急報という名の確定
「連合軍の進軍を確認」
廃村で打ち捨てられた竈門場で、昼食の煮炊きをしていた俺達に魔禽がもたらした知らせは凶報と言ってよかった。
噂が真実だった、それだけとも言えるがそれに対する反応は割れた。
連合軍首脳陣に冷めた反応をしていたアーネスは意外にも、戦場に取って返し停戦の説得を試みるべしというものだった。
バルは放置を主張し、レミドは興味がなく、ジード爺様は決定に付き合うという意見だ。
「王都に戻ろう。
可能な限り急いで。」
俺の意見を聞きアーネスは目を見開いた。
心底理解できないと、その表情が物語っている。
「前は理解できた、あれしか方法がないって。
でも今回はなんでさ、無用な戦争継続は止めなきゃ!」
アーネスの言うことはわかる。
でも正しいかどうかはまた別だ。
俺達が行ったところで止まらない。
少なくとも可能性は低い。
むしろ俺への反発で、態度を硬化させることもあり得る。
そもそも噂を耳にした時に戻らなかった今、既に手遅れだ。
そう淡々と説いた。
「だからって帰還を急ぐことにはならないだろ!」
激高寸前のアーネスに、俺は冷静に言葉を返す。
「なるよ。
それしか手立てがないまである。」
唇を噛むアーネスの肩に手を置き、バルが静かに俺に問うた。
「なんか考えがありそうだな、言ってみろよ。」
一度強く目を閉じる。
渦巻く懸念は一旦、飲み込んでゆっくり開いた。
「王命をもってアゼストリア王国の全軍を撤退させる。」
沈黙が場を包む。
俺たち以外に命の息吹がないその場では、この五人の呼吸音だけが生の証だった。
「ジェス、言いたくないけど、それって他国の兵は見殺しってことだろ!」
再び口火を切ったアーネスは唾を飛ばしながら、叫ぶように吐き出した。
「違うよ。」
またも冷静に返した俺に、再度唇を噛んだアーネスのその顔は、今にも泣き出しそうに見えた。
まだ院にいた幼い頃を思い出させるように。
「意図を聞かせてくれ、ジェスよ。」
ジード爺様の落ち着いた声が、俺のざわつき出した心をそっと撫でる。
「連合軍なんてデカい単位で考えるからややこしいんだよ。
パーティ単位に置き換えればアーネスにもわかるさ。
複数パーティで依頼に当たってるとして、少数だけど主力か準主力のパーティーが「目的を果たしたから俺たちは撤退する」って言ったらどうなるか。
それと同じさ。」
極力飾らず、ありきたりな話という雰囲気を出して言ったが、アーネス以外の三人には伝わったようだ。
「なるほどな。
本命は達成したから、俺ら愛すべき王国の面々が抜けたら、他の弱腰連中は尻尾巻いて帰るって話か。」
「ああ、それに他に説得できる要素を俺たちは持ってないしね。」
これも軽く。
言い含めようとしたところで、アーネスには伝わらない。
というか拒絶される。
なんなら「ヤダ」の一言で。
しばらく言われてないが。
「合理的ではあるわね。」
「ふむ、確かに一理ある。」
「とはいえ、ここぞとばかりに領地拡大したいやつらは少なくねえだろ。
欲に負けてそれでも突っ込むバカパーティみたいによ。」
状況を飲み込んだバルは、冷静に弱点とも言える別視点を投げてきた。
だから、
「だろうね。
でも見捨ててきたろ、そんな奴らは俺達も。」
そう突き放すしかなかった。
「それはそうだけど、軍となると話が違うじゃないか。」
うつむき拳を震わせる。
理解できても納得出来ない。
アーネスの気持ちは手に取るようにわかる。
次の言葉も。
「騎士兵士たちは上に逆らえないよ。」
俺の中には「やっぱりね」以上のものはない。
「じゃあ、お前の案を示してくれ。
行って説得する。
簡単に言うけど「どうやって」ってのがまるでないじゃないか。」
「それは…。」
ああ、嫌だ。
「お前を信じる人は多い。
だけど陣営の偉いさんはどうなんだ?
魔王討伐に向かう前も、帰ってきて本陣に顔を出した時も。
おまえを引き止めるどころか、ねぎらいもしなかったじゃねえか。
俺に対する反発があったにしてもさ。」
気持ちに寄り添わず、正論で親友を詰める自分。
それがどうしようもないほどに。
悲しげな顔でふてくされるアーネスが馬に跨ったのは、食後まもなくの事だった。
決戦場本陣を後にして十日。
明日にもアゼストリア王国内に入ろうかと言う時に、俺たちの返答に対する返信が来た。
「帰還を急ぐ。
王命にて全軍撤退の指示を。」
とだけ返したそれへの返信は「了承した」の一言だった。
実行されるかは不透明。
楔になってくれてれば、希望とも言えないそれにすがる気にはなれなかった。
道中で聞こえた噂は錯綜している。
交戦状態に入った。
足並みが揃っておらず苦戦中。
脱走兵が相次いでいる。
脱走兵が賊に転身している。
各国の貴族家騎士団には全滅の憂き目に遭ったところまで出始めた。
ザーベック陣営が防衛一辺倒に転じた。
連合が連戦連勝中。
ザーベックが連戦連勝中。
だが憶測と言うには一部が生々しい。
噂を耳にする度に隣から聞こえる奥歯を噛む音が、少しずつ大きくなっていた。
アゼストリア王国国境。
街道には古いながらも巨大な門が置かれ、討伐完了の報とは関係無しに厳重な警戒態勢が敷かれていた。
魔王とは関係なくザーベック帝国が侵略を進めた時の最初の防衛拠点。
それ故だ。
当然顔パス、なんてことはなく普通に協会の会員証の確認を求められた。
どういうわけか、兵舎の一室に留め置かれた理由は分からなかったが。
小一時間待たされた俺たちは、懐かしい顔と再会を果たした。
「護衛隊長を務めさせて頂く、トゥーレ・アルバシャールです。
アーネスさん、ジェスさん、バルさん、レミドさん、ジードちゃん、お久しぶりです。」
最初の旅からおよそ七年。
バーゼル伯家の紋章を鎧の胸元に輝かせ、騎士として、女性として立派になった彼女の顔はただ眩しかった。
「王国内はある一点を除けば安定してます。」
「ある一点?」
「はい、騎士団の帰投問題です。
私の知るところでは意見が二分しています。
継戦せよと、直ちに帰投せよの二つですね。」
「継戦派は武門貴族だろうね。」
「いえ、市民と文門貴族が多数で、一部の武門貴族が後押ししてる感じです。」
「えっ。」
出された茶と軽食を手に、そのやり取りを眺めていた。
アーネスの絶句も当然だろう。
脅威から守ろうとしたその相手が、戦いを望んでるんだから。
国内情勢が安定している今、遠征軍が防衛に成功したという「利にならない戦果」のまま引き返させるのは勿体ない。
そんな貴族や官僚の思考と、国民の不安と被害感情が合わさったのだろう。
国民はまだしも、文門貴族の意見を真っ向から切り捨てる事に、王家も躊躇してるに違いない。
「そういった声」もあるだろう。
そう思っていたからこそ急いでここまで来た。
当初予定を三日も詰めて。
派兵してる貴族の多くは、これ以上続ける利がないことがわかってるから撤退推進派に回ってる。
遊軍と治安維持に回された武門貴族が「もっとやれ」と言ってるのだろう。
くだらない。
「アーネス、頼みがある。」
「何?」
「お前と俺の連名で、褒美代わりに騎士団を撤退させろと奏上させてくれ。
というかしてくれ。」
「はあ?やだよ。」
「戦争、止めたいんだろ。」
「それはそうだよ、当たり前だろ。」
「だったら。」
語気強く、言葉尻にかぶせた。
「俺の意見じゃ弱いんだよ。
勇者のお前が言う方が何倍も強いし、国民受けもいい。」
どう言っても自嘲気味になるのは避けられなかった。
だから飾るのも誤魔化しも無しに言い切った。
「ジェスの、意見じゃないか。」
力なく言うアーネスの顔を、俺は見ることが出来なかった。
騎士二班。
八名程度の騎士など、俺たちにはどうでもいい戦力が護衛に就いた。
バーゼル伯家とモレッド候家。
それぞれの紋章が彼らの胸元で輝き、対立したことがない彼らの存在は、砂漠に落ちてる一粒の砂金程度ではあったが落ち着きをくれた。
豪華な馬車が用意されていたが、即座に断ろうとした。
そこはアーネスも意見が一致した。
少しでも早く。
その思いが強いのはアーネスで、俺は別のことに懸念を感じたからだ。
ここしばらく影がちらついていない。
ここいらで何か一つ動くかもという考えが、頭から離れなかった。
豪華な馬車なんて標的だと喧伝してるのと変わらない。
そこが何より嫌だった。
仕方ないので俺が折れた。
宿は使わず野営。
護衛の騎士も半数は馬車を利用する。
これを飲めるならと条件を付けて。
意見は通った。
出立の場にこの門の管理責任者と警護責任者が現れ、長々とおべっかを言い始めた時、わずかに漏れ出たアーネスの怒気に腰を抜かす場面があったが。
まあいずれにしても瑣末事でしかなかった。
動き出した馬車は一路、王都に向けて一歩を踏み出した。
俺の懸念は余所に。
王国内、十五日間の旅は王都目前に迫っていた。
俺たちが揺られる豪華な馬車が、まるで冗談のように見える、野営に次ぐ野営の貧相な旅が。
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次回 王都別邸にて (次回 2/15 19:00予定)




