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【GRASSBLUE Ⅱ 青草戦記】儚いからこそ、人の夢は星よりも尊き輝く。絆と情熱のファンタジー  作者: ほしのそうこ
魔法剣の姫は、まもなく散る猛き花を愛しました。 【Passion dragon Arc=Lyra】
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絶対に、負けられない!

 予選会での対戦の組み合わせは、開催当日にくじ引きで決定します。そのため、予選会の選手は開催日には全員が剣闘場に集結しなければなりません。くじ引きで自分が選ばれなかった場合は、その日一日が徒労になってしまうこともしばしば。




 わたくしは王宮から係員と共に剣闘場へ向かいますので、他のどの選手より先に到着しています。開場前ですからね。不思議なことに、熱心な観客の皆様はそのわたくし共よりも早くから玄関前に集まって開場を待っていたりします。




「よっ。お早いじゃねぇの、お姉さん!」




 自分が年下だと知ったからと、さっそくこのような声掛けを、それも人前であてつけのようにしてくるのです。本当にシホって意地悪で、どうしてわたくしはこのような人に恋してしまったのでしょうね?




「今日は本戦の試合はないというのに、あなたは剣闘場に何のご用事?」




「んなもん、将来の好敵手の皆さんの研究のために観戦してるに決まってんだろ。知らなかったか? オレが毎回、こうやって観戦してるの」




「……そうね。知らなかったわ」




 試合場はとても広く、観客席までは遠い上にお客さんもたくさんいらっしゃいます。どんなに視力が良くたって特定の個人がいるのを見つけるのは難しいです。それに、試合の際のわたくしには、そのようなことを気にしている余裕は全くありませんでした。




「レナが試合に出るようになって、もう一年経つのか。あっという間だよなぁ」




 その一年の間に、わたくしは一度も勝利していません。シホが、予選会……剣闘場の試合を元気に観戦出来るのは、あと二年間という限りがあります。




「一度だけでもいい。あなたがこうしていられる間に、いつか。わたくしが勝つ姿をあなたに見せたい」




「いつかと言わず今日見せてもらえたら話が早えし、一度と言わず何度でも見たいところだけどな」




「もしも、わたくしが今日の試合で勝てたなら。あなたは惚れ直してくれる?」




「そりゃあな。試合に出る以前にくじ引きっつう『勝負運』にも勝たなきゃいけねえわけだから。その上試合でも勝つなんて運命に愛され過ぎてて、さすがにオレも白旗をあげるしかねえってもんだよな」








 今までのわたくしにとっては「その日、自分の出番があるか否か」以外の意味のなかったくじ引きが、今日に限っては運命を決める大事なものになってしまいました。必死でお祈りした結果、どうにかその関門を通り抜けることは出来たのですが……。






「アハハハ、やぁっとこの日が巡ってきたかぁ。いつかあんたと戦える日を楽しみにしてたんだぜ? レナ・グランティス様よぉ!」




 よりにもよって、この人……ポーラ・メイディッチ。予選会参加者の中で、最も卑劣な性根の男が、本日のわたくしの対戦相手でした。








 メイディッチの祖先はグランティスの建国の時代には武勲をあげ、王家からの信頼も厚い家柄でした。功績を認められて貴族の地位を与えられましたが、今となってはかつての栄華は見る影もありません。戦乱の時代でなくなったせいもあるのかもしれませんが、子孫は技術だけではなく精神性まで、武人とは程遠い有様でした。




 王族が王宮に貴族を招いて行う定例の宴の際、わたくしは面と向かってポーラ・メイディッチにこのように言われたことがあります。




「グランティスの姫というのは、強いオスの遺伝子を後世に残すためだけに存在する、肉の器みたいなものだな! 下賤な生まれの剣闘士どもと交わうのを恥じるどころか誇りに思うなんて。下賤の血の混ぜもんどもが王族なんて聞いて呆れるよなぁ!」




 宴で振る舞われたお酒に酔って、ということならまだ救いがあったでしょう。残念ながらこの時はわたくしも彼もまだ成人前で、お互いにお酒など一滴も口にしてはおりませんでした。






 ポーラはメイディッチ家の次男です。跡取りではない彼は剣闘士を目指しています。「強い剣闘士になれば王族の姫様が子供を産んでくださるそうだからなぁ!」と下卑た勘違いを日頃から吹聴しています。わたくしも、歴代のグランティスの姫君も、強さだけで相手を選んでいるはずがないでしょうに。そんなことすらわからない愚か者なのです。






 ポーラは六年前、十五歳から予選会に参加していて、現在の勝ち星は七十。勝率としては決して、一流の選手とは言えません。聞くところによると、その星の何割かは、裏で対戦相手に大金を渡してわざと負けていただいたものも含まれているとか。まぁ、ポーラを嫌う選手は少なくないですから、その中の誰かが吹聴した「ありえそうなねつ造話」である可能性もゼロではありません。要するに、証拠はないのですよね。






 剣闘場には様々な事情で剣闘士を目指す方々が集います。全ての人が清廉潔白な精神性の持ち主とは言えません。とはいえ、ポーラはその中でも一角を担う卑劣漢であると断言できます。試合の性質上、仕方ないのですが、こんな人と刃を交えなければならないと思うと気が重くなってしまいます。




 同時に、これまでにない闘志も湧き上がりました。あなたのような人にだけは、わたくしは絶対に負けたくない。そう、思えたから。






 試合場に立ってポーラと向かい合ったわたくしは、胸の内の苛立ちを表出してしまわないよう精いっぱいに努力しながら、いつも通りに「本日の対戦、宜しくお願いします」と頭を下げました。ポーラはこちらを見下しきった態度を隠さないにやついた顔で、愛用のハンティング・ソードを持つ手を腰にあてて立っています。




 彼がハンティング・ソードで狩りをするところをご一緒したことがあるのですが、狩りの獲物を死なない程度に斬りつけて、何時間もいたずらに苦しめていました。その時の光景も彼の表情も、思い出す度にわたくしは吐き気を催してしまうのです。








 いつも通り、銅鑼の音が鳴らされた時に、わたくしは魔法剣(トイトイ)に密かな声掛けをします。今日はこのように語りかけました。「いつもわたくしを守ってくれて、ありがとう。あの人にだけは、絶対に負けたくないの。今日も一緒に戦ってね」、と。






 ポーラとの打ち合いは、わたくしが想像していたよりは遥かに正当に交わされていました。ですが、表情は相も変わらず軽薄で、腹の内で何事か企んでいるのでしょう。




 そう、わかっていたのですが。その企みはわたくしの想像の範疇を超えていたので、わたくしはまんまと彼の非道な思惑にハマってしまったのです。






「おぉ~っと! 手が滑っちまったぁっ!」




 ポーラのハンティング・ソードの刃先が、わたくしの額の右側を前髪と共に切り裂きました。切り傷よりも、そこから流れ落ちる大量の血が目に入り込む痛みに、わたくしは右目をぎゅっと瞑ります。そうすることで傷口も引きつれて、より痛みを増してしまいます。






 ポーラはそこから二歩、三歩と後退した場所に佇み、しばらく動きませんでした。傷を負ったわたくしが痛みに耐える姿を観察しているようです。




「あのレナ様のご尊顔をキズモノにしてやった! このポーラ様の手で!」




「……わたくしに試合で刃物傷を与えたのは、あなたが最初のひとりではありませんよ。それに、女であろうが姫であろうが、グランティスの戦士にとって戦いで負った傷は誉れです。自分の無知を自覚せず、こんな風に勝ち誇って。本当にあなたは恥ずかしい人ですね」




「何を言ってくれてんだぁ? その『恥ずかしい人』につけられた傷痕が誉れになるなんて綺麗事が通用するもんかよ! 今後、レナ様がどんな男と関係しようが、そいつの目にはポーラ様のつけた傷痕がまっすぐ目に入るんだぜ。ああ、愉快だな! 女の癖に試合なんか出たせいで、取り返しのつかないことになっちまってざまぁねえよなぁ!」




 下卑た哄笑を上げながら、再び、ハンティング・ソードを振り上げます。わたくしは魔法剣で下からそれを受け止めました。左目だけで見上げるポーラの姿が霞んで見えます。さすがにわたくしも、心身共にくずおれてしまいそうで、かろうじて動いている状況です。




 早々に決着することが出来るでしょうに、ポーラはそうしません。わざと、とどめをささずに、弱っている獲物を痛めつける。彼にとっては狩りの獲物もわたくしも、同じような価値でしかないのかもしれませんね……。






「このっ……離れなさい!」




 わたくしは渾身の力を込めて、ポーラを押し上げて、距離を開けました。意を決して、右目を開きますと、いつの間にか痛みに慣れていました。額の傷はずきずきと訴えかけてきますが、無視します。




「あなたのような外道にだけは、わたくしは絶対に負けない!」




「……はっ、そんなみっともねえ姿をさらしておいて、よくも強がりを言いやがる!」




 どんなに貶されても、試合の最中に心を挫けさせたりはしない。そう……相手がポーラのような人であるからこそ、このように煽って、利用する。




 わたくしは、思い出していました。予選会や、剣闘士になって一番最初の大会で、シホがこのように戦っていた姿を。今となっては彼は立派な剣闘士として堂々とした戦いぶりですが、わたくしと彼が出会った頃はこんな感じでしたよね。




 忌まわしい男に、大事な体に傷を入れられてしまった、心と体の痛み。今にもこみ上げてきそうな涙はそのせいではなくて、懐かしさゆえでした。




 出会った頃のあなたは、決して正道だけの人ではなかったはずなのに。それでもわたくしは、あの頃からすでに、あなたが好きだった。こんな時に、不思議ですけれど。わたくしは確信しました。




 あなたと出会って、戦士としてこの場に立つと決めたことに、何の後悔もないと。あなたに出会えて、わたくしは幸せだったと。






 ほんの僅かですが目尻に滲んできていた涙のありかは、どうやらポーラには気付かれなかったみたいです。彼もまた、この世の幸いの絶頂を感じているかのようないやらしい笑みを浮かべて、わたくしの魔法剣へハンティング・ソードを打ち込んできました。一、二、三度、受け止めてさしあげたところで。




「……トイトイ!?」




 ふっ、と、わたくしの手甲から伸びていた魔法剣(トイトイ)の光輝く刃が、一瞬にして消えました。わたくしはすばやく後退し、ポーラから離れます。






 魔法剣は、所有者の集中が途切れると、刃を消滅させてしまう。すっかり没落したとはいえ、ポーラもかつて武勲を上げた家の末裔で、その仕組みを聞いたことがあるはずです。




 勝利を確信した顔で、ポーラはハンティング・ソードを打ち合いの体勢から持ち替えました。彼は貴族同士の嗜みとして、レイピアを用いたフェンシング競技の経験が豊富です。剣闘場ではハンティング・ソードを用いますが、ここぞという場面ではレイピアの動きの癖が出てしまうのを、わたくしは何度もこの目で見てきました。




 わたくしとの試合の決め手として、わたくしの喉の防具に、まっすぐ突きつけるつもりなのでしょう。「そのように動くことがわかっているなら」、どんなに早くたって避ける道筋は見えるものです。




 わたくしは直進してきた刀身を、ほんの一歩、右へ動くことで躱しました。そして、ポーラへ向かって前に一歩、大股で踏み込んで、彼の首の高さに握り拳を突きだします。




 わたくしの拳がぴたりと静止した時、手甲の宝石から魔法剣が伸びて、ちょうど彼の喉元に刃先が触れていました。






「……あぁ~ん? ……なんだよ、……こんなことが出来るなんて、聞いてねえぞ!?」




「当然でしょう? わたくしだって、たった今。あなたのおかげで思いついたのだから」




 もはや、勝敗は決しました。わたくしはポーラから離れて、姿勢を正して彼に一礼しました。試合を終えた相手への礼儀として、どんな人が相手でも欠かすわけにはまいりません。




「……いい子ね、トイトイ。わたくしの気持ちをわかってくれて」






 ポーラはこのように、根っからの卑怯者ですから。わたくしが「うっかり、魔法剣を消失させてしまった」と思ったなら、その隙を突いてこないはずがありません。




 わたくしは心の中で、トイトイにお願いしました。「一瞬だけ、刃を消して欲しい」と。わたくしの意思でそれをしてしまうと、再び刃を現すために、呪文を詠唱しなければならないからです。




 わたくしはトイトイと会話を成功させたことはありませんし、このような手段が可能なのか、まったく確実ではありませんでした。ですが、結果はこの通り。トイトイはわたくしの「お願い」した通りに、一瞬だけ刃を消してくれて。ポーラに向かって突き付けたその時に、刃を元通りに現してくれたのです。




 試合が終わり、今度はわたくしの意思で、魔法剣を消失させます。わたくしは思わずその場に跪き、手甲の宝石を左手でぎゅっと握りしめて、自分の額の真ん中に押しつけました。手は震えていますし、すぐ側の傷口に振動が伝わって、痛みが酷くなります。それでも、そうせずにはいられませんでした。




 わたくしはその場で、歓喜に震えながら、泣きました。こんなにもみっともない姿を一番近くで見ながら、ポーラにはもはや、わたくしに対するあざけりは見受けられません。こんな情けないわたくしに、自分は敗北したのですから。それも、「一年間、誰にも勝てなかった最弱の選手であるレナ・グランティスに。ポーラ・メイディッチは、他の誰より真っ先に負けた」のです。これ以上の名誉はないというものでしょう?

【捕捉説明】

魔法剣の使用者の「感情」は、魔法剣の中に残っているトイトイの魔力=魂に繋がっています。

トイトイには現実の試合の流れが見えるわけではありませんが、レナが胸中で「お願い」したおかげで、トイトイは彼女の要望に応えて魔法剣の出し入れが可能だったという仕組みです。

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