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【GRASSBLUE Ⅱ 青草戦記】儚いからこそ、人の夢は星よりも尊き輝く。絆と情熱のファンタジー  作者: ほしのそうこ
魔法剣の姫は、まもなく散る猛き花を愛しました。 【Passion dragon Arc=Lyra】
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夢幻竜の到着

「太陽竜の神器の特色は、『この世にあるどんなものでも斬れる』。だからシホは、十文字槍の刃でも柄でも、あいつの剣と打ち合うことは出来ないの。触れた瞬間に切断されるだけだからね。あんたの槍はあくまで、太陽竜の体に傷を入れるためだけに使うのよ」




 というわけで、エリシア様の振るうグラディウスとシホの十文字槍による鍛錬は、武器同士の鍛錬としては異色だと思うのですが「打ち合い」ではありませんでした。




 周知の通り、エリシア様とシホの実力差は歴然としています。そのエリシア様が猛然と打ち込んでくるグラディウスを、シホが思わず十文字槍で受け止めますと、エリシア様は容赦なく「違う!」と叱責されます。そうなると、十文字槍の穂先や柄などにグラディウスを引っかけては、シホを倒したり吹っ飛ばしたりしていました。




 また、「躊躇なく、太陽竜の肉体に槍を入れられるように」覚悟をつけさせるため、エリシア様は意図的に「シホでも狙い撃てるような隙」を自身の動きに紛らわせます。シホがそれを見落としたり、エリシア様を傷付けることを躊躇ったりすると、先ほどよりも激しくお怒りになり。今度は武器を通して転ばせるなどという手ぬるい表現ではなく、直接にシホの頬を張り手で打つのです。




「ハ~……この世で最も力のお強い神竜様の全力で張られるっつうのは、やっぱ痛ぇもんだわ」




 頬は真っ赤ですし、鼻血が出たので丸めた脱脂綿を詰めています。




 本日のエリシア様は「何度言ったらわかるのよ、愚図が!」と怒り心頭になり。鍛錬を打ち止めにして、イルヒラ様と交代されてしまいました。






「懐かしいな~、俺も子供の頃にはこうやってエリシアにガンガンにしごかれたもんだよ。でも、あの巨神竜が個人を相手に鍛錬してくれるんだぜ?」




「ああ。公的な記録にはならねえにしても、歴史的な名誉にゃ違いねぇよな」






 時間が限られているのはエリシア様も承知のはずなので、彼女の機嫌が直るのを待とうということになりました。いつも通り、鍛錬は人目を避けてエリシア様の居宅の庭園で行っています。イルヒラ様の体の眠る大樹の木陰の下に座って、わたくしも含めて三人で談笑していました。






「イルヒラ様。お客人がおみえです。えーと……コウ・ハセザワ様と名乗る、赤い髪の若い男性で」




「コウが? そういやかなり、ご無沙汰だったなぁ」




 報告に来た女中はまだ若く、王宮での勤めの年数も短いです。もっと勤めの長い者であったら、前回、そのお客人が自分達を訪ねて来た時のことを覚えていただろう。一度見たらなかなか忘れようがない奴だから。イルヒラ様がそのように語りかけると、女中は「ええ、わかります」と苦笑しています。




「シホにも関わりのある奴だから、ふたりも一緒に会ってみたらいいと思うんだけど。どうする?」




「赤い髪ってことはそいつ、傀儡竜なのか?」




 イルヒラ様達のご友人で長く生きておられるということならば、二十年しか健勝でいられない傀儡竜ではないとわたくしは思うのですが。シホは自分自身が生まれた時から、「赤い髪を持って生きてきた傀儡竜」なので、冷静に考えるより咄嗟にそう考えてしまったのかもしれません。




「あいつの赤い髪は傀儡竜じゃないよ。そういや、物理的に染めてるんだか、『そう見えるように操作してるのか』って、どっちなのかを改めて訊いたことがなかったなぁ」




「見えるように操作、とは?」




「コウ・ハセザワは夢幻竜だから。あらゆる人間の見ているものを、自分の都合よく認識を変えることが出来るはずなんだ」




 なんで髪を赤くしているのかなんて実際に会って話しているうちにどうでもよくなってきて、結局いつも聞き忘れて今日に至る、と。実際、わたくしとシホもそのお方と対面した瞬間に、髪が赤いことなど全く認識の外になってしまいました。それよりも強烈な印象を抱かせる要素があったから。






「どうも」






 イルヒラ様がわたくしとシホを紹介してくださると、その人は表情も体も微動だにせず、まっすぐわたくし達を見つめてたった一言、口にします。ですが、「まっすぐ、こちらを見ている」はずなのに、どうにも「どこを見ているのかわからない」のです。目の表情(いろ)が真っ暗で、真っ黒で、光を一切受け付けない暗闇のようなので。




 その得体のしれない表情に加えて、手には「空色の毛並みの、くまのぬいぐるみ」を抱えています。体のどこにも力を入れていないような弛緩した佇まいなので、害意は感じません。ですが、計り知れない不気味さを感じてしまいました。




「今日は何の用事? と、言いたいところだけど。コウもあれだろ? シホの情報をどっかで見たから、来た」




「ああ。もうすぐ二十年目を迎える傀儡竜が、グランティスの剣闘場で命の限りまで活躍しますって記事。あれってもしかして、ソウ兄(太陽竜)をおびき寄せるためにやってるのか?」




「やっぱ、コウにもわかるよな。想像してる通りだよ」




 グランティスが各国との親善のために配布している広報情報資料では、剣闘場の現在の様子をお伝えしています。今となっては剣闘場は、他国からも注目を集める我が国の花形です。




 シホの情報は、優勝した際には名前や戦績、エリシア様との模擬試合での様子などが記載されていました。ですが、シホに限らず選手の個人情報は詳細に出してはおりません。




 太陽竜とシホの戦いは、シホが傀儡竜になる直前に、太陽竜にこちらまで来ていただかなければなりません。もちろん、「こういう事情ですのでご足労願います」なんて呼びかけられるはずがありません。何せ、シホの目的は彼の方を殺めることなのですから。




 なので、剣闘場の広報という形式を利用することにしました。傀儡竜であること、そしてシホの正確な誕生日も記載して。元より傀儡竜は、最弱の神、そして悲劇の神として伝承されています。……シホという個人を想うわたくしや、イルヒラ様をはじめ友人の立場からすると、少々苦々しくはあるのですが。




 「たった五年しか活動出来ない剣闘士が、いかに活躍するか」という事実、それ自体に付加価値を見出す層というのは、確かにおられるのです……気の毒な境遇の方の努力を、その儚さを含めて「観賞」する。同じ努力であっても、ごくごく一般的な体を持って生まれた人よりも、困難を持つ人のそれよりも価値があると考える人は少なくありません……。




 エリシア様、イルヒラ様は太陽竜のことをよくご存じで、「安楽死させるために、傀儡竜の前に現れる」ことは確定しているとおっしゃいます。そのために傀儡竜がどこにいるのかは常に探っているはずで、このような情報を流せばかなり正確な日程を図ってグランティスにやって来るだろうと。苦しませる時間は少しでも短くしたいでしょうから。




 ひとつ、問題があるとすれば。こんなにも露骨な情報の流し方をすることで、太陽竜が「グランティスが自分を誘い出そうとしている」と気付いて、いつもと対応を変える可能性があることでしょうか。




「オレ達はソウ兄が傀儡竜を手にかける前に話し合いがしたいと思って、出来ればソウ兄より先に接触したくて傀儡竜を追ってる。だから情報を見てこっちに来たんだ」




 シホの誕生日まで、残すところ、半年。今回は随分と早く、太陽竜の先回りが出来たみたいですね。




「オレ『達』っていうのはまさか、そのクマチャンも含んでるってわけじゃあねえ、よなぁ」




 ちょっとやそっとでは動じないシホですが、夢幻竜……コウ様のお持ちのぬいぐるみにはさすがに、戸惑いを隠せないようでした。




「いや。あんたの目にはまだ見えないだろうけど、ここにイリサ……母神竜がいる」




「イリサは母神竜の魂でね。俺も、エリシアが受け入れてくれなかったらこんな感じになってたかもしれない」




「イルヒラ様がそうであったように、体を失ってしまったのですね」




「神竜と竜族以外の目には見えないから、あんたが傀儡竜になってからなら見えるんだろうけど……そうなってからだと、それどころじゃないだろうな」




「その口ぶりじゃあ、傀儡竜になった人間がどうなるのか、見たことでもあるのかね? 夢幻竜さんはよ」




「オレの弟が傀儡竜で、神罰を受けてからソウ兄に殺された。でも、ソウ兄にとっても弟とは長年仲良くしてきた相手で、直接に手にかけるのは辛かったはずなんだ。自分の持つ『太陽竜の神器』以外で傀儡竜の神罰を終わらせることが出来ないから、自分でやるしかない。そう言ってたから、ソウ兄が手を汚す以外の手段を考えられないかって。オレ達はその話し合いがしたいんだよ」




「傀儡竜が助かる手段に、心当たりがあるのですか!?」




 こんな朗報があるとは夢にも思わなかったので、わたくしは思わず前のめりになってしまいました。ですが、シホの反応はいたって冷静で、動きを見せません。




「三大陸の真ん中の海上、空の中に浮かんでる聖地グラスブルー。その内側にある影の世界の中には、時の流れがない。傀儡竜が二十歳になる前にその中に入れば、神罰は発動しないまま過ごせるはずだ」




 聖地グラスブルーの内側にある影の世界というのは、夢幻竜が作ったとされる、死後の人々が安息に過ごせると信仰されている場所です。実在するのかは地上で存命のわたくし達(人々)にとっては、「本当にあるのかなぁ」という、まさしく「信仰」でしかありませんでしたが……。夢幻竜その人がこうおっしゃるのなら、実際にあるということなのでしょうか。




「時の止まる世界に行って、命が助かって。それで、傀儡竜の負ってる神罰とやらはどうなる?」




「それはまだ、どうにか出来るのかわかってない」




「今後、世の中に生まれてくる傀儡竜を、神罰を帳消しに出来ないまま何人も『影の世界』とやらに集めたら、最終的にどうなる? 『太陽竜に安楽死させられる』から、『自分が生き延びるために、自分以外の傀儡竜と殺し合う』に変わるだけじゃないのか」




「……そうかな」




 傀儡竜が神罰を負って生まれてくるのは、「はじまりの神竜戦争」で負った神殺しの罪を償うためです。ゆえに、全ての罪を償い終えるまで、この世に傀儡竜は生まれ続けます。




 傀儡竜として生まれてしまった者が生き延びるためには……「自分以外の傀儡竜に全ての罪を償わせた上で、自分が最後に生き延びること」が条件になってしまいます。




「オレの槍は、自分より弱ぇ奴を殺して生き延びるための相棒じゃない。あんたの提案は目先の最期(おわり)からは逃れられるだろうが、オレからしたら地獄を先延ばしにするだけに思えるな」




「うん……オレも、そうなのかもって、考えなかったわけじゃない。問題を先送りにするよりも……」




 シホが話し始めてから、コウ様は彼を直視していました。ふいと、考え込むように、少し眼差しを上へ向けます。虚空を見つめるような、無、そのものであるような瞳で。




「一度、何もかも終わらせてからでないと、誰も自由になれない。……そんな気がする」






 それからしばらくは、誰も言葉を続けず、場は沈黙していたのですが……。




「ああ、大丈夫。それでもオレは、まだソウ兄と話し尽くすことまでを諦めるわけじゃない。誰に何を言われたって、その気持ちは変わらないから」




 おそらく、わたくし達には見えない母神竜……イリサ様が、何事かお話しになったのでしょう。コウ様はごく自然に視線を動かして、答えを返していました。








 コウ様とイリサ様はその日を迎えるまで、グランティスの街に滞在することになりました。ですが、太陽竜と戦うというシホの意思を尊重して、「どんな過程を目撃しようと、決着するまでは絶対に横槍を入れない」と約束してくださいました。

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