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【GRASSBLUE Ⅱ 青草戦記】儚いからこそ、人の夢は星よりも尊き輝く。絆と情熱のファンタジー  作者: ほしのそうこ
魔法剣の姫は、まもなく散る猛き花を愛しました。 【Passion dragon Arc=Lyra】
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シホ・イガラシの初戦

 数日後、シホ様を含む新人剣闘士の五人の「予選会・初戦」を迎えました。




 剣闘場の新人はまだ正式に剣闘士として認められてはいません。経験の浅い新人同士が闘う予選会で百勝出来た者だけが「本戦出場資格」を得て、正式に剣闘士となるのです。






「よお、女王様にお(ひぃ)様。主賓席とかいうとこで観戦するって聞いてたが、オレ達みてぇな下々のところまで下りてきたりするもんなんだな」




「日頃はしないけど、あんたのことが気になってね。ていうか、下々って? あたし達をなんだと思ってんのよ」




「何って、王族だろう?」




「ああ、あんたってR大陸の出身か。感覚が違うわけね」




 わたくしも自国を出た経験がないので想像するしかありませんが、グランティスのあるG大陸と隣接するR大陸、P大陸では、王族の在り方そのものが違うのだそうです。わたくし達にとっては王族だからといって国民の皆様とさして垣根を感じませんが、R大陸では厳密な身分制度があり、王族は平民の前には終生、姿すらお見せしないのだと聞いております。




「誰にでも許すわけじゃないけど、あんたは傀儡竜だからね。あたしのことは女王じゃなくてエリシアでいいわよ」




「そうかい。じゃ、ありがたくそうさせてもらうぜ。エリシア」




「はいよー」




 傀儡竜は神としては最弱、最下位という立場になるのですが、神として生まれた以上はエリシア様にとっては同胞というか、同格というか。究極的には「きょうだいのようなもの」と感じておられるみたいです。




 それはそうと、差し出がましいのですが……わたくしのことも、別に「お姫様」などと呼ばずとも、「レナ」とお呼びいただいて構いません。そう言いたかったのに、機会を逸してしまいました。あまりにもお二方の対話が自然体すぎて、間に差し挟むのが難しかったのです。「あ、あの……」と、掠れた声が漏れただけ。シホ様とエリシア様のお耳には、そんなわたくしの呟きは届かなかった様子。






「お、おい……。シホ、おまえまだ十五歳になったばかりなんだろう? その堂々とした立ち振る舞いはなんなんだよ」




 申し訳なくもお名前を失念してしまいましたが、シホ様の肩にしがみついておずおずとわたくしとエリシア様のお顔を覗き込む彼は、シホ様と同じ面接会でお会いした志願者の青年です。シホ様が堂々としすぎているというのは彼のおっしゃる通りではありますが、彼の佇まいこそ、これから剣闘士を目指して激戦を重ねていくにしては些か頼りないのではないでしょうか。








「オレが五体満足でいられるのは二十年限りなんだぜ? 凡人と同じ感覚で十五年生きてるようじゃあ時間が足りねえからな」




 言葉だけ見れば残酷で自虐的なことをおっしゃりながら、シホ様の声の響きには悲壮感が一切ありません。彼にとってはごくごく当たり前の事実として長らく生きて来ていて、悲観などされていないということなのでしょうか……。






「ふむ。あんたの得物は持ち込みのグラディウスね」




 剣闘場では、自らの愛用の武器の持ち込みが認められています。と、同時に、剣闘場で備え付けのサーベルを借り受けての出場も可能です。シホ様の背中に張り付いた彼はサーベルを、シホ様は使い込まれたグラディウスを右手にぶら下げています。




「オレの出身地じゃあサーベルは主流じゃなくてな。修練場で腕を磨けるのがこいつ(グラディウス)だったのさ。つうか、グラディウスの語源になったのは戦時中にグランティスの雑兵が集団で持って戦ってたからなんだろ? そのグランティスが今は推してんのがサーベルっつう方がよっぽど疑問だけどな」




「だからじゃない。百年単位で使いすぎてて飽きたのよ、あたしが。グラディウスでの戦いって動きが直線的になりがちだし、サーベルで多様な取り回しさせるの面白そうって思ったのよね」




 グランティスの剣闘場は、絶対的に、エリシア様の退屈しのぎのために存在する場です。彼女が望めばこのような強引がまかり通ります。シホ様の背中の彼はエリシア様の物言いにすっかり青ざめてしまい、しかしシホ様は「なるほどねぇ。納得したぜ」と口を尖らせ、ひゅうと短く口笛を鳴らしました。






 試合開始前にシホ様との雑談を楽しまれたエリシア様は、観戦のため主賓室へ向かわれました。わたくしは内心ではこのようにあれこれ思いながらも口を挟めないまま、エリシア様の腰巾着のように彼女について回ります。




 恥じるべきことではあるのですが、グランティスという国にとって、神の器を持ちすでに七百年も我が国を導いて下さるエリシア様の存在はあまりにも偉大過ぎまして。王族といえど、わたくしのように彼女に頼り切ってしまうのは今に始まったことではないのでした……。






 シホ様の予選会の初戦を告げる銅鑼の音が響きます。お相手は予選会で三十勝の選手です。勝ち星は主に、自分より格下を相手に獲得したものでした。






 エリシア様は真剣な眼差しで、シホ様の動きを見ておられました。彼の動きは特筆して、精彩を放つものではありませんでした。どうやら相手の実力に合わせて、些か手を抜いているようでした。




 シホ様が垂直に構えるグラディウスに、対戦相手は必死の力を込めて何度も打ち合いますが、疲れで動きがバテてきたところで一瞬の隙を突きます。お互いの得物の刃が触れ合う一点から、相手が力を抜いた瞬間、一気に右側に薙ぐような動きで相手の刃物をどかして懐に入り込みます。




 相手が体勢を整えるのを許さず、首を守る防具にグラディウスの横刃を水平に添わせます。剣闘場での勝利条件のひとつ、「首元の寸前に手持ちの武器を突きつける」を達成しました。シホ様の勝利が確定し、観客席からまばらな拍手が打ち鳴らされます。盛り上がりに欠ける予選会の試合では、勝利してもこのような反応は珍しくありません。






 シホ様の「特例」により、他の皆様の試合の合間に、彼は試合数を重ねます。これも、エリシア様が直々に告示を出されているため、観客は一切の不満も表明せず観戦しています。




 二戦目はシホ様と対等の実力の中堅選手だったため、先ほどよりは見応えのある打ち合いの末、シホ様が辛くも勝利されました。しかし、三戦目。先の試合の疲労の蓄積か、シホ様が敗北し、本日の彼の試合は打ち止めとなります。






「……なぁ~んだ。期待したほどじゃなかったわ。レナ、今後はいつも通りあんたが対応してくれる?」




 三試合、全てを見届けたエリシア様の感想です。彼女のお眼鏡に適わなかったようです。




 この日、エリシア様は「本戦出場の剣闘士になるまでは、シホ様の試合を特別に見守る必要はなし」と判断されたようです。これ以降は予選会の試合観戦をすることはなくなりました。




 元より、エリシア様が熱心に観戦されているのは剣闘場の本戦、正式な剣闘士同士の戦いです。ひと月かけて行われる勝ち抜き戦の優勝者には、エリシア様と直接に対戦出来る権利が与えられます。エリシア様自身も、剣闘士達の戦いぶりをつぶさに研究する必要があるのです……それは、残念ながら。エリシア様が全力で試合に取り組むためというよりは、圧倒的な戦力差によって対戦相手をうっかり殺めないためであり。それだけの実力差がありながらも、少しでも自分が試合を楽しむための下準備でもあるのでした。








 エリシア様がシホ様への関心を失ってからも、わたくしは剣闘大臣の務めとして、彼の戦いを見守ってきました。公にはなかなか表明出来ませんが、シホ様の試合に関しては些か、思うところがあって贔屓目に。




 シホ様の、どこか全力を出しておられないような、飄々とした剣捌き。しかし、彼には確かに、ほんの五年限りという時間の制限があります。生き急いでいる感じは、確かに見受けられるのです。その危うさとの不釣り合いに見ているだけで胸がざわつくというか……ハラハラしてしまうというか。彼に対する無自覚の恋慕か、それとも哀れみなのか。確証が持てないまま、月日が過ぎていきました。


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