選ぶ未来
皆の意見をまとめた上での妥協案として、とりあえず試験的に「僕達の仕事を手伝う役目を持つ、太陽光の恵みだけで生存できる竜の子供達」を作ってみることになった。
「あたしの最初の竜の子は、あたしに似てとびっきりおっきくて強いのにしてよね~」
「はぁ~い、まかせてー!」
明確にオーダーを出したのはエリシアくらいで、他のきょうだいに仕える竜の子はリリアの独創性に任されていた。
「リリアが作ってくれた私の子供達は、水源と海の清浄を守る仕事を手伝ってくれることになったんですよ~。私だけではこのひろ~い海を隅々まで管理するのは大変だったので助かってます!」
「そうなんだ……良かったね、イリサ」
「はいっ。ですが、ソウジュ様? もしかしてまだ悩んでおられるのではないですか?」
「悩んでいるわけではないんだよ。考えているだけだからね」
竜の子供達は僕達を手伝うという職務に忠実で、自身の感情に乏しく、願望を抱くことすら制限されている。リリアやエリシアが求めていた、「感情のある生物」とは違う。
「私は皆が希望しているからというよりは、ソウジュ様ご自身がどうしたいのかで決めて欲しいです。だって、この星はソウジュ様なのですから。生命を誕生させるに伴って誰より責任を負うのはソウジュ様で、私もですが外野に気遣って心労になってはいけないと思うんです」
「僕がどうしたいか、かぁ……」
「ソウジュ様は静かな世界と賑やかな世界、どちらがお好きですか?」
僕としては皆が意見を交わし合うその空気がなんとなく面白くて、まるで傍観者のような気分でいたけれど。確かに、イリサの言う通り。僕が誰より当事者なのだから、自分の意見や希望を持たないまま、流されていていいわけがなかったんだ。真剣に考えてみて、そして思い出した。
「僕は僕自身の心の声が聞こえていなかったけど、マリアの元にはそれが届いていて、『温もりが欲しい』と願っていたというんだ。僕が凍り付いた世界で目覚めた時、ただ『冷たいのが嫌だから』だけが理由で彼に助けを求めたわけじゃないんだと思う……」
僕が求めたのが「温もり」だけだったら、太陽の光が届いて雪が溶けただけで願いは叶っていたはずで。マリアはそれで終わらずに、僕の星にきょうだい達を集めてくれた。
「僕はきっと『ひとりは寂しい』とも感じていたんだと思う。だからイリサが会いに来て話しかけてくれて、一緒にこの星を歩けて嬉しかった」
きょうだい達が集まって賑やかで、楽しかった。けれど、人が増えたからこそ今回のように意見の対立があって、僕は難しい選択を迫られている。かつてのように、ひとりでいれば起こり得なかった問題だ。感情のある生物を生み出すというのは、きっとこういうことなんだろう。
「僕は賑やかな世界に憧れるけど、僕の願望の為に苦しめることがわかっている命を作り出すなんて、許されるのかな……」
「……大丈夫ですよ、ソウジュ様! 実を申しますと、私、ソウジュ様のような優しくて純粋で素敵な方と出会えて、お側にいられて。今、とぉ~っても幸せなんですっ。生まれてきて全ての時間、死を想って苦しむばかりじゃないはずです。そりゃあ、苦しい時間の方が長いよ~って人も出てきてしまうかもしれないですが……『生まれて来れて良かった』って思ってくれる命だって、た~っくさんあるはずですよ! ……ほら、この空のた~くさんの星々を見てください」
イリサは夜空の星々を指さした。数えきれない輝き、そのひとつひとつ、全てに命が宿っている。僕達の存在もそうだけど、これほどの命を一体、誰が何の目的で作りだしたんだろう。これだけたくさんいるのだから、中には退屈だなぁって感じている星だっているかもしれない。
「ありがとう、イリサ。君の気持ちが聞けて良かった。自分がどうしたいのかが見えてきた気がするよ」
「いいえぇ、お役にたてたのなら私も嬉しいです~。ですが、私にも心配事はあるんですよ……エルの言っていた、いつかソウジュ様自身が苦しむことになるんじゃないかって」
「僕がその苦しみに耐えられるのかっていうことだよね……」
「……でしたらその苦しみは、俺が半分担いますよ」
僕達の足元から聞こえてきた、覚えのない声。イリサとほぼ同時にそこを見ると、月明かりによってくっきりと浮かび上がっていた僕の影から細長い何かが伸びてきた。僕の顔の前でひらひらと揺れるそれは、よく見たら先端が手のひらの形をしていた。
ゆるゆると動いたそれが僕の手元にやってきたので、反射的に握手してあげると、今度は同じ動きでイリサのところへ。彼女も同じように握手をし返すと、僕の目の前に戻ってくる。
「俺はクエス。安息の神です。ソウジュ様の影の中にいたのですが、言語、思考を獲得するまでに時間を要しているうちに、皆の前に出てくるタイミングを逸していました。盗み聞きめいた真似をして申し訳ありません」
「そういう事情なら気に病む必要はないよ。それより、苦しみを半分担うとはどういう意味だい? 僕の方こそそんなこと、申し訳なくてとても頼めないよ」
「俺は所詮、実体のない影ですので、ソウジュ様の負われる肉体的苦痛は肩代わり出来ません。ソウジュ様の大地で生まれいずる生命達の感情の苦痛を俺が引き受けます」
「どうして僕の為にそんなことまで……」
「俺達の銀河でソウジュ様の星だけが、俺達の夢見る生命溢れる世界を実現出来る。ですが、それを実現するならソウジュ様の体だけが大きな負担を負うことになる。でしたらこれくらいはお構いなく、手伝わせてくださいよ」
「君も、生命溢れる世界を夢見ているということかい?」
「生命というよりは、自分には決して実現不可能な可能性を間近に眺めることに、でしょうか」
「ああ、クエスはソウジュ様のお隣の星だったんですね! 初めまして~」
「……どうも」
「あ、あれっ? 私のことはお嫌いですか?」
「そういうわけじゃないけど……」
影の中に引っ込んでいるクエスは、僕以外の皆との会話に消極的で、それ以降は必要な場面以外でめったに声を出してくれなかった。
それから長い時間をかけて考え抜いて、僕はこの星に生命を誕生させることをリリアに許可した。
「ふふふ~、ありがとうソウジュ。わたしの望みを叶えさせてくれて。後悔させないわ、とは言ってあげられないけどね。わたしの作る生き物達の描く、とびっきりの幸福と苦難を皆に楽しませてあげる」
「幸福はいいけど、苦難って楽しんでいいものではないんじゃないのかな」
いいよ、と応えたそばからそれを後悔したくなりそうなことを言われて、もはや真剣に悩むよりは苦笑してしまう。
「この世の全ては表裏一体よ。いくらわたしが創造の神でも、幸福だけを描く生き物を作るなんて不可能なの。表が幸福なら、裏は苦難。そも、苦難を知らない者は幸福のありがたさなんて見えないでしょう?」
「なるほどね。僕もつくづく、君達と出会ってからそれを感じさせられてきたから。理解出来るようになってきた気がするよ」
我が身に当てはめた危機感という側面があったとしても、エルは誰よりも僕の体を気遣って忠告してくれた。そんな彼女に僕の結論を伝えに行く時は、きっと叱責されるのだろうと思っていたのだけれど。
「わたくしに出来る限りの忠言はいたしましたので、お決めになった以上は頑張ってくださいませ。わたくしはこれまでと変わらず、自由にふるまわせていただきますので」
結論が出た事柄に対して執着はしない性格らしく、思ったよりはあっさりとした調子で、彼女は空へ舞い戻った。
「仕事が爆増する……嫌すぎる……。仕方あるまい。務めを面倒だと思うこの心を切り離すことにしたよ」
特別な神器を用いて自分の心の不要な部分を切り捨てたミリーは、今までの怠惰が嘘のように真面目になってしまった。真面目になったのなら怠惰よりはよほどいいのでは、と言うのは正論かもしれないけれど……僕としては、自分の選んだことの結果、意図的に性格を変えさせてしまったと思うとあまりにも申し訳なさすぎた。
僕には知りようのない未来の話だけど、ミリーの切り離した怠惰な感情は後の世界でひとりの神になった。後世の人々は真面目になってからのミリーしか知らなかったので、「ミリー様はあんなに勤勉な神様だったというのに、もうひとりの神様はなんとだらしないのでしょう」と比較されてしまう。その神様も後に事実を知ることになり、「あの勤勉なミリー様、とはなんだったのかね?」と大いにへそを曲げてしまったのだそうだ。




