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今はただ「この」己に掛けて −複数の加護と前世の「知識」を持つ俺は、親友勇者と離れアイデンティティを保つ−  作者: ダメ親父
第一章 追憶の中の旅立ち、秘密を共に

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SS.7 一人より二人で

今回のSSはSS.4を先に読むとニヤリとなるかもしれません

逆にこちらが先ならちょっとしたアハ体験があるかもです

(なお、この前書きは前回のをコピペして流用してます)

普段、きっちりまとめてある髪は編み癖が付いてはいたが、フワリとほどいてポニーテールに。

付け根の銀色の髪留めは派手になり過ぎない物を選んだ。

今付けたプレゼントの、小さな深緑の石が下がったピアスのために。

涙のようにカットされた石が時折、彼女の動きに合わせてゆらめき、鈍くきらめいた。

膝丈のキュロットパンツは淡い砂色。

胸元に縦にフリルをあしらった大きな襟がお気に入りの、ほとんど白に近いほんのりピンクのシャツはノースリーブ。

ジェスには気付かれないかもしれないが、薄くルージュもひいた。


「よし。」

鏡の前で一つ気合いを入れたクラウディアは、開かないよう革紐の輪に通しただけの口折れバッグを手に取る。

深く息を吐き出すと「時間よりやや早め」に行動を開始した。


この日、王都の天気は快晴。

手をつなぎ歩く、若い二人の気分も何か晴れやかだった。


王都で繰り広げた逃走劇と、それを巡る策謀。

完全にそれらのくびきから解かれた訳ではないのだが、当面の危機は去った事で鬱屈した思いは、この日の空ほどではないが晴れていた。


ジェスとクラウディア。

二人の歩みも軽やかだ。


ジェスの腰には王家から貸与された片手半剣が吊るされ、ディディの腰の後ろにはホルスターに収まった短いロットがあるにはある。

万が一の護身用。

そう考えてのものだが、この二人に手を出せばそこいらのチンピラ程度なら裸足で逃げ出してもおかしくない。

だが傍目には初々しい駆け出し冒険者カップルの、よくある休日の一コマにしか見えなかった。


「何処か行く所って決めてある?」

「私も王都はさほど詳しくないけど、買うものだけは決めてあるの。」

「へえ、何?」

「お父さんの誕生日プレゼント。

ジェスのその剣についてるような飾り紐なんだけど、前にあげた物は大分くたびれててね。

だから一緒に選んでほしいの。

色の組み合わせとか、素材とか、あと編み方のパターンとか。

嫌かな?」

「ううん、いいよ、わかった。

でもその手のセンスはあんまりないよ、俺。」

「そうかしら?

選ぶ時の方向性の助言とかは上手そうじゃない。」

ニコニコと話すディディと、眉尻を下げ自信なさげで苦笑気味な表情のジェスが対照的だったが、人が見ればほのかな甘さを感じた事だろう。


二人がまず向かったのは冒険者協会。

理論派の二人は「まずは情報」というところで意見が一致した。

どちらも協会にいる高位の冒険者か受付にでも聞けば、オススメの店の事が聞けると踏んだ。

それにジェスは、

「ダメでも昨日の防具屋の親方か、バルの実家にでも聞きに行けばいいか。」

という代案に思考が至って気が楽になってもいた。


到着した冒険者協会は閑散としていた。

正確には「依頼受注窓口」が、であるが。

午前のこの時間、バーゼル伯領都の協会なら混み合ってもなんらおかしくないのだが、ここに冒険者は一人もおらず、薄くなった頭髪を撫でつけた恰幅のいい男性職員が一人、お茶をすすりながら書類仕事をしていた。

職員にしても、見えるところには彼一人しかいない。


カウンターの職員は入ってきた二人にほんの一瞬、胡乱げな表情を向けたがそれはすぐに引っ込め、真顔で声をかけた。

「ようこそ、アゼストリア協会本部へ。

本日は登録でしょうか?

それとも何か依頼を?」

「いえ、登録済みなんで。

今日はちょっと教えてほしいことがあって。」

「さようで。

それで内容は?」

「自分たち、お登りでして。

できれば王都の冒険者御用達の店を、いくつか教えてはいただけないかと。」

「それは構いませんが、失礼。

現在のランクは?」

「薄桃に上がりたてです。」

ジェスの返答にまたも眉をひそめた職員は、今度はそれを隠しもせずおもむろに魔道具を取り出し、別に取り出した書類の上に置いた。

「こちらに会員証を。」

ジェスは小さなため息と一緒に胸元から会員証を取り出し、魔道具のくぼみにはめ込んだ。

魔道具が作動し書類に現れた内容を見て職員は、驚きから緩めの顎をわずかに揺らした。

彼はそれを軽い咳払い一つで振り除け、瞬きの間に落ち着いてみせた。

その様子にジェスは頭を掻きながら「人がいなくてよかった」と頭の片隅に浮かべていた。


「君が例の。」

「ああ、はい、そうです。

せっかくこうして王都まで来たのですから、色々と見て回りたくて。

ダメですかね。」

困ったような表情を作りそう言葉を返したジェスに、職員は笑顔で頷き返した。

「いえ、事情は把握しました。

それでどのような店をお探しで。」

魔道具と書類を脇にどけ、少しばかり姿勢を正した職員に、ジェスも笑顔を作り返答した。

「武器防具、実用的な魔道具、あと剣のストラップなんかも見たいし。

それと僕ら二人が行っても浮かないような飲食店も知りたいですね。」

武器は貸与され、防具は前日に購入したので不要だが、デートだと悟られるのをなんとなく避けて話題に混ぜ込んだ。

「それでしたらマキア冒険者互助商会をお勧めします。

名が示す通り冒険者が必要とする、小物類や魔道具はほぼ網羅しており『武具以外がマキアで揃わないなら、取り寄せか特注』というのが、冒険者間でのもっぱらの評判です。

武器防具に関してはバルガス様に尋ねられたほうが無難かと。

先日の一件でさらにその名を上げられましたが、バルドール商会会頭の次男という出自を抜きにしても、彼は顔が広いですからね。」

「なるほど。」

「飲食店は東西南北のそれぞれ二本の大通り、大門と貴族街との中間点ある広場の屋台がおすすめですね。

マキア商会をご利用になられるのなら東の広場が近うございます。

何より四大広場の屋台は『食べたいものを決めるのに苦労する』と言われておりますし、当たり外れがほとんどないですからね。

東の広場には甘味で有名な屋台も数台出てるので、食後に楽しむのもいいでしょう。」

「ありがとうございます、参考になりました。

マキア商会の詳しい場所を教えていただけますか。」

「東大通り北側を大広場に向かい、一つ目の広場から北に向かえば簡単に見つかるはずです。」

「わかりました、それで情報料は?」

「この程度、王都の常識ですので不要です。

協会は少なくともあなたがたの敵ではない、そう認識を持っていただけるのならば、それで十分です。」

笑顔でそう言った職員の瞳の奥が、ずっと笑っていない事に二人は気付いていた。

それでもジェスは笑みを崩さず答える。

「はい、覚えておきます。」

ジェスの返答に笑みをわずかに深くし彼は深く頷いた。

「失礼。

わたくし、冒険者協会王都本部内王都冒険者協会支部副支部長のゼビックと申します。

何かあればいつでも。

それとお渡し出来る報酬がございます。

今、受け取られますか?」

「あ〜、それってモレッド候領の?」

ゼビックが頷いたのを見てジェスは、やたらと長い肩書にも驚いてはたが、王城からの通達が出てわずか二日のうちに闇夜の牙の討伐報酬が用意されているとは思っておらず、目を見開き驚いた。


「他の支部での受け取りは可能ですかね。」

「額が額ですので、条件付きで可能です。

魔物の強さを問わず、討伐依頼が常時あるような支部ならば概ね大丈夫でしょう。」

「あの、ちなみにその金額って。」

先程の魔道具の下に敷いた紙をつと前に差し出し、ゼビックはある一行を指さした。

金貨二百五十枚。

「は?」

思ってもいなかった数字に思わず声が漏れ、自分の特性も頭から抜けたかのようにジェスは思わず二度見した。


「諸領で悪事を働いていたのと、それによって収穫期に街道封鎖に近い状態になった事案などもあり、間接的には王家にも被害が出ていたのです。

これでも安いぐらいですよ。」

小刻みに震えるジェスを怪訝に思い、ゼビックの手元の書類に目を向けたディディは、事態を飲み込んだ。


「私もこれは妥当な金額だと思います。

ここ数年、王国内で猛威を振るっていた盗賊団、闇夜の牙を討伐した報酬であれば。」

業務モードになっているディディにも驚いたが、妥当な金額だと彼女の口から出たことにも、同じくらいの驚きをジェスは感じていた。


「協会預かりにする事も出来ます。

もちろん手数料がかかりますが。

預け入れ毎にその金額の二分五厘となっております。」

「ああ、それなら、って二分五厘?!」

感情が迷走しそうになっているジェスに、ゼビックが追い打ちをかける。


「引き出しの際にも、引き出す前の残金の二分五厘をいただいております。」

「なっ………。」

実質的に最低五分も持っていかれることに絶句するジェスだったが、ディディは冷静に指摘する。

「市井の両替商などに預けるよりは、よほど良心的ですね。」

「うぐっ。」


流石にジェスも両替商のボッタクリは知っている。

預かり手形の発行料、預け入れ手数料、預け入れ時の贋金鑑定料、払い出し手数料、遠隔地や他の両替商での払い出しの割増手数料。

「預けた金の二割が溶ける」というのは有名な話だ。

しかも枕詞に「最低でも」と付く。

アイツとやらの知識から、自分達の世界はそれでもお安い、というのは分かっていたが。


ため息をこらえきれずに吐き出すと、ジェスは強く拳を握りゼビックの目を見た。

「額が額なので、受け取りに関しては仲間たちと相談の上でないと、決められるものではありません。

ただ騎士たちへの分配金だけは済ませてしまいたいので、その分の金貨五十枚だけは受け取らせてもらえませんか?」

「構いません、ではこちらを。」

そう言うと足元から銀盆に乗った革袋をジェスに差し出した。

またも唖然とするジェスに向ける笑みが一層深まったゼビックは、事も無げにジェスに告げる。


「騎士団との、ひいては貴族との関係に配慮するのは、冒険者として当たり前なので、あらかじめ用意しておりましたよ。

受領完了ではないので今回は手数料無用です。」

呆気にとられるジェスを尻目に、ゼビックは淡々と魔道具を用意しなおした。


諸々の手続きを済ませた二人は、賑やかな王都の大通りを歩く。

目に入るありふれた品も、バーゼル伯領では見ない品もどれも二人には新鮮で、華やかに見えた。

ジェスは腰の重みがひどく気になり、気が気じゃなくて楽しむ心と半々になっていたが。


「そんなに気になる?

それなら私の袋に入れておきましょうか?」

「ああ、うん、ごめん、大丈夫、切り替えるよ。」

問いかけに苦笑いで答えたジェスを見て、ディディもまた苦笑いを浮かべた。

立ち止まってそっと手を離したディディは、ジェスの右に回って左手を差し出した。

「行きましょ。」

少しばかり怪訝な顔をしたジェスだったがその手を取ろうと手を伸ばした。


「アハハハハ〜。」

子供が笑いながら二人の間を駆け抜ける。

同時にジェスの背に言いしれぬ悪寒が走った。


「あなたはなぜ、私たちの間に割り込んだんですか?

ひょっとしてその手の財布目当て、なんて言いませんよね、坊や?」

叫びを上げる少年の顔をのぞき込みゆっくりと話す彼女の、初めて出来た恋人の発する極寒の怒気を含む声が悪寒の原因だ。

すぐに小さく短い悲鳴を発し少年が何かを取り落とした。

それはジャラリと音を立て、王都の石畳に落ちた。

素早く目を向けたジェスの目に、右足がくるぶしまで氷漬けになっている少年が映る。


瞬時にジェスは振り返ると、

「こら、待ちなさい」

と子供に声を掛けて追っていた女の手首を取った。

耳に残るディディの冷たい声に、背筋の冷えは全く収まってなかったが。

ディディはそっと落ちた金貨の袋を拾い上げ、痛い痛いと騒ぐ子供はまるっきり放置して、ジェスに歩み寄った。

優しげな笑みを浮かべながらベルトポーチに袋を戻すと、ジェスが押さえた女に今度は冷気吹き出す笑顔を向けた。

「行きますよ。」

有無を言わさぬディディの目と声色に、女はがくりと頭を垂れる。

冷たい汗がたらりと背筋を伝ったのは、ジェスの勘違いなどではなかった。


歩き出して数歩。

騒ぎを聞きつけたのか、短槍片手に二人の警備兵が輝く銀色の兜眩しく駆けてきた。


「おまえらか、また。」

引き渡された子どもと女に向けた警備兵達の顔は怒り半分、残りは呆れという表情だ。

「今回はすぐに帰れんぞ、覚悟するんだな。」

革紐で手首を縛られながら告げられたその言葉に女は息をのんだ。


「お手柄ですな。

やつら常習でしてな。

明日に陛下の国葬を控えての悪さですので、少なくとも女の方は罰としてなんらかの雑役が課せられるでしょうな。

公共墓所の夜間清掃とかね。」

「聞かせてるんだろうな」などと思いながら苦笑いを浮かべて聞いていたジェスは、涙を流しながらもこちらを睨む少年に気付いた。


「あの子は?」

「ああ、三日もすれば、早ければ国葬の後にでも親元に返しますよ。

親は親でどっちもそれなりのクズなんで、悩ましいですがね。

真っ直ぐ育ちようがない。

娘の方を取られたとかわめきたてそうで、そっちも面倒ですがね。」

駆け出し冒険者に向かない王都で、冒険者として自立を促すのも難しく胃が重くなったジェスだったが、一つ間違えていたら自分もこうなっていたかもしれないと思いさらにその重さが増した。

短期的に収入が減ったその親が、売らないだろうかとまで思い、いたたまれなくなった。


「ジェス。

考えすぎてはダメよ。」

ジェスの小刻みに震える拳に手を添えたディディの声は、彼の耳に染み入りそっと思考のループから引き戻した。

引かれていく二人から目を離し軽く頭を振ると、温かさを伝えるディディの手をそっと握り直し笑みを漏らすジェスだった。


マキア冒険者互助商会。

ゼビックに教えられたその店は、閑散としていた協会とは打って変わり、大変な賑わいを見せていた。

色とりどりの装備をまとった冒険者達が真剣に、一方では談笑しながら、様々な品を吟味していた。


並ぶ品も華やかなものが多い。

色染めされた革製品の発色がよく、吊るしのマントやローブも様々な色合いのものになっていた。

パーティー向けエンブレムのオーダー見本は、ある意味で芸術作品の域にあるような、細やかな彫金が施された翼を広げる鷲だった。

それらに視線を忙しなく動かし口元が緩んでいくジェスに、柔らかな、でも何処か保護者のような視線と笑顔を送るディディもまた、楽しげであった。


「あっ、あったよ、ディディ。」

ジェスが指さした先の、傾斜がついた台に何本も吊るされた、剣柄の飾り紐の見本もまた華やかだった。

金糸銀糸がふんだんに編まれ、美しく染められた布や革紐が、複雑なパターンを彩っている。


「凄い。

でもここまで複雑なパターンは自作するのは無理そうね。」

笑顔から少ししおれた表情を変えたディディを見て、年相応の女の子らしさを感じたジェスは、ちょっとだけほっこりとした気分になった。

脳裏から出てこようとするさっきの彼女の表情と声には、必死に記憶の底に沈めていたけれど。


「見本だから華美に、豪華にしてるけど、ディディのお手製にするなら今までよりちょっと手が込んだくらいでいいんじゃない?

それか割り切って王都に来た記念も込めて、色とパターンを指定して編んでもらうとか。」

「迷うなぁ、それもだし色も。」

「今まではどんな配色だったの?」

「お仕えするバーゼル伯様にちなんで、蒼槍城の屋根の色の蒼、それと優しくて努力家の父のイメージで温か味がある赤よ。

地の色そのままの革紐も実用品だから使ってたけど。」

「なるほどね。

参考にお父さんの瞳の色は?」

怪訝な表情で顎をつまみ小首を傾げたディディは、やや上目遣いでジェスを見た。

「青みがかった銀眼よ。」

「じゃあ蒼は活かしで、銀糸と深緑なんてどう?」

「なぜ?」

「ああ、ディディとお父さんの瞳の色って感じ。

前から綺麗な色だと思ってたんだ、ディディの目。」

一瞬の硬直の後、誰の目にも明らかに紅潮したディディの口元がニヘラと緩んだ。


「あ、イタッ、ちょっ、ディディ?!

それ、やめて、マジで痛いから!」

なぜかロッドの尖った方で、ドスドスとジェスの脇腹を突くディディの顔は緩みっぱなしであった。


少しして戻ってきたディディが、とにかくひた謝りするのをどうにかこうにかなだめたジェスは、ディディが手にするロッドに目がいった。

先端に埋め込まれた水色に輝く小さな魔石以外に飾り気がなく、実用一点張りのそれに興味が湧いた。


「ディディのロッドって支給品?」

「ううん、これは母から贈られた物で。

初級魔術を一通り扱えるようになった記念にって。

そもそも魔術師に杖は必須じゃないでしょ?

あれば補助にはなるけど。

街歩きや作戦中以外には持ち歩かないの。」

微妙にズレた返答をするディディに、回復しきってないのを感じ取ってほっこりするジェスだったが、なるほど確かにと思うところもあった。


ジェスやアーネスも、杖無しで魔術を使っている。

メインで使う剣の邪魔になるからだが、それはそれで杖にも興味があった。

「補助か。

身につけるだけでいいなら一本は欲しいとか思うけどね。」

「それなら別に杖じゃなくても。

魔術師もリングとかで代用する人が結構いるわ。

男の人だとサムリング、女性はピンキーリングが人気ね。

あとは、イヤーカフとか。」

「イヤーカフ?

手指にはめるのリングならまだわかるけど。」

「頭部に着けるから制御や集中の補助ってイメージがしやすいらしいわ。」

なるほどと頷いたジェスの視線の先に、とある掲示の木札が目に入る。

素早く財布の中身を脳内で確かめると、ジェスは小さく頷いた。


「取り敢えず色の方向性はさっきのでいいんだよね?」

「ええ、素敵な意見、ありがとう。」

「お父さんの誕生日っていつ?」

「それが…。」

「なに?」

初めて目にするあからさまなしょんぼり顔のディディに、またもほっこりしたジェスだったが、かろうじて顔には出さずに先を促した。


「五日後なの。

ほぼ毎年、お祝いできてたのに。」

「それならやっぱり作ってもらうのが良いんじゃない?

帰り道で編むのは大変っていうか厳しいでしょ?」

「道具は一応持って来てるけど。

そうよねジェスやアーネス様に魔術を指導する時間も必要だし。」

「そこはどうにでもやりくりできるから、気にしなくていいよ。

バルや爺様からの指導を午後からに回せばいいんだし。

でも新しいパターンに挑戦するんでしょ?

間に合うの?」

「そうよね、うん、決めたわ。

今回は作ってもらって、それを参考に次は手製にする。」

顔を上げてグッと拳を握ったディディに、柔らかな笑顔を向けるジェスだった。


川辺に腰掛け風と戯れる女神ナーダを意匠にした噴水の像の指先に、小鳥が留まりさえずっている。

あたかもその小鳥さえ、女神像の一部のようだった。


買い物を終え、その噴水の縁に腰掛けながらジェスは大ぶりの串肉を、ディディはホットドッグを楽しんでいた。

他にも色々買い込んだが少食のディディが一口ずつ食べた後は、温かいうちにジェスの胃へと収まった。


「別邸の食事も美味しいけど、こういう方がやっぱりホッとするよ。

屋台の食べ歩き自体、お祭り以外でやったことないけどさ。」

「それは私も変わらないわ。

私たちは賄いだし、休みは両親と食事だし。

二人は任務でいないことの方が多くなったけどね。

領都でだって出歩くことは少なかったし、何度かの任務で領外に出た時くらいよ。」

「そっか。」

「そうよ。」

道行く人々の喧騒の中、二人だけにちょっとした沈黙が訪れ、それぞれ脇に置いた果実水の木筒をとって一口すする。

隣同士の二人の動きが、鏡絵のように一致していた。


「そういえばジェスも何か買ってなかった?」

「えっ、ああ、うん。

昨日の買い物の後に思い付いたものがあってさ。」

「そう。

ねえ、ジェス、一つ聞いてもいい?」

「なに?」

「今後の予定。」

食事の手が止まり、互いに目を合わせない。

小さな沈黙の後の二人は座っている距離よりも、微妙な距離感で会話をしていた。


「アーネスが帰りたがってるから、一度バーゼル伯領に戻るのは間違いないね。」

「そう。」

「この旅に出るまで実感なかったけど、俺には領都がホームなんだって、ちゃんと認識できた。

だから定期的に戻るよ。」

「うん。」


子供の笑い声、泣き声。

談笑するご婦人方のさざめき。

闊歩する人々の靴音と、きぬずれ。

屋台の呼び込みの活気ある男たちの声。

二人に再び訪れた沈黙に、それらが息を吹き返した。


「クラウディア、ちゃんと帰るよ、約束する。」

ディディに向き直り、視線を落としている彼女をしっかりと見て、優しい声音でジェスは言う。

今にも泣き出しそうな潤んだ深緑の瞳を見開き、ほんの少しだけ高いところにあるジェスの顔を、ディディは見つめた。

そっと、けれど力強く彼女の頭を胸に引き寄せ、ジェスは柔らかな髪に顔をうずめた。

腹のあたりから聞こえたビチャっという音は聞かなかったことにして。


食事を終えた二人は何をするでもなく王都を散策した。

ジェスのシャツに付いたホットドッグのソースは跡形もない。

我に返ったディディが魔術で凍らせ削ぎ落とし、洗浄して乾燥させた。

そんな事に精緻な魔術制御を見せるディディに、そこまでしなくても、とは口に出さないジェスだった。

ディディの目が鬼気迫っていたから、が理由ではあるが。


二人の手には木の葉をカップ状にした器に入った、クルミのキャラメルナッツがあった。

蜂蜜とバターを煮詰めたものをクルミに絡めたものだが、渋みあるクルミと甘さが絶妙で一口目に見せたディディの表情に、ジェスは目を細めた。


「大聖堂ほどじゃないけど、あの教会も有名なのよ。」

「へえ、七神全部祀ってるの?」

「ううん、ファード様が祀られた教会ね。

そういえばキミーがあそこの護符を買って来いって言ってたわね。」

「えっ、ノード様じゃなくて、ファード様?

慈愛じゃなくて性愛の方?!」

「ああ、縁結びで有名なのよ。

ノード様は家族愛とかだし。」

などという他愛もない会話をしながら、二人は夕刻までゆったりと歩き続けた。


別邸に戻り部屋までジェスを送ると、ディディはそのまま下がろうとした。

それを引き止めたジェスに、わずかな期待を込めた目と赤らめた顔を向けたのだが、彼の表情が真剣でそれらはすぐに彼方へと放った。


「これ。

押し付けるようで悪いけど、ディディからドルドーニュさんに渡してもらえないかな。」

差し出されたのは五十枚の金貨が入った革袋。

ジェスがそう言い出すのは聡いディディには見えていた。


「はい、確かに。」

この時、受け取った理由をディディはどれだけ経っても言語化できなかった。

「ご自身でお渡しになるべきです。」

「アーネス様こそ、その役目に相応しい。」

どちらかで断ろうと決めていたのに、二つ返事で受け取った。

その行動が自身でも謎なのに不快ではなくストンと落ちた。

その事実だけは彼女を納得させていたのだった。


「もう一つ頼みがあるけど言っていい?」

微笑むことで返事をしたディディに、指先でポリポリと頬を掻きながらジェスは言った。

「昨日のもそうだけど買い物したのが届いたら、ディディが運んできてくれない?

せっかく休みなのに悪いんだけどさ。

俺達の食事の後にでも。」

「それは全然いいけど。」

歯切れ悪く言うジェスを怪訝に思ったが、ディディには夜にもう一度顔を見れることの方がよほど大事だった。


この夜。

ジェスに渡された「ジェスが持つ剣の付いた物と、父に贈る予定の物。それぞれを模した、二本のロッド用の飾り紐」を前に、声にならぬうめきを上げながらベッドを転がり続けたディディは、ほんのり寝不足になる。

だが、それは別の話である。


「これ、お母さんからの杖に、お父さんの飾り紐とジェスの飾り紐。

これってあれなの?

ひょっとして家族の輪に入りたいって事なの?

っっっっっ〜〜〜〜。」

そこに誰かがいたのなら、そこだけは聞き取れただろう。

しかしそれこそ、別の話なのだ。

いかがでしたか?

今回のSSは

甘い話は苦手分野ですが頑張ってみました


次回から第二章に突入です


一章とは雰囲気が変わるので(ダメ親父比)お楽しみに

なお第二章はかねてから言っていた「プロローグの続き」になります

ではまた、ダメ親父でした

m(_ _)m


次回 第二章一話 戦場への帰還

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