7.本物のお嬢様に会ってみた!【かわいい!】
吾妻が悪漢に絡まれていたところを助けてくれた救世主。
悪意は感じられないし信用に足る人物ではありそうだが……。
カメラを止めて、俺は二人に近付いた。
「あ、東くん! このメイドさんに連れてってもらえることになったよ! どうよ〜」
「ああ、見てた。うちの演者を助けてくれてありがとうございます」
「声からして若い男性、とても落ち着いた話し方を致します。カメラを切った音と衣服が擦れる音、大きな荷物を持っていますね。会話の関係性から、あじゅまさんと同じクラスメイトでダンジョンストリーマーをやっているのでしょうか?」
音だけを聴いて、俺たちの情報を見事に当ててきた。
やはりこの女性、何も見えてないのか。
それなのに、吾妻を傷付けずに男たちだけを蹴り飛ばす正確さと身体能力。本当に何者だ?
「糸目メイドさんだね。カッコいいよね……!」と、吾妻が耳打ちしてくるが、こいつの方が何も見えてないようだ。
「お褒めの言葉ありがとうございます……はっ、お嬢様がお呼びです」
吾妻のヒソヒソ声にも反応したメイドだったが、突然、何かに反応して一直線にどこかへ行く。
「あ、メイドさん……! 追いかけようよ、東くん!」
俺の返事を待たずに走り出したので、仕方なく追いかけるしかなかった。
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「お嬢様、お待たせして申し訳ございません」
「構いませんわ。わたくしはいつもゆとりがありますので。それに優見、あなたはまた誰かを助けたのでしょう? とても素晴らしいことよ。誇りに思いなさい」
「お褒めの言葉をいただき誠に光栄でございます。家宝に致します」
「……どうやってですの?」
「いた!」
結構な距離を移動すると、朱色のパラソルが備わったガーデンテーブルセットに座る緑色のドレスを着たお嬢様がいた。
傍らには先程のメイドだけでなく、白髪の執事や、マスク越しでも分かるほどに優しく微笑む男性シェフがいる。
温泉地に来たというのに、この空間だけヨーロッパの世界観が広がっていた。
「どなた?」
「わたしはダンジョンストリーマーの吾妻舞莉です! こっちは諸々してくれる東くんです」
説明が雑いが全くもって正しかった。
「あら、ではわたくしと同じですわね。〝アオイ嬢の優雅なひとときチャンネル〟の植山葵と申します。こちらは爺やの保科凌聞、シェフの中島拓味。そして、メイドの大城優見ですわ」
お嬢様の植山が紹介すると、それぞれ礼儀正しく挨拶してくれる。
チャンネル名に相応しい上品な立ち振る舞いに吾妻は興味津々だ。
確かここのチャンネル登録者数は3.8万人ほど。西脇市や井原市の人口並みだな。俺たちみたいなどこの市町村にもなれない登録者数の100倍もファンがいる。
動画内容はご覧の通り、お嬢様とそれに仕える三人がダンジョンを優雅に攻略していき、そこで得たものを紹介するチャンネルだったはず。
初攻略こそないが、A級ダンジョンに挑める実力はある。
それにしても付き人たちの顔を他で見かけた気がするのだが……。
「それで、何かわたくし達に用があるのかしら?」
「はい! わたしたちをハコネダンジョンの中に一緒に連れて欲しいんです!」
「お断りいたします」
「ありがとう! じゃあ、さっそくええっ⁉︎」
「御二方、おそらくまだ高校生ですわよね。危険等級A級のダンジョンにおいそれと連れて行ける責任はわたくし達にはありません」
植山の意見は至極真っ当である。
自分より弱いものを連れても足を引っ張るだけ。変に死なれては後味も悪く、【何で連れて行くのを許可したんだ】と炎上する原因にもなりかねない。
「だいじょぶだよ! わたし強いし!」
「ならば、自力でA級探索者になるまで努力をしたらよろしいかと」
「うぅ……そ、そうなんだけど……」
ティータイムを取る植山に取り付く島もなさそうだ。
全て飲み切ったので、執事の保科が抹茶をティーカップに注ぐ──ん? 西洋風のお嬢様だと思っていたが、和のものを好むのか。
「仕方ない。別の人をあたろう。お時間を取ってしまい申し訳ありません」
「あじゅま様、東様。私めの勝手な判断で振り回してしまい大変申し訳ございませんでした。何かお力になれることがありましたら何でもお申し付けください」
「ではダンジョンに連れてって!」
「かしこまりました」
許可するのかよ。
「こら、優見」
「お嬢様、大変申し訳ございません。切腹して責任を取ります」
「いいわよそこまでしなくても……! こほん、取り乱したところを見られて恥ずかしいですわね。優見は何でも肯定してしまうの」
全肯定メイドとは、かなり従順に躾けられているようだ。
執事もシェフもお嬢様の一挙一動をしっかりと把握しており、落雁を切らせばすぐに供給してくれる──和だな……。
「こほん、あじゅまさん、でした?」
「はい!」
吾妻だ。お前も素直に返事するな。
「わたくしは〝ゆとり〟がありますので、条件を二つ飲んでくださるなら御二方を連れて行っても構いません」
「おぉ、なんでしょう!」
「一つはダンジョン内で手に入れた宝具は我々が所有すること。わたくし達は紹介系NewTuberでありますの。ですので、宝具さえ頂ければ他は何していただいても構いません」
「わかった! わたしたちはダンジョンボスを倒してアーカイブストーンに名前が載りたいだけだから、いいよ!」
「では、一つ飲んでいただけましたね。そして二つ目ですが……わたくし達も本日、このダンジョンを攻略するつもりでした。ボスにトドメを刺していただいて構いませんが……当然、それなりの実力があるのかを確かめさせていただきたいのです」
植山は保科に目配せをすると、彼が前に出てくる。
「わたくしの執事です。彼と闘って実力を見せてください」
「わかった!」
「ただし、闘うのは探索者の貴方ではなく──撮影者の貴方でお願いします」
「えぇっ⁉︎ 東くんはたたかえないよ⁉︎」と吾妻は庇うが、断れる空気ではなさそうだし、荷物を置いて俺も前に出る。
「わたくし達の足を引っ張り、命を握るのはいつだって戦闘能力のない裏方です。守られる必要がないことを証明してください。あじゅまさんのバディさん?」