職人街のまとめ本
「文化の街アルベイユからいらしたんですか? いいですね~、私も一生に一度でいいから、世界最大の出版会をこの目で見て歩きたいって思っていたんですよ」
「フィラディノートだって、世界一の芸術の都と名高いじゃないですか」
「だからあたし達もこうやって見に来ているんですよ。取材のし甲斐がありますもん!」
ティッサを訪ねて、G大陸アルベイユからふたり組の女性のお客さんがやってきた。ひとりは背が高い、青い服のお姉さん。三つ編みにした髪の毛を頭の高いところでリボンで結んでいる。もうひとりは小柄な、桃色の服の女性。肩よりちょっと長いくらいの髪を両側でゴムで縛ったお下げ髪。ふたりとも、ぼくと同じ茶色の髪。名前は「へれる」さん、「のるん」さん、ってことで、たぶん魔力はあんまり持っていなさそう。
三大陸では、本の出版は全て個人で書いて、個人が印刷所に持ち込んで紙に印刷してもらって製本する手作り出版の形を取っている。G大陸アルベイユは「文化の街」と呼ばれていて、本の個人出版を強烈に推しだして観光資源にしている。その戦略は大成功だったみたいで、G大陸は観光って意味じゃあ三番人気っていうか、そんなに人気がないんだけど、アルベイユにだけは一生に一度だけでも行ってみたいって人間は多いらしい。
のるんさん、へれるさんは長年、ふたりで楽しく個人出版の活動をしているという。フィラディノートへ来たのも取材旅行のためだって。
「今回はフィラディノートの職人街を出来る限りぜ~んぶ見て、これだ! って思った作品を一冊の本にまとめて紹介させていただこうと思ってるんですよ」
「ティッサさんのお店からは是非、こちらのトイトイ君を描かせていただけないかなぁと思いまして」
ティッサとのるんさん達は、受付のカウンターを挟んで会話していた。たまたま他にお客さんもいなかったから、ぼくは自分の家の床に座って三人の会話を部外者気分で聞いていたんだけど。思いがけず、ぼく自身も当事者だったみたい。
のるんさんは絵が上手で、本に載せる絵を自分で描いている。へれるさんは文章担当。そういう役割分担をしているらしい。
「ティッサさんの作品の中で、トイトイさんは一等の特別な存在なんですよね? 店内をひと通り拝見させていただきましたけど、一目でそうわかりましたよ。熱意が伝わってきましたもん」
「そ、そうですねぇ。その通りで……嬉しいお話しなんですけど、フィラディノート職人街の職人さん達は、私より匠の方が多いので。その方々の作品と同じように本の中に収録されると思うと、恥ずかしいやらいたたまれないやらで……」
「そんなことないですよぉ。そもそも、あたし達にとって全ての創作物に優劣なんかないですし。世の中に出そうとして実際に出た! それだけで平等! あなたのお師匠様であられる大賢者ミモリ・クリングル様の理念だってそうでしょう?」
「はぁ、平等……そうですねぇ」
笑っちゃ悪いんだけど、ミモリ様と直接の面識のないへれるさんの方が、ミモリ様の教えを意識しているっていうのはちょっと面白い。それだけ、ティッサもそんなに深くは、ミモリ様の教えに触れてないって証左でもある。
「職人街のお客さん達にも街頭取材させていただいたんですけど、トイトイさん、この辺の方々に人気じゃないですか」
「たくさんの人達の思い出になってるみたいですよ」
「そ、そうなんですか? 事実なら、それは素直に嬉しいですね」
「ぼくも! 嬉しいです!」
「あっ、これはかわいい」
「反応してくれる芸術品、人気あるのわかります」
ぼくが動いて話したのを見て、ふたりは納得顔でうんうん頷いている。
「でしたらうちの子も是非、本に載せてやってくださいますか」
「もちろん、喜んで! こちらこそありがとうございます!」
「さっそく描かせていただきますね!」
職人街の全ての店を訪ねて絵まで描く。どれだけ時間をかけるつもりなんだろうと思ったけど、のるんさんが絵を描くスピードはものすごかった。ほんの数分でぼくそっくりの絵を描き上げて、色までついている。
「ありがとうございましたー!」
「完成した本は送らせていただきますので、楽しみにしていてくださいねー!」
大満足の顔で大きく手を振って、ふたりは店を後にした。
本が届いたのは四か月後のことだった。せっかくだからティッサ自身のための一冊だけじゃなく、売り場に置くためにおまけで五冊ほど貰うことはあらかじめ約束してあった。
ティッサが作業台の上で本を広げて、ぼくも一緒にそれを見た。
「ほら、トイトイが載ってるよ」
のるんさんが描いた絵には色がついていたけど、本のための印刷には白と黒しか使えない。のるんさん達が家に帰ってから黒インクで、本のための原稿に清書したんだろう。黒髪に真っ白い肌のぼく、普段と違った印象があって面白い。
「お隣の頁は、職人街でいっちばんの巨匠さんの作品じゃないですかぁ……畏れ多いなぁ」
そうは言っても、「見劣りする」って言葉だけは、ティッサは普段から絶対使わない。ぼくがいない場面でだったらどうだかなんて知らないけど、ぼくが聞いている時は。「他の職人さんの作品がどれだけ素晴らしくても、私にとっての世界一はあなたなんだからね、トイトイ!」って、いつもそう言ってくれるんだ。
「トイトイが皆さんと同じ本に載って……でへへ」
「ティッサ、よだれ。本についちゃうから気を付けて」
「それは困る!」
じゅるる~、って、涎を吸い込んだ。危ないところだけど、ティッサが極めて喜んでいる証拠でもあるから、良かったなぁってぼくは思うのだった。