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【GRASSBLUE Ⅱ 青草戦記】儚いからこそ、人の夢は星よりも尊き輝く。絆と情熱のファンタジー  作者: ほしのそうこ
さよならトイトイ~魔法のおもちゃ屋さん~
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おやすみトイトイ

 ティッサが亡くなったのは五十九歳の時だった。五十九歳になった直後でも、あとちょっとで六十歳になるんだなぁって時期でもない、ちょうど真ん中くらいのこと。




 ティッサが朝起きて来ないのなんていつものことで、ぼくは何も気付かず、作業台の上を片付けて開店準備をしていた。十時過ぎに最初のお客さんが来て、扉を開けてあげて。お昼を過ぎても起きて来ないのはおかしすぎるって、お客さんが奥の小部屋を見に行ってくれて。寝台の上、布団の中で、ティッサはもう冷たくなっていた。




 大慌てで、お客さんが駐在所へ走っていく。人が亡くなっているのを見たらとりあえず通報、それは人間社会の一員として当然のこと。ぼくは自分だけじゃあ作業台の上から移動できない。飛び降りたりしたら体の関節のどこかを壊してしまうから。特に、今となってはもう、ぼくを治してくれるティッサはいないのだから。






 ぼくにとって世界で唯一無二、誰より大事なその人は、劇的な出来事も何もなく、ある日突然息を止めて命を終えていたのだった。








 たまたま同じR大陸の別の街にいたからっていうのもあるけど、ミモリ様はすぐにフィラディノートまで戻ってきてくれた。ティッサはミモリ様の弟子であり、彼女の遺体や片付けそこなった荷物の処置をしてくれるような間柄の人は、他にいないのだから。




「久しぶりだね、トイトイ。この度はご愁傷様でした」


「こちらこそ……今まで、お世話になりました。ありがとうございました」




 薄暗い小部屋の中で、硬く冷たくなったティッサの胸の上に座って……体温に関してはわからないぼくだけど、何度も触れ合ってきたから、肌の硬くなってしまったのは痛い程感じ取ってしまう……ぼくはミモリ様の顔を見上げる。




 大賢者様、と呼ばわるミモリ様がこんな幼い、ありふれた少女でしかないなんて。彼女自身が明かさないから真偽は知られていないけれど、外見は十四歳から十六歳くらい。魔力の色は青く、髪色に表れているから、なが~く伸ばして両側で結んでお下げ髪にしている。赤い色の服が好きらしくて、今までにお会いした時は例外なく、いつも赤い服を着ていらっしゃった。でも、今回は、ティッサが亡くなっているわけだから。黒い喪服の長袖ワンピースに、黒いストッキング、黒い手袋。顔以外のどこにも肌色を見せない黒で統一していた。




「世話になったのはこちらの方さ。彼女はこの街のサンタクロースのひとりとして、人生のほぼ全てを子供達に尽くしてくれた」




 自分が不在にしていても、実際におもちゃを一年中作って用意しているのも弟子達だけど。それでも発案者も寄付金もミモリ様から出されたものだから、街の人達は彼女自身こそをサンタクロースと呼び讃える。ミモリ様がいるからこそ出来ている活動なんだし、それを不満に思う弟子はいないだろう。でも、ミモリ様にとってはちょっと、思うところもあるのかもしれない。




「この店は最近加わった弟子のひとりに現状のまま任せようと思うんだ。トイトイを動かしている魔法も、その体の今後の維持管理も彼に引き継いでもらえるから、安心すると良い」




「その、新しいお弟子さんはティッサの店を引き継ぎたいんですか?」




「どうだろうね。理想を言えば、面識すらない誰かの店をそのまま継ぐよりは、自分でイチから店を起こしたいというのは人情だろう。だが、このミモリ・クリングルの弟子となるならば、指示には従ってもらう。元よりそういう約束だからね」




 世界一の大賢者の名の元に、幾ばくかの寄付金と「彼女の弟子である」という確かな名声と地位を得られるんだ。それくらいの要求は何もおかしいことじゃない。だけど……。




「お言葉ですが、ミモリ様……このお店に元からあった設備はもちろん、別なのですが。売れ残った在庫の作品も是非、新しいお弟子さんに管理して欲しい。でも、それ以外の全ては『引き継ぎ』ではなくて……新しいお弟子さんに、ゼロからお店を作り上げていく形でお願い出来ないでしょうか」




「……いいのかい? ティッサは当然、自分が長年に渡って守った店を、そのままの形で誰かに継いで欲しいのではないかと思うのだが」




 残念な話なんだけど……いくらティッサがミモリ様の弟子といったって、直接お会いして指導を受けられたのは、この数十年の間にほんの僅かな時間でしかない。必ずしも、ミモリ様がティッサの人となりを理解しているとは言い切れないところがある。もちろん、それを直接、指摘したりはしないよ。ティッサにとってもぼくにとっても、ミモリ様はかけがえのない恩人なのだから。嫌な気持ちにさせてしまいかねない指摘をする必要はない。






「ティッサが店を今の形のまま残したいと思っていたのなら、ぼくにそう言い残してくれたはずです。それに、自分が好きで集めたたくさんの作品だって、手放したりしなかったでしょう。これからもお店で使って欲しいという気持ちがあるのなら、残しておいた方が役立ったはずですから」




「なるほど……それは、君の言う通りかもしれない。では、君の今後については、新しい弟子に任せようか」




「ぼくは、ティッサだけの作品でありたいです」




「……ふむ」




 ミモリ様は目を伏せて、腕を組み、深く思案する。




 ぼくの体は生まれてからこれまで、ずーっと同一だったわけじゃない。何十年も遊び続けたおもちゃが壊れないはずもなく、故障する度に、ティッサは新しい体を作り上げて、ぼくのための魔法紋を刻んできたんだ。




 ぼくを新しい弟子に託し、ぼくという作品を維持する……と、いうことは。ティッサ以外の誰かがぼくという作品に手を加える。そういう意味なんだ。




 そして、ぼくはそんなのは、絶対に嫌だった。




「悪いけどね、トイトイ。これは君の気持ちや、君の考えるティッサの気持ちとはまた別の問題をはらむ。君は、ティッサ・ミュアというひとりのおもちゃ職人の、彼女の人生における最高傑作だろう? そんな『作品』を損失することが正しいとは、そう簡単に認められないよ」




「以前、ミモリ様にご報告しましたよね。ぼくと全く同じトイトイという作品は、ノエリアックに本籍を置くフィオ・アブルアム君の元にもあります。ぼくを損失しても、トイトイという作品はこの世に残りますよ」




「それでは……君は……」




「この後、ティッサの体を火葬してくださるでしょう? その棺の中に、ぼくを一緒に入れていただけないでしょうか」




「……本当に、それでいいのかい?」




「そうしたいのです。心から。……お願いします」




「……そこまで意志が固いのなら、仕方あるまい」




「ありがとう……ございます」






 本来、人間と作品の関係は対等じゃない。作者本人が亡くなっても、その後の人間がどう扱うかなんて、作品の方から口出しは許されない。ミモリ様がぼくの気持ちを汲んでそうしてくださるっていうのは、本当にありがたいお話なんだ。




「いくら痛覚などなくたって、意識を保ったまま火葬なんて苦しいだろう? 棺に入る前に魔法紋を傷付けて、意識をなくそうか」




「それも、結構です。ティッサが知った死というものを、ぼくも最後に感じたいですから」




「君というやつは……本当に」




 ティッサ達がそういうおもちゃを量産してきたわけだから、ミモリ様にとって「意志を持ち、喋るおもちゃ」なんてもう見慣れている。だからこそ、




「君ほどに意志の固い、制作者ただひとりに尽くすおもちゃは見たことがないよ」




「おもちゃとしては失格ですよね……持ち主の意思で、扱う人が次々と変わるのはぼく達の宿命なのに」




「いや。それは持ち主次第だよ。自分だけのものにしたいと思う人間だっているし、君のその気持ちはきっとティッサにも伝わるだろう」








 ミモリ様は人間の流儀通りの葬儀を、ティッサのために取り仕切ってくれた。参列するのはお店のお客さん達。ぼくは棺の中、ティッサの右頬に寄り添う体勢で収まっている。お客さん達にはもうトイトイも自分の意思で意識を失っていると伝えてあるから、棺の中で目を閉じて寝たふりをしているようにと言われていた。




 お客さんにとっては、ぼくもティッサに劣らず大切な存在で。そんなぼくが意識を保ったまま火に焼かれるなんて知ったらきっと悲しんだり、引き留めようとしたりする人がいるだろうからって。






「ティッサ……トイトイ……天国でも一緒に、仲良くね」




 この声は、オシモトさんかな。結婚されてフィラディノートを出てからは、何回かしかお会いできなかったけど、来てくれたんだ。




 天国……死後の世界。確か、彼女の信仰は夢幻竜様だっけ。彼が住まう影の中は死後の世界になっていて、そこを天国って呼んでるんだったかな。本当にあるのかなぁ、そんな世界。






 棺の蓋が閉められた。ぼくの家に使っていた木材よりもさらに薄い板で作っていて、外の光を通してくれる。もちろん薄暗いけど、ティッサの顔が見えるくらいにはほの明るくて助かる。




 こんなに大事なティッサが死んでしまったのに、ぼくの体は涙を流せない。悲しい気持ちが体の真ん中の奥深くから吐き出せないみたいなこの感じ、苦しかったなぁ。






 まもなく、棺の中は赤い炎で包まれた。

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