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【GRASSBLUE Ⅱ 青草戦記】儚いからこそ、人の夢は星よりも尊き輝く。絆と情熱のファンタジー  作者: ほしのそうこ
魔法剣の姫は、まもなく散る猛き花を愛しました。 【Passion dragon Arc=Lyra】
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推し・お気に入り・応援

 わたくしが予選会の選手になって、ちょうど半年の節目の出来事でした。




 これまでの試合で何度か刃物傷を負ったわたくしですが、本日の試合で受けた傷は今までで最も大きなもので、医務室での処置に時間がかかりました。わたくしの具合を見に来たエリシア様は処置が終わるのを待ち、わたくしに事務室へ移動するよう指示します。医務室には他の選手の出入りもありますので、人を避けて話したいとのこと。






「予選会に半年、選手として参加して、勝ち星ゼロかぁ……」




「申し訳ありません……不甲斐なくて……」




「ここ一年の付け焼刃のあんたが、子供の頃から鍛錬して剣闘士目指してる連中相手に簡単に勝てちゃったら、その方がどうかしてるじゃない。想定の内よ」




「でしたら、何のお話しでしょうか」




「あんたが一度も勝たないもんだから、苦情がきてるのよね。レナが出る試合は賭けになりゃしないから、対象から外したらどうかって。女だから、王族だからって特別扱いしないって方針だからもちろん除外なんかしないけど」




 わたくしは予選会初戦において、「集中が途切れると魔法剣が消失してしまう」という特大弱点を晒してしまいました。試合の敗北条件に「武器を手放させること」がありますが、魔法剣の本体自体は手甲にくっついているので落としたわけではなく、その時点で勝敗は決まりません。しかし、魔法剣の刃が消失した瞬間に身を守る術がなくなりますし、首元に刃を突きつけたら相手の勝利という条件を満たしやすくなります。




 予選会の対戦の組み合わせは毎回、くじ引きなのですが、相手がわたくしであるとわかった時点で対戦相手の方は「とりあえず、一勝を確実に取れる相手に当たれた幸運」として喜ばれる姿を見るのが日常になってしまいました。予選会で百勝したら剣闘士として認められるという条件ですから、一勝は貴重なのです。




 あの、ロムパイア使いのオーデンの百勝目の相手もわたくしでした。「おでのでっけえエモノでヒメサンのちっせえまほうのエモノとたたかうのはあぶねえ。わざとまけてやってもいいぞ」とおっしゃっていました。相変わらずお優しい方ですが、お気持ちだけ受け取ってきちんと対戦をお願いしました。象が蟻と戦うのかというくらいに思いっきり手加減されているのが伝わってきましたが、あえなく、わたくしの敗北でした。オーデンも晴れて、剣闘士のひとりと認められました。




 本日の対戦相手は予選会に参加してまだ間もない選手で経験が浅く、わたくしを相手にして初めての勝ち星が得られると張り切っていました。自分で言うのもなんですが、わたくしは思いのほか善戦しました。わたくしも半年の経験がありますので、勝てずとも、新人相手にはそれなりに打ち合えるようになってきたのかもしれません。




 躍起になって打ち込みすぎた相手は手を滑らせて、わたくしの右肩に深く刃を入れてしまいました。思いがけず、一国の姫の体に深い傷を入れてしまった。自分はどうなるのだろうと不安になったのか、泣きそうになっていました。わたくしが未熟なばかりにこのようなことになって、相手の心に傷をつけて、むしろこちらの方が申し訳ないくらいです……。




「その肩の傷、たぶん一生、痕が残るわね」




「そう……ですか」




「ふぅん……上出来ね」




「何がですか?」




「傷が残るの、気にしてそうな顔してないからよ」




「剣闘場で戦うと決めたのはわたくし自身なのですから、気にしていたらおかしいじゃないですか」




 わたくしも剣闘大臣として多くの剣闘士の方々のお話をうかがってきました。どんな強者であっても、体のどこかしらに戦いで負った傷痕を残していました。表現の違いはそれぞれあれど、どの方も共通しておっしゃいます。「この傷痕は、戦士として生きた自分の証であり、誇りだ」と




 人の心や立場は年齢によって変わるものですから、わたくしも将来、剣闘場の選手を諦めたり卒業したりする可能性があるでしょう。この傷痕は、わたくしが無謀とも思える挑戦をした証が、目に見える形として残ったもの。




 願わくば、後年のわたくしがこの傷痕を見た時に。「結果はどうあれ、挑戦してみてよかった」と思える心境にあればいいなぁと願ってやみません。






「剣闘場始まって以来、あんた以外にだぁ~れも女の志願者いなかったじゃない? 戦乱の時代にはね、女の戦士だっていっぱいいたのよ。あの頃は女が戦場で傷を負ったからって名誉と思いこそすれ誰も特別扱いなんかしてなかった。そんなの気にしてる余裕がなかったってのもあるけど。グランティスほどの武勇の国であってもいつの間にか、嫁入り前の女が体に傷をつけるなんて、みたいな軟弱な考えが普通になってきちゃったのよね。嘆かわしいったらないわ」




 そのお気持ちから、エリシア様はわたくしが予選会に出場したいと志願した時に、期待したのだそうです。わたくしが剣闘場でいっぱしの活躍を示すことが出来たなら、「やってみたいけど、他に女の参加者がいないから」と尻込みしている女性が参加を表明するのではなかろうかと。




 ……はい、期待外れになってしまって誠に申し訳ありませんが、わたくしは半年で勝ち星がゼロ。男性の戦いの中に飛び込んだ女がこのように「通用しない」現実を、国民に知らしめてしまっているのでした……。




「コーリングとの初戦じゃあ、あいつとあんたの『最弱同士』でどっちが勝つのかわからなかったから、賭け金も拮抗してて盛り上がったのにね~……」




「今となっては、わたくしに賭けてくださる方なんていらっしゃらないですよね……」




「そうでもないわよ。毎回必ず、百硬貨きっちり賭けられてる」




「えっ!? 百硬貨……十人ですか? 百人ですか?」




 剣闘場の常連客の皆様も様々です。賭けはお遊び程度のつもりで硬貨十枚ほど払う方もいれば、本気で利益を期待して多くの硬貨を賭けてしまう方もいます。ですが、「硬貨一枚だけ」というのは、大人の常識として些か恥ずかしいはずなので、そういう方はあまり見かけませんが……。




「いんや、ひとりだけ。特定の誰かが毎試合必ず、百硬貨ぽっきり賭けてくんだってさ。受付担当が言ってた。賭けた金が返ってくるかどうかに関係なく、レナを個人的に推してるってことじゃない?」




「あぁ……それはなんとも、嬉しいお知らせで……。一体、どこのどちら様なのでしょうねぇ」


「剣闘大臣辞めたからって、忘れてないでしょうね。『客が、どの選手に賭けたのか』って個人情報を担当部署から持ち出すのは禁止。でしょ?」




「す、すみません。失念していました」




 自分が選手になると、ついつい選手目線で考えてしまうものですね。以前は、選手から同じような問い合わせがあった際には、わたくしから説明してお断りしていた重要規則であったというのに。




 百硬貨ということで、十人くらいから応援していただけているのかしらと考えてみたら、実際はひとりしかいませんでした。ですが、「たったひとりだけでも」、わたくしを心から応援してくださっている誰かがいるのかもしれない。




 どこのどなたか存じませんが、その方の応援に報いる成果をいつか必ず実らせたいと、心に誓いました。下世話なお話かもしれませんが、この状況下でわたくしに賭けているのなら、わたくしが勝った際には賭け金総取り出来ちゃいますからね。

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