ふたりめのトイトイ人形
今日もお店の作業台は、幾人ものお客さんで賑やかだ。
作業台が人気の理由のひとつは、子供連れの親御さんが作業に集中出来るからっていうのがある。店内は「ご自由にお遊びください」として、ティッサの収集品を提供していて子供達はそれに夢中。それだけじゃなく、子供達はぼくの住む家で人形遊びを楽しんでいるし、何か危ないことをしそうになったならぼくが大声で親御さんを呼び、知らせてあげる。
要するにぼくは店員でもあるけど、子供達の見守り役でもあるんだ。
「ねえトイトイさん。今日のわたくしのドレス、いかがかしら」
「お隣の洋服屋さんで新しいのを買われたんですね。お似合いですよ、お姫様」
「まあ、気が付いてくださったのね。うれしいわ」
ぼくっていう、「本当に喋る人形」が人形遊びに参加してくれるものだから、女の子は大喜びだ。ちょうどお隣は人形専門店でたくさんのお洋服を売っていて、それを買ってからこっちの店に遊びに来る女の子も多い。ついでに当店でも、人形サイズの家具なんかを買って帰ってくれるから相乗効果はありがたい。
これが男の子の場合だと、
「たいへんだー、かいじゅうごじーらんがあらわれたぞー!」
「たすけてートイトイマーン!」
「じゅわわーっち! おもちゃの街はトイトイマンが守っちゃうぞー!」
ぼくとおんなじくらいの大きさの、黒い竜とトカゲを合体させたような空想の怪獣「ごじらーん」を持ってきて、ぼくと戦いごっこをさせる。ぼくも怪獣も子供達よりうんと小さいのに、彼らの遊びの中では「巨大怪獣と同じ大きさの巨大なヒーローが戦う」っていう物語を描くから、ぼくにとっても楽しいんだ。
男の子だけど、怪獣ごっこにも、もちろん女の子の人形遊びにも加わらない常連客の男の子がいた。その子は六歳のフィオ君といって、物静かなのもあるし、体が弱くて大きな声が出せない。だから積極的に、子供達の輪に加われないみたいだった。
それで、他の子供達があらかた帰った後で、まるで内緒話みたいにぼくに話しかけにくる。
フィオ君はぼくの大好きなティッサと同じ黄緑色の髪の毛なのもあって、妙に親近感を覚えてしまう。
「他の子供達と一緒に遊ばなくていいの?」
「うん。ボク、トイトイとふたりだけでお話しする方が楽しいもん」
「そっかー。それならいっぱいお喋りしようね」
「うん!」
とはいえ、あんまり長く話しているとフィオ君はコンコン、乾いた咳が止まらなくなってしまうから、ほんの僅かお喋りしたらすぐ家に帰らなければいけなくなる。残念そうだけど、だからこそ、短い時間でもフィオ君が満足してくれるようなお喋りが出来るといいなってぼくはちゃんと考えるようにしていた。
その日、フィオ君はお母さんと一緒に店にやって来た。そして珍しく、ぼくより先にティッサの前に行き、話しかける。
「あのね、ティッサさん。お願いがあるんだ」
「なぁに?」
フィオ君が小さな体を限界まで背伸びしようとしたのを見て、ティッサは膝を抱えてその場にしゃがんで目線を合わせる。すると、フィオ君は彼女の耳元に口を寄せる。これぞ、本当の「内緒話」。
ティッサはちょっとだけ困ったような顔になって、お母さんを連れて店の前へ出た。フィオ君に「トイトイと遊んで待っててね」と声掛けをして。
夜、店を閉めてからすぐ、ティッサはぼくに相談があると言い出した。自分のご飯も後回しにして。
「実はね。フィオ君、トイトイと全く同じ人形を自分に作って欲しいっていうの」
「なんで? ぼくと話すんじゃダメなのかな」
ぼくはほとんど店の外へ出ないし、店へ来る人はたいてい、ぼくにはと~っても好意的だ。当然、ぼくみたいな存在に興味ないとか嫌いな人は、そもそもお店に来たりなんかしないから。こんな話を聞かされるのは生まれて初めてで、ちょっとだけ悲しい気持ちになった。
「フィオ君、体が弱いじゃない? 建物が密集していて埃っぽいフィラディノートの環境が合わなくて、療養のため、ノエリアックへ引っ越すことになったのよ。それでトイトイにもう会えなくなるのが寂しいから、私におんなじ人形を作って欲しいんだって」
ノエリアックっていうのはR大陸最奥に位置する、大きな湖とそこから引いた水路で町中を巡らせた「水の都」って呼ばれてる避暑地だ。確かに、フィオ君の体のためにはここよりずっと良さそう。
「フィオ君に、トイトイのきょうだいを作ってあげてもいい?」
「もちろん、いいよ!」
「トイトイは嫌じゃないの? 自分と全く同じ存在が、別の場所で同じことして生きてるなんて」
「どうして? ぼくはおもちゃだよ? 人間が楽しく遊ぶための」
「……トイトイがそう言ってくれるなら、作ってあげることにするね」
「喜んでくれるといいなー」
「そうだね……」
せっかく良い依頼をいただいてぼくだってそれを拒否しないで話がまとまったはずなのに、ティッサは未だに浮かない顔だ。
「もしかしてティッサ、まーったくおんなじぼくをもうひとつ作らなきゃいけないのって、楽しくない?」
これは自慢じゃなくて誇りなんだけど、ティッサの人生で作り上げるたくさんの作品の中で、ぼく、「トイトイ」っていうのは最高傑作なんだ。他者からの評価に関係しない、ティッサ自身にとっての宝物って意味で。
その「トイトイ」を求めてくれるお客さんが現れてそれを作るっていうのは、ティッサにとって光栄なことではないんだろうか。想像しようとしても、ぼくにはちっともわからないんだ。
「まさか。私にとってトイトイはいっちばん大事な作品だから、欲しいって言ってくれる人がいるっていうのは本当に嬉しいし、作業だって楽しみよ?」
「だったら、何を思ってそんな顔してるのさ」
「本当はね……私にトイトイがいるように、お客さんの希望する『世界でひとつ、その人のためだけの人形』を受注して作るのが、私の夢なのよ。でもまだまだ、お客さんの望みを完璧に再現した人形を作れる技術も自信も、私にはなくってね……」
「そうだったんだ……」
フィオ君が気に入ってくれたトイトイをもうひとつ作るんじゃなく、例えばフィオ君自身に「こんな人形が欲しい」って絵でも描いてもらって、同じ人形を作る。それが、ティッサの夢のひとつだったんだね。
「その夢も、いつか叶うといいね」
「そうねぇ~……だけど、『自分が好きだから』で作るのと、『より多くの人が求めるから』でものを作るのって、これがまた難しくってねぇ~……」
なんだか微妙に、さっき言ってた話とずれちゃった? 個人の受注の話から、自分の好きなものが売れ筋じゃない悩みの方向に変わってる気がする。それだけ、何かを作る人間の悩みは種類が豊富ってことなのかも。ぼくは作られる側の立場で、多くの人に見られたいなんて願望ないからぜーんぜん関係ない、気楽な立場。そりゃあ、たくさんのお客さんが遊んでくれるのだって楽しんでるけど、極論を言えばぼくを見てくれるのがティッサひとりだけだとしても、それはそれでおもちゃにとっては幸せなことだよ。
フィオ君がこれから暮らすノエリアックでもうひとりのトイトイをぼくみたいに話せるようにするためには、ティッサも一度現地に行ってそこの魔力溜まりを調べて必要な紋を刻まなければならない。当然、出張費用も必要な旅費も、かかる経費は全てフィオ君のご両親が負担してくれる約束になっている。数日かけてぼくと全く同じトイトイの人形を作って、それを持ってティッサは旅立った。
ぼくはといえば、無理にティッサについていったところで、フィラディノートを出た瞬間には動けないただの人形になってしまう。つまり同行する意味もないので、留守番してお店を守ることにした。ティッサの留守中も作業台を使いたいお客さんもおもちゃで遊びたい子供達も、売り場のおもちゃを買ってくれるお客さんもいた。ぼくがお店を開けることでちゃーんと売り上げに結び付いたので、ぼくは大満足だった。
それから、十年以上は経っただろうか。
「トイトイ! ひさしぶり!」
黄緑色の髪の青年が店を訪ねてきた。成長して声も変わっていても、物腰の柔らかさや優しげな人柄が滲んでいそうな声の響きだけで、すぐわかる。
「フィオ君、おっきくなったね~」
もちろん、ぼくにとってフィオ君が「大きな人間」であったのはあの頃だってそうだったんだから、言葉通りの意味じゃなく。すっかりたくましい大人になっているってこと。
子供の頃に体が弱くたって、大人になってもそのままとは限らない。幸い、フィオ君の体は成長するにつれて徐々に平均並みになっていく体質だったみたい。
「あの頃のお礼と、もう体もすっかり人並みの大人になったよって、君とティッサさんに伝えたくて来たんだ」
「そうなんだ。遠いのにわざわざありがとう」
「トイトイもほら、今でもいつも一緒なんだよ」
フィオ君は旅の荷物を入れる背負い鞄とは別に、腰にベルトで固定するタイプの四角い鞄を装着していた。ぷちぷちと音を立てて前面についたボタンを外し、中を見せてくれる。ぼくと全く同じ姿をした人形が、布団代わりみたいなふかふかの布に包まれて眠っている。
「旅行する時もこうやって一緒に出るんだけど、やっぱり喋ってくれないと寂しくてね。大人になっても、ノエリアックの中で勤められる仕事に就こうかなって考えてるんだ」
「大事にしてくれるのは嬉しいんだけど、トイトイのせいでフィオ君が地元を離れられない人生になるの? って思うとちょっと心配だな~」
「トイトイは相変わらず優しいねぇ」
だから僕は、あの頃から君のことが大好きだったんだ。フィオ君はそう言って頭を撫でてくれた。
ぼくらの暮らす三大陸では、ティッサやフィオ君みたいな名前の人と、例えば「リオ・オシモトさん」みたいな、大別すると二種類の名前がある。前者は「過去に平均より多い魔力を宿した人間が生まれたことのある家系」を意味していて、後者より魔法を使える才能を持つ可能性があるって、名前を見ただけでわかるようにするための制度だ。
髪色に魔力がバッチリ表れているし、名前だってそうだし。フィオ君も大人になってから、魔法の研究に関わる仕事をすることになった。お勤めはP大陸の王都ペルノの王立魔法研究所だった。
そこで暮らすとなったらトイトイが喋ってくれないのが寂しいからって、フィオ君は今度はティッサを頼らず、自分でペルノの地脈を解析して自分のトイトイに追加で魔法紋を刻んだ。そうしてペルノでも喋れるようになったトイトイと一緒に暮らしているんだって。ぼくとティッサのその後の人生で彼に会える機会はなかったけど、手紙だけは何度も送ってくれてそうした近況を教えてくれた。