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【GRASSBLUE Ⅱ 青草戦記】儚いからこそ、人の夢は星よりも尊き輝く。絆と情熱のファンタジー  作者: ほしのそうこ
さよならトイトイ~魔法のおもちゃ屋さん~
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「人形のトイトイ」の誕生

【新暦600年台の物語】




 午前九時の開店時間を控えた、ちょうど一時間前。ぼくは毎日、決まってその時間に目が覚める。




 ぼくには上掛けが必要ないから、真っ白なクッションだけ敷いた木製の寝台の上で寝ている。横になったままの視界の先にはガラス製の大きな両開きの扉がある。大金もなければ盗まれるような貴重品だって、この店にはない。だから無防備なガラスの扉だけで、防犯対策は特にない。


 むしろ、ここに置いてある自作品が「盗人が狙うような価値ある作品」と認められる日が来たとしたら、店主は泣いて喜ぶかもしれないなぁ。いつでもお待ちしていますよ、盗人さん。




 冗談はさておき、今日も店主は開店時間まで起きて来そうにない。今は制作の追い込み時期で、昨晩も遅くまで作業をしていたから。ここはいつも通り、ぼくだけで静かに開店準備を進めようと思って起き上がる。




 子供の工作用に売られていた薄めの木の板を組み合わせて、トンカントンカン、釘と金槌でぼくの家は作られた。ぼくがこうやって正式に動き出す前にあらかじめ用意してくれたものだから、その工程は知らないんで、ただの想像。




 塗装はあえてしないで、自然な木目の風味だけ味わえるようにしてくれた。全体的に焼いたバタートーストを思わせる色あいの、見た目も住み心地も大好きな、ぼくだけのお城。ぼくの体は温かさなんてわからないんだから、もののたとえってやつだね。




 身支度を整えていたところで、ガラス扉をコンコン叩く、見慣れた女性の姿が見えた。ご存じの通り、時刻はまだ朝八時。開店まであと一時間もあるんだけど、そういえば今日は木曜日だったか。




「ひらけ~、ゴマ!」




 細々とした開店準備くらいは出来るけど、ぼくの小さなこの体では、人間の為の大きなドアを開けることは出来ない。だから店主は、ぼくが決まった言葉を告げるとドアを開けられるように魔法を仕掛けておいてくれてるんだ、こんな風に。店主がきちんと毎日起きていさえすれば必要のない機能ではあるんだけどね。




「おはよー、オシモトさん」


「トイトイおはよう! ごめんねぇ、今日も開店前にお邪魔して」




 彼女は当店の常連さんで、リオ・オシモトさん。毎週木曜日だけはお昼以降の出勤で、どうしても早朝から作業をしたいからと開店一時間前からやって来るんだ。




「こっちこそ。来てくれるってわかってるのに、今週もまだ店主が寝たまんまなんて、ごめんなさい」


「いいのよぉ。聖夜まであとひと月もないでしょう? 今はいっちばん忙しい時期じゃないの」


「そう。毎日てんてこ舞いで」


「そうよね。でも、おかげでこの街のみんなは毎年良い思い出を貰ってるんだもの」




 せっかくなので、彼女にはぼくの家が置いてある受付のカウンターから、ぼくを抱っこして店の中央のひろ~い作業台の上に移動させてもらう。昨夜、店主が作業したままの道具や、気晴らしに遊んだコレクションのおもちゃが出しっぱなしになっているんだ。これを整理整頓することが毎朝恒例、ぼくの一日で最初のお仕事。




「それじゃあぼくはお掃除しているから。オシモトさんは気にしないで、空いたスペース自由に使ってね」


「はぁーい、いつもありがとね」




 オシモトさんは受付に備え付けの貯金箱に、本日の作業台使用量を入れてくれた。そして作業台のすみっこの何も置いてなかったスペースに、持参してきた道具を並べて作業を始める。






 ここの店主でぼくを作った主でもある女性、ティッサ・ミュアは大賢者ミモリ・クリングルの公認弟子のひとりとして知られている。彼女が作るのは魔法で動くおもちゃ。つまり、ここは彼女の作ったおもちゃを売るためのおもちゃ屋さんなのだ。






 ティッサの作るおもちゃが動く原理は、ぼく達の暮らす旧グラス大陸と呼ばれるルカ(R)ピノール(P)グランティス(G)の三大陸で主に使用されている「地脈魔法」という技術による。ミモリ様のようなごくごく一部の例外を除いて、人間は自分自身で魔法を使えるほど魔力を宿していない。だから、魔法を使うためには大地に宿る魔力をお借りしているんだ。




 この街、R大陸フィラディノートもそうであるように、人間が暮らす都市はあらかじめそこに大きな魔力を宿した地脈、「魔力溜まり」があることを確認した上で街を作ってきた。六百年ほど前の戦乱の時代には、少しでも魔力量の多い魔力溜まりを人間同士争って奪い合っていたそうだ。




 今はすっかり戦乱は遠のいて、ぼくも平和になった世界しか知らない。そんな時代に生まれたティッサも、魔法を戦いの手段としてではなく、自分の大好きなおもちゃ作りに活かすために学んできた。






 ぼくの体にも、彼女が作る他のおもちゃ達と同じように、フィラディノートの魔力と接続するための魔法式が刻まれている。だからぼくはこの街の外を出るとこんな風に動いたり話したり、この目で外の世界を見たりすることも出来ないんだ。人の手のひらの上に乗るような人形でしかないぼくにとって、この街だけだっておなかいっぱいってくらいに広大なんだから、別に構わないんだけどね。








「おはよう、トイトイ。あなたが無事に目覚めてくれて、こうしてお話し出来る日が来るなんて。私はとっても嬉しいわ」




 ぼくが初めて動いた日、その言葉の通り幸せいっぱいの笑顔で目を細めて、彼女はぼくを見つめていた。その頃から店の内装はほとんど変わっていない。今と同じ大きな作業台の上に立って、ぼくにとっては大きな彼女の顔を見上げていた。女の人に「大きな顔」なんて失礼なのはわかっているけど、あくまで「ぼくにとっては」なんだから許して欲しい。




 この世界では魔力を宿した生き物は、瞳か髪のどちらかに色としてそれが現れる。ティッサの髪は黄緑色で、左耳の上あたりに葉っぱの形を模した髪留めをつけている。




 このフィラディノートという町はR大陸の王都として栄えているんだけど、外部から攻められても堅牢であるようにと、お城よりも高い壁で四方を囲んでしまっている。人間に住みやすいように宅地開発しすぎた結果、地面の土は良いとして植物がこれっぽっちも生えていない。






 ぼくはこの街を出られないから、自然の象徴ともいえる緑色や葉っぱは、ティッサという人が見せてくれるそれしか知らないんだ。




「ティッサはどうしてぼくを作ったの?」




 生まれた直後のぼくは、当然、最優先でその質問を彼女に投げかけた。




「自分の勉強した魔法で最初に作るのはあなただって、子供の頃から決めていたの。あなたはね。私だけの、子供の頃からの空想のお友達だったのよ」






 そう言って彼女はふる~い画用紙を何枚も出して見せてくれる。大事に保管してあったのはわかるけど、少し色褪せている。




 同時に、ぼくの全身が見えるような卓上の鏡を作業台の上に乗せてくれた。その鏡に映るぼくと、ティッサが子供の頃に描いたという絵の人物は、同じ見た目をしている。描いたのも作ったのもどちらも彼女自身なんだから、そうなるのが自然なんだ。




 ぼくの肌はティッサの雪のような透明感ある肌色とは違う、薄らとチョコレートみたいな茶色みがあって、甘い物好きなの? って訊いてみた。ティッサ自身は行ったことないけど、G大陸のクラシニアっていう砂漠の都市で生まれたティッサのおばあちゃん。彼女のしてくれた思い出話に出てくる「トイトイ」っていう人が、ぼくのひな形(モデル)なんだって。というわけでその人と同じ肌の色で、まとっている白くてゆったりとした布一枚を巻いたような服装も、クラシニアの伝統衣装を参考にしたんだとか。




 彼女自身の好きなものを詰め込んだ、ぼくという外見も内面も、ぼくはなんだか誇らしかった。自分自身が愛情の塊みたいに思えたんだ。

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