41.わたしの尊敬するお母さんを紹介するよ!
「ふぃ〜つかれたー!」
「まだゴミを棄てただけだろ」
「それでも進んでるからだいじょぶだいじょぶ!」
吾妻の部屋はとにかく物が多かった。
コレクション癖があるのか、同じようなものがいくつも部屋から見つかる。せめてダブるなよ。
と、ぼやいても「えー、だって可愛いのいっぱいあった方が幸せじゃん?」と頰をぷくっと膨らませて、可愛こぶった。
「ちょっと休憩〜ねむーい」
吾妻は一旦ぬいぐるみを一箇所にまとめたところから、目付きの悪い猫のぬいぐるみを引っ張り出し、それを抱きながら横になった。
「おい寝るなよ」
「…………」
もう寝やがったこいつ……。
よく、どこでも寝られると豪語する吾妻だが、自分のベッドなら一瞬で夢の中に落ちるらしい。
とりあえず明らかにいらないものをゴミ袋二つにまとめあげ、それを部屋の隅に置く。
……どうやら吾妻母を訪ねた人たちは今帰ったようだな。
大掃除を始めてから15分後ぐらいで、二人の大人が訪問してきた気配はあった。
それから30分ぐらい下で話していたか。
吾妻の集中力が小学生の授業時間よりも下回っていることだけは分かった。途中、少女漫画『会長は冥土様!』を読み始めてたし。
それにしても母親が下にいるとはいえ、密室で男女二人きりの中こうも爆睡できるとは……信頼されている証なのか、ただのアホなのか……。
後者は間違いないとして、俺はその辺に落ちていた毛布を一度はたいてから彼女にかけてあげた。
それから俺は吾妻の母と話がしたく、一階に下りた。
「──掃除は終わりそうになさそうね」
「ええ。あんなに汚いとは……」
「ちゃんと舞ちゃんには言ってるんだけどなー。あの子、何度言ってもああなるから、もう諦めた」
「才能ですね」
そんなリビングは吾妻母が片付けているのか、または客を呼ぶ手前だったからかもしれないが、物は多いもののとても綺麗に整頓され、隅々まで掃除が行き届いていた。
初見でも何がどこにあるかはすぐ分かる。
娘の部屋とは別世界が広がっていた。
そして、俺が降りて来ることが分かっていたかのように、吾妻母はダイニングテーブルにティーポットとカップを準備していた。
「何か入れる?」
机の上に砂糖やミルクが置かれているのを確認すると、彼女は「ストレートでいいみたいね」とティーカップに紅茶を注ぐ。
シンガポールの高級紅茶ブランドのものだ。そのままでも美味しい。
「良い家ですね」
「でしょー? 舞ちゃんが生まれた時くらい、夫の両親がここに家を建てたのよ。で、こっちの方に引っ越ししよーかってなって、お義父さんお義母さんが海外を巡る〜言ったものだから、そのまま譲り受けたのよ」
「何だかアグレッシブですね」
「代々受け継がれる遺伝よ」
……アイスブレイクは済んだか。
俺はたくさんある観葉植物を眺めながら、いつ話を切り出そうか悩んでいたが……
「何か聞きたいことあるんでしょ?」
全て見抜かれていた。
「あの、吾妻のお母さん」
「その呼び方面倒でしょ。普通に名前、那緒子でいいよ」
「では、那緒子さん……。その気付かれてるかとは思いますが……」
「私たちはSS級異端者同士。舞莉について、そして夫について色々と聞きたいのよね」
「……はい。もしかして心が読めますか?」
那緒子さんは首を縦に振った。
宝具などは使用しない、これは彼女の生まれ持った能力。
しかし、恐らくだが心を読める力は自力では切れない。
だからこそ異端者でもある彼女は、周囲に人がいないこの土地を選んだのだろう。都合の良い家もあったわけだし。
社会生活に溶け込むにはかなりの苦労があるはずだ。
「それがそうでもないのよ。だって、舞ちゃんが困っていたらすぐに助けてあげられるし。あの子、ああ見えてしんどい時ほど誰にも相談しないから」
「そう、ですね」
自分は最強だから、何でもできる。
彼女の根底にこの考えがあるからこそ、危険も省みず、何も言わずに一人勝手に行ってしまう。
本当に何かあった時、彼女を支えられるのは──那緒子さんが俺の目を見て、微笑んだ。
「もちろん、隠し事したらすぐ分かるよ。舞ちゃんは単純だから、この能力なくてもきっと分かるでしょうね」
それは間違いなかった。
いつもすぐバレるから下手な嘘を付いてこず……あいつは嘘が下手なんだろうな。
「疲れませんか?」
「そうね……疲れる。相手の本音を知って傷付くことだって多い。でもね、嘘は嫌いだけど、もうこの年になるとその嘘すら楽しむ余裕があるのよ」
那緒子さんは笑ってみせた。
この大人の余裕は、吾妻が時折見せるあの表情にそっくりだった。
やっぱり親子だな。
「ま、私にある能力はこれくらい。SS級といっても、最初に発見されたのと水没していて探索がしづらいからってだけで、実際のところ探究省の決めた線引きで言うならばA級ぐらいかなー。戦うことはできないよ」
その情報から彼女の出身は滋賀県のビワダンジョンであることが分かる。
そういえば吾妻は100の質問にて、昔は滋賀県に住んでいたと言っていたな。琵琶県とかほざいていたから、さすがに物心付く前だとは思うが。
戦えなくても彼女がSS級の異端者なのは変わらない。きっと訪問客は探究省の人間だったろう。
「……ん?」
「ビワダンジョンが発見されたのは17年前なのに、舞莉が今16なのは亮くんの想像通りよ。夫と出会って即結婚、即出産したからね」
キランと那緒子さんは目を輝かせ、グッと親指を立てた。
行動力や決断力が早すぎる。
しっかりとその要素までも娘に引き継がれているな。
一番最初に確認されたビワダンジョン。
その理由としては、琵琶湖に突如小島が出現したという異変に、誰もが気付きやすかったからだ。
当初は限定的な地盤の隆起ではないか、しかし地震は観測されなかったと、不思議な現象を前に、何も知らない政府自治体は小島への侵入を許さなかったが──勝手に立ち入り、小島内の洞窟から入ったダンジョン内の様子を配信したのが何を隠そう、吾妻の父である。
「それから那緒子さんはどうしてここに?」
「そんな深い理由はないわよ。周りに人が住んでいないとかも考えてない。ただ、あの人と結婚して、舞莉が生まれて。あの人は行く先々で色んなものを持って帰ってきて物は増えるし。舞莉も大きくなってきたから、広い家に引っ越そうかって話してたら、ちょうど家を空けるって聞いて、そのままついでに上京した感じ」
小さい時から吾妻は無邪気な子供だったらしく、昔から家のものをよく破壊していたらしい。体以外、ほんと何一つとして成長してないな。
それに物が溢れるばかり集めてしまうのは父譲りだったか。
間違いなく二人の子供だな。
「ほんと、あの子は危なっかしいから。夫と一緒!」
「……その、すみませんでした」
「何で謝る必要があるの?」
「……それは」
「ごめんなさい。いじわるしたわね。言わなくても分かってる。それに、会う前からあなたのことを知ってたわ。舞莉と、それに夫から色々聞いてたわよ」
あそこはほとんど電波が伝わらないし、回線もぐちゃぐちゃだ。
それでも、今でもなお何かしらの方法で彼からの連絡は途切れることなく続いているという。
「やはり無事でしたか……」
「ええ。あの人しぶといから。連絡は相変わらず一方的だけど。だから、もし、よかったらあの人のこと、教えてくれない? 思い出してくれるだけでも嬉しいわ」
──12年前。
俺が吾妻舞莉の父、吾妻大悟とはヨナグニダンジョン内で出会った。
「──なんか、ガキンチョがいるぅ⁉︎」
彼はとても失礼な人だった。




