8.ティータイム〜マイマイは優雅な時間を過ごします〜
ハコネダンジョンに挑むため、俺は執事の保科凌聞を相手に闘うこととなった。
年齢はおよそ50代。決して若くはないが、執事服越しにでも分かる体格の良さから、筋肉量は20代にも引けを取らないだろう。
「どうしたら実力を見せることになる。勝利条件はなんだ」
「……いえ、思うように闘ってもらって構いません。私は武具をお付けいたしません。勝てると思えませんからね」
「そうか……」
保科は拳を構え、戦闘態勢を取った。
一応、見様見真似で俺も同じ形を取るか。
「東くん……! わたしがいないからってムリしちゃダメだよ! さぁ、たおして‼︎」
どっちだよ。
正直なところ、彼を無理せずには倒せる。
ただ圧倒してはいけないし、かといって油断すれば重い一撃をお見舞いされてしまう。
そうなれば立ち上がってはいけない。
周囲に、特に吾妻にバレないよう適切な闘いを繰り広げるためには、少々無理しなきゃいけなさそうだ。
「それでは参ります」
「わたしの決め台詞⁉︎」
保科は一歩踏み込むと、一気に寸前まで間合いを詰めてきた。
植山のお付きは皆、素早さが異常だ。これも全てお嬢様の要望を速やかに応えるためだろうか。
容赦なく顔面を殴ろうとしてくるので、ズッコケたように見せながら避けた。
すかさず蹴りが飛んでくるが、それもギリギリで避ける。
「おぉ、いける、いけてるよ東くん!」
続く攻撃──特技は拳闘だろうが、体術であれば全てこなせるか。
やはりこの人も普通の探索者じゃない。何かしらの宝具を使っているわけでもない。
地力が強いんだ、この人は。俺が避ける先々を読んで次の手を入れてくる。
このままだと、油断せずともやられる……!
「くっ……!」
一度、距離を置き体勢を整える。
頬に保科の拳が掠った。切れた傷から血が流れ出す。
周りに見物人が集まってきた。
探索者同士の闘いはダンジョン周辺では珍しくないから、ちょっとしたショー程度に見られている。
もちろん公には条例で禁止されているから、取り締まる側が来る前には終わらせないと、普通にダンジョンに入れなくなる。
視線が増えれば誤魔化しは効きにくいし、これ以上は長引かせられない。
「やっぱり探索者さんは強いですね。敵わないや。どうでしょう、一度でも僕が保科さんに攻撃を当てられたら、勝ちで許してくれませんか?」
「…………えぇ、構いませんよ」
返事までの微妙な間──この人、やはり音が聴こえていないな。
会話が滞りなく行えているのは読唇術のおかげか。聴力がない代わりに目がかなり良い。
「──腹を狙います」
「……分かりました」
俺は人類平均の速度で駆け出し、少し弱めのパンチを予告通り腹に入れた。
「……ぐっ⁉︎」
「爺や! 貴方どこを守ってるの⁉︎」
保科はボクシングで見られるファイティングポーズで──顔面を守ったのだった。
膝から崩れ落ちた保科の元にメイドの大城が駆け寄る。
「僕の勝ちでよろしいですか?」
「えぇ、さすがでございます。見事に騙されましたよ」
俺は保科にだけは〝顔〟を狙うと伝えた。
読唇術で相手と会話できるのならば、音と唇の動きをズラし、周囲と彼とで違う情報を伝えた。
あとはギリギリまで顔を狙う素振りを見せておけばいい。
その結果、保科が間違えた、あるいは勝利を譲ってあげたように周りには見えるだろう。
もしくは俺がズルをした……探索者相手の素人なりの作戦だと言い訳しよう。
「やはり、勝てるとは思えませんでした。武具を付けていたらきっと壊されていたでしょうね」
大城に補助してもらいながら、保科はゆっくりと立ち上がった。
この人は間違いなく強い──相手との力量の差を瞬時に理解できるからだ。
お付きの三人は俺の能力くらいは見抜いているな……。
「やったぁ! さっすが東くん、わたしのバディなだけあるよ!」
何だか黙ってくれるらしいし。
まぁ、吾妻にさえバレなければいいか。
「これで連れてってもらえるよね⁉︎」
「……えぇ。そうですわね。わたくしはゆとりがありますので、素直に彼のことを認めましょう。それではティータイムを挟んでから向かいましょうか」
「あのあの! わたしからも一つお願いがあります!」
「何でしょう? ゆとりがありますから、一つくらいでしたら聞きましてよ」
「えっと、葵ちゃんって呼んでいい? おともだちになりたいなー、なんて」
「ふふっ、お安い御用ですわ」
こうして植山と友達になった吾妻は、ティータイムに一緒に参加させていただくことになった。
『えへへー、どんな美味しい紅茶が出てくるのかな〜』
植山たちの許可を得て、一応カメラを回すことにした。
即席ではあるが、こういう本格的なお茶会に参加する機会はなかなかな──あ。
『こちら京都宇治のお抹茶、緑鳳にございます』
『和っ⁉︎』
『また、こちら曙庵の桜餅でございます』
『和和っ⁉︎』
そうだ。なぜか外面は洋風なのに、中身は和風だった。
よくよく見れば、鋳物のガーデンテーブルやチェアのデザインは鶴や菊などの和モダンにあしらわれている。
パラソルも和傘じゃないか……。
『──大変美味しゅうございました。それではダンジョンへと向かいましょうか』
植山はその場を一歩たりとも動かず、周りが完璧に場を片付けて行く。
ガーデンセットも折り畳み式、さらには荷物入れにもなる優れた機能性。
この中に全ての荷物を入れ、シェフの中島が背負う。
そして、洋椅子に敷かれた座布団に正座して座る植山を保科と大城が左右から座布団ごと彼女を抱え上げ、そのままお嬢様の足として駆けて行った。
『和和和っ⁉︎』
実力はあるが、側から見ればとても変わった探索者たちだった。