17.ネコちゃんを追いかけてみたらどこに行く?
「し〜んじゅく、しんじゅっく♪」
自作のオリジナルソングを歌いながら、街を闊歩する吾妻。これから会う人が楽しみ過ぎて分かりやすく上機嫌みたいだ。
待ち合わせ場所は新宿駅。
もちろん今回挑むのは、シンジュクダンジョンである。
危険等級は攻略済みのC級。
しかし、ボスが倒された後だというのに、その難易度は詐欺レベルに難しいとされている。
なぜなら……
「元S級のダンジョンだよね! シンジュクダンジョンって! モンスターもまだ強いけど、宝具もまだいっぱいあるって噂だもんね〜。それにすっごいキラキラしてるみたいだし! 楽しみだな〜」
「シンジュクダンジョンは何階層にも分かれていて、とてつもなく広い──」
「だから、わたしから逸れちゃダメだからね? 東くん」
「……そうだな。善処する」
「それにしても、えりにゃんと生配信コラボか〜。生でするのは初めてだから、すっごくドキドキする〜!」
人気ダンジョンストリーマー、えりにゃん。
彼女からのコラボ依頼は生配信が要望だった。
えりにゃんがあげる主なジャンルは〝踊ってみた。〟と〝生配信雑談〟
踊ってみた。は古来よりある人気のジャンルだが、ダンジョンが現れて以降、現実からかけ離れた壮大な、あるいはツッコミたくなるようなシュールな場所を背景にして踊り、投稿されている。
生配信雑談はその名の通りだ。部屋でもダンジョンでも行われていることが同じ。
ただ一つ気をつけないといけないのは、生配信中にダンジョンの脅威に呑まれ……スプラッタ動画に陥る可能性があること。
なので、生配信を行うダンジョンストリーマーは相当な実力者であることが求められる。編集なしに、戦いながらファンサをするのは非常に難しい。
それと生配信というジャンルがあるからこそ不思議に思うが、なぜかダンジョン内のほとんどの場所には電波やWi-Fiが届く。
この謎も一つとして解明されていない。
正直、断ろうかと思っていた。
だが、ファン層も近く、マイマイチャンネルに視聴者を呼び込める良い宣伝にはなるし、何より吾妻自身が「ぜったいコラボしたい!」と言って聞かなかった。
正直呑まないと、黙って勝手に行きそうな勢いだったので、仕方なく首を縦に振った。
「えーと、待ち合わせこの辺だよねー。うーん、えりにゃん大人気だから人だかりのところにいるのかなーと思ったけど、まだいないみたいだね」
「……にゃーん」
「あ! ネコちゃん‼︎ ん? 何か首輪に付いてるよ?」
ベンチに座る黒猫を見つけては近付く吾妻。
ピンク色の首輪に括り付けられた紙を取り、開く。
[わたしに付いてこれるかな? ──えりにゃん]
「えっ⁉︎ えりにゃん⁉︎」
すると、黒猫はベンチから飛び降りて走り出す。
逃げていく黒猫を吾妻は「まてまてー!」と追いかけていく。
……なるほどな。
これが誰にも騒がれずに合流する方法か。
狭い裏路地に入り、室外機の上を渡り歩き、何度も複雑に曲がり抜いた先に、ビルに囲まれた小さな空き地があった。
「あ、待って……ました」
そこには女性が一人立っていた。
まるで触れれば壊れてしまいそうな、どこか儚さがある女性だった。
そして、彼女の隣に座る黒猫。
「こ、こんにちは! えっとぉ、えりにゃんは?」
「ここよ──ちゃんとついて来れてよかった。来にゃかったらそのまま置いてダンジョンに行くつもりだったよ」
「ネ、ネコちゃんが……えりにゃんになった⁉︎」
黒猫が突如言葉を喋り出すと、身体がみるみる大きくなって……黒猫耳カチューシャを付けた人間へと変貌した。
「コラボ引き受けてくれてありがと。えりにゃんこと、野田絵里奈です。あ、ダンジョンの外で宝具使ったことは誰にも言わにゃいでよね」
彼女の宝具:吾輩は猫なのだ。
コラボするからと事前に勉強と称して、動画を視聴し知った。
これを付ければ猫になれる力を持った宝具。
彼女の言うように、ダンジョン外での使用は法には触れているが、特に危険な能力ではないので今は見逃す。
「わたしはマイマイチャンネルの吾妻舞莉です! えりにゃんのファンでずっと応援してました!」
「──へー、見ててくれてたんだー。どもー、ありがとー。うれしいよ、アタシもマイマイのこと見てるよー」
「えぇ! ほんとですかぁ‼︎」
嘘だろう。
NewTuber同士の社交辞令みたいなものだ。
それに、明らかなトーンダウン。逸らした目線。引きつった笑顔──噂通りの人物かもしれない。
野田は初期の頃は明るく元気な……それこそ吾妻と同じような美少女ダンジョンストリーマーとして、投稿初期から人気だった。
……が、過激なファンやストーカー、アンチが付き出して、いつしか性格に歪みが生じてしまう。ポロッと吐いてしまった毒によって、一層彼らを過熱化させてしまった過去がある。
それは現在進行形でも、引きずっている。
だからこそ彼女は、吾妻の有り得る未来なのかもしれない。
気は進まないが、吾妻の成長のためにもここは利用させてもらう。
「今日はうちの吾妻を呼んでいただきありがとうございます。私はあ──」
「あ、よろしくでーす」
俺への挨拶は適当だった。
いや、この態度こそが本来の彼女なのかもしれない。
野田は俺を無視して、さっそく吾妻とオープニング撮影の打ち合わせを行う。裏方も含めての会議が良いと思うんだがな。
「……すみません」
「え? あぁ、いえ……」
その間、いつの間にか隣に来ていた野田のマネージャーらしき人が謝罪しに来てくれた。
「下池……夏菜と申します。カメラマンと、チャンネルの編集……あと、絵里奈のマネージャーをしています」
「私と全く同じですね。東亮と言います」
「あづま……もしかしてマイマイさんとは……」
「おーい! 撮影はじめるよー!」
吾妻の呼び掛けで、俺たちの会話は打ち止められた。
今回の撮影はえりにゃんチャンネル側が全て撮影する。
俺はただ後ろで見守ってるだけだ。護衛には徹底しやすいが、構図は全て向こうが決めるので、映り込まないように行動するのは難しいか。
『──みにゃさんこにゃにゃちは。えりにゃんチャンネル〜えりにゃんです! さて、今回の生配信攻略では、ハコネを初攻略した人気急上昇中のあの子が来てくれました‼︎ どぞ‼︎』
『こんマイリー! マイマイチャンネルのマイマイです!』
【こんマイリー】といくつかコメント欄が流れていく。
事前にSNSでコラボ予告していたので、多くのマイマイファンも観に来てくれた。
だが、【こにゃにゃちは】のコメントが圧倒し、コメント欄を塗り潰す。
同接は既に6000人ほど。吾妻にとっては初めての数字。
心配だ……俺もスマホで配信を観つつ、二方向から様子を見守るしかなかった。
『──マイマイといえば、レイドボス倒したんだもんにゃー、そのはにゃしを聞いた時は大規模なパーティーだと思ったけど、バディさんって一人だけにゃんだね!』
『そうなんですよ〜、もうわたしが守ってあげるの大変で!』
『へー……もうマイマイのバディさん、しっかりしてくださいよ〜、男、なんだからさ。女の子に守られてばかりじゃ、顔が立たにゃいでしょ〜』
彼女は、約束を破った。
今日までのやり取りにおいて、裏方である俺の素性は出さないことを口約束になるが言ったはず。
だが、忘れているのか……いや、あれはわざとだ。
カメラ裏にいる俺のことをニヤニヤと見ている。
【……え、マイマイのカメラマンって男……?】【ガチ恋勢死亡のお知らせ】【ふんふん、そうなんだー……え?】【マイマイそれは裏切りだわ】【はいwwオワターww】
急加速するコメントの嵐。
視聴者が見る中で、こんなにも早く吾妻のことを貶めるとは。生配信だから誤魔化しも効かない。
マイマイチャンネルに突如として、困難の嵐がやってきてしまった。




