あわてんぼうのサンタクロース
「……ふぁ、あ~……おはようござまぁ~……、……くぅ」
「ティッサ、ダメだよ~。お客さんもうみえてるんだよ?」
この建物の一階はティッサのおもちゃ屋さんで、奥に店舗部分の五分の一ほどしかない小部屋がある。そこにあるのは小さな台所と寝台だけ。ご飯を作ってもティッサはお店の方で食べちゃうから、彼女は寝る以外のほとんどをお店の方で過ごしている。こうやってだらしない姿をお客さんに見せちゃうこともお構いなし。
「いいのよぉ、いつものことだもの。ティッサ、お疲れ様。進捗はどうかしら?」
「ぐ~……今年はまぁまぁ、順調?」
「大変よねぇ。支援してもらえるとはいえ、数人で町中の子供達、全員分のおもちゃを作らなきゃいけないなんて」
ティッサの師事する大賢者ミモリ・クリングル様。彼女の目標は「人類が限りなく平等に近い世界を目指す」というもの。その実現のためにまずは自分の体を若いまま、長い時を生きられるようにすでに作り変えている。どういう経歴でそんな途方もない夢を目指すようになったのかは知られていないけれど、「貧富の差もなく、病気に苦しみ死に怯えず人が生きられる世界」を実現させようとしているんだ。
そのための事業の一環として、彼女は毎年一度。全ての男の子は十二月の「聖夜」、女の子は四月の「雪まつり」の日におもちゃを贈っている。最初は、ミモリ様の居住されているフィラディノートだけの実験的な試みだった。その試みが軌道に乗ってきてからは、「フィラディノートに住んでいる子供だけの特典っていうのは平等じゃない。三大陸に住む全ての子供を対象にしなければ」という新たな目標を掲げたんだ。
そのためにミモリ様は三大陸全ての街に彼女の弟子を配置しなければならなくなった。ティッサはフィラディノートを担当する弟子のひとり。ミモリ様はお師匠様なんだけど、全国の弟子の元を巡回して指導しなければならないから、ティッサもぼくも一年のうちほんの数日しか彼女の顔を見られない。
その事業だけで手いっぱいになるかと思いきや、ミモリ様は自分の本来の目標と並行した上でそれを行っているのだから、大賢者様って本当に凄い存在だなぁと感心してしまう。
子供達に配られるおもちゃは無償なんだけど、ここまで手を尽くしてくれるからっていうことで、おもちゃを用意するための寄付金は極端に貧しい家庭以外はほとんどの家が提供してくれている。その資金提供でティッサを含め弟子の皆さんは毎日、一年にたった二日のその日のためにおもちゃを作り続けているんだ。
午後七時。今日も大きな波乱なく、閉店時間を迎えた。とりあえず、ティッサの夜ご飯の時間……と思いきや。
「ティッサ・ミュアさ~ん、お届けもので~す」
「はいはいはぁ~い、待ってましたぁ!」
配達員さんが荷物を届けてくれると、長い髪を振り乱して扉まで小走りする。毎日欠かさず、子供達のおもちゃを作り続けなければならない作業漬けの暮らしだから、長い髪の毛は本当はティッサはうっとおしいと思っている。でも、魔力の色が髪に現れている人間は、髪を伸ばすというのは暗黙の常識だ。少しでも多くの魔力を髪に蓄えて、魔法に活かさなければならないから。
小さな箱を受け取ると、ご飯を食べることも忘れてその開封作業に夢中になる。これはまた、ぼくが後で釘を刺してあげないと、何も食べないまま夜中になってしまいそう。
今日届いたのは、どこかの港街の灯台を模した木像に、目や手足をくっつけた置物だった。
「ほら、トイトイ! 隣に立って!」
新しいおもちゃが届くと、ティッサは決まってぼくを隣に立たせてひとしきり眺める。そして投げる言葉も毎回のお決まり。
「あぁ~~、うちの子もよその子もかわいいんじゃあぁ~~」
「ティッサ、よだれよだれ」
「おっといけない」
じゅるる、と音を立てて、落っこちそうになっていた雫をすすりあげる。嫌~な音を響かせるけど、今回は布巾で落ちたところを拭かずに済んだから手間が省けて良かった。
「でもいいなぁ。通信販売するってことは、それで元が取れるくらい売れてるってことだもんね」
さっきまで喜んでいたのに、にわかに落ち込んだ顔を見せる。こんなことも珍しくはない。
ティッサの作る、無償で配られるプレゼントは大いに好評だ。でも、この店の展示台に常に置いてある彼女のおもちゃは、たまにしか売れていない。お店の売り上げだって作品が売れるよりも、お店の作業台を借りに来てくれるお客さんの「場所使用量」の方が割合がかなり大きいんだ。
ティッサが気に入って仕入れた他の職人さんの作品を同じ展示台に並べておくと、そっちが先に完売してしまうこともあって。良いと思って仕入れたものが売れるのは嬉しいけど、自分の作品が売れ残っているとティッサはちょっと悲しそうだ。
「ぼくはティッサの作るおもちゃが、他の人のよりいっちばん大好きだよ?」
慰めるためとかじゃなく、心からそう思うから、ぼくはいつもそう言うんだけど。
「それはたぶん、身内のひいき目ってやつよ」
「身近な人以外が評価してくれないと、ティッサは嬉しくないの?」
「う~ん……どうなのかしら」
何度、同じ問答を繰り返しても、ティッサはいつも「良いとも悪いとも」決めかねているみたいだった。
「私の兄さんね、トイトイを作る前に病気で亡くなったの。彼は誰かに見せるためでも売るためでもなく、自分自身が好きだからって気持ちで、一生涯おんなじモチーフで絵を描き続けた。兄さんが死んだ後、その作品がフィラディノートの街中で起こったちょっとした事件と関連付けされたせいで急に有名になっちゃって、作品が評価されるようになって、高値で売れるようになったりして……」
「せっかく有名になったのに、お兄さん自身はそれを知ることが出来ないなんて残念だね」
「まぁね。でも、兄さんはただ自分が好きなものを作りたかっただけだから、有名になるとか評価されるとかどうでも良かったのよね。誰かに認められたいって気持ちがないまま、ただ好きだからって作り続けられる……兄さんのそういう創作精神は見習いたいなぁって、私も思うんだけど……」
ティッサは小さく溜息をつく。見習わなきゃって思っても、現実、そうすることが難しいんだと思う。そも、ぼくを作った当時のティッサは二十四歳。それより前に亡くなったというお兄さんが生きることの出来た時間の短さを思うと、健康に生きている彼女が「兄を羨ましい」と思うこと自体が憚られるっていうのもあるんだろう。
「でも、ティッサは自分より売れっ子の職人さんの作品をわざわざ買っているよね。そんなのずーっと見てたらより落ち込んじゃうんじゃないの?」
「もちろん、同じ作り手として落ち込まないわけじゃないけどね。それ以上に、この人はこのおもちゃをどんな気持ちで作ったのかしら、って、細部を眺めながら想像するのが楽しくって。子供の頃からずーっと変わらない、私自身の何よりの趣味なんだもの」
ティッサの髪の色を見るに、彼女は人間にしては魔力量に恵まれている。それで魔法の知識を得て活用しようとするなら、「その街の中だけで動くおもちゃを作る」なんて限られた需要より、もーっとお金を稼げるとか技術者として求められている場所だってあったんだ。
「それでも魔法のおもちゃ屋さんを開店してそれで暮らしていくっていうのは、私の子供の頃からの夢だったのよね。大人になってからも、おもちゃに囲まれて暮らしていたかったから」
「ティッサのその趣味のおかげで、ぼくもこの辺の子供達もたーくさんのおもちゃで遊ばせてもらえて楽しいよ」
「そうね。私も自分ひとりじゃあこんな大量のおもちゃで遊ぶ時間が足りないから、みんなで遊んでもらえたら助かるわ」
ティッサみたいに大人になったら、子供に買い与える以外の目的でおもちゃを買う人は少なくなるかもしれない。人形を買うとしても、おもちゃじゃなくて芸術品として鑑賞目的だろう。
でも、ティッサにとっては今でも「人形遊びのためのおもちゃ」として、人形やおもちゃを買い集めている。だから……。
「もぉ~、まぁ~た片付けないまま寝に行っちゃってさぁ~」
夕食の後、新しく届いたおもちゃと元からお店にあったおもちゃとで遊んでいた。ぼくが目を離したすきにいつの間にか、店の奥の小部屋で寝てしまっていた。遊びっぱなしで寝ちゃうなんて本当、子供みたい。
しょうがないなぁと思いながら、ぼくは机の上に転がっているおもちゃを最低限、立たせて机の真ん中に並べてから。ぼくの家があるカウンターに板を渡して橋にして、家に戻って寝ることにする。こうやって、ティッサとぼくのお店は今日も無事に消灯するのだった。