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【GRASSBLUE Ⅱ 青草戦記】儚いからこそ、人の夢は星よりも尊き輝く。絆と情熱のファンタジー  作者: ほしのそうこ
魔法剣の姫は、まもなく散る猛き花を愛しました。 【Passion dragon Arc=Lyra】
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史上最弱の対決!

 剣闘場は成人が自分の意思で参加表明する自己責任の場で、教育機関ではありません。ですので、新しい規則が発生したとしても、いちいち全参加者を呼び集めて運営側が丁寧に説明をする。なんて儀礼はありません。




「対戦相手が女性や王族であっても、手心を加えるのを禁止する。誰が相手であっても全力で闘うこと」




 わたくしの初参加にあたって、選手控室の掲示板にその報せが貼り出されました。元より、参加規約に女性は参加してはいけないという文言はありません。開場以来百年間、たまたま女性の志願者がいなかったから、誰も「もし、対戦相手が女性だったら」ということを意識して活動されていなかったでしょう。




 規約に正式に書き加えてしまうとなると、その時点で男性と女性を区分けしていることになってしまうので、今回はこのように掲示することにしたというわけですね。




「お姫様が相手なら俺でもようやく、初めての勝ちをもらえるかもって最初は思ったけど……よくよく考えたら、姫様を相手にどうやって戦えばいいんだ!?」




 わたくしの予選会初戦の対戦相手、コーリング様……いえ、コーリング、は、掲示を見て控えめに動揺していました。






「よぉ、コーリィ。調子はどうだ?」




 思い返してみれば、コーリングはシホと同期の選手で、予選会初戦の日に彼の背中に隠れてエリシア様とわたくしを窺っていた小柄な男性でした。当時十五歳であれから二年が経ち、成長期だったのか身長は今やシホに追いつきそうになっています。




「どうもこうもないよ! 俺が姫様の最初の対戦相手ってことはさぁ、まだ他に誰も、姫様と対戦した経験ある選手がいないってことじゃん! こういう時どうしたらいいか、俺が最初に考えなきゃいけない。責任重大じゃないかっ!」




「いやだから、その『相手がレナだからどうするか考える』をやめろっていうのがあの掲示だろ?」




「シホ!? つい昨日までは俺みたいに『お姫様』って呼んでただろ!?」




「今まではお姫様だったが、今日からは剣闘場のいち選手だからな。王宮にお座しますって時にゃあ別だろうが、剣闘場にいる時に限っちゃ対等に扱ってやらなきゃ逆に可哀想ってもんだろ」




「シホの言う通りですよ! わたくしにもあなたをコーリィと呼ばせていただけませんか!?」




「はいぃ!? 本気で言ってんですか!?」




「あ……、その、本当に嫌でしたら無理にとは申しません」




「え~……姫様からそんな風に言われて断れないっしょ……いいですよ、コーリィで。えーと、レナさん」




「あ、あ、ありがとうございますっ」




「調子狂うなぁ、もう……」




 わたくしとコーリィのやり取りに、シホはお腹を抱えて大笑いしています。笑いすぎて目尻に浮き出て来ていた水滴を、はー、はー、と息を整えながら指先ですくいます。




「今日はオレもコーリィに十硬貨ほど賭けてっから、初勝利頑張ってもぎ取れよな~」




「そうなのか? それは素直に嬉しいよ」




「ちょっと、シホ! あの流れからして、今日はわたくしを応援してくださるものと思っていたのに!」




 昨夜、あなたが応援してくれたから頑張ろうと思っていたので、わたくしはことのほか、精神に打撃を受けてしまいました。大事な試合の直前なのに!




「悪いなぁ。オレもこいつ(コーリィ)が二年間、勝てなくて悔し泣きしながらも予選会参加し続けてる姿をずっとを見てきてるからよ。その努力が報われるといいなぁと思うわけよ」




「悔しがってはいたけど泣いてない! 人前では!」




 人目のないところでは泣いていたと自爆してしまっているような気がしますが、そこをつついて本人に気付かせてしまう方が気の毒だと思って、わたくしはその点は聞かなかったことにしました。




「失礼ですが、二年にも渡って一度も勝てなかったというのに、心を折らずに続けられたのは何故ですか? わたくしは、皆様より経験も腕力も遥かに劣ります。他人事のように思えなくて……」




「えーとですね。俺みたいにグランティスで生まれ育った男にとっちゃ、剣闘士って一度は憧れる職業なんですよね。かっこ良くて。大抵は大人になる前に現実見て別の道いきますけど、俺は予選会まで出ちゃいましたし。それで『一勝も出来ずに辞めました』って記録だけ残るの、かっこ悪いじゃないですか」




「予選会で一勝もしていないとなると、報奨金を受け取れないですよね。生計はどのように立てているのですか」




「国内に実家があるんでそこに住んでて、試合のない日に非正規労働で稼いで親に生活費として渡してます」




 極めて現実的なお話しを聞いてしまって、無性に申し訳ない気持ちになりました。わたくしは王族ゆえ、生活費の心配も苦労もなく、「やってみたい」と言えば試合に参加させていただけたのですものね……。




 親の家と金が当てに出来るだけ恵まれてる方だぜ、と、シホはちょっと羨ましそうにぼやきながらコーリィの肩を叩きました。






「で、では……あらためまして。本日は、宜しくお願い致しますっ」




「は、はぁ。こちらこそ……」




 対戦前に選手同士が会話するのは日常的な光景で何もおかしなところはないはずなのですが、観客席からどっと笑いが起こってしまいました。どうしてでしょう……と言いたいところですが、わたくしもグランティスの王族として長年、剣闘場の対戦を見てきているので、わたくしの口上も佇まいも場違いなのは重々承知しています。何度も試合に出たら、いつかこの場に相応しい貫禄ある選手になれるのでしょうか……。




 貫禄といえば、いくら勝ち星なしとはいえ二年も予選会で戦っているはずなのに、コーリィにもその貫禄が全くありません。彼の得物は剣闘場で貸与しているサーベル。グランティスで生まれ育った彼が、いつか剣闘士になりたいと夢見て国内の剣道場に通うと、特にこだわりがなければサーベルを使って修練することが多いからでしょう。




 そのサーベルをぶら下げている右腕はだらりと弛緩していますし、足は自然体で力の入っていない大股開き。わたくしの様子をおどおどと窺って、なかなかサーベルを構えようとしません。




 もうじき銅鑼も鳴らされるでしょうから、わたくしは先立って、魔法剣の準備を始めました。右手の手甲にしっかりと固定されている、魔法剣(トイトイ)の宝石。こちらには元の持ち主であったトイトイが存命だった頃に、使用者の魔力を内側に封じる魔法紋が刻まれていて、魔力を持たない人であっても呪文だけ唱えれば使用可能です。




 魔力とはすなわち、魂から流れいずるもの。トイトイは遥か昔に落命していますが、この魔法剣の中には彼の魂が、ほんの僅かながら今も残存していることになります。




 ある意味、後世に残った魔法剣をこのように大勢の人前で扱うというのは……身寄りがなく、レノ様以外の誰からも偲ばれなかったというトイトイが、確かにこの世界に生きていたという証を知らしめているのかもしれません。




 試合中のやり取りの結果、死んだとしても対戦相手は責任を問われない。参加するということは、命を懸けるということ。なのですが、やはり王族のひとりであるわたくしに死なれては困りごとも多いので、胸から胴体を覆う鎧を装着するよう求められました。可能な限り軽量化して、わたくしの体型にもぴったり合わせた特注品です。自分で何ら負担しなくともこういうものを用意していただけるというのが、自分の恵まれた立場を思わされて申し訳なく感じてしまいます。




 トイトイをつけた右手を、鎧の胸元まで持ち上げて触れます。ひんやりとした固い感触が、わたくしの華奢で頼りない手のひらに伝わります。続いて、トイトイに左手を重ねて、冷たい石の表面を撫でてほのかに温めました。




 呪文を詠唱しながら左手をどかすと、宝石から山吹色の光の帯が伸びていき、先端は鋭利な形になりました。左手は今度は、右手の下に重ねます。可能な限り鍛錬したとはいえ、わたくしはまだまだ非力です。対戦相手の得物と打ち合う際に、右手の力だけで受け止めることが出来ないのです。




 高らかに打ち鳴らされた銅鑼の音に紛らわせるように、ほんの小さな声で、わたくしは「さあ、いきますよ、トイトイ!」と呼びかけて、駆け出しました。




 コーリィは向かってくるわたくしに一瞬だけ怯むような表情で一歩下がりましたが、さすがに恐れるに足りずと思い返したのでしょう。柄を両手にぐっと握りしめて、わたくしが辿り着くのを待つ態勢です。極めて受け身的な思考ですし、これまでに拝見した試合では、彼はサーベルを常に両手持ちで使用していました。片手の腕力だけで打ち合う自信がないように見受けます。




 コーリィの目先で、わたくしは右足を強く踏みしめて、魔法剣を着けた手をいったん左肩まで持ち上げます。弧を描くように、コーリィの額を目指して振り下ろします。彼は垂直にサーベルを立てて、魔法剣の刃を受け止めて、わたくしを押し返しました。




 一見、剣闘士としては頼りなげに見えるといっても、それなりに鍛錬されてきた成人男性です。わたくしではまだまだ対等にやりあえない、力の強さを感じました。




 わたくしの体が軽いのもありますが、ほんの一押しでわたくしの足は浮くように、後ろに跳びました。ですが、きちんと着地します。エリシア様やシホとの稽古でこのようになってしまうのは承知の上です。わたくしは、自分の体の扱いを心得た上で戦えばいいのです。




 今度はコーリィがわたくしへ向かって打ちこんできました。わたくしは左手で右手首をぎゅっと掴んで、衝撃に耐えました。魔法剣には、通常の武器であればほぼ存在する「柄」がなく、自分の体で打ち合いの衝撃を受け続けなければなりません。試合が長引くほどに不利になるでしょう。




「せっ、やぁッ!」




 勝利経験のないということは、あまり状況によって戦略を巡らせるということもしてこなかった結果なのでしょう。コーリィは受けるばかりになったわたくしに、愚直に、切れ目なく刃を打ち込んできます。




「……うぅ……ッ」




 男性が全力で打ち込んでくるサーベルの重みを受け止め続けてきた右腕は痛みを訴え始めて、今度は感覚がなくなってきました。




 腕を休めたい一心で、わたくしはコーリィを見据えたまま、数歩後ろに下がりました。




「はぁっッ!」




 わたくしの逃げを許さず追ってきたコーリィは上段へ思いっきりサーベルを掲げて、渾身の力で魔法剣を目指して振り下ろします。腕に限界を感じているわたくしは、足の踏ん張りで堪えようと少し腰を落として右足を前に踏み出しました。どうにか、受け止めましたが……。




「きゃあッ!! ……しまっ……ッ」




 しまった、と思った時にはもう、魔法剣の刃が消失していました。使用者が集中を途切れさせてしまうと、魔法剣は存在を維持することが出来ません。そればかりか、強い斬撃を受けたわたくしは足を滑らせて、後ろへ尻餅をつくのを待つばかりの体勢に陥りました。






 その瞬間、コーリィの目の色が変わりました。そこには、これまでの人生で最も至上の美味を口にする寸前のような。積年の夢が叶うかもしれないという期待感に満ちて輝きを放っていました。




 コーリィはサーベルを両手から左手のみに持ち替えて、細長い腕を伸ばして、倒れ行くわたくしの腰を右手でしっかと受け止め。サーベルの刃先を、わたくしの首の防具へ向けました。




 まるで、舞踏会で手を取り合った男女が、最後に腰を抱き寄せられたかのような。そんな紳士的な振る舞いと同時に、わたくしの首元には鋭利な刃が向けられています。なんとも奇妙な味わい。それが、わたくしの最初の「敗北の味」となったのでした。




「か……、勝った……、やっ……たぁああっ!」




 相手が遥かな格下であろうと、念願の、最初の「勝利の味」をついに知ったコーリィは。両腕を高く伸ばして万歳しました。左手にはサーベルを持ったままで、湾曲した刃を空へ掲げます。




「はぁ……負けましたぁ……」




「あっ! すいません、自分勝手に喜んじゃって」




「勝利した選手が喜ぶのは当然じゃないですか。本日はありがとうございました。全力で、わたくしと戦ってくださって」




「レナさん、せっかく出たのに勝てなくて、落ち込みません?」




「落ち込まないとはもちろん申しませんよ。ですが……それ以上に、高揚しました。憧れていた世界に身を投じて……負けたのに、このように感じられるのなら。きっと、わたくしの選択は間違っていなかったのだと思えました」




 悔しくないわけじゃないけれど、わたくしはこの道を諦めません。歩き続けよう。予選会初戦を経験して、わたくしの抱いた素直な気持ちでした。

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