと名乗った守護騎士にそう言われ、アーネスが木札を受け取ると席を立った。
警備隊の詰め所から出ると、おっちゃんが待っていてくれた。
手には折れたピッチフォークがある。
「ニイちゃん達、鍛冶屋に行くんだろ?
俺も一緒に行くわ。
そうそう、遅くなったが俺はグーバだ。
大麦と小規模だがマーメルの果樹園もやってる。」
笑顔でそう言うおっちゃん。
マーメルは林檎の様な見た目の、赤い実がなる低木で、実の味は水気が少なく甘みが強い、梨の様な感じだ。
グーバのおっちゃんは、俺の視線に気付いて表情が苦笑いに変わった。
「ああ、コレは俺のだ。
後の二本はニイちゃん達の積荷から使った。
柄を取り替えればいいし、先も歪んじゃいるが直せない程じゃないから気にするな。
それよりお前達の積荷を勝手に使って悪かったな。
おかしくなっちゃいないが、軽く磨いてもらわないとなぁ。
一緒に行って説明するよ。」
その言葉にちょっとだけ安心した。
折ってしまったのは申し訳ないけど、直せると言うなら気も楽だ。
それに依頼品じゃなかったのは、なんというか幸運だった。
「あっ。」
アーネス。
今になって、依頼の事に気付いたのか。
おっちゃんが吹き出し、釣られて俺も笑ってしまった。
沈み気味だった気持ちが、スゥと晴れていった。
「ジェスター君、剣を渡したいんだけど、今でいいかい。」
笑っていたところに声を掛けられて振り向くと、ガッシュさんがちょっと困った顔をして立っていた。
「先に依頼を終わらせてしまいたいので、帰りでいいですか?」
「えっ、泊まらないのかい。
今から向かっても日没を過ぎちゃうよ。」
確かに。
なんだかんだで日が傾きかけている。
マズいな。
「なんだ坊主達、行き先は領都か。
ちょうど戻りだし、荷台でいいなら乗せて行ってやろうか?」
通りかかった、二頭立ての大きな荷馬車の御者台から、そう声を掛けられた。
見ると白髪が混じり初めている、でも筋肉質のおじさんが、馬車を止めながらこちらを見ていた。
隣にはブレストプレートを身につけ、手甲や脛当ても金属製で、反りのある少し細身の剣を佩いた、多分冒険者風の中年男性が座っている。
護衛の人かな?
武装も整っているし、雰囲気がもう強そう。
荷台から御者台に槍の柄が突き出しているのを見るに、槍も使えるのだろう。
日焼けした浅黒い肌と、両方の眉尻にある傷跡が格好いい。
「いいんですか?こちらは助かりますが。」
「構わんよ、荷物の積み下ろしはこの村が最後だから時間もまだあるし、そこの酒場で何か摘んでるから、用事があるなら済ませてから声を掛けてくれ。」
「わかりました。」
「行こう。」
荷車を取りに駆け出した俺達に、ガッシュさんが声を掛けて来た。
「詰め所に寄るのも忘れないでね、俺がグラースさんに怒られちゃうから。」
「はい、必ず。」
答えてから、急いで鍛冶屋に向った。
おっちゃんの案内で、迷う事無く鍛冶屋に着いた俺達は、おっちゃんの説明もあって、すんなり依頼達成の証となる割符を受け取る事が出来た。
「じゃあな。
本当に今日は助かった、ありがとうな。
この時期じゃあ、何も土産を持たせてやれないが、もし次にこの村に来る事があったら、そん時は寄ってくれ。
嫁の自慢の飯を食わせてやるからよ。」
俺達はそう言ったおっちゃん、グーバさんと握手を交わして詰め所に戻った。
ちなみに荷車は元々こっちの鍛冶屋の物だったようで、そのまま置いて来た。
念の為にと、控えの木札を見せてくれたが、そこにも書いてあったので間違いない。
詰め所に入ると、バロウズさんとガッシュさんが、何やら話していた。
「おっ、来たね。じゃあちょっとこっちに来て。」
二人は俺達に気付くと、ガッシュさんが手招きしながら歩きだした。
連れて行かれたのは、警備隊の武具保管庫だった。
「今さっき、バロウズさんと話してたんだけど、君にはグラースさんの剣は、少しばかり重いんじゃって話になってね。
警備隊の武具庫からちょうど良いのを選んであげるよ。」
そう言いながら鍵を開けたガッシュさんに招き入れられた武具庫は、思ったより大分広かった。
甲冑も何領かあるし、盾も大小、何枚かあった。
剣、ナイフ、槍、メイス、弓、弩の他に、投石紐や手斧、投げナイフ、大きな木槌、重そうな鉄のハンマーなんかもあり、ちょっとした武具屋のようだった。
「これを構えてみて、振らないで中段に。」
受け取った剣を構えてみる。ズシリとした感覚はあるけど重いという程じゃない。
ちなみにショートソードだが、ショートソードは「片手」で扱う剣の総称で、一般的な剣の事。
両手持ちの剣と比較するのに生まれた、割と新しい言葉で、単純に「ソード」や「剣」と言うとショートソードの事になる。
短剣と訳すのは本来は間違いで、短剣とはダガーとかナイフ等の主に諸刃の物を指す。
「ちょっとだけ、重いみたい。剣先が微妙に振れてるね。次はこっち。」
見た目はほぼ変わらない。
でも持ってみた感覚はなんだかしっくりくるようだった。
「いいみたい、一応こっちも試してみて。」
次に渡された剣も見た目はほぼ一緒。
ただ構えた時のしっくり感はなかった。
記憶の中の剣を重ねて見ると長さは一緒だが、幅が微妙に違った。
「それでもいいかもね、後は好みとか感覚の違いかな。」
「一本前のがなんだか、しっくりくるように感じます。」
「わかった、じゃあこれを。」
構えていた剣を返すとガッシュさんはそう言ってから、鞘に納めてあった剣を渡してくれた。
「折れた剣は武具屋か鍛冶屋に持って行くといいよ。
折れてても溶かして別の用途で再利用するから、うんと安くなっちゃうけど買取ってくれるよ。」
ガッシュさんは片付けながらそう言った。
返事をしながら空になった鞘を外して右に付け直し、貰った剣を左に佩く。
改めてガッシュさんにお礼を言ってから、一緒に隊員の控室に戻ると、バロウズさんにもお礼を言って、詰め所を後にした。