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今はただ「この」己に掛けて −複数の加護と前世の「知識」を持つ俺は、親友勇者と離れアイデンティティを保つ−  作者: ダメ親父
第二章 離別

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くすぶり

「聞いたか、おい。」

「ああ。」

「停戦の使者を斬って捨てたってあれだろ。」

「はっ、マジか。

そんなことまでやったのかよ。」

「おいおい、その話じゃなきゃなんだよ。」

「連合が進軍を決めたって話だよ。」

「終わったんじゃなかったんか。」


昨夜の賑わいとは打って変わり、声を潜めた男たちの噂に耳を疑う。

停戦の使者を斬るとかありえないものまで混ざってる。


深く被ったフードの下。

俺の顔は間違いなく引きつっていただろう。

隣に座り朝食を口に運ぶアーネスの顔からは何の感情も読み取れなかった。

何もアーネスだけじゃない。

ジード爺様も。

レミドも。

ただ黙々と食べ進めていた。

唯一、バルだけは白けたような顔をしていたが。


空きがなく宿を諦めた騎士達の宿営地へ向かう道中も、同様の噂を耳にした。

街角で。

井戸端で。

不安げに囁く人たちはどこにでもいた。

この特需が続く事に喜ぶ者もいないではなかったが。


「我々はここで離脱することとなった。」

相変わらずバイザーを下ろしたままで顔を見せない班長が、兜にこもった無機質な声で俺達に告げた。

「お役御免てか。」

皮肉がこもったバルの言葉に冷静な言葉が帰ってきた。


「否定はしませんが、別命が下りましたので。」

「聞いてもいいか。」

「魔王討伐後、戦地に戻り現況の報告をせよ、です。」

理解は出来る。

人類の領域に帰還したのは間違いない。


早馬や魔禽を用いても情報伝達は遅い。

ここからなら魔禽を使っても、往復のやり取りとなれば十日以上は優にかかる。

だから「討伐後」という言い回しになっているし、決戦場を過ぎての指示になったのだろう。


「そうか、お疲れさん。」

興味を無くしたようにバルは、背中で手を振りながら場を離れた。

「ぬしら、馬が足りんじゃろう。

どうするんじゃ。」

「なんの事でしょう。

馬車は我らの物資を運ぶのに使用しますので、貴殿らは別の方法を考えて頂きたい。」

「そうか、じゃあの。」

そう言ってジード爺様もバルの後に続いた。

鼻を鳴らして一瞥すると、レミドも大股で離れていった。

俺とアーネスは形式的に騎士の礼を取り、俺達も無言で踵を返した。

彼らの言い分が頭では理解できるだけに、ため息一つも漏れなかった。


首を鳴らしながら「だろうな」のひと言で片付けたバルは、ニヤリと笑い切り出した。


「いいんじゃねえの、別によ。

なんなら寝首を掻かれる心配が減ったってもんさ、なあジェス。」

「面倒な事には変わんないだろ。

まあ、これだけ商隊や補給隊がいるなら、どれかに便乗できそうだけど。」

緩く首を振りながら答えはしたが、気持ちはそれを否定していなかった。

信用しきれていなかったのは間違いない。

口にした通り、俺達が向かう方面の門の周りにも、沢山の馬車が準備を進め、あるいは出発して行った。


「おっ、なんだよ、家の馬車があんじゃねえか。

ちょっと行って捩じ込んでくるわ。」

喜色を浮かべ駆けていくバルを見て、思わずこめかみを揉む。

いつまで経っても、あの切り替えの早さと豪胆さは追い付けない。

それを見て吹き出すアーネスの横顔は、直視できないほどの眩しさがあった。

どこまでも沈んでいきそうになる気持ちを振り払うため、頭を強く振った。


空の荷馬車に、急遽調達してもらった馬の寝藁を敷き詰めて、乗り込んだ俺たちを揺らしながら王都へと向かう。

もっともこの商隊は、バルドール商会のコルミア公国支店のもので、アゼストリア王国までは行かないそうだ。


ここコルミア公国、そして隣のテリミノ王国。

そこを越えてやっとアゼストリア王国。

アゼストリアの国境を越えても、そこから五つの貴族領を経て、やっと王都までとなる。

一月は掛かる道のりに心が弾む、なんてことはなかった。


「そういやお前、クラウディアとはどうすんだ。

帰ったら速攻、結婚とかか?」

寝転びながら聞いてきたバルに、面倒臭いなと思いながら、堪えきれなかったため息と一緒に答えた。

「最後に会った時、手続きだけは済ませたよ。」

「えっ、聞いてないけど!」

同じく寝転んでいたアーネスが跳ね起きて目を見開いている。


「ああ、言ってないからな。

帰って来れるかも分かってなかったし。」

「なんだなんだ、水臭え。

じゃあ戻ったら、王都で祝宴だな、二つ続けて。」

「二つって何。」

「そりゃ、凱旋祝いとお前らの婚礼よ。」

「ディディ次第だよ、婚礼は。

それにやるにしてもバーゼル伯領に戻ってからにしたいし。」

俺の返しに全員がため息を吐く。

それも盛大に。


「お主もその辺りは成長せんのう。

王家がそれを放っておくわけがあるまい。」

「英雄の凱旋とその婚礼なんて、国事としてやらせろって言われるに決まってるでしょうに。」

「俺でもそれぐらいは読めるよ。

諦めたほうが良いんじゃない、ジェス。」

「持ち出しが浮いてついてるぐらいに思っとけよ。

それに老バーゼル様がほっとかねえから、領都に戻っても盛大にやられるっての。」

口々に呆れを含んだ言葉を吐く仲間たちから、目を伏せて視線を躱す。


わかってる。

わかってるんだよ、そんな事は。

だから凱旋祝が終わったらさっさと、せめてバーゼル伯領に戻る算段だったんだ。

とは口にせず、

「ディディがそれを受け入れるかどうか、受け入れるにしても喜ぶかってのとは別だろ。」

と答えておいた。


それに。

帰還場所を見失いかけてる俺が、婚礼の席で浮かれる自分を想像できない。

変に浮かれる外野を余所に、出てくるのは深いため息だけだった。


踏み込みと同時に繰り出した切っ先が眉間を貫く。

わずかに地面を震わせくず落ちる猪を放置して振り返れば、頼もしき仲間たちはそれぞれの獲物の命を刈り取り終えていた。


「複数種の魔物が少数とはいえ群れているってのは、魔王の影響が多少なり残ってるってことだな。」

「ああ。」

短く答えたが面倒だったからじゃなく、いまだ街道沿いでもこの状況ということに軽い目眩を覚えたからだ。


魔物とはいえそのほとんどが交配で子を生み、生態系の一部を担っている。

その土地の魔力の異常や、普通の自然災害が原因で大きな群れとなり、魔物災害に繋がることはあってもそれはごく稀だ。

魔王誕生が疑われた頃から、複数種の中小規模の群れが発生する事案が頻発するようになった。

因果関係は分かっていない。

だが常識を覆す出来事と魔王を結び付けて考えるのは自然な成り行きだった。


林の木漏れ日を浴びながら、狩った獲物を指さしニヤリとするバルは、確かめるように呟く。

「ポルクスパインにセルペンシス。」

体毛の長短全てが鋭い棘の大猪。

曲刀のような牙を二本、口から生やした大蛇。


「トレムエンセヴスとスクアマラナか。

こりゃあ飯にも小遣いにもなったな。」

薄く切れ味鋭い角を、自在に動かし攻撃してくる巨鹿。

両生類なのか爬虫類なのかはっきりしない、鱗に覆われた大蛙。

確かにこいつらは金にはなる。


だがそこそこのランクの冒険者でも、少数パーティなら絶望するだろう強さの魔物に出くわし、それを嬉々として屠る仲間たちも、端から見れば魔物側だろう。

まあ俺もそう見られてるんだろうが。

解体を手伝う商隊の面々も、バル以外とは距離を取っていた。


「てかこれ、どうすんだよ。」

「あ?積むさ。

鹿なんか毛並みいいから、いい値が付くぜ。」

「だからどこに?」

「荷箱はほとんど空なんだからそこさ。

お前らが凍らせときゃ、コルミアの協会まで持つって。」

あっけらかんと話すバルだが商隊の責任者がおずおずと手を上げた。


「バルガス様、すいません、荷箱のほとんどに彼の地での戦死者の遺品が。

空きはそんなにありません。」

それを聞いて等しく渋面になった俺たちだったが、バルは面白くなさそうに頭を掻きつつため息を吐いた。


「そういうことかよ。

じゃあ、しょうがねえな。

俺達が使ってる荷馬車に積んで藁を被せるか。

俺は歩く。

お前らは御者台に一緒させてもらえよ。」

「わかったよ。」

実際放置するわけにもいかない新たな積み荷と、元々の積み荷を見渡して、返事といっしょに深いため息が出るのを、俺はどうしても止められなかった。


戦闘があったせいで遅れ気味だった進みは、それを取り戻そうとすることなくゆっくりとしていた。

バルドール商会の面々にしても、戦闘に巻き込まれること自体は慣れっこなのだろう。

取られていた距離も「赤の他人」程度に戻っている。


当然だがこの商隊にも護衛はいる。

先の戦闘では俺たちが前に出て、彼らは商隊の守りに徹していた。

皆一様に歴戦のベテラン感がある。

良く言えばの話で、リタイア目前という方が正しい。

もう少し若ければ「最後に一花」といった感じで、あの決戦場に赴いていたのかもしれない。


「君が勇者の参謀と名高い、ジェスター・トルレイシアなのだろう?

君自身も凄まじい腕の持ち主だな。」

御者台のすぐ横に馬を寄せ、話しかけてきたのは護衛隊長のギブスンさんだ。


「私も戦場を見捨てたという噂は聞いている。

だがそのまま受け取るほど、私は若くない。

実態は遅滞戦闘を献策して、自分たちだけで本丸を叩きに行った、というところか。」

「どう、ですかね。

実際、見捨てたという言われ方にも納得してますよ。」

前を行く荷馬車の積荷を眺めながら、幾分自嘲気味に答えた。

否定したところで戦死者の数は減らない。

そこにある物がその事実を俺に突き付けているようで、気持ちに影が差すのを止められなかった。


「それは戦士の病につながるぞ。」

馬上で前を向きながら放った彼の言葉は強くないのに重い。

「忌避していた戦場に舞い戻る者の大半は、戦狂いではなく責任感ある者だ。

結果を受け入れているのなら、前を向いたほうがいい。」

「その言葉はアーネスに向けてやって欲しい。」

喉元まで出掛かった言葉を無理矢理飲み込む。


俺は様々な事柄が重なって、世界から逃げ腰になっているだけだ。

笑えないのも、仲間たちから離れたいのも、どこに帰ればいいのかすらわからないのも。

アーネスがこれからも戦い続けると見えていてなお。

「俺は、疲れました。

もうやりたいことしか、やりたくないです。」

かろうじて作った苦笑いを向け、どうにか絞り出した言葉に、その老戦士は静かな笑みを返してくれた。


二日をかけてコルミア公国の首都にたどり着いた俺たちは、商隊と別れ魔物の素材を換金すると馬を購入した。

先を急ごうとしたアーネスの提案は却下され、予定通りこの街で一日の休養を取ることになった。


小国なりの栄え方をしたコルミアの街並みは、どこかバーゼル伯領都を思わせた。

気候も、植生も、街並みも。

まるで違うのに、地方都市のような長閑さがあった。

もっとも戦地とわずか三日という距離なので、「それは平時なら」という注意書きを伴っていたが。


視界に収まる半数以上の人が何らかの武装をまとい、その顔は険しさを隠せていない。

笑顔を見せているのはそれらを相手にする商売人か、俺たちはどうあがいても戻れない無邪気さを見せる子供たちだけだった。


ここから国境間にあるいくつかの廃村を抜け、テリミノ王国王都まで五日。

国境まではまだしも、そこからは二日は無人の野を進むことになる。


国境間の廃村も平時なら栄えていたことだろう。

魔物の被害に遭った村もあるが、それを耳にして恐れを抱き、どこかの国に逃げ出した村の方が多い。

人手がまだまだ重要な上、小国がそれを拒む理由もない以上、当たり前に受け入れられたそうだ。


コルミアに着いた日、その夕暮れ時。

俺達にも魔禽による知らせが届いた。

「首尾よく事を終えたなら、無理はせず、だが速やかに王都に帰還せよ。」

グレゴリオ・ウォルダート公。

カーソン・アゼストリア現国王。

連名の短い書簡。


二人の顔をわずかな時間、思い浮かべたがこれと言った感慨はなく隣に座るアーネスに手渡した。

次回 急使 (2/14 19:00 投稿予定)

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