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【GRASSBLUE Ⅱ 青草戦記】儚いからこそ、人の夢は星よりも尊き輝く。絆と情熱のファンタジー  作者: ほしのそうこ
魔法剣の姫は、まもなく散る猛き花を愛しました。 【Passion dragon Arc=Lyra】
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イルヒラVSシホ

 イルヒラ様は剣闘士の資格を取得していないので、今回のシホ様との対戦は言葉通り、特例です。賭け金や報奨金も交わされません。




 ですが、イルヒラ様はエリシア様と共に、ふたりで一柱の巨神竜として、七百年も我が国(グランティス)を支えてくださっています。国民からは深く慕われています。そのイルヒラ様が久しぶりに、公の場で神器を振るい、腕前を見せてくださる。その報せを受けて多くの人が集まり、観客席は満席でした。




 シホ様より先んじて試合場に立たれたイルヒラ様は、左手は腰に当て、片腕だけで軽々と神器を持っています。巨大な戦斧は、人間の使うそれよりも遥かな重量があり、屈強な剣闘士であってもそのように容易く持つことは出来ません。イルヒラ様は、エリシア様と共に巨神竜として在るために己を鍛え、エリシア様のように完璧ではなくとも最低限には神器を扱えるようになりました。なにぶん七百年前の出来事ですので、わたくしも伝聞でうかがっただけなのですが。




 普段はその日一日の試合出場者で賑わっている選手控えの間ですが、本日はシホ様しかそちらにはいなかったはずです。そこから出て、試合場に現れたシホ様がお持ちになっている「相棒」に、イルヒラ様は首を傾げました。ええ、ご想像の通り。これまでの試合で使っていたグラディウスではなくて、シホ様の真の相棒をお持ちだったからです。




「十文字槍、か?」




 巨神竜の戦斧をも超える長尺。細い刃の穂先に、三日月のような枝が分かれています。




 グラディウスを持って入場する時のシホ様は、それを下げる腕も足取りもどこか軽薄さがありました。しかし、今日は一歩ずつ、しっかりと土を踏みしめ。十文字槍の柄を右手で力強く握りしめて、長すぎる柄の石突きを決して地面に擦らないように気を付けているようです。それは均衡を保つための腕力、技術共に熟練の証だと思われます。




「いつか巨神竜と戦って倒すと目標を定めてから、あんた達の戦斧と戦う上で最も相応しい得物は何かと考えた。そうして選んだ相棒が十文字槍(こいつ)だよ」




 シホ様の言葉を受けて、イルヒラ様も考えを巡らせたようです。何ゆえに、彼らの神器と戦う上で、十文字槍が選ばれたのか、と。






 突けば、槍。薙げば、薙刀。引けば、鎌。槍としての機能はもちろん、穂先にある「三日月の枝」の助けにより、様々な機能を果たしてくれます。




「穂先の枝で俺達の斧の刃を受け止めて、出来るんであれば跳ね返しもする。でかい戦斧を振り回すのは脇に隙が出来やすいから、剣よりも隙に入り込んで狙いやすい。それに、『勝利する』だけなら、倒しきる必要もない。俺達のより長い間合いで、喉元に穂先を突きつけられればおまえ(シホ)の勝ち、だから。そんなところかな」




「ごめいさーつ。さっすが、三度の飯より武器が好きなエリシア様の相方だ」




「つくづく、腕よりも頭から入る奴だなぁ。感心するよ」




 ……頭だけだったら、軽蔑するけど。きちんと戦略を立ててから、それを成すための修練を重ねた上で、ここに立っている。それがわかるから、ただただ素直に感心する。イルヒラ様は、シホ様をそう讃えました。相棒と呼ぶ十文字槍を携えるその姿勢だけで、シホ様が頭だけ、小手先だけで自分達に対峙しているわけではないとイルヒラ様も見抜いておられるのです。




「俺達も長く生きてるし、十文字槍と戦ったこともないわけじゃないけどな。面白いじゃないか。こっちからしても、相手に取って不足はない」




 イルヒラ様は腰をやや落とし、脇をしっかりしめて前傾がちの姿勢になり、やや左斜めに戦斧を構えました。斧を振りかぶる際に隙が生じるのは百も承知で、細心の注意を払っておられます。




「普段の試合じゃ勧めないけどな。俺達の体はおまえの武器でどれだけ傷を受けても大した時間もかからず完治するし、死にもしない。体に直接突こうが切ろうが、遠慮はいらないぜ。逆に、こっちからおまえに傷はやらないように気を付ける。殺しかねないからな」




「そりゃあ、遠慮願えれば助かるね。こっちも、一方的に流血させるのは気分も良くないから気を付けるとするさ」




 シホ様も長柄を両手で握り直し、イルヒラ様へ向かって突き出します。お互いの刃が触れあいそうな距離感です。




 通常の試合とは違うので、今回は双方が構えあって、動き出したら対戦開始ということになっています。




 先に動いたのは、イルヒラ様でした。腰を落としたまま素早く、右足、左足と踏み出して、膝をばねのように弾ませて超重量の斧を天高く振りかざし、落としました。




 シホ様は十文字槍の枝で、分厚い斧の刃を受け止めました。が、




「ぐっ……、さっすが、重たいじゃねぇか……っ」




 斧の重量だけでなく、それを使いこなす、人並み外れた腕力。受け止めることが出来ても、全力で落とされたそれを「跳ね返す」ことなど、簡単には出来ません。だから先ほど、イルヒラ様は「出来るのであれば、跳ね返せる」とおっしゃったのでしょう。




 押し返すことの出来なかったシホ様は左足を引いて後ろに下がり、受け止めた斧から穂先を辛くもすり抜けます。柄を握りしめていた手は衝撃を受けて痺れを訴えて、素早く切り返す動きが出来ず。イルヒラ様は腋をしめて、今度は斧の刃を横にして、水平に振りました。シホ様は後ろに跳躍してそれを避けるしかありません。




 逃げた先で着地した、ほんのひと呼吸。ただそれだけで、シホ様は息を整え、反撃の体勢に移りました。彼はまだ十六歳、技術も経験も未熟ですが、やはり頭の切れる方なのでしょう。巨神竜という途方もない強敵を相手にしても、ちっとも怖気づきません。




 シホ様はしゃがんで、長い槍を両腕でめいっぱい伸ばして、イルヒラ様の足の脛を狙いました。穂先の三日月に引っかけて転ばそうとしたのです。その動きを読んだイルヒラ様は両足で上に跳んでかわし、少し後ろに着地しました。




 いちかばちか、シホ様はまっすぐ前に突いて、イルヒラ様の喉の防具を狙います。が、難なく躱されてしまいました。この動きはシホ様にも大きな隙を生じます。イルヒラ様は下から上へすくい上げるように斧を動かしました。




 どうにかこれを避けたシホ様は右膝を地につけて、上へ向かって槍を伸ばします。よけられたことで所在なく、中空にあった斧の刃。その手前の柄に、槍の三日月を引っかけて下に落とします。




 イルヒラ様の方が腕の力も強く、引きずられきることはなく耐えました。斧は腰の高さで水平に静止します。その一瞬に、シホ様は今度は腹部に突き刺すように槍を進めました。




 イルヒラ様は不敵に笑い、斧の刃を振り子のように横へ。槍の長柄にぶつけます。凄まじい力で。剣闘場では、手持ちの武器を地に落とすことも敗北の条件にあたります。横からの衝撃でそれを狙ったのかもしれません。




「くっ、ッ」




 武器を落とすのは堪えましたが、ただその一点を死守するのを最優先したゆえだったのでしょう。シホ様はとっさに、自ら転ぶように地面に肘を着けて、受け身を取ります。勢いのまま転がってイルヒラ様と距離をあけた先で急いで立ち上がろうとします。




 元の場所で棒立ちに、それを眺めているようなイルヒラ様ではありません。シホ様を追いかけて、流れるように、斧をまた上段に掲げていました。後は、それを振り下ろすだけ。




 身を起こしはしたものの、未だシホ様は片膝を地面につけて、イルヒラ様を見上げています。槍を構えて斧を受け止めるには間に合いません。




 イルヒラ様の表情に余裕があるのと対照的に、試合の始まってからのシホ様は、ずっと真剣な面持ちでした。その、彼らしからぬ表情のままで。




 パキッ、っと、何かが外れるような音が響きました。それと同時、シホ様はがら空きになっていたイルヒラ様の懐に飛び込みました。




 イルヒラ様の、分厚くはなく、しかし確かに引き締まった胸板に肩を当てるようにぶつかって。左手に残っていた槍の「長い方の柄」を無造作に放り捨てて、右手に持っていた「短くなった槍の穂先」をイルヒラ様の喉に突き付けていました。




「……、はっ!?」




 まだまだ試合を続けるつもりでいたイルヒラ様は、思いがけずそれが終わってしまったこと。それも、自分の敗北を悟って、驚愕の声を上げました。振り上げていた斧を下ろすべきと思い出すまでに、どれくらいの時間をかけたでしょう。






「……はぁ~~っ……」




 張りつめていた緊張の糸が溶けたように、シホ様は脱力し、大の字になって試合場に仰向けに倒れました。はぁ、はぁ、必死で息継ぎをします。この光景だけでは、まるで勝者と敗者が逆転しているかのようです。






 シホ様の十文字槍は、長柄の四か所ほどに、分解出来る切れ目があります。そもそも、あんな長い得物を所持していたのなら、いくら隠していたってグランティスの住人に一切、それを目撃されないなんて不可能です。




 わたくしと彼が、満月の晩にふたりで対面した、最初の夜。彼は、五等分に割れた十文字槍を目立たないよう手提げ鞄に入れて持ち運んでいました。それを組み立てながら歩いてきたところを、わたくしは見てしまったのです。だから、「内密に頼む」と求められたわけで……。




「……やられた。その槍を、戦ってる最中に小さくしてくるなんて、想定してなかった」




 だからこそ、シホ様は、イルヒラ様との対戦までに十文字槍をひた隠しにしていました。「長い斧と戦うために、長い槍を選んで鍛錬してきた」と思い込ませるために。長い槍を振るっている相手が懐に飛び込んでくると想像させないため。




「欲を言えば、エリシアとあたるまで残したかったんだけどな……ここで切り札を切らないと、あんた(イルヒラ)を倒せなさそうな気がしたんでな」




「それで正解だよ。この程度の小細工、俺は引っかけられても、エリシアには通用しないからな」




 イルヒラ様のその言葉の真の意味をシホ様が理解するのは、エリシア様と直接に戦ってからのことでしたが……。とりあえず。




「俺の負けだ。こんな策に引っ掛かっちゃ、後でエリシアにどやされるな」




 あ~あ、と悔しそうにぼやきながら、イルヒラ様は倒れ込むシホ様へ手を差し出されたのでした。

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