43.わたしのシスコンお兄ちゃんも紹介しましょう!
「──そう、色々大変だったのね」
「いえ、私は……」
「亮くん、気にしないで。あの人がただ自分勝手なだけだから。いっっっっっつも私に何の相談もなく勝手にダンジョンに行って‼︎」
「那緒子さん……⁉︎」
那緒子さんは大悟に対して怒っていた。
それも結構本気で。
「ま、別にいいわ。今も適当に生きてるもの。あれは放っておいても大丈夫ね」
那緒子さんは紅茶を飲み切る。
こう悠々と過ごせるのは、彼を心の底から信頼しているからだろう。
俺がそう思っていると、那緒子さんは少し顔を赤らめた。
「んっん……亮くん。改めてありがとう、ずっと舞ちゃんを見守ってくれて」
「約束を果たしただけです。勝手に兄と認定されましたし」
「亮くんはもう私たちの家族よ」
東亮──
音だけしか聞いていなかったので漢字は間違えていたが、探究省によって戸籍登録する際はこの名前で通した。
そして、彼の情報を頼りに吾妻舞莉を見つけて──彼女にバレないよう、人知れず裏から支えていた。
例えば、傘持って三階から飛び落ちた時も、事前に小学校の友達に宣言していたこともあってか時間と場所は分かっていたので、地面をふかふかな土に差し替えたりした。
山を縦走して遭難していた時も、彼女が自ずと正解のルートを辿れるように、自然を切り拓いたり美味しそうな匂いを漂わせて道案内もした。
「ほんと、いつも迷惑かけてるようでごめんね」
「いえ、吾妻さ……舞莉さんが毎日幸せな顔して寝てくれるなら、俺はそれで大丈夫です」
「ふふっ、いいお兄ちゃん。というより、度が過ぎたシスコンね」
「え」
……異端者は世間の常識とは少し離れている。
これを言い訳として受理していただきたい。
「さて、そろそろ上に戻る? あの子、眠いと不機嫌だから、これくらいの睡眠時間ならまだスッキリと起きてくれるはずよ」
「勉強しますかね」
「それに関しては今日は諦めた方がいい。部屋が片付くだけでも御の字よ。私はちょっと探究省への手続き書類を書かないとだし、先に席を外すね」
那緒子さんは二階へ上がり、「舞ちゃーん、そろそろ起きなさいよ」と一声かけてから、自室に入った。
SS級異端者である那緒子さんと、ダンジョン初配信者で十年以上ヨナグニダンジョンで生き延びている大悟との実娘である吾妻舞莉が、探究省に目をつけられないはずがない。
12歳までは俺たち異端者と同じく、毎月定期検診があったという。
だが特に異変のない、至って普通の人間と断定されたので、それからは母を通しての報告に留まったらしい。
俺も運と運動神経は異常に良い方だなと思っただけで、あの日、目の前で初瀬川に腹を貫かれるまでは普通の人だと思い込んでいた。
死ぬ間際になって、初めて能力が開花したのだろうか。
いや、飛び降りにしろ、遭難にしろ、サポートがあっても彼女は元よりタフではあった。
那緒子さんはこのことを知っていたのだろうか。
無意識の中に疑問を閉じ込めるには苦労したが、もう直接聞いてみても良いことだろう。
ただ、守ると約束した手前、瀕死の怪我を負わせているのが申し訳なくて、なかなか言い出せずにいた。
──ピンポーン
吾妻家のチャイムが鳴った。
「はーい」
那緒子さんが二階から急ぎ足で降りて来るが、リビング前で立ち止まる。
「どうされました?」
「今、チャイム鳴ったよね」
「ええ」
「誰か分からない。心が読めないの」
那緒子さんの言葉を聞き、俺も廊下に出て行く。
玄関の先には確かに誰かの気配を感じるが、それ以外何も受け取れない。
「……私が出ます。那緒子さんは舞莉さんの元へ」
「分かった。ケガ、しないでよ。もう、亮くんも私たちの息子なんだからね」
「もちろんです」
「それと妹ならば舞莉と呼び捨てしなさい」
「……善処します」
那緒子さんが微笑んで頷き階段を上ったところで、俺はゆっくりと廊下を進む。
ピンポーン
再びチャイムが鳴った。
今のところ相手から仕掛けてくる様子はない。
鍵を回し、勢いよく扉を開ける。
「マイマイ! じゃない。だれ?」
そこにいたのは一人の女だった。
整えられた容姿と、清楚感を表す白いワンピース。
とても彼女に似合ってはいるが……どことなく違和感というか、不気味さがある。
そもそもまず、こいつはダンジョンストリーマー名のマイマイと呼んだ。
近所の友達ではない。交友関係ぐらいは全て把握しているつもりだ。
プライベートまで押し寄せる厄介ファンがいずれ現れるとは思っていたが、まさか実家まで直接赴くことになるとは。
今こいつが一人だからこそ、個人で勝手に特定しただけだろうが、下手に刺激するとその個人情報がネットにばら撒かれてしまう。
「あなたこそ、どなたでしょうか」
「あぁ! ワタクシったら大変な失礼を! ワタクシは中原灯里です!」
「中原……?」
「あ、そうよね。こっちで名乗っても分からないよね。NewTubeのアカウント名は天下星灯」
……っ⁉︎ こいつ、マイマイチャンネルの四人の古参勢の一人か⁉︎
天下星灯は、一つ一つ細かいところまで吾妻を分析するファン……とは名ばかりの、アンチコメントばかりで他のファンの邪魔までするユーザーだ。
嫌がらせも、度が過ぎれば文字通りここまで来るのか?
「……そう、だったんですね。いつも応援ありがとうございます。コメントとは雰囲気がかなり違っていたので」
「あぁ、ごめんなさい! ワタクシってば、コメントすると人格が変わってしまうの。ただ、マイマイファンでは一番ですから! 誰よりも彼女のことを分析して理解していますから!」
確かにリアルとネットでは人が変わることは良くあるから、理解はできる。
だが、ファンだと言うのならばもう少し内容を配慮して欲しい。
それにどうであれ、実家に来るなど非常識だ。
なんとかして引き返してもらわねば……。
「あなたはそう、マイマイのお兄さんですよね。いつもマイマイを支えてくれてありがとう。でもですね、ワタクシ分析して思ったの。マイマイのような元気いっぱいでピュアな子って、ひとりっ子じゃないかなって。だから本当はお兄さんなどいないのでは? って分析したの。だから、あなたの存在がワタクシと解釈不一致なの。だから死ね」
前触れもなく湧き出た殺意の気配に、俺はすぐさま退いた。
突き出た彼女の攻撃が玄関を破壊し、廊下を浸蝕した。
◇ ◇ ◇
「──舞ちゃん……舞莉! 起きなさい!」
「ふぇっ⁉︎ もう朝ぁ……」
「何寝ぼけたことを言ってるの。今、亮くんが下で悪いのと戦ってるのよ」
「ほんと⁉︎ わたしが助けなきゃ!」
吾妻はベッドから飛び出ると、外に行こうとするが母親にすぐ止められる。
「舞ちゃん。あなたはダンジョンに許可なく行ったように、また勝手に行こうとする。……ほんと、どこかの誰かそっくり」
「うぅ、ごめんなさい。でも、助けなきゃ!」
「舞ちゃんがケガしたらどうするの」
「だいじょぶだよ! わたし最強だから‼︎」
「最強でも、たとえケガしなくても、危ない目に遭うかもしれないってだけで、母親は心配なの」
「そ、それはそうかもしれないけど……でも東くんが……!」
「……そして、あなたに何言っても無駄なのも、母親だからよく知っている。──ついて来なさい。舞ちゃんに託したいものがあるの」




